第4話 フロリアン

「ねぇ、どうしたの? 早く来て」

 甘く囁くようにアイリスは言った。

「んっ、ちょっと。ここ狭くて、やっぱり……はいらないよ」

 LEDの淡い光に、背が大きく開いたデザインの若草色のワンピースから、年齢特有のもちっとしたきめ細かい肌が、青白く映し出されいた。

「もう多少無理やりでもいいから、早くしてよ。ほらぁ~」とアイリスはぶりぶりと怒った。口調は怒っているが、四つん這いの体制で横から除くようにして見える金色の虹彩の瞳は、まてっ!と言われた犬のように物欲しそうにヨハクには見えた。

「うんっしょ、確かに狭いはね。いいわ、私が上に乗るわ。ほらぁ、ここよここ」

 アイリスは、その小ぶりとはいえ女性特有の丸みを帯びた臀部を持ち上げる。

 ヨハクは導かれるままに、さらに奥へと進んだ。ぎしぃっと元は一人用の部屋は、抗議するようにその床板を軋ませた。

「ふうぅ、オーケー。入ったよ」

 ヨハクの合図とともに、「じゃあ、下ろすわね」とアイリスはその可愛らしいお尻を下げた。

 アイリスの藍紫色の髪が揺れ、清かなシナモンのような香りがヨハクの鼻腔をくすぐる。

 そしそして、チョコンと、ヨハクの太ももの上にアイリスは座った。

「うん、まぁなんとか座れたね」

「ほらっ、私の言った通りでしょう!」アイリスはドヤ顔をふふんっと微笑む。

 もとは一人用の部屋でそんな広くなく二人が入るには狭く、ヨハクの上にアイリスが乗る恰好で入ることが出来た。アイリスは華奢な見た目通り、そんなに重くはなく太ももに座ったお尻は柔らかい。ただ人肌よりは幾分と体温は低いようで冷たかったが、緊張で火照った体にはちょうど良かった。

「じゃあ、ご要望通り。知っていることを教えてあげる。画面を見て」

 そんなヨハクの様子に特に気をとめることなく、アイリスは器用にパソコンを操作しながら話を始めた。

「動く屍。よみがえり、クリーチャー、キョンシー、死者、リビングデット、あなたたちは色々と呼んでいるようだけど。私たちは、害虫ペスターって呼んでるわね」

 そこには、いくつかのニュースサイトや掲示板などが表示されていて、色々な呼ばれ方で暴動が書かれていた。どうやら、LIONで書かれていた内容は壮大なドっきりとかではなく世界的に起こっていることらしい。

「ペスター? さっきの奴?なんだよね。そいつらが暴動を起こしている組織かなにかなの?」

「う~ん組織というよりも、疫病みたいなものね。害虫ペスターどもがこいつらみたいに理性もなく雑草ウィード土壌プランター花人フロリアンを襲いまくる、狂犬病?みたいなもんね。たちの悪いことに害虫ペスターどもに襲われると、どんなに美しい花でも害虫ペスターになってしまうの!」

 アイリスは、雑草ならまだしも私の可愛いお花さんは食い荒らさないで欲しいわね。とわけのわからないことでぷりぷりと怒っていた。

 害虫ペスターというのは、さっき襲ってきた……人なんだろうか、噛みつかれそうになった映像がちらっつきヨハクは身震いした。頭をふり映像を振りほどいで思考を続ける。人が人を襲い、襲われた人もまた人を襲う。よくあるパンデミック物のB級ホラー映画の設定みたいだ。それに新たに出てきたウィード?プランター?フロリアン?分からないことばかりだ。

「あっ、病気っていうことは、襲われた人は治すことができるのかな?」

「さぁ……まぁ無理じゃない?一度枯れた花はもとには戻らないと思うわ。すくなくともこれで調べたけど治った事例は見つからなかったわね」とモニターをその小さな手でコンコンと叩いてみせた。

