第7話 囚われ
スマホの時刻が朝九時を示す。ステージを正面に半円形にまばらに人が集まってくる。だれがどこという決まりは特にないのだが、ここ十日ほどなんとなく自然とその位置につく。
ステージの階段目の前にはキモオタこと今井、右の柱にはハイレナこと灰原とイケメンバイトの笹先輩、そして私たち葵、絵里奈、久美の三人は、左の柱のほうに固まっていた。
朝九時。誰が言い出したのか、なんとなく決まったような気がするが、朝九時に集まってその日の方針を話し合うというのがここでの数少ないルールの一つだった。
時刻になったからだろう。カーテンを開いていく。
中からは新雪の雪のように美しい銀髪の女の子が出てきた。小倉 小豆ちゃん、現役の声優にしてミリタリーアイドルをしているという中学生一年生の女の子だ。
経歴からして一般人からとは違うのだ。そうそれは、
「絵里奈……絵里奈……絵里奈ってば!」
「えっ、あっ、……あ葵。何?」
「……大丈夫だからね。私が行くから、ほら絵理奈たちはちゃんとここを守っててね!」
いや、何が大丈夫なの?私が行くからって何??
しまった考え事をしていて、話を全然聞いていなかった絵里奈は、状況を察するため、周りを見渡す。
今井は下を向き、ぶつぶつ何事か呟いている。これから運動をするのか、笹は体を伸ばしてストレッチをしていて、その隣でハイレナが女子マネのごとく「頑張ってくださいね」なんてことを言っていて、小豆ちゃんは集中しているのか目をつむり祈るように両手をきつく握っている。朝霞さんと目が合うとなんだか罰が悪そうに眼を伏せた。
一体なんなんだ?絵里奈がさっぱり状況を掴めないなか、でも状況はどんどん進んでいく。
「うううううう、わ私が行くよ。葵」
「本当に大丈夫だから。そんな震えてちゃ歩けないでしょ? 絵里奈も顔色悪いみたいだしさ。久美は絵里奈のこと見ててあげて」
久美は生まれたてのカモシカのように足をプルプルと震えさせ、葵にしがみついている。
「私が行きます!」
葵がまるでホームルームで委員長に立候補した時のように真っ直ぐに手を挙げた。
「そうですか」
それを受けて小豆ちゃんは瞼を開け、琥珀色の瞳がのぞいた。意思の力を感じる強い瞳をしていたが、絵里奈にはどことなく空元気のように見えた。
「では、早速行きましょうか、皆さん準備はいいですか?」
両手の握りをほどき、あたりを見渡すように小豆ちゃんがそういうと、
「うん、大丈夫だよ」と笹先輩がストレッチを終わらせる。
「ぼぼぼぼ、僕も大丈夫だよ、小豆ちゃああん!」と今井が無駄にデカい声を上げる。
最後に、「私も大丈夫です」と葵が答えた。
小豆ちゃんはそれぞれの答えを聞いて、スゥ―と息を吸い込み、吐き出す。
すると、左腕、右足、左足にそれぞれ巻き付くよいうに黄金色の鱗を持つ蛇が現れる。
天井の光を受け、黄金に輝く小豆ちゃんはまるで燐光に纏われているように見える。いつみても神秘的な光景だが、なんだか今日はそれもくすんで見える。それになぜ5体ではなく3体なんだろう。
その疑問に答えてくれる人はおらず、小豆ちゃんを筆頭に笹先輩、今井、葵の順にエレベーターへと向かっていく。
「えっ、なんで葵が……どうして」
葵に駆け寄ろうとするが、腕を掴まれる。
何かと思えば、久美が腕にしがみついていた。
「絵里奈、ここは葵を信じよう。それに小豆ちゃんもついているし」
すでに階で止まっていた扉はすぐに開き、4人と3体の蛇を収めて、すぐに扉が閉っていく。
「ちょ、久美離して……葵?!」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
葵のその言葉を最後にエレベーターの扉は完全に閉まった。
エレベーターは動き始め、すぐに5,4,3と下がっていく。
「久美、一体どういうこと?」
「いやどういうことって、……絵里奈怖いよ」
絵里奈がにらめつけながらそう聞くと久美は体をすくませた。
「どうもこうも、食料を確保しにいったんんだよ。前の時から3日ぐらい日経って、食料が尽きたでしょ。そろそろ補給しに行かないとってなってさ」
