第26話 ミリオと小豆

 一体何体の害虫ペスターを倒したのだろう、数えるのすら億劫な数を倒した時、不意に爆発が収まり、怜奈が屋上から降りてきた。

「ああ、怜奈せんぱ―――」

「どいて」

 ようやく状況が打開できるかもしれない、小豆が勇気をもって話しかけたのを、怜奈は一言そういって走って通り過ぎた。

 振りむくように小豆は怜奈の後姿を追いかけた。

 怜奈は、あの凶暴そうな男が入ってきた窓を飛び越えた!

 嘘、飛び降りた!そう思った小豆が窓にかけようとしたとき、

「―――爆ぜろ!」

 外から爆炎が上がる。爆風に乗ったひび割れた窓ガラスが雹が降るように飛び散る。

「み、みんな!」

 小豆はそれを呼び出した黄金の蛇を体にまきつけて防いだ。

 簀巻きのようにぐるぐる巻きだが、それでも露出したふくはらぎなどには、窓ガラス破片があたり、鮮血を散らした。

 爆炎が収まったのを感じて蛇を解き、窓枠からみをのりだすようにして外を見る。

 下は、蟻塚を壊したみたいに、害虫ペスターが所狭しと這いずり回っている。そこに紅一点とばかりに目立つ赤い車―――消防車だ。消防車からは梯子がまっすぐ伸びており、先から怜奈が隣のビルに乗り移るところが見えた。。

 どうやら、さっきの爆発を利用して梯子の向きをむりやり変えたようだ。

「ああああ、小豆ちゃん。害虫ペスターが?!」

 振り向けば、害虫ペスターの群れが押し寄せていた。

「上に行きましょう!」

 もはやここにいてもしょうがない。一縷の望みにかけて小豆は上がることを決めるが、蛇の舌のように黒いまがまがしい炎が舌なめずりするように屋上から漏れてくるのが見えた。

 最初は火事なのかと思ったが、そうではない。それよりも違う何かに小豆は思えた。

 近づく害虫ペスターを蛇が噛みつき、ほかの蛇が巻き付いて首をねじきりつつ、いなしていく。

「小豆ちゃん、大丈夫だ!なんかこの炎熱くないよ!」

 今井の声に反応して害虫ペスターを警戒しつつ、そちらを見やると、階段の中ほどで止まっている今井と目が合う。

「わかり…………?」

 小豆はなぜかそれに違和感を覚えた。振り返っていると今井と目が合う。それは自然なことだ、だというのに何か違和感を覚える。体と頭のバランスが悪いような…………、

「―――っ!」

 小豆は、違和感の正体に気が付いて、声にならない声を上げ、目を見開いて驚いた。

 今井の体は前を向いているのに、頭だけがこちらを向いているのだ。

「あれ、なんで僕こっちを向いて、頭が向いている向きがががががっがががががが―――」

「きゃああああああっ!」

―――ぶっしゅ!と音を立て、鮮血が散る。首が360度ツイストのように回り、まるで蓋が取れるように今井の頭が階段をバウンドしながら、落ちてくる。

「うわぁあああああああああああああ」

 小豆は恐怖を害虫ペスターに八つ当たりする。腕をもぎ、蛇をぶつけ、頭を勝ち割る。

 あの黒い炎に触れるのはまずい。つまり上にはいけない。ただ下にもいけない。かといって、エレベーターは止ったままだ。

 とてもじゃないが、窓からも隣のビルに飛び移れるほどの距離じゃない。八方ふさがりの状況を自認して小豆は泣きたくなる気持ちを自身の花に込めた。とりあえず、目の前の害虫ペスターを倒していく、いつか状況がよくなるはずと信じて。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「誰か、誰かいないか!」

 かつて共に過ごしたイベントスペース、ステージのカーテンは破かれ、柱や床にはところどころ血痕が見れる。ミリオが叫ぶように生存者を探していると、柱の陰からすっと一人出来た。

