第36話 たった一つの冴えたやり方
辺り一帯の森を犠牲にしながら、クローネスは破壊神の猛攻を耐え忍んでいた。
「いいのか? 森がなくなるぞ?」
「それで貴方が滅びるのなら」
精神攻撃も華麗にかわし、獣と共に木々を渡っていく。森だけでなく、時には動物たちすら生贄にしてクローネスは破壊神の聖奠をやり過ごす。
「〈子〉に犠牲を強いるか」
「この〈子〉たちもそれを望んでいるわ。貴方には聴こえないでしょうけど」
舌戦なら、対人関係が希薄だった破壊神などクローネスの敵にならなかった。どれだけ暴力的な口撃も、予想の範囲内であれば幾らでも対処できる。
それに嘘は言っていない。
事実、動物たちは納得している。破壊神を倒す為なら、どんな犠牲も厭わないと。
彼等にとっては、〈親〉が死ぬほうが耐え難い苦しみなのだ。
「ちっ……存外、てこずらせてくれるっ!」
所詮は人間の器でしかない彼に、豊穣神が作った森を壊し尽せる道理はなかった。
だが、肩で息をしているのはクローネスも同じである。
絶え間なく動物に揺られるのは、体力の消耗が激しかった。それに動物たちを切り捨てる度に、心に引っ掻き傷のような疼きが奔る。
「いい加減、死んでくれない?」
クローネスは定期的に〝矢〟を叩きつける。
「それはこちらの台詞だ」
寸分違わず、破壊神は〝槌〟で受け止める。
「いい加減、姿を見せろ!」
破壊神の握る柄が伸び、柄頭が爆発的に膨らむ。また多くの木々が壊され、動物たちが死ぬ。
彼の振るう〝槌〟は容易に木々を打ち壊した。
まるでなんの手応えも感じていないようだ。
――当たれば壊れる。
それが破壊神にとって揺るぎない事実なのだろう。渾身の勢いなど一つもなく、大きさを無視すれば、速度は通常の鈍器となんら変わりない。
加え、破壊神の攻撃は単調に過ぎるので決して避けられないものではなかった。
対して、クローネスは人間としての戦いにも手馴れている。
相手の構え、目の動き、足の踏み込み、武器の握り、腕の伸び――と、様々な事柄から次の動作を予測できる。
それらに加え、動物の機動力に野生の勘。
結果、破壊神は一向にクローネスの居場所が掴めず、無差別に森を破壊していく。たまたま彼の勘が当たった際は空、土、木とあらゆる角度から動物をけしかけ、クローネスは事なきを得る。
ただ、クローネスのほうも決め手がなくて焦っていた。
聖奠が通用しない。正確には不意打ちが成功しないとわかっているものだから、思い描いていた行動に移せないのだ。
とりあえず逃げながら腹案を練り上げたものの、今度は武器がない。聖奠に絶対の信頼を寄せていたのは、クローネスも同じであった。
――何処かに武器は落ちていないか。
そんな都合のいいことを考えていると、
「――ロネっ!」
想像もしていなかった僥倖がやってきた。
「レイドっ! 乗ってっ!」
傍に四足獣を使わす。破壊神も見咎めてか〝槌〟を振りかぶる。
「――避けて!」
クローネスは動物に命令し、聖奠で注意を逸らす。破壊神だけでなく、周囲の大地に狙いを付けて目測を誤らせる。
「レイドっ!」
獣の上に立ち上がり、クローネスは豪快に飛び移った。
四足獣にしがみ付いていたレイドは対応できず、背中で受け止める羽目になる。
「レイド……レイドっ」
「……待たせて悪かった」
「うんっ。いいの、来てくれたから、それでいいの」
思いっきりレイドの背中で甘えると、クローネスは切り替えた。
――レイドを護らなければ!
