第6話 慈愛神の自嘲

 闇へと消えていくレイドの背中を見送りながら、テスティアは男たちの不幸を憐れむ。

 

 普通に考えれば、男たちの判断は正解だ。

 

 敵が身構えた以上、この場で襲いかかる利点はない。数にものをいわせたいのなら、広い場所のほうがいいに決まっている。

 

 これで明るい時分、人目が多ければ完璧だった。

 

 英雄だと知られたくないレイドは、人前で聖奠せいてんを使わない。聖別と違い、聖奠は目に見える大きな奇蹟であり、聖成者の証明となるからだ。


「すべての国々が正義と平和の道を見出し

 それを守ることができるために

 神の導きと知恵とを求めていのる

 われらの祈りを聞きたまえ」

 

 懐かしい響きを聞き、ついテスティアも慈愛神の讃歌を口ずさむも、


「抑圧され、暴力におびやかされている人々の上に

 解放のみ力が与えられることを求めていのる

 われらの祈りを聞きたまえ

 ――主よ、あわれみたまえキリエ・エレイソン

 

 聖奠は発動しなかった。


「――共にいてくださいステイ・ウィズ・アス

 

 聖別も同じく、沈黙。

 レイドの接近に一切気づかなかったことを省みると、聖寵せいちょうすら失われているのかもしれない。

 

 テスティアは先の戦いでジェイルを助けられなかったことから、慈愛神を恨んでいた。

 

 聖寵とは、神からの贈り物ギフト

 

 されど、それは一方的に与えられる。

 個人の信仰ではなく、その土地に生きる――生まれ落ちた、全ての生命の信頼に対する報酬として預けられる。

 

 成聖者もしかり。

 

 神は、個人の意思など尊重しない。本人の信仰など関係なしに、多くの人々の期待をたった一人に押し付ける。

 

 現に、望んで成聖者になった者はジェイルとリルトリアくらいであろう。

 嫌だからといって、人には神からのギフトを突っぱねる権利はないのだ。

 

 多くの人間を殺していながらも、レイドは神に祝福されている。

 人々を救う医者を目指していながらも、エディンの弟は死神の成聖者に選ばれた。

 

 だとすれば、テスティアは慈愛神に感謝すべきなのかもしれないと、口元が自嘲の笑みを象った。

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