「そんなの見ればわかるわよ!なんで葵が行かないといけないのよ!」
「もう怒鳴らないでよ。それはさっきの話し合いでそういう流れになったじゃん」
「はぁ?……ハイレナとかは!朝霞さんとかもいたじゃん」
「いやだから、朝霞さんと灰原さんはまぁ小豆ちゃんと一緒で熱出してたじゃん。それで小豆ちゃんも体調悪そうだったしさ。二人も同じ病気ならもしかしたら、があるかもで熱が出てない私たちの3人から出そうってことになったじゃん……って絵里奈、話を何も聞いていなかったの?」
不思議そうに聞いてくる久美に、絵里奈は頭を抱えたくなった。自分が考え事をしている間にどうやら重要な話を聞き逃していたみたいだ。ここ最近、大した話し合いも行われず、何かあったら言うように程度の会話で終わっていたため油断していた。
話を聞いていなかった絵里奈自身が悪いのだが、八つ当たり気味に視線を送る。ちょうどハイレナが柱に寄り掛かって、暢気にスマホをいじっていた。
ふざけるなよ、と一歩踏み出しとまた久美に腕を掴まれた。
「ちょ、やめなよ絵里奈。別に灰岡さんがそうした方がいいて言ったわけじゃないし」
そう言ったわけじゃない?ふざけんな。どうせ色仕掛けでそう言わせるように仕向けったんだろう、あいつはそういう女だ。しかし、ここで怒鳴り散らしてもたしかにしょうがない。
「分かった。ここで葵を待つ。離して、それと久美」
「何?」
「あいつにさん付けなんて必要ない、ハイレナで十分」
絵里奈は強引に腕を振りほどきその場に座った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どれくらい待っただろうか、微かにだが感じる振動に絵里奈は顔を上げた。
エレベーターの階表示を告げるランプが1,2,3と徐々に上がってくる。
葵たちが帰ってきたのだ。
絵里奈が立ち上がると、釣られて久美も立ち上がる。
「おっ、絵里奈。スカートにホコリがついてるよ」
などと久美は暢気に毛繕いのようにスカートからホコリをむしっている。
「ありがと」と絵里奈は短く返したが、正直そんなことはどうでもよかった。ああもうなんでこんなに上がってくるのが遅いの!とその場で足を踏み鳴らしたいぐらいだった。
そんな絵里奈のことはお構いなしに、エレベーターは既定の速度で徐々に上がってきて、ついに扉が開いた。
「葵!」
もう葵ったら、……本当にうちの嫁は私を心配させるんだから。
よし思いっ切り抱きしめてやろう、色々とくすぐってやろう。
おっぱいも揉みしだいちゃうからな!
だからさ、
だからさ、葵出てきてよ。
エレベーターからは小豆ちゃん、今井、笹先輩の順で出てきた。地下で戦闘があったのだろう、服には返り血のようなものがこびりついていた。
無言で俯き降りてくる3人に、「あ、あの葵は……?」と久美が声をかける。
小豆ちゃんは「……すみません」とだけ短く答えた。
笹先輩も「すまない」と頭を下げた。
絵里奈は口が急速に渇いていき、手がわなわなと震えだした。
「どういうこと?」
乾燥してくっついた唇を無理やり剥がし、短くそれだけ言うのが限界だった。
「本当にすまない!」笹がより深く頭を下げた。
だからそういうのはいいんだよ!という心の叫びは言葉にはならなかった。久美が今にも泣きだしそうな顔をして腕にしがみついてきた。
「教えてください。葵はどうしたんですか!」
この二人では埒が明かない。そう判断した絵里奈は今井へと睨むように、いや実際に睨んで視線を向けた。
「そ、それは、僕は悪くは……なくて」
今井は何やら大事そうに抱えた段ボールをぎゅっと両腕で抱き、ぼそぼそと小声で言い訳がましくつぶやいた。
「いいから言えよ!葵はどうしたんだよ!」
絵里奈は殴りかかる勢いで今井につかみかかる。普段なら触りたくもないと思うが、今は殴りつけてやりたい気分だった。
「ひっ! いや、だって」
「お、男のくせになんだよ、この!」
と手を上げたところで、笹先輩に腕を掴まれた。
「分かってる。全部話すから聞いてくれ!」
絵里奈は強引に掴まれた腕を振りほどき、二人と距離を取る。それに不安なのか、それとも私を暴れさせないためなのか久美が背中にぴったりとひっついてきた。
