第12話 リリィとリリス

 抱き合うクラスメイトを見つめ、ヨハクの心は安堵した。本当に間に合ってよかった。

「俺たち降りていいかい?」

 ゴンがきざったらしく髪をかき上げながらいった。二人がエレベーター前で抱き合っているために降りれないためだ。

「ああ、ごめんね。今……どくね」

「ぼけ、空気読め。そのままいろよ!」

 葵と絵里奈がそれぞれ言いながら、エレベーター前からどく。

「どうも、どうぞお姫様」と扉を抑えながら恭しく頭を下げるゴン。

 どうもゴンは女子の前だと恰好をつける癖があるように感じる。ゴンはイケメンだから様になっているからいいかとヨハクは思っていた。

 ゴンに促され、お姫様もといアイリスはそれに反応は見せずにエレベーターを降り立つ。

 竹内さん、野崎さん、浜崎さんの三人がそれで泣き顔に息をのむのが見えた。

 武骨なエレベーターホールに突如咲いた一輪の花、そこに妖精が舞い降りたからだ。

 腰まで伸びた淡い青紫の髪、瞳は前髪と同じく黄色の虹彩を持つ、目と鼻と口とを一流の飴細工職人が手掛けたような繊細で乗っており、触れればもろく崩れてしまいそうなほどに小さく美しい、人形めいた完成された美。まさに妖精にいうに相応しい成り立ちは、見る者の息をのまさせるのだ。

 一方そんな風にみられているアイリスは三人を見ると、ふんっと可愛らしく鼻を鳴らした。。

「見事に雑草しかないわね」

「それで。おずあんは、どこに?!」

 どたどたとグリがエレベーターから降りてキョロキョロとあたりを見渡す。

「おずあん?」

「ここにいるというミリオタアイドルの小倉 小豆ちゃんのあだ名だな」

 ヨハクの疑問にミリオが答えてくれた。

「昔、おぐらあんこっていうキャラの中の人やってそこから来てるのよ。ちなみにおぐあん、って呼ぶのはニワカだから、これ重要だぞ」

「そ、そうありがとう。グリ」

 グリの補足説明に礼を言いつつ、周りを見渡す。グリはおずあん目当てみたいだけど、ヨハクはむしろ……。

「本当にすごかったわ。上から見ていて驚いたし、感動したわ」

 決して大きくはない。けれど鈴音のように張り詰めた糸を指ではじいたような繊細な音がヨハクの鼓膜を通り、脳に響き、魂が直接震えを感じ取るようなウィスパーボイス。

「あ、朝霞さんと……灰岡さん」

「私、おまけ?」

 小百合の背中に身を隠しつつ、リスを思わせる小動物的可愛さしさでもって抗議の声を怜奈は上げたが、小百合との再会に感動するヨハクは気付くことが出来なかった。

 ヨハクの目の前に現れた小百合は、依然と変わらずに美しくそこにいた。

 黒檀のように美しい黒髪を、鮮やかに飾る白いユリの髪飾り、久しぶりに見たからだろうか、それがより鮮やかに光り輝いているように感じる。

「立花君たち、本当に無事でよかったわ」

 花開くようにゆっくりと小百合にほほ笑まれ、ヨハクは顔が赤くなるのを感じて下を向いた。

「いや、それほどでも」

「あなた、なかなかいいわね」

 小百合とヨハクの間に、アイリスが割って入ってきた。

 せっかく朝霞さんと話せているのに!とヨハクが憤り感じて頭を上げると、小百合とアイリスが見つめあっていた。

「すごいわ、在野でもこんなにも綺麗に咲くものなのね」

「どういたしまして。あなたもとってもきれいよ、お嬢さん。お名前を教えてもらえる?」

 小百合が腰を折り、アイリスと目線を合わせる。

「私はアイリス種フェアリー、天使になる妖精よ。そしてこれが私の花よ。さぁヨハクちゃんと自己紹介するのよ」

 アイリスに抱き着かれながら、ヨハクは小百合に紹介される。

 自己紹介も何も知り合いというかクラスメイト、しかも隣の席なんだけど。

 ヨハクが困惑していると、小百合が立ち上がりこちらを見つめる。

「はじめまして、朝霞 小百合って言います。こちらは親友の灰原 怜奈」

「どうもー」

 二人ともからかっているのだろう、笑いを堪えるように挨拶してきた。いや、たぶんアイリスを容姿通り子供と思って付き合っているのだろう。

「えっーと、立花 与白です。それと……」

 やっぱりこれは言わなきゃだめなんだろうか、アイリスをちらりと見ると、こちらをじっと見つめている黄色の虹彩と目が合う。ヨハクはあきらめて名乗ることにした。

天使の髪飾りスノードロップです」

 不思議そうに小首をかしげる二人は果てしなく可愛らしいが、目線が痛いので顔を背ける、アイリスはふふんとドヤ顔で腰に手を当てて胸を反らしている。

「スノードロップって何?」

「花の名前よ。教会の庭とかによく植えてあるわ」

「へぇー。教会の庭ねー。まぁ外人さんぽいもんね」

 朝霞さんは天使の髪飾り《スノードロップ》を知っているようだ。結構なマイナーなほうだが、ユリの髪飾りをつけているだけあって花が好きなのかしれない。心の手帳にメモっておこう。

