第8話 航海神の憤り
傍から見れば、仲睦まじい親子連れ。
戦士のような屈強な肉体に、逞しさを増強させる褐色の肌。天然の白髪を逆立たせ、肌を存分に晒した軽装の父親。
無数の草花を飾った長い栗色の髪。毛先に至るまで緩いウェーブを描いており、全体的に柔らかな印象を与える。
表情もにこにこと、長いスカートの裾を揺らしながら軽快な足取りの母親。
そして、元気爛漫な娘。
乱雑に切られているのか、肩に触れている毛先はギザギザ。服装も太ももを隠せない丈のズボンに、装飾のない上衣。
首からロザリオをぶら下げているも、鉄色といい大きさといい、女の子らしさはないに等しい。
それでいて、将来が楽しみなほど顔立ちが整っているものだから、通り過ぎた人々は驚嘆した様子で振り返っている。
そういった微笑ましい後ろ姿とは裏腹に、男の顔はげんなりとしていた。
「あー! ペルイさん、あれ可愛い~」
女性が男の腕を掴むと、
「ペルイ! あれ、おいしそう!」
少女も対抗してか、反対側の手を引っ張る。
瞬間、男の体がズレる。それを阻止しようとしてか、女性が男性の腕にしがみつく――人の行き交う往来で。
消去法だけで保護者に選ばれたペルイは、うんざりしていた。
右を向けば、真剣な面持ちのシア。恥じらいがないのか自覚がないのか、両腕でペルイの右腕を抱き寄せている。
左……下に目線を落とすと、悪戯っぽく歯を見せて笑っているシャルル。
こちらは自覚があるぶん、シアよりはマシかもしれない。
「あっれー? なんか急に重くなった。なんでだろう? 何か重たいモノでもくっついてるのかなぁ~?」
――いや、少しは自嘲しろ……。
ペルイの気持ちなど露知らず、シャルルは挑発する。
「おもっ!? おもっ……! うっ、そんな重くないもん!」
本気で傷ついた音色で、シアは叫ぶ。
子供の冗談にいちいち反応するなと思いながらも、ペルイの口は重く閉ざされている。
とにかく、周囲の目線が辛かった。最初の内は温かい眼差しを向けられていたのに、今では謝りたくなるほどに冷たい。
「あ! そっか~。テティと違って、ないもんね」
「そっ! そんなことないもん! 少しはあるもんっ!」
「え~、だったらもう少し嬉しそうな顔するんじゃない?」
――黙ってりゃぁ、これだ。
二人して、ペルイに意見を求める。シャルルはにやにやと、シアは縋るように……これは、どう答えるのが正解なんだ?
無意識に周囲を見渡すも……いない。
馬鹿なノリで場をかっさらってくれるジェイルも、大人な意見で窘めてくれるエディンも、一緒に困惑してくれるレイドも、自分以上に弄りがいのあるリルトリアも、的外れな見解を述べるクローネスも、火に油を注ぐテスティアも……誰もいない。
寂しさが胸を衝くも、ペルイは押し留める。保護者である自分が、後悔を見せるわけにはいかなかった。
特に、シャルルとシアは先の戦いで負い目を感じている。
――二人だけが、神託通りに動けなかったのだ。
シアは死神の成聖者と相対せず、感情のままシャルルの元に駆けつけた。
そうして、創世神が二柱も揃っていたにもかかわらず、破壊神の成聖者を取り逃がしてしまった。
だから、今も放浪している。色々な理由を付けているも、二人の目的は破壊神の成聖者――先の戦いの後始末だ。
「おまえら。少しは恥じらいとか、品性ってやつを身につけたらどうだ?」
ペルイは自分なりに答えを出すも、
「自分でもよくわかってないもんを求めんなよ!」
「つまり、わたしには恥じらいも品性もないということですかぁ?」
どうやら逆効果だったようだ。
二人はいっそう騒ぎ出し、
「だーっ! いちいち、やかましいっ」
ついには、ペルイまでもが大声を上げ始める。
「いいか! おまえらの礼儀がなってなくて怒られるのは、俺なんだぞ?」
「えー、ロネはそんなことで怒んないってば」
「そうですよぉ、ロネは凄く優しいです」
「おまえらに対してはな」
二人の言う通り、クローネスは優しい。が、その生き方からして、尋常ではない厳しさも併せ持っている。
動物たちにとって狩猟神は〈親〉に等しい存在であり、成聖者のクローネスは彼等の言葉が聴けた。
それでも、代理人のクローネスは人間でしかない。それも王族ともなれば、動物を殺さずして、生きていくことはできなかった。
民を生かす為には、どうしたって数多の動物〈子〉たちに、犠牲を強いらなければならない。
その板挟みは、想像するだけで嫌になる。
とてもじゃないが、自分には耐えられないとペルイは思う。
意思疎通ができなくとも、動物の断末魔や悲痛な鳴き声は堪えるのだ。
それを、クローネスは立派に割り切っている。
曰く、動物をいたぶるのだけは許さないらしいが、そこは同意なので綺麗事だとも思わない。
だからこそ、レイドと惹かれあったのだろう。動物と人間を同列に扱うのは乱暴かもしれないが、共に殺すことは否定していなかった。
――ただ、いたぶるのだけは許さない。
理想だけが先行していた、ジェイルやリルトリアとはよく揉めていたものだと、ペルイは思い出し笑いをする。
その流れでふと過り、
「なぁ。もし、ジェイルが生きていたら、どうしたと思う?」
そのまま口にした。
「そりゃ、空気も読まずに止めたんじゃない? あの正義バカならさ」
――争いは何も生まない! 仲間同士、話し合えばわかる! と、シャルルが口真似する。
「だねぇ。ジェイルがいれば、リルトもこんなバカな真似はしなくて済んだのに」
「やっぱ……そうか」
「なんだよ、その言い方は?」
歯切れの悪い物言いに、シャルルが文句をつけてきた。
「いや、なんつーか……あれだ。やっぱジェイルの野郎は、そういう風に見られてたんだなって不憫に思っただけだ」
――正義バカ。
シャルルたちに揶揄した気持ちは一切ないだろう。
ジェイルの第一印象は間違いなく、ソレに近いものになる。彼は正義心が強いとかいう問題ではなかった。
けど、それは持たざるを得なかったものだと、ペルイは今更ながらに思う。もしかすると、クローネス以上に
証するように彼はここにおらず、人々は彼の死に疑問を抱いている。
たとえそうだったとしても、ペルイにはその推測を口にする気にはなれなかった。
――もう、過ぎてしまったことだ。
ジェイルは死んだ。気づくのが、遅すぎたのだ。
もう、英雄として弔ってやる以外……彼にしてやれることはない。
わざわざ人々の疑問を晴らしてやる義理というものは、ペルイは持っていなかった。
「ん? どういう意味だよ?」
「シャルル~。たぶんだけどぉ、正義バカって褒めてないよね?」
今の自分は、シャルルとシアの保護者なのだ。仲間の為なら、真実なんてどうだっていい。
二人が破壊神の聖成者を逃がした経緯など、知ったことじゃない。誰も知らなくていいし、誰にも責めさせるつもりもない。
それでも、ペルイ自身は恨んでいた。
世界の平和などという大それたことを、女子供に押し付けた神々を――
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