第6話 野崎 絵里奈
光の日、世界を崩壊へのきっかけが起こるなど知る由もないわたし、
もう、本当にあのミリオタバカ。最低、昔からデリカシーがないんだから。
横では、久美が先ほどあのミリオタバカこと峰岡 辰雄にフラれ、今にも泣きだしそうな可哀想な葵をその生粋の明るさで慰めている。
それを横目で見ながら、本当に葵みたいないい子をフるなんてどこまであいつはバカなんだ。それにパンツの色を聞く?キモいんだよ、バカじゃないの。と絵里香はかぁとなった。
実際のところ、ミリオは別に葵から告白されたわけでもないのだからフったということはもちろん、思いを寄せられているという認識も持っていなかったのだが、絵里奈たちの中ではフッたという認識で固まっていた。
「ごめんね、久美、絵里奈」と何に対してのごめんなのか分からないが、葵はうつむいてうわごとのように呟いている。そして「大丈夫だよ、委員長もうすぐ着くから、叫ぼうそして歌おう」と久美が励ましている。
それを見て、絵里奈の怒りの中傷は心の中でどんどん溢れるように出てきた。
あの角刈り野郎、こんなに葵を傷つけて、本当にあのバカは自分のやったことを分かっているのか。あのバカ、あのバカ、あのバカ。
あのバカ、兄貴の教えかなんかは知らんが、やたらめったら女の子に優しくするからこうなるんだ。
あのバカ、無駄にモテやがって。付き合うていうのは友達とは違うんだよ、小学校の頃の五又戦争、葵にばらすぞ。
あのバカ、バレンタインデーが誕生日とか紛らわしいんだよ!
あのバカ、誕プレ代わりにやったチョコを未だに勘違いしてないだろうな!しばくぞ!!
あのバカ、家が隣だったからって、一人じゃ喰いきれないとか言って一緒に食おうだと!?バカ、バカ、バカ、自慢か。
あのバカ、寄りに寄ってなんで私のから食い始めるんだよ。しかもデパートでパートしているお母さんからわざわざ包装紙をもらって包んでるのに「形が歪だな、手作りか」とかなんでそこだけ鋭いんだよ。いつもの天然、朴念仁キャラ守れよバカ。本当にバカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカと呪詛のように呟いていると、思考を、視界を、文字通りに一瞬にして真っ白にされた。
まるで目の前に太陽が落ちてきたかのような光の奔流、のちにWEBニュース等で光の日と称されるようになる世界が崩壊へと進むこの日。野崎 絵里香はほかの人々同様にきつく目を閉じ、光の奔流が収まるのを待つしかなかった。
そして光の奔流が収まると地獄絵図が広がっていた。車が店に突っ込んだのだろう、ガラスは飛び散り、ひしゃげた車台からは黒い煙が噴き出していた。
幸運だった自分たちとは違い、暴走する車に引かれた人たちが、うめき声や叫び声をあげている。普通なら卒倒もんの光景だ。
案の定というか久美は青ざめた顔をしていて、両手を口にあててあわわわと呆然している。
葵は思うと、「どうして!119つながらない」と焦った表情をしている。普段、おっとりとしていてしっかり者の癖にスマホなんかしょっちゅう家に忘れてくるような天然ボケなところがある絵里奈の親友はこんな非常事態でも焦らず救急車を呼ぼうとしていたようだ。
「大丈夫ですか!どなたか、車を持ち上げるのを手伝ってください!」と叫んでいる青年に「わたし、手伝います!」という葵をこの子はどこまでお人よしなんだと止める。
「いや、普通に車を持ち上げるとか無理でしょ」
「無理とか出来るとかじゃないよ!助けないとそれに人数が集まればできるよ!」
「車が爆発するかもしれないじゃん!ほら見てよ、煙、出てるし」
「なら、急がないと!絵里奈はここらへんにいて」
そう言って葵は取った手を振りほどいて助けに行ってしまった。
「ああっ!もう葵は! ほら、久美もぼぅーとしてないで行くよ!」
まったく本当にうちの嫁は手間がかかる。立ち尽くす久美を引っ張って葵を追いかけ、隣で一緒に車を持ち上げるのを手伝う。
「……絵里奈、久美。ありがとう!」
葵の笑顔を見れて手伝いに来た甲斐があったと絵里奈は思う。
車は重く「「「せーの」」」と幾人かが声に合わせて力を籠める。車体が揺れ、浮き上がるが持ち上がりそうにはない。
ああっ、もう最悪。重いし!油がついて服が汚れた。それにあまり見ないようにしているが血だろうが、多少の粘り気がある赤い水だまりが足元を汚す。力を込めているからか、嫌悪感からか額から球のような汗が噴き出る。
これはあれだ。後で葵成分をたんまりと吸収しないとやってられないぞ。
そんなことを思いつつも、何度目かの「「「せーの」」」で車体がだいぶ持ち上がり、車の下敷きになっていた男を引っ張り出せた。
「はぁはぁはぁ、やっ、やったの」
車に寄りかかるように手をつき、肩を息をしていた絵里奈の耳に悲鳴が聞こえた。それもすぐ近くからだ。
半目を開け、反射的にそちらを見ると、手伝ってください!と叫んでいた青年と目が合った。青年は助けた人だろう、それが覆いかぶさるようにしていて、そしてホースで水をぶちまけるかのように首筋から血を噴き出した。
「──────っ!!」
あれ、何?……噛んでる?!
