第41話 そして、少女たちは神に挑む
リルトリア率いる帝国兵に、クロノス飛行部隊の加勢。
戦況を覆すには至らないものの、クローネスとシャルルは一先ず胸を撫でおろす。
少なくとも、これでレイドとペルイの負担は減った。
だが二人が安堵するも束の間、シアに異変が起こっていた。
「シアっ! 待って、すぐ引っこ抜いてやるから」
シャルルが駆け寄ろうとするも,
「――大丈夫っ!」
シアは気丈にも拒絶した。
「わたしは大丈夫だから。まだ……やれるっ」
植物は異形へと形を変えて、主に反旗を翻していた。シアは魔物へと変えられた植物を支配下に置こうとしてか、口ずさむ。
「ほめ歌は 心に満つ
主を仰ぎ 賛美をささげん
父と子と聖霊の神に
栄光あれ、とこしえまで――」
どこまでも優しい歌声に新たな植物が芽吹き、
「――
壊れた植物を取り込んでいく。
「それに……わたし一人じゃない。森のみんなも力を貸してくれている」
森のあちこちから豊穣神の歌が聞こえてくる、とシアは誇らしげに笑う。
「……シア、無茶は止めて」
無理難題を押し付けたクローネスは表情に罪悪感を滲ませて頼むも、
「……嫌だっ!」
シアは子供みたいに首を振った。
「だって、だって! ……わたしだけ、何もしてないっ! 死神とも戦わなかった。ワガママいったのに、シャルルの足を引っ張るだけだった……」
――ジェイルは命を賭けたのにっ!
痛ましい声が空気を裂く。
「わたしは何もしなかった! みんなが頑張ってる中でわたしだけっ! わたしだけが何もしていないっ! だからっだからぁっ! ぜったいに負けるもんかっ!」
痛々しいまでの台詞に、クローネスもシャルルも気圧されてしまう。
まさか、シアがそのことを気に病んでいるとは思ってもいなかった。
世間はともかく、仲間たちの中にシアを責める者はいない。
神託において豊穣神は狩猟神と共に死神と戦うことが決められていたものの、神々の意志や運命なんてクソ食らえ! と、言うのが仲間たちの意見であった。
弟が死神に魅入られたエディンを筆頭に、仲間たちの中には神々に選ばれたことが不幸でしかない者が大勢いたからだ。
「――わたしだって英雄の一人だもんっ!」
なのに、シアは吠える。
仲間たちの多くが望んでもいなかった英雄という存在を。
自分もその一人であるという誇りを。
血の気が失せたかのように顔は白く、唇も紫と病人じみていながらも瞳だけは生気に満ち溢れ――絶対に負けるもんかと、強がっている。
「――ロネ、おれを飛ばしてくれ」
生命を燃やしている気配にシャルルも覚悟を決めた。
少女もまた、自分が英雄だなんて思っていなかった。
そもそも、なりたいとすら思わなかった。
けど、シアの叫びを聞いて――
何故だか、無性にそうでありたいと願ってしまった。
命を賭けて、世界を救った正義神の成聖者ジェイル。
自分も彼の仲間の一人だった。
それは当たり前のことで、世間に認められる必要なんてなかった。
でも、心の何処かに負い目もあった。
もし、破壊神が再び牙を剥いたとしたら――ジェイルの死を、汚してしまうのではないのかと。
だから、今度こそ――
「おれを〝矢〟として飛ばしてくれっ!」
既視感を覚える台詞に、クローネスはつい否定の言葉を吐き出したくなる。
エディンの時のように――そんなことできるわけないと、声を荒げたくなる。
けど、弱気はぐっとのみ込んだ。
「……正気?」
シャルルはロザリオを握りしめ、膝を付いた。
そして、地面へと突き刺し――
「おれだってシアと同じだ。自分の役目を全うできなかった。ロネに押しつけた」
伝説の剣を引き抜くように大地の剣を手に取ると、シャルルは破壊神に切っ先を向ける。
「そんなのはもうごめんだ! だから、今度こそおれがやらなきゃダメなんだ。そして、みんなで胸を張って言ってやるんだ。おれたち九人は英雄で――仲間なんだって!」
子供の覚悟と軽視することはできなかった。
クローネスは強く唇を噛みしめ、
「十字架の血に救いあれば――」
重苦しく紡いでいく。
――あの時の感触はずっと忘れられない。
どう考えても、エディンを〝矢〟にすることはできなかった。狩猟神の聖奠――創世神の神器は人の身で耐えられるモノではないとわかりきっていたからだ。
それなのにエディンは望み、クローネスは拒み続けた。
けど、エディンの覚悟は微塵も揺らがなかった。クローネスがどれだけ懇願しても、死んで欲しくないと言っても――
エディンにとっては、弟を止めることがすべてだったから。
だから代わりに、あの〈子〉を――テトを飛ばす羽目になった。
生まれた時から守ってくれた、初めて名前を付けた。そして、唯一名前で呼ぶ存在であったテトを……。
そのテトに乗ってエディンは死神の成聖者を――弟に、引導を渡すことができた。
それでも、医神の聖奠――常に自身を治癒し続けていなければ、辿り着く前に死んでいたに違いない。
それほどまでに、狩猟神の〝矢〟は早いのだ。
――あの〈子〉を〝矢〟として番えた記憶。
また、大切なモノを自ら手にかけるのか。
クローネスの手が恐る恐る、シャルルに触れる。
降臨状態の創造神なら、〝矢〟を受けたとして問題ないのは知っている。
けど、〝矢〟として飛ばした時にどうなるかは、試したことがなかった。
それも、同等の力を持つ破壊神へと投じるのだ。
「大丈夫だよ、ロネ。おれは絶対に死なない」
「約束よ?」
シャルルが頷くのを見て、クローネスは覚悟を決めた。
「来たれとの声を われはきけり
主よ、われは いまぞゆく
十字架の血にて きよめたまえ
よわきわれも みちからを得
この身の汚れを みな拭わん――」
小さな背中を掴み、ゆっくりと引く。あとは離すだけだ。
それだけですべてが終わる。
放してしまえば、もうどうすることもできない。
「……シャルル、約束よ。絶対に死んだら駄目だからね」
不安に怯え、ついクローネスは繰り返してしまう。
「あぁっ、任せろ!」
あどけない返事を聞き届けると、
「
クローネスは手を離した。
きっと、この感触も忘れられないだろう。
大事な宝物を落としてしまったように、クローネスは泣きそうな顔で結末を見届ける。
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