第20話 英雄たる器
全ての負傷者たちの治療を終えたところで、エディンは気を失った。
目を覚ますと、既に夕暮れ。
海賊たちの尋問などとうに終わっていると思いきや、エディンは立ち会いを求められる。
なんでも、海賊側が望んだらしい。
正確には、海賊の味方をしていた帝国兵がだが。
「なるほど、貴方たちは逃げてきたわけ」
疲労もあってか、事情を聞かされたエディンは苛立ちを覚える。
皇帝が狂って怖くなった。皇帝に呼び出された者たちは皆、人が変わったようになってしまった。
それで逃げた。
港に立ち寄っていた海の民を脅して、キリシト諸島まで逃げ切ろうとした。
ところが海の民が拒んだ。
気付かぬ内に何処ともわからない海へと連れられ、ついカッとなって殺してしまった。
そうして遭難しているところを海賊船に襲われ、手を貸す羽目になった。
航海神の加護がなければ沈むしかなかったので仕方なく――それが彼等の言い分だ。
――切り落としてやろうか。
エディンはふと、そんな衝動に掻き立てられる。
「お願いします、医神様! どうか、我々をお助け下さいませ!」
面倒なことに彼等はエディンを知っていた。彼女は憶えていないが、先の戦いで面識を得ていたらしい。
「とりあえず、いくつか訊かせて貰う」
怒りを堪え、エディンは質問へと移る。
船員たちも文句はないのか黙っていた。
「そのことを、皇帝の乱心をリルトリアは知っているの?」
答えはノー。リルトリアは皇帝の命を受け、ファルスウッドへの侵攻に赴いているとのこと。
――あのバカは。
「クロノスのほうは、どう動いてるの?」
話し合いを放棄し、防衛に徹している。
「そのクロノスの王女の傍に他の英雄――じゃなくとも、見慣れぬ若い男はいる? 具体的に言うと、鍛冶神の成聖者なんだけど」
答えはイエスとノー。
レイドは知っているが、姿は何処にも見当たらない。
――切り落としてやろうか、あいつも。
女同士というだけでなく、死神との戦いでクローネスには返しきれないほどの借りがあるからかエディンの心情は偏っていた。
「そう、それで貴方たち以外にも逃げた兵はいる?」
その答えには、船員たちのほうが大きく反応を示した。
帝国兵を脅し付け、答えが変わらないと悟ると険しい面持ちで去っていく。
「お願いします! 医神様、どうか、どうか! お慈悲を」
船員たちの血相を勘違いしてか、帝国兵たちは両腕を縛られたまま甲板に額づく。
「貴方たちは、何人の人間を傷つけたと思ってるの?」
吐き捨てるかのように、エディンは言い連ねる。
「この船でさえ百人を超える人が怪我して、二十四人の人が死んだ」
助けられなかった者もいた。帝国兵がいなければ、犠牲はもっと少なかったはずだ。
「貴方たちが逃げるのは勝手だけど、他人を巻き込まないでくれる? そもそも、逃げるのになんで関係のない人間を殺す? それともそれが帝国のやり方? まだ、そんなのがまかり通っているの?」
だとすれば、リルトリアは何をしていたのだ。
かつて、レイドが助けた子供たちを帝国は無残に殺し、痛めつけた。
その時、リルトリアは何も知らなかったと自らの無知を詫びた。
けど、今は違う。
彼は知っている。それに誓ったのだ。
助けた子供たちに、いつか面と向かって謝りにいくと。帝国を変えてみせると、仲間たちに約束したくせして――
おかげで、何故リルトリアの元に逃げなかったのかとは言えなかった。
代わりに口を吐いたのは、私怨に塗れた脅し文句。
「私は一人でも多くの人を救いたいと思っていたんだけど、やり方を間違っていたのかしら。大勢の人の治療に当たるよりも、貴方たちみたいな人間を殺すほうがよっぽど沢山の人を救えそうじゃない」
心底、自分は英雄の器ではないとエディンは思う。
もとより、仲間内でも本当の意味で英雄になれるのは二人だけだった。
ジェイルとリルトリア。
究極のところ、その二人以外は誰とも知れない者の為に命を張れる性格ではない。
それなのに、リルトリアは英雄の働きをしていないと云う。
あれほど欲していた力を手に入れたくせして、どうして使おうとしない。まさか、今更手にしたものの大きさに怯えているのか?
だとしたら切り落としてやる、と底知れぬ怒りがわいてくる。
――口先だけの決意だったのか、あれは。
皆本気だったのに――ジェイルは本当に世界を救ってみせたのに。
ジェイルの気持ちを考えると、今の状況は非常にやるせなくて居た堪れない。
――彼が望んだモノは何もおかしくはなかった。
英雄としては許されなかったかもしれないが、一人の少年としては普通の願いであった。
些か子供じみていたかもしれないけども、誰だって一度は願ったことがあるはずだ。
そのことに何人が気付いているだろう?
断言できるのはテスティアとクローネス。前者は最期まで傍にいて、後者は同じ気持ちを心の内に飼っている。
ただクローネスはそれを押し殺し、割り切ることに慣れてしまっているのでリルトリアと争う道を選択できた。
他に可能性がありそうなのはペルイくらいか。
あの男も無駄に年を取っていない。自分だったら割り切れることも子供には求めず、寛容に接する余裕を持っている。
たぶん、ペルイならこの状況を放っておくはずがない。必ず足を運ぶ。
だとすれば、わざわざ自分が行く必要はないのかもしれない。
それにリルトリアやレイドも、女に説教されたくはないだろう。
クローネスのことが気がかりではあるものの、そこはレイドに期待することにしよう。
――もし裏切ったら、今度こそ切り落としてやる。
案の定、この船の行き先は新世界探索からキリシト諸島へと変わった。
海の民の故郷が危険に晒される可能性がある以上、誰も異論は挟めなかった。
海賊船は曳航され、捕虜たちを拘束したまま航路が変わる。
一応、エディンは口添えしておいた。
すぐに帝国の皇帝は代わるだろう。それまで、海賊に成り下がっていた帝国兵の身柄は預かることをお勧めする、と。
最早、親子の流血は避けられない。
ここで逃げたら、リルトリアには民の憎しみを買う道しか残されなくなる。
だからこそ、信じられた。
――それだけは絶対にあり得ないと。
リルトリアは家族や仲間と争ってでも、
間違っても、国や身分を捨てるような真似はしない。遠回りはするかもしれないが、決して道は踏み外さず――歩き切る。
――ゆえに、彼だけが英雄となり得た。
「もし裏切ったら、切り落としてやるんだから」
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