第14話 黄金の蛇

 各々グループに分かれ、ヨハク達とは違い、缶詰とはいえ久しぶりの食事にがっつくように食べていたが、それも2~3個を食べ終えると会話をしながら食べるぐらいの余裕は生まれてきた。

 話題は当然のように1,2階の攻略となった。

「さて明日からなんだけど、やっぱり食料品が集中している備品庫である地下、出来れば2階1階は解放が必要だと思う」

 自然な形で笹が音頭を取り、玲奈が「異議なーし」と元気よく手を上げて賛同する。

「とりあえずは地下か。エレベーターと1階のバックヤードを塞いでしまえば、解放しやすいしな。小豆の能力のおかげで大分安全に戦闘することが出来る。なにせサーモグラフィー付きだからな。少なくとも2階以降は全員で挑むべきだろう。撃ち手と玉補充等のバックアップ要因をキッチリと確立するべきだ。まぁなんにしても地下の解放が先だろう」

 概ね、みなミリオの意見に賛成のようで反対意見は特に出ることはなかった。それを確認したのち笹が言った。

「方針は決まったね。問題といえば、明日も今日と同じように力が使えるかだけど」

 視線が小豆とヨハクに注がれる。二人は目を見合わせるとそのままアイリスを見た。皆もそれに釣られ、自然と全員がアイリスへと注目することなった。

 当のアイリスはというと、ヨハクのように気圧されることもなく、さもそれが当然とばかりに悠然と足を組み、まるで回答をじらす様に水をゆっくりと飲んでいる。

「ふぅ~、このフジヤマ?の水、なかなかに柔らかくて美味しいわね。気に入ったわ」

 みなの視線などどこ吹く風のようで、アイリスは何も語ることなく、今度は爪をいじり始めた。

 すると無言の「お前が聞け」という視線がヨハクへと集まり、「ええ僕?」というジェスチャーを交えて、ミリオの大きな頷きで諦めてアイリスに尋ねることにした。

「ねぇアイリス」

「問題ないわ」

 まるでタンポポの種を飛ばす童女のようにアイリスは爪に息を吹きかける。

 そして、金色の双眸がヨハクのほうを向く、

「私の翼がある限り、何の問題もないわ。ヨハクも小豆も能力は使えるわよ」

 そのアイリスの自信に満ちた発言を聞いて、だれが発言するまでもなく明日の作戦は決まった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 武装を整え、エレベーターホールにみな一様に集まる。

「簡単にだけど、作戦の概要を確認しよう」と笹が作戦内容を説明しだした。

 

内容はこうだ。


作戦概要


・エレベーターで地下一階に六人?(ヨハク、小豆、笹、ミリオ、今井、アイリス)が降り、小豆、ヨハク、ミリオがメインで弾幕を張り、今井とアイリスが玉込めやマガジンの交換などを行う。笹が臨機応変に状況を見つつ動く。

 制圧が出来なかった場合は、依然同様に手短な食料などを取って帰還。

 制圧が出来た場合は、エレベーターで後続を迎えつつ、一階のバックヤードへと進むか、封鎖するかを検討する。

 

「以上。昨日の説明どおりだけど、何かあれば……はい、竹本さん」

「私も着いていきたいです」

 まるで学校の授業で解答をするかのように高らかに手を上げて答える葵に、

「委員長~だめだぞぉ」

 のしかかるように久美が葵を抱きしめた。 

「葵、それは昨日話したでしょう」

やれやれっといった感じで絵里奈がたしなめる。

 それでも、葵は「でもっ」と食い下がるのを見て、笹は朗らかに葵に話しかけた。

「竹本さん、気持ちはうれしいよ、でも昨日も言った通り、エレベーターには積載人数があるし、荷物を持つといったら、男手のほうがいいんだ。それにアイリスちゃんには立花君と小倉さんのエネルギー?を注入してもらわないとならないんだよ」

 それを聞いてもなお納得できないようで、逡巡するように目が左右へと動くが、やがて

「はい、わがまま言ってすみませんでした」と頭を下げた。

「うん、でも後続で期待しているからね」と笹がフォローを入れつつ、他に意見がないか周りを見渡すが、他はないようで作戦が始まった。

 まずはアイリスが虹の翼を広げる熱も持たず、重量も感じず、つもりもしない通称“天使の粉”と呼ばれた光の粒子が風に巻かれたように舞い、ヨハク小豆を中心にまとわりつき、空気に解けるように消えていく。

 ヨハクはその状態のまま、エレベーターホールに集められたエアーガンに触れ、力を籠める。すると燐光を放つ複数のエアーガンが群れをなし、まるでそこだけ雪が降り積もったかのような白銀の光に覆われた天使(スノ)の(ー)髪飾(ドロ)り(ップ)の花園が出来上がった。

「次は私ですね」

 そう言った小豆は心持緊張しているのか、すぅーはぁーと深呼吸をしてから、「おいで、みんな」とつぶやいた。

 瞬間、小豆の銀の髪が風で吹き上げされたかのように掻き乱れ、黄金の花が咲いた。

「スーちゃん、ネーちゃん、クーちゃん、へーちゃん、びーちゃん。みんないますね」

 小豆に撫でられた蛇たちは嬉しそうに舌を出し入れしている。

「では」と小豆が短くつぶやくの変わりきに蛇たちは器用にエアーガンに巻き付き、持ち上げ始めた。

 それを皮切りに、他のメンバーもエアーガンをもち、エレベーターに乗り込んでいく。

 最後に小豆が乗り込み、みなの声援を受けながら、扉が閉まっていく。

「頑張ってね」

大きく手を振る怜奈の横で、小さく手を振る小百合を見て、僕に言ってるのかな……いやみんなにだよね。…………なんて、約体もないことで勝手に落ち込むヨハクをしり目に、扉はドンっと閉まった。