それを見て笹先輩は俯きながら、ぽつぽつと語り始めた。
「そ、そんなじゃあ、葵は………あおうっ、」
笹先輩からの説明を聞いて呆然とつぶやく久美に絵里奈は最後まで言わせなかった。
「葵を置いてきったていうの?!」
笹先輩の説明はこうだ。前回食料を確保してきた時同様に小豆ちゃんの蛇の力を使って
害虫(ペスター)(今井のWEBでの調べればこの人を襲う伝染病的なにかはそう呼称されているらしい)の居場所を検知できるらしい。それで時には攻撃し、時には避けるなどで対応してきたので、今回もその作戦で挑んだのだ。だが、途中で小豆ちゃんの害虫(ペスター)検知の能力がうまく発動しなくなり、害虫(ペスター)の奇襲を受け、葵を置いてのこのこと逃げ帰ってきたらしい。
「………なんだ、それ。なんなんだよそれ!意味わかんない!」
「本当にすまない、でも仕方がなかったんだ、竹本さんは一番離れていてちょうど割り込む形で襲ってきたんだ、あのままじゃ全滅してたかもしれない」
「すればよかったんだよ!」
「なっ、君ね。僕たちだって必死だったんだよ!」
絵里奈のあまりに理不尽な激高に流石に物静かだった笹も声を荒げた。
それでも怒りに我を忘れた絵里奈は止まらなかった。
「葵を囮にして逃げてきた奴らが何を言ってんだよ!」
今度は笹に掴みかかった。その拍子に久美が支えを失い倒れるように前に手を突く。そしてそのまま、委員長と泣き出してしまった。それに絵里奈はさらに頭に血が上った。だが、所詮女子中学生の力じゃ男子高校生にはかなわないすぐに両腕を掴まれ抑え込まれてしまう。
「は!な!せ!このクズ野郎!葵を、葵を返せぇえええええええええええええええええ」
「分かってるよ! 小倉さんの力が戻ったら、すぐに助けにいく、だから!」
その笹の言葉に絵里奈はハッとする。
そうだ、そもそも蛇神様と言われる小豆さえちゃんと蛇の力を使いこなせていれば、こんなことにはならなかったのだ、絵里奈は新たなる標的である小倉を見やると、すまし顔で目を閉じているのが見えた。
「おい、なんとかいったらどうなんだよ」
「なんとかってなんですか? だから最初に言ったじゃないかですか、調子が悪くてスーちゃんたちがうまく出せないってそれなのに食料を取りに行くの一点張りで………私のせいにされても困ります」
はぁ、なんだそれ。調子が悪かった。だからなんだよ、それなのに葵を行かせたのかよ
「ふざけるなよ。わけわからない力が使えるからって調子に乗って葵を見殺しにしたのかよ!この人殺し!!」
「おい、やめ、暴れるな!小倉さんも……僕たちもそんなつもりは、それに」
「ふざけってるのはそっちでしょう!」
一瞬場に静寂が訪れる。小倉の激高と共に再び絵里奈の前に黄金に抱かれた少女が現れる。
「いい加減にしてくださいよ!私だって好きでこうなったわけじゃないんですよ!死にたくない…………こんなところで終わりたくないから必死なんですよ!」
小豆の激昂とともに出現した。小豆にまとわりつくように咲く黄金の蛇。しかし、それは以前見たときよりも、光量も蛇の数も少なくみすぼらしく神々しさなど皆無で、まるで蛇の瞳のように細長く開かれた瞳孔からは怒りと悲しみが溢れた、普通の、年相応の女子中学生がいた。
「大体。私たちが命がけで皆さんの食料を探していた時、先輩たちは何をしていたんですか?ぶるぶると震えて、神に祈りでも捧げてましたか?」
「ちが、」うとは、絵里奈は言い切れなかった。だが、自分よりも年下で幼い少女に図星を突かれ、羞恥と怒りで拳を血がにじむほどに握りしめ、睨みつけることしか出来なかった。
先に視線を逸らしたのは琥珀色の瞳、小豆だった。
「もういいです。疲れました、私は休みます。今井さん段ボールを」
「えっ、あはい。どうぞ」
「ありがとうございます。………ほかは皆さんで分けてください」
小倉はそういって段ボールからスナック菓子の袋を一つ持って、さっさとステージへと向かっていた。
「みんな、お腹が空いてイライラしているんだ、ほら君たちの分………ここに置いておくよ」
