第32話 魔物の軍勢、狩猟神の一撃
「何があった?」
滅びの道を辿っていた敵が一斉に息を吹き返した様子に、皇帝が尋ねる。
「僅かだが、世界の壊れる音がした。おそらく、人神の
皇帝に答える者は破壊神の成聖者しかいない。自分を守るつもりなどないのだから、全ての兵を投入してしまった。
――壊しつくせ、と。
「身のほどを教えてやるとするか」
「いいのか?」
「聖奠は使わん。聖別だけで充分だ」
皇帝の行軍に加わっていた戦馬車の中には、無数の生きた動物が乗っていた。餌だ。半魔物化した人と馬が生きる為の糧として、それらは積まれていた。
「――
動物たちは断末魔にも似た雄叫びを上げ、次第に姿を変える。
ある種は筋肉と骨が肥大し、体毛が全て抜けた。ある種は筋肉が萎み、体毛が硬く鋭利になった。ある種は骨格が変わり、人間のように立ち上がった。
小型で頼りなさそうなのは大地を纏わせ、ゴーレムにした。魔物化した植物を寄生させた種もいた。
飛行部隊も数が欲しいと、鳥だけでなく虫までも使った。何百匹を一匹に纏め上げれば、動物ベースにも引けを取らない脅威となる。
「――行け。神を僭称する愚か者に天罰を与えよ」
再び、破壊神の眷属が英雄たちに牙を剥く。
「どこまでもつやら」
唇に嘲笑を浮かべ、破壊神は魔物を量産し続ける。死神の聖別を扱える者がいれば楽なのだが、当分は期待できそうになかった。
平和を取り戻したばかりの世界では邪神崇拝の流れはやってこない。
それに狩猟神は成聖者のみならず、死神そのものにも痛手を負わせていた。
「……飽きたな」
敵は完全に軍勢としての形を取り戻し、抗い続けていた。早くも
――刹那、世界の壊れる音が破壊神の耳を震わせた。
破壊神の聖奠は動物たちを慄然とさせた。
近くに潜んでいた鳥や獣たちは急ぎ、自らの主に救いを求める。内の何匹かは破壊神に捕まり、壊されてしまうも問題ない。
動物たちは種としての存亡を第一に考える。
多大な犠牲を払おうとも自らが死のうとも、種が生き残るならそれでいい。
獣としての本能をもって、動物たちはクローネスの元へと急いだ。
一方、クローネスは森の中にいたので伝わるのに暫しの時を浪費する。
彼女は自分でも理解できない感情に呑まれ、消化できないまま蹲っていた。
けれでも、動物から急報を聞くと立ち上がった。
「――
割りきり、押し殺すことは慣れていた。
それに破壊神を倒せるとすれば今しかない。これから先、万全の体調でいられる保証はないのだ。
巨大な猛禽が主の命に従い、翼を休めた。髪を纏め上げたクローネスは背に跨り、上昇する。
早くも、血の匂いが風に運ばれてきた。
どうやら、派手に殺し合っているようだ。クローネスは王城に立ち寄り、命令だけ下す。
「戦闘に参加する必要はありませんが、怪我人の受け入れ準備を――」
顔を合わしたくなかったので、遠くからネリオカネルに言葉を〝投擲〟した。
近づくに連れ、声が聞こえてくる。遠目から見ても劣勢だったリルトリアたちから、歌声が響いてくる。
中心には炎――鍛冶神の痕跡があった。
「……レイドっ!」
呼びかけたい気持ちを抑えて、クローネスは自分の敵を見据える。
エマリモ平野に向かってくる魔物の群れ。
起点にいる人物こそ、破壊神の成聖者に他ならない――二人いるがどうでもいい。
「十字架の血に 救いあれば
来たれとの声を われはきけり
主よ、われは いまぞゆく
十字架の血にて きよめたまえ
よわきわれも みちからを得
この身の汚れを みな拭わん――」
消去法で皇帝だろうと右手で弦月を描き、象った〝弓〟を左手で掴む。右手は流れのまま、ありったけの風を〝矢〟として番え、
「――
纏めて殺す気で引き放った。
ここ最近、リルトリアたちを追い返してきた投擲とは比べものにならない風圧が地上を襲う。
轟音が戦場を貫き、魔物たちの肉体をも振るわせ、兵たちが見上げる頃には標的を打ち砕く――狩猟神の名に恥じぬ一撃。
されど〝矢〟は払われた。
見据えることなく腕だけの動きで――手には〝槌〟が握られている。
細身の柄に、人間すら容易く打ち付けてしまえそうな武骨な塊。
つい何度も見返してしまうほどバランスの悪い形状は、〝壊す〟機能しか備わっていないかのようだ。
――あれこそが、破壊神の
クローネスは絶えず投じてみるも、びくともしない。同じ創世神であっても、次元が違う。
身体に当てない限り、狩猟神の力は無力化されてしまう。
「ちっ……」
らしくもなく、クローネスは舌打ちする。
破壊神が魔物の背に乗り、近づいてきた。
「久しぶりだな、狩猟神――」
挨拶の代わりに聖奠を返すも、結果は同じ。
「相変わらず、容赦がない」
「随分と、変わったのね」
以前は戦いとは無縁に華奢だったのが、服で隠せないほど肉が盛り上がっている。血管が破裂せんばかりに浮き上がっているところからして、健常な方法で身につけたものではない。
「肉体の力も必要だと創造神に教えられてな」
「そこまで人を辞めるくらいなら、さっさと死ねばいいのに」
懲りずに投擲するも、徒労に終わる。
「わかっているだろうが、無駄だ」
「でも、万が一当たれば死ぬでしょ?」
「万が一があればな」
「……馬鹿にしているの?」
創造神と同格と考えれば、彼も神を一時的に肉体へと降ろす〝降臨〟が扱えるはず。
「降臨を使わないなんて」
「あれは疲れる。それに貴様は他の創世神よりも、遥かに聖奠を使いこなしているからな」
「持久戦ね」
「そういうことだ。場所はどうする? 我はここでも構わんが」
「変えるに決まってるでしょっ!」
他の者には〝弓〟も〝槌〟も視ることが叶わない。彼等の上空で不可視の攻防を続けていれば、どうしても人の心を乱してしまう。
警戒しながらクローネスは先導し、森へと降り立った。
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