 チーンというエレベーターが地下1階に到着した音がなり、扉がドタドタと開いていく、

「前に1体いますね」と小豆のつぶやきに緊張が走った。

 扉が開けるきると、暗い地下1階の空間、電球が切れてしまったのか、前に来た時よりも底冷えていて暗く感じる。

 そこにライトを照らすかのようにエレベーターの光が一条の光となって一人の男を照らした。

 いや、それはかつて男だったものだ、左ほほはズタズタに裂かれ、歯茎がむき出しになっており、首筋と肩口に引き千々られたように肉がなくなっていた。片方の紐が外れぷらぷらと揺れるエプロンの下にはこの首領・ホーテのロゴが書かれたTシャツが覗いていた。

「て、店長……」

「うっ、…………うぅ、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 笹のつぶやきに反応したのか、振りむきざまに両手を上げ、店長と呼ばれた。害虫ペスターと化した男が迫ってきた。

 硬直し、動けない笹をしり目に小豆をはじめとする、ヨハクミリオが素早エレベーターが降りて害虫ペスターに一斉掃射する。

 それはよく訓練された動きというよりも小さな虫が顔面に迫って飛んできたのを本能的に避けるように、忌避感を感じる害虫ペスターを排除しようとする心の行動と言えた。

 数秒と持たず、エレベーターに照らされた一条の光の先は、エプロンなどの衣類を残すのみとなった。

それを見て、「明るくてさ、声がでかいのがたまに傷だったけど、面倒見がよくていい人だったよ」と笹が言った。

 いつになくしんみりという笹に対してなんといっていいのか分からないヨハクだったが、小豆は違ったようだ。

「今のはどういうことですか?」

「今のとは?」

 答えるミリオをにらみつけ、小豆はつづけた。

害虫ペスターですよ。私言いましたよね、一体いると」

「そうだな。だから、掃討しただろう」

 ミリオの言う通りだ、ヨハクも顔を見合わせ小豆が何をそんなに怒っているのか理解できなかった。

「はぁー、一体ですよ、一体。これから何匹退治しなきゃいけないと思っているんですか、私一人で十分ですよ。球の無駄遣いです」

「確かに効率を重視したいのも分かるが、笹さんは動けなかったし、今は安全マージンを高めにとるべきだろう。ここの制圧はマストだ」

「それをするためには効率がいるんですよ!球は無限じゃないんですよ。先輩もしっかりしてください!何のために忠告したと思っているんですか」

「ちょっと、小豆ちゃん! そんな言い方ないだろう」

 さすがのヨハクもこれには怒りがこみあがってきた。先ほどの害虫ペスターは笹さんと知り合いだったのだ。ヨハクもつい先日知人を、マスターを撃ったのだ。雪の欠片となって舞い消え行くマスターをみて、悲しみと怒りがまじりあい行き場がない感情が渦となった。その時の思いがこみ上げてきて気づけば怒号を上げていた。

「な、なんですか!いきなり、私は事実を言っているんですよ!」

「な、なにを小豆ちゃんに知っている人を」

「いいよ、立花君」

「笹さん……でも」

 ヨハクの肩に手を置かれる。

「いいんだ。あれは、………もう僕の知っている店長じゃない。別物だよ」

 そうやって朗らかにいう笹だったが、ヨハクには肩に置かれた手が震えているのが伝わってきた。

「来ますね。2体……私だけで十分です。スーちゃん!へーちゃん!」

 上半身を振りながら、不器用に不気味に走りこんでくる害虫ペスター2体を前にしてもしり込みせずに阿修羅のごとく銃を無数に構えた。まるでゴキブリに遭遇して家族が悲鳴を上げる中、無心で新聞紙を丸め、退治する母親のごとく、小豆は無感情に撃ち抜いていく。

 BB弾が真っ直ぐに飛ぶトルネードと化して害虫ペスターを雪の欠片へとなんなく変えていった。

「次、行きましょう、ここにはあと3体ほどいるみたいです」

 熱源探知を持つ小豆は害虫ペスターの大まかな位置が分かるためだろう、物陰などに怯えることもなくずんずんと前に進んでいく。

 そんな頼もしい小豆の背中を見ながらヨハクは先ほどのやりとりで心がもやもやしている。

「立花君」

 そんなヨハクも葛藤を見抜いたのか余裕が出てきた笹が話しかけてきた。

「小豆ちゃんはさぁ、ここに来たときマネージャーさんと一緒にだったんだ」

 だったということは…………。

「うん、ここでは唯一の社会人であのバリケードや区画分けもきびきび指示してくれて。それでいよいよ食料が底を尽きてきたとき、地下1階に一人で降りてきたんだ」

 それは聞いたことがない話だった。ヨハクは笹が言おうとしている話の結末を想像して、

「あの笹さん、もう」

「地下から帰ってきたのは、変わり果てたマネージャーさんだったんだ。それを……」

「笹さん!…………もう、分かりましたから…………」

「っ…………すまない。立花君が僕をおもんばかってくれてうれしくてね。小倉さんは実際すごいよ、僕より年下なのにあんなに怖い害虫ペスターに向かっていってさ」

 笹の言いたいことを察し、ヨハクは言葉に詰まり、再度前を見た。

 そこにはまるで大きく見せようとするかのように黄金の蛇を四方に広げる、自分よりも小さな背中が見えた。

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