笹はいつの間にか絵里奈の腕をはなし、今井が持つ段ボールからスナック菓子を2つ取り出すと床へと置き、そのまま今井を促し奥へと消えていった。
たった二つかよ。葵を犠牲にして、たった2つの菓子を、スーパーやここホーテで安売りされてるようなスナック菓子のために葵は……。
「大体。私たちが命がけで皆さんの食料を探していた時、先輩たちは何をしていたんですか?ぶるぶると震えて、神に祈りでも捧げてましたか?」
絵里奈の脳内に呪詛のように先ほどの言葉が蘇る。小豆の蛇のように開かれた瞳孔からは嘲りを感じた。
「違う!」と絵里奈は脳内にこだまする小倉の言葉を吹き飛ばそうとするように怒りに任せ、叫びながら、エレベーターのボタンを殴りつけた。
エレベーターの扉は何でもないように、ゆっくりと開かれた。絵里奈はその薄暗い四角い箱の中に一歩足を踏み入れようとしたところで久美が腰にしがみついてきた。
「ちょ、離して久美、私は葵を!」
「だめぇええええええええ!!絵里奈も死んじゃうよ。絶対離さないから」
「は!な!せ!……このっ!」
絵里奈は体を振りながら、久美の腕をほどこうと暴れたが、普段のじゃれあいとは違い、久美の腕は万力のように絞められていて外せなかった。
そうこうしているうちにエレベーターの扉は再びしまり、絵里奈はその扉に寄り掛かることしか出来なかった。
「はぁはぁ、分かったよ久美、降参。もう行かないから離して」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから絵里奈は息を整え、久美に話しかけた。
「あれだ、久美」
「あれって?」
未だに目に涙と浮かべ、それでも自分を行かせまいと裾を強く握っている久美に、絵里香は思い付きを伝える。
「そうそうだよね。しん、だとは決まってないよね。電話……はまずいかも。LIONで送ろう」
そう、葵が死んだと決まったわけではないのだ。ただエレベーターに乗れなかっただけだ、そのうち地下一階にとまっているエレベーターから上がってくるかもしれない。それに助けに行くにしても場所は把握しておくべきだ。どこに隠れているか葵にLIONで聞けばいいと言ったのだ。安否確認も出来て一石二鳥だ。
しかし、久美が送信!と可愛らしく人差し指を押した直後、ピロン!という聞きなれた着信が二人の近くから聞こえてきた。
「これ」
「なに?」
「葵のスマホ」
葵の荷物、といっても学校帰りからここに着の身着のまま逃げてきたため、学校指定の一つぐらいしかないのだが、そこの外ポケットに入っていたスマホを手に取る久美を見て、絵里奈はまたかと思う。
葵は、しっかりしているようで割と抜けているのだ。家に遊びに来たら大体忘れ、翌日届けるなんていうのはしょっちゅうだ。
しかし、ここではタイミングが悪すぎた。これじゃ、
「助けに行くとき場所が聞けないじゃん……」
再び泣き出したい気分になってきた。久美もあわわわどうしようと慌てている。
「貸して」
えっ、と惚ける久美から奪うように葵のスマホを取って起動する。
「どうするの?」
「そういえば葵、スマホをちょいちょいいじってた。たつ……もしかしたら誰かに連絡を取っていたかもじゃん?」
絵里奈はその“誰”か、にあいつを連想してしまい咄嗟に伏せた。
「誰かって、誰よ。それに連絡を取ってたとしてそれが何なのよ」
幸い久美は気づかなかったようでほっとしつつ、スマホを起動する。
「うん、まぁ確率は低いと思う、でももしかしたら助けに来てくれるかも」
そう本当にあいつならきっと……。
「やらないよりかはましか。あっ、暗証番号……0925、葵の誕生日から試し見よう」
久美は制服の袖で涙を拭きながらも、可能性を感じたのか赤い目を真剣にさせ、提案してきた。まぁたぶんそれじゃないけどね、そう思いつつ絵里奈は番号を押す。
「違うか―。生まれ年とか?」
的外れな推理をする久美に若干イラっとしながらも「0214」と確信をもって絵里奈は呟いた。
「えっ、バレンタイン?なぜに?」
心底分からないといった顔している久美を横目に絵里奈は数字を打ち込んでいく。
