第25話 黒い炎
それはまるで暴風のようだった。
そのあまりの凶悪さに小さなものは、縮こまって嵐が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
キングと名乗った男は、それほどの、災害を思わせる純度の暴力の塊だった。
瞬く間に、とはこのことだった。鳴り響くサイレンの音、複数台のパトカーが首領・ホーテに集っていた
そして最後に消防車が着て、はしごに乗る一人の男が叫んだ。伸びきったはしごは4Fまで届いており、窓をぶち破ってホーテへと入ってきたのだった。
すぐに屋上へとやってきた男は、キングと名乗った。
「よう、小百合。言われた通りに向かいにきたぜ」
ヨハクは何がなんだか、分からなかった。竹内さんのことはあったにしろ、やっとまともな生活に戻れると思ったのに、これからみんなでやり直していこうと思っていたのに、このキングという男は嵐のように突然やってきてそんなことをのたうち回った。
どういうことだろう、ヨハクは小百合のほうを見るが、当の小百合は体を抱くように腕を回し、震えている。
「さぁ、そんなガキの乗り物乗ってないで、さっとこっちに、……なんだ、てめぇは」
そんな小百合の様子を見て、どういう事情かは知らないが、少なくとも友好的な間柄ではないように感じた。
どうみても、朝霞さんは怖がっている。その事実が、ヨハクを奮い立たせた。
ヨハクはこの男の視線から小百合が隠れるように前に出たのだ。
「アイリス、離れてて」そう一言いうと、
「分かった、ヨハク」と アイリスがトコトコと可愛らしく離れていくのを目の視界に入れながら、男の前に出る。
威圧するような眼光に当てられ、身がすくみそうになるのを、自身の
「なんだ、お前。ピカピカ光りやがって」
男に対抗するようにAK47に込められた
「まぁいいお前、小百合に木があるのか。いいぜ。やろうぜ、タイマンだ。勝った方が小百合を持っていくそれでいいよな」
キングと名乗ったこの男は、ヨハクとは対照的に舌がよく回るようで、ヨハクが返事をする前にそう一気にまくし立ててきた。
「よぉ、小百合。それでいいよな、じゃあ決まりだ!殺し合うぜ」
現に、小百合が返事する前に、ヨハクが名前を名乗る暇すら与えず、自分こそが世界の中心であり、法であると言わんばかりに、現にキングはそう思っている。こんな世界になってからは特に勝った方がすべてを手に入れる単純明快な法に酔いしれている。
キングはさぁ来いよっと言わんばかりに両手を広げ、叫びながら腰に刺さったホルスターから、銀色に光る銃を二丁掴む。
ヨハクはそれに反応するようにすでに構えていたAK47の引き金を引いた。
夏の陽光を浴びて、雪の結晶と見まがうばかりにBB弾は白く美しく輝く。
小百合を守る!と決めたヨハクの渾身の力だ。球切れなど気にせず、秒速14発にも及ぶ速射でマガジンが空になるまで打ち尽くす。
キングの体に無数にあたり弾ける。そして、―――――
「―――――っ、てぇなぁああああああああああああ、おぃいいいいいいいいい!」
全身にBB弾を受けながらキングは引き抜いた両の銃の引き金を引く。
電動のそれとは違う、火薬が爆ぜる爆音と硝煙。
「えっ、…………。」
「流石に、二丁拳銃(ダブルハンド)は無理かぁ全然当たらねーな、おぃ」
その号砲のような爆音と硝煙のにおい、それにイチゴ型のゴンドラに、二つの穴が空いているのが見て取れる。
まるで目のように並んだ二つの円の穴は、ヨハクが持つ電動ガン勿論、小豆が使っていた映画に出てくるような凶悪なスコヴィル U.02モデルをもってしてもあんな穴が空くわけがない、せいぜい凹みが出来る程度だ。
つまり、あれは本物…………?
