第11話 葵と絵里奈
「うんうん、分かった。じゃあ今から5分後にやるから、……それとね…………あん、そのああっもう!うるさいな!葵を助けれなかったらぶっとばすからな!!じゃあね!」
そう言って絵里奈はスマホを乱暴に切り、こちらを振り向き、「5分後にやるから!」と叫んできた。
照れを隠したいのか、顔を真っ赤にしてぷりぷりして怒っているさまはなかなかに可愛らしいと小百合は思った。
小百合から見た絵里奈は、いつもいる三人組の中では引っ込み思案で話しかけると大体久美か委員長が対応することがほとんだ。それがあんなにも感情的になるなんて、どうやらこちらが素のようだ。
きっと仲の良い人にしか普段は見せないのだろう。今回の件で仲良くなれればいいのだけど、成功しても、失敗しても。ね、と両方のプランを頭の中で描きながら、隣の怜奈へと質問する。
「怜奈、自分のは使い方分かる?」
「わ、分かるよ。チェーンをひっぱるだけだよ」
と、ちょっと怒ったように頬を膨らませて怜奈が答えた。
それに「よしよし、怜奈はいい子ね」と小百合が頭をなでてほめて上げると、「もぉーやめてよ。さゆ」と怜奈が逃げる。
小百合としてはこのまま怜奈とじゃれていたいところだが、5分という限られた時間は有効に使うべきだろう。小百合はしぶしぶ笹に話しかけることにした。
「確認ですが、投げられそうですか?」
「これでも、むかしは野球部だったんだ。ボールのようにはいかなくてもある程度は投げられると思うよ」
「へぇー、そうだったんですか、びっくり!」と怜奈が両手を口元で広げて驚きを表現している。
「じゃあ、結構モテたんじゃないですか?」
「いやー。そんなことはないよ。高校のころまでは坊主頭だったからね」
笹と怜奈が呑気に会話しているうちに小百合は情報を整理する。
作戦……と言えるほどのものではないが、葵を救出するため、にわかに信じがたいが、クラスメイトのミリオたち数名がこちらに来ているらしい。それを裏口にあるエレベーターにたどり着かすために、正面に
「笹先輩、今井さんは?」
楽しそうに話す二人を割るように小百合は質問した。
ここの屋上には小百合、怜奈、笹、絵里奈、久美の5人しかいない。物を投げて音を立てるのだ。人数は大いに越したことはない。ちなみに小豆ちゃんは体調が悪いし、重いものは持てないという理由で断られてしまった。まぁ興味もないし、無駄な体力は消耗したくないのだろう。
「うん、誘ってみただけど、今朝の件で疲れてしまったみたいで」
という言い訳だろう。特に広くもない空間だ。エレベーターホールで絵里奈に怒鳴られているのを小百合も聞いている。単純に顔を合わせづらいのだろう。
計画に必須というわけでもない。小百合は「そうですか」とだけ答えておいた。
そうこうしている計画の時間が近づいてきたようだ。絵里奈がしきりにスマホの時間を確認している。
「浜崎さん、申し訳ないけど私の一緒に鳴らしてくれる?」
そういって小百合は久美に緊急ブザーを渡した。
「いいけど、どうして?」
首を傾げ、不思議そうに聞く久美、その横で同様にしている怜奈に二人そろうと破壊力が違うなと頬が緩みそうになるのを我慢して、小百合は二人に、
「私はこれを鳴らすから」
スマホを掲げる。
「えっ、スマホを、いいの!」と久美が驚き、「うそ!」と同様に怜奈も驚く。この二人の顔を見れただけでも、投げ捨てる価値があるのではないかとさえ思う。
「さっき、圏外になっちゃってたぶんこのキャリアが死んでるんじゃないかな。そしてたら、もう不要でしょ」
「いやいや居るでしょ!」と怜奈が騒ぐ。
確かにスマホはただの電話ではない。電話やネット検索が出来なくなっても時計やカメラの代わりになったりもする。しかし、小百合はそれ以上のメリットがあると思ったのだ。スマホがなければ必然的に誰かの借りることもあるだろう。これで怜奈のスマホを見る口実もできた。それに、
「ごめん、朝霞さん。ありがとう!!」と久美が勢いよく頭を下げた。
こういう側面もある。女子中学生にとってスマホとは命にも等しい。それを手放すというのだ、かなり恩を売れたんじゃないのかなと、ちらりと絵里奈のほうを小百合は見たが、残念ながら時計に夢中で、こちらの話は聞いてないみたいだ。
「10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……」
まぁ後で伝わるだろう。今は目の前にことに集中だ。たぶんビルにたどり着く前に
「いま、やって!」
絵里奈のカウントダウンに合わせて、久美と怜奈が緊急ブザーを鳴らし、小百合は自身のスマホのアラームを鳴らした。それを素早く、植木に植えるように差し込み、それを笹が持ち上げ、砲丸投げのように体を回転させながら、植木鉢をより遠くへと投げ込んだ。
スマホのアラーム音、緊急ブザー音が混ざり合いけたたましい騒音を鳴り響かせながら、植木鉢は放物線を描いて落下していった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「えっへへ、ぐちゃぐちゃー」
そう小さく、本当に小さく、そばにいて耳をそばだてないと聞こえないぐらいに小さく葵はつぶやく。