 ミリオは反射的にナイフを構えるが、すぐに下に向ける。

「馬鹿なんですか?叫ぶなんて害虫ペスターを呼ぶ自殺行為ですよ」

 最初に見えたのは黄金と見まがうばかりの黄金色の鱗を持つ蛇、ついでそれが5つ四肢から巻き付いて伸びている。黄金の蛇を纏う少女、小豆だった。

「良かった。生きてたんだな」

「こんな雑居ビルでなんか死ねませんからね。…………一人…………ですか?」

「ああ、一人だ」

「………そうですか」

 その一言だけで小豆は大体の事情を察した。まぁこんな状況だ。致し方ないのだろう。

「で、この後はどうする気ですか?」

「ああっ、上に行こうと思う」

「上…ですか?」

 見上げるミリオに合わせて小豆も見上げる。当然ながら薄汚れた天井しか見えない。しかし二人にはその先の光景が分かるようだった。

 上には小百合にヨハク、アイリスもいるだろう。

「これ以上、目の前にいる人を助けられないのは嫌だからな。……それに下には逃げられん」

 ペッタン、ペッタン、ペッタンと階段にモップを叩きつけるような湿り気を含んだ足音、ミリオと小豆の視線は上から下に階段へと移った。

 そこに害虫ペスターがのそりと現れる。ゆらゆらと上体が揺れ、おぼつかない足取りにも関わらず器用に階段を一段一段昇ってくる。

 それを見て小豆ははぁーと嘆息する。

「下は害虫ペスターでいっぱいですからね。でも上は無理ですよ、あの炎が見えます?触れるとああなります」

 小豆が指さした先には黒い炎に包まれた今井の頭が転がっていた。

 それを見て、ミリオは大きく頷いた。

「そうか、じゃあやることは一つだな!」

「な、何かアイデアがあるんですか?」

 ミリオの自信ありがな発言に小豆が色めき立つ。

 それを受けてミリオがニッと笑い、息を吸い込み、―――。

「ヨハク! 聞こえてるか! 聞こえているのならなんとかしろ!!」と大音量で叫んだ。

「ば、馬鹿なんですか!音を立てたら、害虫ペスターが寄ってくるっていってるでしょ!びーちゃん!」

 5体の中で一番太いびーちゃんと言われた蛇が害虫ペスターの首元へとかみつき、そのまま持ち上げ階段下へとたたきつける。それで害虫ペスターは動けなくなった。

 どういうつもりだ!と睨む小豆にミリオは言った。

「この炎はたぶん朝霞のだろ」

「…………どうして分かるんですか?」

「灰原が隣のビルに移ったのは見たからな、あとは消去法だ。ほかにはいないだろう」

「たけ、…………そうですか、それでなんでヨハク先輩の名前を叫ぶんですか?」

 竹内先輩とかは小豆は言いかけてやめた、ミリオはここに一人で来たのだ、他に消去法でいないということは、…………そういうことなのだろうと察したのだ。

「怒れるお姫様を静ませられるのは、王子様しかいないだろう」

「…………ヨハク先輩が生きているってどうして分かるんですか?」

「死んでるのか?」

 ついっとそっぽを向きながら小豆は答えた。

「死んではないと思いますよ。でも体温からしてそれに近いか、寝ている感じはしますね」

「だろ? だったら、叫んで起こすまでさ。ヨハク!お姫様を呼んでるぞ!起きろ!!」

 喜々としてミリオは叫び始めた。それに反応したのか、遠くから害虫ペスターの唸り声も届いてきた。

 そんな状況に小豆は頭を抱え、もう、ああっと!銀髪の髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、

「ヨハク先輩、助けてくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 ミリオと等しく、いやそれ以上の声量をもって叫んだ。

「いい声だ。だが、大声を出すのはだめなんじゃないのか?」というミリオの意地悪な質問を、

「ふんっ!」と小鼻を鳴らして小豆は一蹴する。

「こうなったら、破れかぶれですよ。どうせじり貧で死ぬだけです。だったら、自分がやれることだけはやります!」

 叫んだおかげか、頭が、気持ちがスッキリした。こうなればやけくそだ。

「どっちがヨハクを起こすか競争だな」

 そんなミリオの言葉に、小豆はぐしゃぐしゃになった銀髪を後ろに流し、眉を吊り上げ長髪的に見上げる。

 負けるもんかと、という意思がその瞳からミリオは読み取れた。

「ヨハク、起きろ!俺だぁ!!」

 こっちは声優だぞ、毎日ボイストレーニングを積んでるんだ、声優の声量なめるなよ!

「ヨハク先輩ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 小豆は、そう力を込めて、叫んだのだった。

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