「レイド、弓と矢が欲しい。あと、剣も」
「――
甲冑を分解し、それぞれ弓と矢と剣に形を変える。ついでに矢筒と剣を吊るすベルトも見繕う。
「バネ式だから連射はできんぞ。装填にも時間がかかる」
「わかった。それと聖奠、お願いできる?」
「盾も武器もなく 友もいない
小さい私をも 守ってください
ひとつの願いが 胸に燃える
終わりの時まで 主に従おう
胸と唇に 炎が燃え
敵のため祈り、眠りにつく――」
「十字架の血に 救いあれば
来たれとの声を われはきけり
主よ、われはいまぞゆく
十字架の血にて 清めたまえ
よわきわれも み力を得
この身の汚れを みな拭わん――」
二人の詠唱が木々を渡り、森全体へと鳴り響いていく。
「――
レイドの手から生まれた武器を炎もろとも〝矢〟として番え、
「――
クローネスは発射させた。
炎の〝矢〟は破壊神の手前の大地で爆ぜ、余波をまき散らす。
そうして生まれた、赤黒い帳。クローネスは敵の背後に回り、もう一つの――鍛冶神にもたらされた弓矢を投じた。
果たして――効果はあった。
破壊神のくぐもった声が漏れ出し、彼は身を護るかのように〝槌〟を振り回す。
彼もシャルルと同じで、基本的な戦闘技術を持っていなかった。
聖奠以外は自身の目で確認するしか術がなく、不意打ちに対処する勘や経験に欠けている。
「眠れ、主にありて 憩え、主のみ手に
さまたぐる者は いずこにもあらじ
われらいざ歌わん、死のとげいずこと
眠れ、主にありて 憩え、主のみ手に
主は覚ましたもう、とこしえの朝に――」
さすれば、降臨を使うしかなくなる。
「――
嘘のように森が静まり返る。炎どころか煙すら消滅し、〝破壊神〟が君臨した。
クローネスの瞳には彼がダブって見える。人間の身体より、二回りは大きいナニカが憑いている。
「レイド、私は絶対に大丈夫だから。信じて見守っていてくれる?」
こうなってしまっては、あらゆる攻撃が通用しない。
創造神を除き、この状態を解除する方法はなかった。
「ロネ?」
「絶対に大丈夫だから」
繰り返して、クローネスは小さく口づけた。
「――ね?」
「どういうつもりだ?」
そして無防備にも、破壊神の前へと姿を晒した。
「レイドは助けてくれないかしら?」
「あの人神が来ただけで、随分と諦めが早いものだ」
「貴方をシャルルと同じと考えたら、どうしようもないもの。私一人ならともかく、レイドまでは護りきる自信はない」
今の破壊神に動物たちは近づくことすらできやしない。こちらの機動力は落ち、相手は増した。
彼は〝槌〟を防御に使う必要がなくなった分だけ、加速する。破壊の余波すら意に介さず、狩猟神の聖奠をものともしないで突っ込んでくる。
だとすれば、先ほどのようにいくはずがない。
「弱いな、人間は。平然と〈子〉に犠牲を強いてきた貴様が、たかが人神の器如きに自らを差し出すとは、実に嘆かわしい」
悲しげに破壊神は呟いた。彼にとって創世神は特別なのだろう。
意図せぬことだったとはいえ、共に生まれた創造神。その創造神と一緒に産み落とした狩猟神と豊穣神。
魔物はあくまで破壊神の眷属であって、〈子〉にはなり得ない。
何故なら、無からは生み出すことができないから。
他の神々が作りあげたモノを〝壊す〟ことでしか、彼は世界に存在を示す術を持たなかった。
「せめてもの慈悲〈親心〉だ。一撃で楽にしてやろう」
「貴方にもそんな感情があったのね」
ここまで付き合ってきた軽口に、破壊神は小さく笑みを零した。
「――アスリープ・イン・ジーザス!」
宣言通り済ますつもりなのか、〝槌〟がクローネスの体よりも巨大化する。
クローネスは必死で冷静さを取り繕うとするも、上手くいかなった。
どうしても、恐怖が抑えきれない。
これで全てが決まる。
一歩間違えれば、茶番にすらならない。
いざ、審判の時――
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