何が起こっているのか、目の前で起きている光景を脳が理解するのを拒否していた。何が起こっているのか分からない、でも絵里奈はここにいてはだめだと本能的に分かった。
呆然としている二人の手を取り、引っ張り、走りだす。
「葵!久美! こっち!!」
目的地なんてない。とりあえずここから一刻も早く立ち去りたかった。
どこもかしこも怒号が鳴り響き、まるでここは日本ではなく戦場にいるのではないかと思わせる。どこか建物に入ろう。人々の波をかき分けながら、絵里奈は視線を左右に動かす。
パチンコ屋、カラオケ屋、定食屋、駅は……人が溢れている。脳内をせわしく動き回る情報の渦のなかでそれを見つけた。ビルにつかまるような恰好で飛び出るガマガエルを思わすシルエット。この地区の首領を名乗る。雑貨屋、首領・ホーテのマスコットキャラだった。あそこにしようと、絵里奈は駆けた。
ほかの人もそう思ったのか、何人かがホーテへとかけていき、そして正面の出入り口は外に出ようとする人と中に入ろうとする人で騒乱としていた。喧嘩を始めている人もいるようだ。それを見て絵里奈は瞬時に方向をかえて裏口のエレベーターががあるほうに向かう。
普段はあんまり使われていないが、搬入用とは別に一応一般でも使えるエレベーターが一基あるのだ。怠惰な性格が役に立つときもあるらしいね、ホントに。
エレベーターホールには幸いにも人がおらず、搬入前だろうかダンボールが積み上げられていた。△ボタンを押し、なだれ込むように三人で乗り込む。
適当に一番上の階を殴るように押して、閉ボタンを連打する。
「はやく、はやくしまってよ!!」
叫んだ直後に、大きな爆発音が聞こえた。引火した車が爆発をしたのかもしれない。すると助けを呼ぶ声、叫ぶ声、怒鳴り声、ありとあらゆる声が渦のように世界を包み込んだが、絵里奈の思いとは裏腹にゆっくりとゆっくりと閉まる扉。
そして扉が閉まると、まるで世界から切り離されたかのように耳をつんざく声の渦は収まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
瞼越しに感じる光の感触。あの見る物を焼き尽くすかのような圧倒的な光の洪水とは違う柔らかな光、そんなわけはないのだが、どうか自分の部屋でありますようにと祈り、目を開ける。
残念ながら、ここ最近見慣れた
はぁーとため息をつきながら絵里奈はポケットからスマホを取り出す。時刻はAM五時を表示していた。かなり早い時間で普段なら目覚めることもないような時間帯だ。もうひと眠りしようかと目を閉じでみたが、二度寝は出来そうになかった。
「……からだ、いた。それに……」
お腹空いた。という言葉を空気と一緒に飲み込む。するとお腹がそんなじゃん騙されないよ!とクッーと鳴った。もう3日も水ぐらいしかまともに胃に収められていないのだ、ですよねーと絵里奈は諦めて体を起こした。
その場で体を伸ばすとバキバキと骨が折れるんじゃないかというほど音がする。固い床にタオルを1枚敷いて、学校指定の鞄を枕替わりにしただけの雑魚寝と変わらない姿勢で寝ていたため体がこわばってしまったのだ。
隣を見ると体を区の字に曲げ、枕替わりの鞄を抱えるようにしている久美がスヤスヤと寝ている。こちらは空腹と劣悪な睡眠環境でまともに寝れないのに、よく寝れるもんだと少しうらやましく思う。
葵は……と周囲を伺うと、すでに起きていたみたいでホールの4隅にある柱の一つに背を預けて懸命にスマホを覗きんでいた。かなり集中しているようで、わりかし音を立てていたが、こちらが起きたことにも気づいてないようだ。
声をかけようと思ったが、ふと妙な気配を感じて辺りを息を殺して見渡す。
普段ならそんなに警戒はしなかっただろうが、光の日から屋内に籠っているとはいえ、十日以上は生き残っているのだ。ここ数日の経験で感覚が鋭くなっていた。神経が過敏になっているだけかもしれないが。
ここは首領(ドン)・ホーテの最上階のイベントスペースだ。ワンフロアのため、周りを避けぎるものはあまりないためすぐに全体を見ることが出来た。
フロア入り口、エレベーターホール前をガラス扉で閉まられ、簡易的だがバリケードとして椅子が積み上がられていた。椅子の隙間から人影等は見えない。あとはメインのイベントホールだが、中心に段が2段ほどついたステージがあり、今はカーテンで仕切られていて中は見えない。
ステージの横には柱が左右にあり、左の柱には白いユリの花が咲いていた。
夜空を切り取ったかのように、傾向との光にキラキラと反射する黒い長髪に飾られた白いユリの髪飾り、そして二つ目はそれを身に着けてなお見劣りすることない整った顔立ち、肌はシミ一つなくまさにユリのごとき白い肌、まだ眠っているのだろうその長い睫毛は伏せられている。
