第35話 親子の決着、哀しき出生

 相手が人間であれば、既に戦いは終わっている状況であった。

 あとはもう、殲滅するだけ。

 敵が屈しない以上、それは仕方のないこと。

 一方的な虐殺に背を向け、リルトリアは父の前に立つ。


「まさか、こういう結末になるとはな」

 驚いた様子もなく、淡々と皇帝は漏らした。


「お聞かせ下さい、父上――」


「理由などない。ただ、全てを壊したくなった。それだけだ」

 機先を制すように皇帝は吐き捨てた。


「そんな理由で兵たちを……あのような姿に変えたのですか?」

「納得がいかんか?」


「当たり前でしょうっ! 貴方が、そのようにわたくしを育てた!」

 慟哭するかのようにリルトリアは叫んだ。

「どうしてですか、父上! 貴方には真っ当な倫理観があったはずです! でなければ、今のわたくしは存在いたしません!」

 

 大きく、長い溜息を皇帝は挟んだ。


「少し、昔話をしようか。おまえの母の話だ」

「……母上の?」

 

 初めてのことだった。

 父が、母の話題をだすのは。


「あれは奴隷だった。なのに強く気高く……どのような辱めを与えても、決して心を折れなかった。だから、私はおまえを生ませた」

 

 前後の文脈から、リルトリアの頭の中は悪い予感でいっぱいであった。


「女である以上、腹を痛めて生んだ子供は大切に違いない。おまえを人質に取れば、あの女も屈服するだろうと考えたのだ。合理的であろう」

 

 リルトリアは黙殺し、先を続けさせる。


「だが、甘かった。おまえをあの女から取り上げ、刃を突きつける前に――あれは自害した。止める間もない見事な手際だった。私は馬鹿みたいに、その光景を見ていたよ。あの女は笑っていた。結局、私はあの女を思い通りにできなかったのだ」

 

 ――老いだ、と皇帝はぼやいた。


「今まで、私は全てを思い通りにしてきた。それができなかった。そこで初めて私は老いを、自分の死を自覚したのだ。いつか死ぬ。それも遠くない未来に……想像しただけで恐ろしかったさ。狂いそうになった」

「現に、貴方は狂気に呑まれた」

「そうだ、私は耐え切れなかった。だが、その前に考えたのだ。私が死んだあと、どうなるのかを。私が手にしたモノや築いてきたモノは、誰の手に渡るのか――否、誰の手にも渡したくなかった」

 

 だからこそ今のおまえが存在するのだと、皇帝は最悪な台詞を口にした。


「誰の手にも渡らない、民に分配されるのなら、まだ耐えられた。しかし、私の息子たちにそのような器量を持つ人物はいなかった。ゆえに、まだ赤子だったおまえを選んだ」


「そんなっ……! そんな理由で貴方は!」

 ――わたくしを生ませたのか、母を死に追いやったのか。そして……真っ当に育て上げたのか!

 溢れんばかりの激情が湧き上がってくるも、喉元で詰まる。


「あとはもう、説明するまでもないだろう。私はいつ、おまえに殺されるか待っていた。しかし、おまえは一向に手を下さなかった。だから、狂ったのだ。怖くて怖くて仕方がなくてな。兵たちは道連れだ。私が死んだあとのことを考えれば、兵などいないほうがいいに決まっていたからな」

 

 最早……返す言葉もなかった。

 リルトリアは黙って、剣を構える。


「やっと……か。やっと眠れるのだな、私は」

 

 畢竟ひっきょう、誰かが手を下さねばならないというのなら、自分以外にあり得なかった。


「お待たせして……申し訳ございませんでした……っ」

 

 父にとって殺すことが罰になるとは思えないが、生かしておく訳にもいかない。


「貴方の意志は、確かに受け取りました。到底、納得のいくものではありませんでしたが……感謝しています。貴方のおかげで、わたくしはかけがえのない仲間を手に入れることができたのですから……それだけは感謝しきれません」

 

 泣きながら訴えるも、父には何も届いていないようだった。


「それでは……安らかにお眠りください――」

 

 せめてもの慈悲でリルトリアは刃を振り下ろした。

 一撃で楽になるようにと――父の首が、地面に転がる。

 

 その顔は本当に安らかで、皮肉にも今まで見た中で一番幸せそうであった。

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