目からは涙を、鼻からは鼻水を、シャツやスカートは埃まみれで、たぶん髪の毛のセットもぐちゃぐちゃだ。葵はハンカチ(幸い太ももの傷口は血は止ったため使用できる)で鼻をかみたい気持ちを抑えて、拭き取るだけでにする。目元に残った涙もぬぐう。
泣いて少しはすっきりとすることが出来た。ミリオ君とはもう会えないだろう、そう思うとまた目尻に涙が浮かんでくるが、ハンカチでぬぐい気持ちを切り替える。
いやむしろそのほうが良かったのかもしれない、なにせ今の自分はひどい。とてつもなくひどい。ココアを飲みすぎて顔にニキビができた時よりもひどい。実際に「委員長、助けに来たぞー!」なんて声をかけられても困ってしまう。
目は真っ赤に充血して、鼻からは鼻水のせいで赤くて、シャツやスカートは泥だらけだ。こんなドブネズミみたいな恰好では会えないし、会いたくもない。そうするとこの状況は良かったのではないかと思える。
「委員長、俺だ!ミリオだ!助けに来たぞ!」
ほら、こんな風に助けに来られても、囚われのお姫様のように王子様私はここですと、華麗なドレスに身を包んで恭しく手を伸ばすことはできないだろう。
「委員長、俺だ!どこだ!!」
幻想のミリオ君の声は、
お姫様(シンデレラ)の私ならいざしらず、魔法をかけられる前の
しかし、
「もぅ、この土くれ!叫んだら、
女の子の声が聞こえ、葵の意識を覚醒させる。
「うわぁああああああ、来た来た。ミリオ静かにしてくれよぉおおおお」
「お前が一番うるさいわぁ!……もう今更、変わんねーだろ、ミリオは委員長を探せ!」
続いて聞きなれてクラスメイトの声を聴いて、葵の中の疑惑が確信へと変わる。
本当にミリオ君が来てる?!
「委員長、どこだぁああああああああああああああああ」
ミリオの声がどんどん、どんどん、葵に近づいてくる。時折、聞こえるバシュ、バシュという鋭い風切り音が聞こえるようになると足音も聞こえてくる。
そして、ついに葵が隠れている段ボール群の前まで迫っていた。
「委員長、いないかぁああああああああああ」
ミリオの中学生にしては野太い声が耳の奥まで響くように聞こえる。
それに葵は、私はここだよと手を伸ばすことは出来ず……枯れた喉から出たのは正反対の言葉だった。
「……だ、だめっ、今はだめなの」
「委員長か!!」
しかし、ミリオにはそれで十分だったようで次々に段ボールがかき分けられる。このままではあと数十秒と持たずに今の姿を見られてしまう。
葵は無駄な抵抗と知りつつ、シャツの埃やスカートの皺などを叩く、跳ねた髪の毛を無理矢理に撫でつけようと手で懸命で抑えると、何かを掴んだ。手を見てみると埃の大きな塊とセミのような虫の羽がついていた。最悪だ。
「委員長、無事か!」
そんな葵にとっての最悪の瞬間に、
「だめ、ミリオ君見ないで!」
「どうした?!何かあったのか!」
「汚いから、今の私汚いから、それで――――」
「――構わん!」
ミリオはそう叫んで葵の言葉を遮り、斜めに倒れていたスチールラックを持ち上げて、立て直す。
そして段ボールの海に埋もれた葵に手を伸ばす。
「さぁ、来い。なんだか、分からんが委員長は委員長だ!」
これはもう葵があきらめるしかなかった。
ああっ、ミリオ君はこういう人だ。直情的で、実直で、人を助けるためなら空気なんて読まない。葵は、自然と右手を差し出した。
痛いぐらいに握りこまれ、強引に立たされてどこかをぶつける。きっと足にあおたんができたかもしれないが、今はその痛みが無性にうれしかった。
「あのね、ミリオ君、私」
「すまない、委員長。話はあとだ。走るぞ!」
「えっ、あの、とぅといひゅなり!」
また葵を万力のような力で腕を引っ張られ、引きずるようにミリオは走り出した。
いきなり走るものだから、葵は変な声を上げてしまったが、抗議の声をあげる暇もない。
「ミリオ、こっちだ!いそげぇ!!」
声のしたほうに葵が顔を向けると開いたエレベーターの扉の先にクラスメイトの五十嵐君、近藤君、立花君、それに物語から出てきた妖精のように可愛らしい少女がいた。
そしてみな一様に大小様々な銃を持ってこちらに向けて構えていた。
しかし、考える間のなく減速せずに飛び込むようにエレベーターに乗る。
「よしっ、閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ閉まれぇええええええええええ!!!!」
葵が後ろを振り向くとグリが【閉】ボタンを連打していた。閉まり始めた扉の先には複数の
「きゃぁああああああああ」と葵は久しぶりといっても数時間前だがに見た
「委員長、腕を!――ヨハク頼む!」
「任せろ!」
「まかして」
すると葵の目の前で信じられない光景が広がる。ヨハクが自分たちの前に立ったかと思うとあの、バシュ、バシュという独特な風切り音とともに
薄暗い倉庫の中で、燐光を纏った雪の欠片たちが舞う景色は一種の芸術のようで美しかった。そしてその舞台も終わりだと言わんばかり、まるで部隊のカーテンのようにエレベーターの武骨な扉が閉じた。
ぶぅーんという振動、時折聞こえるキィという高音の金属が軋みを上げる音、どれも葵の心には響かなかった。
様々な出来事、それにともなう喜怒哀楽、
私、助かったんだ。そう葵が感じたのはエレベーターから降りて絵里奈が抱き着いてきてからだった。
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