「え~と、じゃあウィードていうのは?」

「雑草、能無し草。害虫ペスターではないけど、ただの無能ね」

 透けてきれいな藍色になっているカールした毛先をいじりながらアイリスは、どうでもよさそうに答えた。

「そうなんだ、プランターていのうは?」

「うん、まぁまんま土ね。通称種無し。“種”次第では花人フロリアンになれるかもね」

 めしべやおしべのように細く小さいな手にちょこんと乗る貝殻のような爪をいじりながら、アイリスはそっけなく答えた。

 そんなアイリスの態度にヨハクはめげることなく質問を続ける。

「えっとフロリアンていうのは?」

「あなたのことよ、天使の髪飾りスノードロップ

「えっと、それはあの、さっきの力のこと?」

 思い出したくもないが害虫ペスターに襲われたとき、ベレッタが淡白い光に包まれて、そして害虫ペスターを雪の欠片へと変えた。

「そうよ、眠る才能を開花させたものを、私たちは花人フロリアンと呼んでいるわ」

 藍紫色の毛から、そこだけ染めたように金髪の前髪といじりつつ、それと同じ色の瞳をちらりと横眼に向けならアイリスは行った。

 花人フロリアン、才能を開花させた人。まさか、自分がそんなものになるなんて、普通ならとても信じられる話ではないが、ヨハクは実際に一度それを使っている。

 右手に握りしているベレッタを見やる。黒光りする銃身。ヨハクは自分の手にスノードロップが握られている想像をする。ギュッとグリップを握る手に力が入った。と、ベレッタが先ほどのように淡白い光に包まれた!どうやら、問題なく使えるようだ。

「あのアイリス、どうしてこんな力が使えるようになったのかな?それって世界で起きている事件や害虫ペスターと何か関係があるの?どうして僕の眠れる才能が開花したの???」

 ヨハクの矢継ぎ早の質問にもあまり興味がないのか、そうねと言いながら、マウスを器用に動かすアイリスに、「アイリスは一体なんなの?」とヨハクは言った。

 アイリスのマウスを動かす手がピタリと止まった。ふわりと、甘くさわやかな香りとともに、アイリスが背を預けてきた。見下げるヨハクと、見上げるアイリス。

人であり得ない前髪と同じ金色の瞳と目が合う。可憐な唇が言葉を紡ぐ、「私は妖精よ」と妖精のように可愛らしい少女は言った。

「私の翅じゃお空を飛べない。だから、私は天使になる。そして手に入れた翅で世界を羽ばたくのよ」

 ふざけているわけではなさそうだ、アイリスの顔は真剣そのものだった。

「その、妖精は空を飛べないの?」

「えっ、当たり前でしょう?どこに飛べる妖精がいるっていうのよ!」

 馬鹿にしないで!とアイリスの頬を膨らませる。

 妖精って飛べないんだ。手のひらに収まるサイズ感でパタパタと人の周りを飛び回るというのがヨハクの持つ妖精のイメージがだったのがだがどうやら違うようだ。

「そうなんだ、ごめんね。どことなく飛べるイメージがあって、どうやったらアイリスはその天使になれるの?」

 先ほどまでムッとした表情をしていったアイリスだったが、そう聞くとまさに花開くといったかんじでパッと表情が輝いた。年相応?に喜怒哀楽がはっきりとしているようだ。

「それにはね楽園ガーデンを作るの、お花さんをいっぱい集めてね。そこでお花たちに祝福されて天使へと至るのよ」

「お花さんをいっぱい集めるていうのは?」

「あなたたち、花人フロリアンのことよ」

「どれくらいの人数が集まればいいの?」

「そんなの、わからないわ」

 わかんないのかよ!とヨハクは心の中でツッコミを入れた。

「とにかくたくさん、それと空気とお水がきれいでおいしいところがいいわね。害虫ペスター共を駆逐してつくる私たちだけの楽園ガーデンなんだから、天使の髪飾り《スノードロップ》、あなたも協力してよね!」

満面の笑みでそういわれヨハクは、答えることにした。

「分かったよ。それと呼び方なんだけど、そのスノードロップていうのはやめてくれないかな?」

「えっ、でも」

「立花 与白、僕の名前。みんなからはヨハクって呼ばれている。だからアイリスにもそう呼んでほしいな」

 アイリスは、ふーんと不思議そうな顔をしていたが、「そう、分かった。これからよろしくね、「ヨハク!」と笑顔で言ってくれた。

 まず状況を整理しよう。まだインフラは生きているようだが、世界は崩壊しているみたいだ。おまけに害虫ペスターと呼ばれる人を襲ってくる人が溢れていて、自分にはそれを倒す力に目覚めてどうやら花人フロリアンというものになってしまったらしい。

 アイリスはふっふふふ、これからこの建物を占領するわよと意気込んでいる。

そんなアイリスの自信に満ち溢れた様子に、ヨハクは害虫ペスターは怖いけど、なんとかなるかもしれないと思った。

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