第17話 屋上にて
薄暗い屋上、かつてネオンで彩られ、昼間のように明るかった駅前の繁華街はそのほとんどが光を失い、夜空に浮かぶ月といつかのLEDランタンだけが唯一の明かりだった。
その明かりに照らされた錆びついた観覧車、その下に集まるように缶やペッドボトル、スナック菓子の袋などゴミが散らばっている様は今の荒廃した世界のようだった。
葵はそれを一つ一つ丁寧に拾いながら、ゴミ袋に詰める。
今井からそんなもの上から捨てればいいという意見が出て、それはどうなの?と言いつつ、まぁいいかっという雰囲気を察した葵は、誰もやりたがらない委員長を引き受けた時と同じく夜空に浮かぶお月様に向かって高々と手を上げた。
そんな経緯でごみを集めている。周りを見れば皆一様にどこかに行ってしまったようだ。
そのまま屋上から外を覗けば、所々ついた明かりに照らされた街並みが見渡せた。
だが中途半端に、スポットライトされたビルは、まるでコンクリートの墓標のようだった。下には黒蟻の群れのように
しかし、葵は荒廃した光景のなかで、まるでここでエデンの園のように感じた。
こんな時になんだってそんなことを思うんだろ、私。馬鹿だな………なんて考える。でも、
「委員長、もう一息だな、だいぶ片付いてきたな」
後ろでに声をかけられ、振り向けば角刈りの額にうっすらと汗をにじませ、ニっと笑うミリオを見て、そんな考えはふっとんでしまう。
ドキドキとして、私は本当に好きなんだなと思う。
狭い屋上に二人きり。下の階に行けばみんながいると分かっているのに、葵には世界に二人しかいないように感じた。それをお月様が祝福するように照らしてくれている。
あたりにはまだごみが散らばっていて、お互い軍手にごみ袋を持った状態なのに、まるで世界に取り残されたアダムとイブのようだなんて思って。それでそれでそれで、――――――。
「………どうした、委員長!泣いているのか。どこか痛むのか?!」
慌てて駆け寄ってくるミリオ君に、私は違うの違うのといい、袖口で目元をぬぐう。それでも涙が次々と溢れて止まらず、ぬぐい切れない涙が雫となってぽたぽたと屋上のコンクリートを濡らしていく。
口元の水分が吸われ、涙となっているのか唇がかさついている。
「好きです」
そう言いたい気持ちが、溢れ、はじけ飛びそうだった。
好きだよ。好きなんだんよ。大好きだよ。世界で一番好き。こんな世界でも二人でいられればそれでいい。ほかに何もいらない。それぐらい好き。この気持ちを叫びたい。そして、ミリオ君の気持ちを聞かせてほしい。私のことをどう思っているんだろう、ほかの子のことをどう思っているんだろう。言ってほしい、小豆ちゃんに好きだって、朝霞さんや灰原さんより好きだって、久美や………絵里奈より好きだって言ってほしい。
力強く肩を掴まれる痛いぐらいのそれが、今はとても嬉しかった。大丈夫だよとその熱い胸板に手を添える。冷たい手からミリオの熱が伝わってきて気持ちよかった。
ああ、心のままに言えればどんなにいいか。しかし、それを言うことが葵は出来なかった。ミリオのために足枷を増やすわけには行かないからだ。
それに、ズキリ……ズキリ………と脈打つように痛むのだ。
ああ、これが恋煩い。胸の痛みだったら、どんなに良かっただろう。
しかし、痛むのは内腿。ひっかき傷とも擦り傷とも思えるあの傷が、覆ったガーゼの内側から熱を持ち、痛むのだ。
「委員長?…………おい、委員長大丈夫か!」
ミリオ君の声が遠い。とても遠く感じる。夏の外気は汗が噴き出るほどに生暖かいのに、まるで傷口に熱を持っていかれたかのように体の芯が底冷えするようだった。
葵は、ミリオの胸元に抱き着くように意識を失った。
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