「誕生日……たつ、ンッ! み、峰岡の……ほら開いた。ち、ちなみに私、あいつとは」
「ううっ、葵。健気すぎまた泣けてきた」
久美の反応を見て、小学校が一緒でそれだけだから、という弁明は飲み込んだ。
「LION通知がいくつか来てる」
そういうと久美は鼻をすすりつつ、絵里奈の横に来て一緒にスマホ画面をのぞき込んだ。
期待していた通知はみな、公式アカウントの宣伝やアップデートとだったりと、絵里奈はこんな時にでも送ってくるのかよ!と怒りを感じた。
次に誰と話したか新着順に表示されているトーク履歴を見ていく葵の交友関係などを覗き見しているみたいで後ろめたさを感じやめようかと思ったとき、峰岡の名前、ミリオを見つける。
トーク履歴に名前があるということは、グループチャットではなく、個別チャットもしていたということだ。 そんな話は葵からは聞いていなかった。二人でLIONする仲だったんだ。相談してくれてもいいのに、と脳内に場違いに覚えた苛立ちを追い出しつつ、トーク履歴から、チャット履歴を見る。葵を救うためというよりも腹立たしさと好奇心に推されての行動だったが、久美もそれには何も言わずに、といよりもドキッドキッと顔に書いてあるような表情をしていた。
こんな時に暢気な!と思わなくもないが絵里奈も同様だった。
履歴には大した会話なく、同じクラスになったからよろしく。こちらもなみたいな挨拶しかなかった
しかし、委員長が書いて、そして送らずにいたのだろう。LIONの文章作成欄には、“好きです”とだけ書かれていた。
別に自分が書いたわけでもないのに、動悸が早い。今朝方葵がスマホをずっと凝視していたのはこれだったのだろうか、いや絶対にそうだ。葵のことだ、次にいつ会えるか分からないだろうから今のうちに送っておこう、でもあのバカに迷惑がかかるかもしれない。そんな自分の気持ちと相手の思いやりの狭間に揺れて何も出来ずにいたのだろう。
葵は健気で優しい。そしてバカだ。一人で悩まずに相談してくれたらいいのに、………私と久美とで背中を押したのに、そうすればこんなことにもならなかったかもしれない。バカとバカ同志あの二人はお似合いだ。
絵里奈はそう思い覚悟を決めた。
「えっ、絵里奈何するの?!」
葵の万感の思いが詰められた“好きです”に呆然していた久美が慌てた。それもそのはずだ、絵里奈はその言葉を削除してしまったのだ。そして、
「言ってたよな」
あのバカは確かに言っていた。
言っていたって?久美が不思議そうに聞くが、絵里奈の耳には入っていなかった。絵里奈の意識は脳内の、夕暮れ、放課後の校舎裏へと飛んでいた。
あのバカは、確かにそこで言っていた。私は確かにそこで聞いていた!
「委員長のお願いなら断れん!あのバカは確かにそう言ってた!」
“助けて”それだけ打って送信する。
LION ミリオトーク
《竹本 葵》助けて
絵里奈は葵のスマホを握りしめ、祈るように額につけた。
それはすぐ来たようにも感じたし、長く待たされた気もした。
でも確かに、葵のスマホは、ピロンと場違いに高い音を出した。
久美と絵里奈はお互いの顔を見合わせスマホをのぞき込んだ。
「あのバカ……」
トーク内容に既読がついた。あのバカは…………生きてた。そう思ったら、なんだが目元が再度じんわりと暖かくなったのを絵里奈は感じた。
葵の電話にプルルルルという呼び出し音がなり、絵里奈は1コール目が終わる前に通話ボタンを押した。絵里奈の記憶の中にある、ずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
「もしもし、委員長か」
辰雄の声だ。
「……辰雄」
雨水をため、葉先から垂れるように、ぽたりぽたりと床にしずくが落ちる。
「うん?その声は……絵里奈か、委員長はどうし――――」
「助けてよ、葵が、……葵が大変なの!お願い、辰雄助けに来てよ!!」
スマホが壊れるほどに握りしめ、大粒の涙を流しながら、絵里奈はそう叫んだ。
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