「じゃあ私は、やっぱりシラユリかしら」

「うーん、私は何にしようかな。……うん、ヒマワリで!」

 ごっこ遊びと思われたのか、二人とも好き好きに花の名前をあげる。まぁいいかとヨハクは思っていたが、アイリスはそうは思わなかったようだ。

 黄色の虹彩が今度はじっと怜奈を見つめる。まるで怜奈をいうよりもその中身に目を向けるように。

「違うわね。少なくとも黄色じゃないわね、赤い。とても赤い花だわ。まるで血みたいにね。まぁ、彼岸花アマリリスってところかしら?」

「あら、だめだしもあるのね、……怜奈?」

彼岸花アマリリスってなに?さゆ」

 小首を傾げる、玲奈。それに小百合が答えようとしたとき、視線を感じる。みな一様にこちらに目を向けていた。

「…………とりあえず、全員自己紹介は必要よね」と小百合は微笑んだ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「えっとではまずは、というよりもやはり司会は年長の今井さんのほうが……そうですか、では僕がやらせていただきます」

 皆が集まったのを確認して、若い大学生くらいを思わせる男が立ち上がりそういった。

 となりに座る太った男のほうが年上に見えるが、どうやらしゃべるのは苦手みたいだ。手を振って拒絶していた。

「まずは自己紹介、その前にあたらしく来たみなさん、僕が代表とはおこがましいですが、笹と申します。竹内さんを救っていただきありがとうございました」

 大学生らしき男は深く頭を下げた。それに合わせて小百合たちも頭を下げる。

「本当にありがとう。何度言っても礼は尽きません。僕たちではどうしようもなかった」

「当然のことをしたまでだ」

 再度頭を下げようとした男をミリオが止める。

「委員長を助ける手段がこちらにはあった。それだけのことだ。それよりも話し合いを早く始めよう」

「ミリオ君……」

 委員長は王子様を見つめるようにウットリと目を潤ませている。

 俺たちも頑張ったんだけどなーという感じでグリとゴンとヨハクとで目が合った。

 ありがとう、それでも笹はそういい頭を下げた。

「では、まず僕から、大学生の笹って言います。では順番、時計回りで言っていきましょうか」

「じゃあ私かな」

 久美が立ち上がり、コホンと咳を一つして

「どうでもいいわ、そんなの」

 久美を遮るようにアイリスが勢いよく立ち上がる。

 話が進まない。ヨハクはアイリスの手を取ろうとするがはたかれてしまう。

「いいこと、あんたたち雑草如きのどうでもいいのよ」

「ざ、雑草だと?!」

「そうよ、花がない。あんたたちは雑草よ。黙ってなさい」

「な、なにを~」

「ちょっと久美、子供相手にだめよ」

「でも委員長!」

「あなたと、小百合リリィ玲奈リリス。こちらに来なさい、私があなたたちを、咲かしてあげる」

「???……、何のことですか?」

 アイリスに指を指されたうちの一人である小豆は疑問を口にした。

 しかし、アイリスにはそれに答える気がないようで、背中から、まるでさなぎからかえる蝶のように一対の光輝く翅を出現させる。

 みな、その光景を息をのんで見守ることしか出来なかった。この世ならざる一対の光の翼からは、一つ一つがそれぞれに燐光を纏う雪の欠片のような白い結晶。天使の涙にも見た光が舞い散り、まずは近くのヨハクへといつものごとく吸い込まれる。ついで成行きを見守っていた小百合と怜奈の体にも纏わりつき吸収される。

 そして、

「この光は……」

 小豆も同様のようで体にまとわりついた粒子を次々と吸収していく。

「すごい、すごいです。どんどん力が溢れてきてるのが分かります」

「ふっふふふ、いい子ね。そう天使の愛撫を受け入れればいいのよ」

 菩薩のように優しく、そして妖艶に微笑むアイリスが七色に輝く光の羽を広げ、それが放つ鱗粉のように舞う“天使の粉”がどんどん小豆に吸い込まれていくように集まっていき、それと同時に小豆が纏う燐光はどんどんその光量を増していった。

 ついに凝縮された光は、やがて臨界点へと達し、爆散するように爆ぜた。

 そして奔流する光の中から、黄金の花が咲く。

「ああっ、お帰りなさい。スーちゃん、ネーちゃん、クーちゃん、へーちゃん、びーちゃん」

 そう言って黄金に包まれた小豆は、一匹一匹、恥じらう乙女のように優しく蛇を愛撫した。

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