それを想像したとき、ゾクリとヨハクの全身に悪寒が走った。
「ヨハク?!」
アイリスの悲痛な叫びを聞いた時、ヨハクの視界に火花が散った。
側頭部を襲う激烈な鈍痛、まるで遊園地でコーヒーカップの乗り物に乗ったときみたいに視界が360度周り、ぐわんぐわんと歪む。
気づいた時には、青い空が見えた。
そしてそれを遮るように黒い影が現れと思うと、腹部に胃がひっくり返るんじゃないかというほどの衝撃が走る。
「あっあははははは、なんだよ、お前のおもちゃかよ。そんなんじゃ人は殺せないぞ!」
体中に走る痛みに耐えながら、ヨハクは思った。
そうか、
そんななか誰かの叫びが聞こえる。
「よくも私のスノードロップに、」
「どけ、このチビが!」
しかし、それを知ったのはあまりに遅すぎた。それはそうだ、人に向けて打つなので考えたこともなかったのだから、だから、アイリス、朝霞さん逃げて…………。
脳天に重い衝撃が走り、ヨハクの意識が完全に闇に落ちた。
ああ、なんでこんなことになってしまったんだろう。
キング、それは玲奈の元彼の一人だ。
確かに、私が呼んだ。こんな事態になっても生き残ってそうで、むしろこういう奴のほうが、役に立つのではないかと思ったからだ。
実際にキングは向かいに来た、と言った。
しかしやり方は最悪だ。屋上から煙や火の手が見える。それに、この爆音だ。近隣の
いや、どうする気もないのだろう、ダメならその時で、私やましては玲奈など不要と判断したら、囮や盾にすることぐらいは平気でする。そういう奴だ。
怜奈は無事だろうか、笹と一緒のはずだ、でも……最悪の想像にいきつき小百合は震えた。
すると小百合とキングを遮るようにヨハクが前に出た。
それを見た小百合は淡い期待を持った。もしかしたら、あの
この最悪の状況でそれがベストだ、小百合は不安を押しつぶそうと白い百合の髪飾りを握りこむ。これはただの髪飾りではない、もはや小百合の一部となったそれは、痛みを伴った。
勝って!小百合はそう願わずにはいられなかった。
しかし、現実は残酷だ。
キングの突然の開戦に、先手を取ったのはヨハクだったが、天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)と呼ばれた力は、ひと際美しい輝きを放つもキングの体にあたり弾けていった。
天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)の力は、人には通じないのだ。小百合の願いは届かず、キングが本物の銃を放ち、ヨハクの注意をされたところを飛びつくように殴りかかり、かばいにいったアイリスも、まさに一蹴とばかり文字通り蹴り飛ばされ、一瞬で無力化されてしまった。。
「ひぃいいいい!!!」
それを見ていたもう一人、今井は悲鳴を上げながら、その巨体に見合わない俊敏な動きで屋上から下へと逃げていった。
役に立たない。小百合は奥歯を噛んだ。髪飾りを痛いほどに握りこむ。どうすればいい、私はここからどうすればいい。
ヨハクは頭を銃底で殴られてからピクリとも動かない。
たぶん、脳震盪を起こしているのだろう。
「はっ! もう終わりかよ。まったく、雑魚の癖に体中あざだからじゃねーか、お礼に俺の銃で天に召してやるぜ」
キングがヨハクの体を跨ぎ、両手で銃を構える。
やめて!
―――――――ドッウン!
