第4章 英雄集結
第28話 破壊神
魔物化とは魂なり肉体を完全に壊された状態を指す。そこで初めて、聖別を受けたモノは破壊神の眷属となり、命令に従うようになる。
裏を返せば、不完全なら魔物とは呼べず命令にも従わないということだ。
けれども、紛れもなく他と異なる個体に違いはない。似て非なる者。集団において、それは疎外や迫害の対象となり得る。
さすればどうなるかは、火を見るより明らかであろう。
――トロイアの木馬。
それは巧妙に種を陥れていく。実のところ、それは悪神の分野であるものの破壊神にも似たような真似はできた。
もっとも、〝壊す〟という性質上、姿形に影響を与えずにはいられないので、巧妙さでいえば悪神には劣っていた。
だが、今回に限ってはさしたる問題ではない。
むしろ問題なのは、数と他の神の祝福を受けていること。人神とはいえ、聖寵を授かっている人間を〝壊す〟のは骨が折れるのだ。
ところが兵は拒まなかった。ほとんど逃げもしなかった。
皇帝の勅命――そんなもので彼等は人であることを辞めた。
破壊神にとっては、信じられない光景であった。
まるで自分よりも皇帝のほうが神ではないか。言葉一つで万の人間を従えるなど、まさしく神の所業である。
そもそも、破壊神にとって皇帝という存在は理解し難かった。
破壊神の成聖者は人ではない。
少なくとも人としてこの世に生を受けたものの、人として扱われないまま育ったものだから人の世がわかっていなかった。
現に彼には名前すらない。年齢も知らず、自身の身体を壊しまくったおかげで見当もつかなくなっている。
身体と同様に顔も度々変わっていた。だからこそ人の目に触れても平気だったし、力を使わない限り存在を知られる心配もなかった。
それなのに、皇帝の目には留まった。
偶然だった。自然のない場所を目指していたらたまたま帝都に辿り着き、たまたま皇帝に出くわしてしまった。
もしかすると壊れている者同士、通じるものがあったのかもしれない。
そう、壊れている。皇帝もどこか壊れていた。
破壊神は聖寵をもって気付いていた。
この男は人として欠損している……と。悪神の聖別を受けたように巧妙に隠されているが、決して普通の人ではない。
一方、皇帝も気付いていた。経験と直感だけで、目の前にいる男が人間ではないと察していた。
謀らずとも、こうして人ならざる者たちは邂逅を果たしたのだった。
――あれから、およそ半年の月日が過ぎた。
現在、二人は壊れた目的を達成せんが為に戦馬車に揺られている。
どんな道でも速度を緩めることなく、皇帝が率いる人魔の軍勢は突き進んでいく。面白いことに、兵たちは未だ皇帝に忠誠を誓っていた。
僅かに残った人間部分がその選択をしたことに、破壊神は驚かずにいられない。
どうやら、形だけの主従関係ではなかったようだ。常人には理解しえない繋がりが、そこには確かにある。
「しもべらよ、み声きけ、
人びとを 弟子とせよ。
勝利に満つる 主のみ名と
その栄えを広めゆけ。
――
破壊神の聖別が進行に邪魔な障害を排除していく。木や岩は勿論のこと、街も例外ではない。
――民家を、人を、蹴散らしながら……軍勢は道を進む。
このように、元の存在よりも遥か脆弱に〝壊す〟ことも破壊神にはできた。
先頭を破壊神。またそのすぐ後ろに皇帝が位置しているので、強行軍でありながら脱落者は存在していない。
忠誠を誓った主が前を走っているからか、士気も高いまま維持されている。
行軍は順調だった。
残る懸念は創造神と豊穣神だけである。
その二柱は居所が掴めない上に、聖寵の範囲が尋常ではないのでいつ邪魔が入るか予測が立たないのだ。
帝都を発った時点で破壊神の存在は感知されているとみていい。残るは彼女らが何処にいるかだが、こればかりは願うしかなかった。
せめて、遠くの地へいることを――
祈りが通じたのか妨害はなかった。
十日に渡り、彼等は果てしない距離を踏破してみせた。
敵の斥候すら逃がさない速度――翼もつ動物とて例外ではない。近づく存在は片っ端から壊されていった。
あとはファルクス川を超えるだけ。さすれば、エマリモ平野に足を踏み入れる。
橋は当然、警戒されていた。
平野は川の浸食や堆積によって形成される。エマリモ平野ほどの広さであれば、川の規模は推して然るべき――とても馬や徒歩で渡れる規模ではない。
そういった常識的な思考が徒となる。
聖奠を扱える成聖者を相手に、常識は通用しないのだ。
「眠れ、主にありて
憩え、主のみ手に
さまたぐる者は いずこにもあらじ」
これで狩猟神も破壊神の存在に気付くことになる。
「われらいざ歌わん
死のとげいずこと
――
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