第15話 ガールズトーク

 そこには花園があった。

 地面には色とりどりの服が、花が咲くように散らばり、その間を二人の妖精が行き来する。

 一人はまるで夜空を切り取ったかのようなきらびやかな黒髪をたなびかす美少女小百合と、もう一人も同じくつややかな黒髪だが、比較するとどうしても作り物めいた光沢が目に浮かぶ、

肩にかかったぱさついた黒髪を手で流す。どう、きれい?とも言いたげにポーズを取る、怜奈だった。

「ねぇ、さゆ。見てみて黒髪ウィッグ。清楚系の大人に見える?」

「うーん、私はいつもの怜奈がいいと思うけど」

「えっえ~、だって笹先輩、絶対黒髪清楚系が好きじゃん」

 怜奈はそう言い、唇を尖らせてウィッグの髪を両手で振り回す。

「だって、さゆのこと―――あっ、小豆ちゃん発見!」

 怜奈は言いかけて、あたりをきょろきょろとしながら歩く小豆を見つけて叫んだ。

 そのままダッシュして抱き着く。

「小豆ちゃん、捕獲!下は無事完了?」

「な、なんですか!地下無事完了しましたよ、抱き着かないで、ください」

「ああ小豆ちゃん、銀髪いいね。私も髪染めての伸ばそうかな」

「私のは、地毛です!離れてください」

「嘘、そうなの羨ましい!!いい匂いもする!なにつけてるの??」

「ななななな、なに嗅いでるんですか!噛みつきますよ!!」

「わぉっ!」

 小豆が思わず、黄金の蛇を呼び出すと怜奈が素早く退く。

「軽いスキンシップなのに」

「どこかですか!」

 ふっふふふ、という上品な笑いに二人の目線が集まる。小百合が口元に手をあてて笑っていた。目線に妙な熱を感じて小豆は背中がぞっとした。まさか二人はそっちの気があるのかもしれないと感じたからだ。

 そういう意味ならば私は獲物だ。小豆は害虫(ペスター)と対峙した時のような緊張感を感じ、無意識のうちに半歩後ずさりしていた。

「えっと、アイリスちゃんを見ませんでしたか?」

「うーん、さっきまでいたんだけどねー。にげ、どこかに行っちゃったんだよね」

 いま、逃げられたと言いかけなかったか。小豆は発言により不安を感じ、早々に場を離れようと思った。

「小豆ちゃんの蛇って綺麗よね?名前とかあるの?」

 小百合が、胴回りが人の腕ほどもある蛇を恐れもせずに触る。それに、いつもならシャー!と警戒するように牙をむき出すのに喉ものを撫でられるままに目を細めている。

 ビーちゃんはやっぱりオスだな、と小豆は思った。

「えっと、この子はビーちゃんと言います。では、私はこの辺で―――」

「ちょっと、何やってるのよ?」

 小豆が小百合たちのペースに持っていかれる前にこの場を去ろうとしたとき、ちょうどのタイミングで絵里奈たちが来た。

「うーん、乾いた生活に花を添えようかと」

「生活に役に立ちそうなアウトドア用品を集めるのが仕事でしょ!なんで服を選んでるのよ!」

「ちょと、絵里奈。そんな言い方をしなくても」

 怜奈がばつが悪そうに言い訳するのを絵里奈が詰問し、それを葵が止める。

 それを小豆は横から見ていて嘆息するのを堪えた。どうもこの怜奈と絵里奈は折り合いが悪いらしい。それなら、関わらないようにすればいいんじゃないかと思う。

 めんどくさいなーと思うと同時に完全に三つどもえの言い争いが始まりそうで、完全にこの場を離れる機会を脱してしまった。どうしたものかと思っていると。

「葵さんは地下でバリケードじゃなかった?野崎さんたちは上でしょう?」

 決して大きくない、音の大きさで言えば小さいほうだろう。しかし鈴の音のように凛として響くそれはまるで鼓膜を直接震わすかのようによく聞こえる。

 小百合が口を開くだけで、空気が一変する。オーラというものなのかなんなのか、もしかしたら、小百合能力もそういったものなのかもしれない、なんて小豆は思った。

「私は、下のバリケードが終わったから、上を手伝おうと思って行ったの」

「こっちも上に運ぶものは大方運び終わったから、下はどうなってるのかと思ってきた見たのよ。そうしたら、案の定―――」

「そう、じゃあ今日の作業は大体終わりね。みんなでお着替えをしましょう」

 まるで児童をあやす様にパンッと手を鳴らし、さらりと小百合は妙案だとばかりに提案した。

「いやいや、なんでそう」

「でも必要なことでしょう、どっちにしても…………」

 小百合が長いまつ毛から、覗く黒い瞳を促す様に流す。それを追うように絵里奈の視線が動いた先、白いマネキンがフリルのついた可愛らしいピンクの下着だけを身に着け、お立ち台に立っていた。