小百合の叫びにならない悲痛な叫びは、届かず屋上に爆音が響いた。
「な、なんだ?」
突然のことに、さしものキングも驚きを隠せないようだ。
コンクリートの床に、ガンガンと音を立ててながら、屋上のドアが吹き飛んでいく光景。
硝煙とは違う、独特な匂いを立ち昇らせ、爆発に舞い上がった土埃に人影が写る。
キングはヨハクに向けていた銃を構えなおす。
「な、なんだてめえは?」
キングが引き金に力を籠める。が、―――――
「さゆ、一体どういうことか説明して」
その声に、姿に、見おぼえがあった。それもそうだ、つい数分前に会ったばかりなのだから、
「お、おう怜奈か。一体どういう種だよ、あれは。手りゅう弾でも使ったのか?」
「ああ、リリス。あなた目覚めたのね。こいつをやってちょうだい。私の天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)を踏みつけたのよ!」
「ちびは黙ってろ、殺されて―のか!」
「さゆ、早くして」
キングが、アイリスが、わめきたてても怜奈は反応すらしなかった。見つめるのはゴンドラに乗る小百合だけだ。小百合もまた怜奈から目が離せなかった。
殴られたのか左目はこぶが出来たようにはれ、服には滴るほどに血がこびりついていた。
痛ましくて、恐ろしくて、おどろおどろしい、それなのに小百合は今朝見た時よりも、いやいままで一緒居たどの時よりも怜奈が美しい見えた。
「違うの、違うの、怜奈」
そんな怜奈を小百合は愛おしく抱きしめたかった。だから、手を伸ばす。
あの時のように手を指しのばて欲しかったから、
「違うってなにが?」
しかしだ、怜奈は手を伸ばすどころか、その場を動かなかった。
「何が違うっていうのよ。なんでこんな奴を呼んだの、なんで笹先輩は死ななきゃいけなかったのか? やっと、…………やっと仲良くなれたのに。いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも最後には余計なことをして」
「怜奈…………何を言って、私はあなたの為に」
「うるさい!うるさい!うるさい!そうやって私をバカにしてるんでしょ!私におこぼれを渡して悦に浸っているんでしょ」
「怜奈! 違うわ、そんなつもりはな―――」
「―――嫌い」
「―――っ!」
「私は、さゆのことが嫌い」
「おい、おまえら、…………俺を!無視してるんじゃねー!」
小百合と突然現れた怜奈に無視された、キングは怒りのままに怜奈の胸倉を掴み、勢いのままにこぶしを振り上げた。
「おらっ!―――っ、お前…………その目」
怜奈の、キングが殴って出来た左瞼のこぶから覗くように瞳が見えた。黒い瞳の中に燃えるような赤い花が咲いていた。
花をめでる趣味などキングにはない。だが、その赤く怪しくエキゾチックな花を名前をキングは知っていた。
一度、子供の頃に見たことがあるのだ。死んだ両親の遺骨を埋葬する墓場で。子供心に思ったのだ、まるで両親の血を吸ったみたい赤いなと、―――――その花の名前は、
「ヒガンバナ」
怜奈と目があい、キングがつぶやいた瞬間、
「爆ぜろよ」の言葉が耳に届くと同時に、キングの網膜を焼き尽くすかのような光量と鼓膜が破れるんじゃないかという爆音が響く。
キングが振り上げたこぶしのままに、吹き飛び、そのまま床を二転三転と転げまわり、最後は屋上の柵にぶつかって止まった。
顔は焼けただれ、苦しいのか口をぱくぱくとさせ、体全身が痙攣をおこしている。
それを怜奈は冷たく一瞥し、左手を持ちあがる。
左手の薬指にはまったピングダイヤモンドの指輪、それに優しく口づけをする。
「怜奈!」
「―――爆ぜろ」
小百合の必死の呼びかけに怜奈は、彼岸花の力(バクハツ)で答えた。
「きゃぁあああああああああああ」
小百合の横のイチゴ型のゴンドラが爆ぜ、ガラスの破片を辺りにまき散らしながら、コンクリートの床に、まるで本物のイチゴが落ちたようにグシャリとつぶれる。
「怜奈、話を聞いて!」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
怜奈が叫ぶたびに爆発が起こる。コンクリートの床がもがれ、花火のように爆炎を咲かす。
「ヨハク!」
怜奈が爆発を繰り返す最中、地面を這い、アイリスが倒れたままのヨハクに覆いかぶさる。
「起きてねぇ、起きて!このままじゃみんなダメになる。あなたしかいないの!」
アイリスの可愛さしい手でぺちぺちと頬を叩くが、眠ったようにヨハクは目覚めない。
「本当に好きだったんだから」
怜奈の瞳に咲いた赤い彼岸花が水に沈む。溢れた涙が頬を伝い、ひと際大きな、まるで太陽が現れたと思えるほどの爆発が屋上を包んだ。
顔をかばうように両手を掲げた小百合の耳元で観覧車がひしゃげる音が聞こえた。
しかし、小百合はそんなことをは気にならなかった。やけどしたように痛む両方の腕もすらも気にならなかった。
気になるのは、どうして? それだけだった。
小百合を乗せたゴンドラ、いや観覧車そのものが傾く、怜奈の爆発で足元が崩れ重量に負け倒れ始めているのだ。
どうしてだ、どうして、怜奈に私が嫌われないといけない。
どうして、どうして、どうして、どうして、その思いに小百合に変化が訪れる。
小百合の夜空を切り取ったような黒髪の中でひときわ綺麗に咲く白い百合の髪飾り、それが、黒くとても黒く染まっていく。
どうして怜奈は分かってくれない。どうして、怜奈はあんな男のことなんかを気にする。
男なんてどうでもいいじゃないか、今までだってさんざん飽きて捨ててきたじゃないか。
私より、大切なはずなんてないのに、どうして?