LEDの淡い光を浴びると眠れる森のお姫様といった風情を感じさせる、小百合という名前とある“疑惑”とそのお姫様のような可憐さから学校の同級生からは百合姫様とひそかに呼ばれている同級生
あ~あ、やっぱり百合姫様は寝ててもお綺麗なこと。どうしてこうも自分と違うのだろうか、同じ人類のはずなのにまるで別の生き物のように感じてしまう。自分の髪を摘んでみるが、ボサボサとしていて枝毛がひどい。
見なかったことにしようと手を放す。
あのバカもやっぱりこういう子が好きなのだろうか。きっとそうなんだろう、男子というのは本当にバカで、胸がでかいかちょっと顔が可愛い子が好きなんだ、百合姫様はちょっとじゃないけど……そんな嫉妬と善望の視線を感じたのか、百合姫様こと同級生の小百合は身じろぎをした。するとその肩に頭を乗せて寝ていた同じく同級生のハイレナこと
ボブカットの髪から覗く、童顔な顔立ちと小さな体躯と相まって小動物的な可愛さを演出している。それが馬鹿な男子に大受けらしく俺が守ってやらなきゃならない!と思ってしまうらしい。
まったくうちの学校のイケメンを何人食ってると思ってるんだよ。ハイレナはそんなたまじゃねーよ。と、いけないいけない、またあのバカの顔が浮かんでくるのを頭を振る。
今はそれどころではないというか、あのバカのことなんてどうだもいいんだけど。それよりも違和感だ、違和感!と誰にでもなく言い訳を心の中で呟き、絵里奈は視線を動かしていく。
百合姫様たちが眠る柱を挟んで、赤いカーテンに閉ざされたステージに特に変わったところはなく、もう一つの柱には、黒字に黄色文字で首領・ホーテと書かれたベストを着ている男が眠っている。
名前は
寝ているみたいだし笹先輩は、違うなと思い、最後の柱へと視線を動かす。
最後の柱を見ると違和感の正体に気が付き、ああっ、やっぱりこのキモオタかと、絵里奈は嘆息する。最後の一人、大学生3年生の今となっては最年長の
何処ぞのアイドルのような名前だが、本人の体型を見るに翼があっても飛べそうにはない。ボサボサの髪に、ニキビ面、眼鏡だけは気を使ってるのか、高そうな縁無しをかけている。腹ばいに寝ていて、顔はこちらを向いている。
いや、よく見るとどうやら起きているようで薄目でこちらを見ている。
なかなかに気持ち悪い。どうやら違和感の正体はこれらしかった。
今井の視線を辿ると葵に辿り着く。あいからわず、スマホを見つめていた。その態勢は体育座りをしていて無防備にもスカートが若干まくれていた。
食糧もそこをつき、水しか飲めないような状況になっているのに、朝っぱらから、女子中学生のパンツを覗き見とは、怒りを通り越して呆れてしまう。「おはよう、葵」と絵里奈は大きめに声をかけた。
すると葵は驚いたのかビクッと体を震わせ、こちらを見つつ慌ててスマホを隠した。
「おはよう、絵理奈。は、早いね」
「まぁーね。ちょっと早く目が覚めちゃって」
あんなにあからさまにスマホを隠されると何をしていたのか気になるが、それを聞くのは野暮だろう。友達にも隠したいことの一つや二つはあるだろうし。
それよりも……と絵里奈は視線を今井に向けると、すでに今井の顔はこちらとは反対側に向いて、フケと埃がついた汚い後頭部しか見えなかった。
「葵、何をしていたか知らないけど、スカート不注意」
「えっ、ああっ!」と葵は慌てて正座になってスカートの裾を正す。うんうん、愛いやつめ。
「まったく、私は嫁のパンツが盗み見られて悲しいです」
「ええっ?!そんな誰が……というか。まぁ私のなんて見ないでしょう。朝霞さんたちのほうがよっぽど、……いたっ!」
もう自分の価値が分かってないんだから、葵にデコピンをかましてやる。
「見られてました!あのキモオタに!」
「ええ、今井……さん?どうしてだって小倉さんのファンなんでしょう?」
「無駄。もうこっち見てない。ほんと、ゴキブリみたいに逃げ足の速い。まぁ女ならだれでもいい屑なんでしょう」
「絵理奈、口悪すぎだよ」となぜか守ってあげたこちらが怒られる。
本当に葵は純真でいい子だ。こちらが守ってあげねばと思ってしまう。あまりの可愛さにLIONのアカウント名を絵理奈@委員長は嫁とつけてしまったぐらいだ。
そうこうしているうちに「ごはんは~?」と寝ぼけ眼で久美も起きだし、幸いにも同フロアに合ったトイレで身だしなみを軽く整えながら、時間が来るのを待つ。
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