「ね?」と小百合が可愛らしく微笑む。

 そうされると絵里奈も確かにそう思う。ここきて一週間も同じ下着をつけているのだ。いい加減に取り換えたい。

 ちかりと周りに目配せるとどうやら久美と葵、小豆も同意見のようだ。

 なんだか、乗せられた気もするが、絵里奈はしぶしぶ小百合に同調したのだった。

「…………しょうがないわね、さっさと選んで作業に戻るよ」

「そうするのがいいと思うわ」

 そうと決まれば後は女の子だ、選ぶのが嫌いなわけではない。色とりどりのそれらを、木の実をついばむように選んでいく。

「…………小豆ちゃん、選ぶの手伝ってあげようか」

「ッ―――結構です!」

「私ね、小豆ちゃんにはこれが似合うと思うんだ!」

「お二人とも聞いてますか? 結構です。それにサイズが合えばなんだっていいですよ」

「えっえええええ! おしゃれは見えないところからだよ。………見せることもあるけど」

「うーん、どうしようかな、これは…………」

「えっ、葵それ?」

「おういぇーい。委員長、勝負下着とは大胆、ポっ!」

「ふっふ、葵さんって案外大胆なのね」

「Tバック派とは意外~」

 葵がたまたま手にした下着を絵里奈が発見し、久美が茶化し、それに珍しく小百合と怜奈がのっかり、四方からの好奇の視線にさらされた葵は、

「違うよ!たまたま手に取ったのがこれだったの!本当に違うんだから!」

 葵が顔を真っ赤にして、手にした布地面積が明らかに少ない下着を旗のように振り回して、抗議する。

「いや、意外と葵は大人だよ。ほれ、秘儀スカートめくり!!」

 久美が勢いよくスカート下から救い上げる。まるで下から風が吹いたかのように舞い上がるスカート袖から、葵の白い足と下着が垣間見れた。

「きゃっ――――もうやめてよ、久美!怒るよ!!」

「はぅ、ごめんよ、委員長そんなに怒らな―――」

「それ、いつからですか?」

 場が凍る。そんな言葉が適切なような、冷たく鋭利な発言。

「………小豆ちゃん?」

 先ほどまでのふざけた空気が霧散し、小百合は思わず声をかける。しかし、小豆はそれどころではないのか、小百合を無視して話をつづける。

「いつから、そうなったんですか?」

「小豆ちゃん?」

 言われた本人である葵も不安げに首をかしげる。

「ふぅ~、やれやれ語る時が来たかね。そう私が初めて委員長の下着を見たのは、あの小学校のプールの―――」

「―――違います!」

 久美の言葉を遮るように小豆が怒鳴った。

「そんな話はどうでもいいんです。…………竹本先輩、その太もものケガいつしたんですか?」

「―――っ!…………これは、その…………」

「まさかっ、害虫ペスターに―――」

「違うに決まっているでしょ!」

「…………絵里奈」

「これは地下で葵が害虫ペスターから逃げる時に棚の下に隠れる時に擦って出来たものなの」

「どうして、それを野崎先輩が知っているんですか?」

「そっ、それは!…………葵から、そう聞いたから…………でもっ!」

「じゃあ、嘘という可能性もあるということですね」

「葵が嘘ついてるっていうの!」

「もうやめて!!」

 二人の言い争いを止めるように葵は叫んだ。

「二人とももうやめてよ」

「葵…………」

「委員長…………」

「じゃあ話を聞かせてもらえるんですね?」

 先ほどの小鳥がさえずるような黄色い空間とは打って変わって重苦しい空気がのしかかるように空間を埋め尽くした。

 長い沈黙。皆一様に押し黙り葵の反応をうかがう。

 やがて、葵はきゅとこぶしを握りしめるとぽつぽつと語り始めた。

「実は、分からないの…………」

「葵…………そんな、」

「ごめんね。絵里奈嘘ついてて。本当は自分でも分からないの、無我夢中で逃げて…………落ち着いた時には傷がついていて、私は、私は…………」

 こぶしを握りしめ、目尻に涙をうかべる葵を絵里奈と久美はそっと抱きしめる。

「大丈夫だよ、大丈夫だよ。葵、もしそうだとしてそれから1日以上経っているし」

「そうだよね!ネットだと数時間で発症するって書き込みがみたよ」

「逆に3日以上経ってから発症する例もあるようですけどね」

 小豆の言い様に絵里奈は激怒した。

「一年坊がいい加減にしろよ!あっ!」

 絵里奈が小豆の胸倉を掴んだ瞬間、黄金の蛇が絵里奈の腕に絡み、逆に締め上げた。

「ぐぅ!」

「絵里奈大丈夫!小豆ちゃん酷いよ!!」

「先にやってきたのはそっちなんですけどね」

 蛇が絵里奈の腕を離すとそのまま腕を押さえて、膝をついてしまう。

「とりあえず、竹本先輩が危険な存在ということが分かりました」

「葵は、危険なんかじゃない!」

「根拠が何もないじゃないですか、いつ発症するか分からないんですよ?夜寝ていたら、みんなを食べてるかもしれないじゃないですか。私はそんなのごめんですよ」

「葵がそんなことをするわけない!」

「竹本先輩がしなくても害虫ペスターになったらそうなるんですよ!野崎先輩だって見たでしょう!光の日のことを忘れたんですか?!」

 小豆がその小さな体躯を震わせ咆哮した。目尻に涙をいっぱいに浮かべ、体が小刻みに震えている。

 今まで心に押しとどめてきたのだろう、泣きじゃくる小豆を見て、そこには能力なんてない普通の小さな中学1年生の女の子がいた。誰も何も言えなかった。

 しばらく小豆の涙が収まるまで、待って。普段、こういう時は押しだっている久美が口を開いた。

「そうしたら、4階に事務室があるじゃん、あそこなら鍵もかかるし、私たちはそこで寝るよ。カギは預けるから」

 いつもの軽快さとは違い、おどおどと伺うように意見をする。それにみなの視線が小豆に集まる。

 小豆はゴシゴシと目を擦る。先ほどまでの怒気は消え、毒気を抜かれたようにつぶやいた。

「…………それで、いいです」

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