堂々巡りするたびにどんどん黒く、どんどん思考が沈んでいくたびに、黒く染まっていく。
それを象徴するかのように髪飾りが、白百合ではなく、黒百合へと変貌していく。
その黒さがついに小百合の夜空を思わせる黒髪よりも、星や月が照らすことのない完全なる闇のそれのような黒さに達したとき、爆炎の残り火に交じって、チロリと現れる。
小百合はクロスした腕を離し、怜奈に向けて手を伸ばす。黒く染まる意識の中、唯一残った明かりに手を伸ばす様に、だが、
「爆ぜろ」
再度の爆発についに観覧車が崩れる落ちるように倒れる。
「怜奈、私を捨てる気なの?」
空を飛んでいるんじゃないかと思ってしまう浮遊感の中で、ついに小百合の意識に残っていた一点の白さも黒く塗りつぶされる。
それと同時、小百合の周りに黒い炎が現れ、瞬く間に屋上に広がっていく。
怜奈の爆炎を飲み込み、広がっていく。
怒り狂っていた怜奈も後ろに下がる。
「ぐがぁががああ」
最初に黒い炎に飲み込まれたのは、怜奈に吹き飛ばされたキングだった。
炎に包まれ、苦しそうにもがく。しかし、服などは燃え移りはしない。
それでもキングは苦痛が逃れるように柵にしがみつき、這いずるように立ち上がったところで、―――――ぶっしゅ、とペットボトルの蓋をあけるみたいにツイストに首がまわり、頭が、ボールが転がり落ちるよに地面に転がった。
そのまま体も崩れ落ちるように倒れる。
「そう、さゆ。結局こうなるのね。はっあははははは」
それを見た怜奈が自虐気味に笑い、踵を返す様に屋上から逃げ去った。
「ねぇリリィ、これを止めて!」
いつも冷静なアイリスが悲痛に叫ぶ。ヨハクをこの黒い炎から遠ざけようとするが、いくら華奢なヨハクの体といえど小さなアイリスでは少しずつ引きずることしか出来なかった。
そしてそのスピードよりも小百合の黒い炎の浸食のほうがはるかに速かった。
いつの間にか屋上を埋め尽くす様に迫る黒い炎の中で、アイリスは決心した。
「大丈夫、私は妖精。それもただの妖精じゃないわ、天使に至る偉大なる妖精よ」
黒い闇が支配するそこに、一筋の虹がかかる。アイリスが翅を出現させたのだ。
「いまはまだ羽ばたけないけれど、あなたを守ることなら出来るわ」
ヨハクのAK47にはもはや吹けば消えそうだが、確かにスノードロップの燐光が残っていた。
アイリスは羽を羽ばたかせ、残り火に息を吹きかけるように力を送り込む。
「私の大事なお花さん、さぁ咲きなさい!」
黒土にスノードロップが咲くように、アイリスとヨハクを包むように光の燐光が広がった。
それを塗りつぶそうとするかのように、黒い炎が屋上を埋め尽くした。
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