第44話 紐解かれた謎、託された世界

 エマリモ平野の戦いで、帝国は五万以上の兵を失ってしまった。これは魔物に変えられていた皇帝の陣営を含んだ数字である。

 一度全滅の憂き目に遭っていながらも、これほど犠牲を抑えられたのは名も無き英雄たちのおかげであろう。

 

 しかし、帝国の象徴である皇族の大半は戦死を遂げていた。

 生き残ったのは第一、第二、第八皇子とリルトリアの四人だけ。また上二人はかろうじて命を取り留めた状況に過ぎず、とても公の場に立てる状態ではなかった。

 

 まさしく、帝国の権威は地に落ちたといえよう。

 

 最早、複数の国家を支配下におくことは不可能。権力も兵力も足りない。一度でも反乱が起これば帝国は崩壊の道を辿る――そう、誰もが思っていた。

 

 ――そこに英雄が立った。

 

 リルトリアは信じられないことに、ファルスウッドの後ろ盾を得ることに成功させた。

 これにより、帝国は再建に踏み出す。

 今までとはまったく違うやり方で、帝国は生まれ変わろうとしていた。

 可能な限り力は使わず、必要とあればリルトリア本人が何処へなりとも足を運ぶ。

 曰く、彼は皇帝ではないから問題にならない。

 上二人の皇子が復帰するまでは玉座に就くことはないと彼は宣言し、公務に励む毎日を送っている。

 英雄効果はすさまじく、分裂することなく帝国は帝国で在り続けた。

 

 そんなある日、リルトリアの元にクロノスからの使いがあった。

 急な使者に訝りながらも、彼はクロノスの門をくぐる。


「急にお呼び立てして済まない」

「いえ、お久しぶりですネリオカネルさん」

 

 宰相自らの案内を受け、リルトリアは困惑しながらも自然豊かな道を進む。


「実は、来客がありまして……」

 言葉尻はかすれているものの、どこか温かい表情でネリオカネルは告げた。

「クローネス様ともご縁があった方でして、是非ともリルトリア様にお会いしたいと申し上げるものでしたから」


「それは是非、わたくしもお会いしたいです」

 

 かつての旅で知り合った人々は多い。いつかまた会う約束はしたものの、結局ほとんどが会わずじまいになっていた。


「それでは私はこれで」

 

 クローネスが消息を絶って以来、彼は変わったようだった。

 去っていく宰相の背中を眺めながら、リルトリアはふと、そんなことを思った。


「失礼いたしま――」

 

 許しを得て部屋に入ると――そこには懐かしい姿があった。


「うんっ! その表情が見たかった」

 豪快に笑う少女は、


「テスティアっ!」

 慈愛神の成聖者。

 紛うことなく、かつての仲間の一人だった。


「ネリオカネルさんを恨まないで。私が無理言って頼んだだけなんだから」


「……わざわざ、そんな手の込んだ真似をしなくとも」

 呆れながらも、リルトリアは対面の椅子に腰を下ろした。


「まぁ、嫌がらせ? ってか仕返し? ジェイルの気持ちを無視して争うからよ」


「それでしたら、仕方ないですね」

 リルトリアは笑って受け入れた。

「レイドから聞かされました。ジェイルが何故、死んだのかを」


「そう、あいつは気付いてくれたんだ」

「ジェイルはわたくしたちと一緒にいたかったんですね。

 

 そう、願うことは罪ではない。

 だが、ジェイルはそれだけじゃ済まさなかった。


「うん、あのバカはあんたらの想像通り――


 旅を続けるには目的が必要だったから、脅威となる敵がいなくてはならかったから。

 

 ――、ジェイルはこれまでの全てをふいにしようとしてしまった。

 

 それは決して赦されない裏切りだった。

 罪人に情けをかけるのとは訳が違う。

 改心した悪人を助けるのとは比べものにならない。

 

 ジェイルは決して天秤に乗せてはならないモノを乗せてしまったのだ。


「世界が平和になったあとだって、きっとまた会えたはずだったのに……。あのバカはそれを信じられなかった。別れを許容できなかった」

 

 世界中の人々の願いよりも、天上の正義よりも――

 そして、自分が信じていた正義神に裁かれてしまった。

 

 なんという皮肉だろうか。

 テスティアはずっと思わずにいられなかった。

 シャルルとシアが破壊神を取り逃したと知った時――あと少しで、あの二人に酷い言葉を浴びせそうになった。

 

 ――だって、バカみたいにジェイルは自滅したことになる。


 けど、そう思った瞬間にある意味吹っ切れてしまった。

 そもそもジェイルはバカだったと。

 バカだから、仲間たちがそれぞれの役目を成し遂げると信じて疑いもしなかった。

 そのくせ、別れた後のことを何一つ想像することができなかった。別れを終わりだと考えてしまった。

 

 もっとも、ジェイルがそう思ったのも無理はない。

 なんせエディンは最初から死神と刺し違えるつもりでいたし、レイドも自分の命に無頓着だった。。

 ペルイは故郷に戻ると散々口にしており、テスティアもまた帰郷する気でいた。

 クローネスは王女になる決意を表明し、リルトリアはその敵でもある帝国の皇子。

 シアとシャルルには帰る場所がなく――

 

 どう考えてもバラバラになるのはわかりきっていたし、大人組はよく口にさえしていた。たとえ平和になったとしても、一緒にはいられないと。 

 

 それでも……。

 

 結局、その後に続いた言葉をジェイルは信じられなかったのだろう。

 いつかまた何処かで会える。会えなくても構わない。仲間たちとの思い出だけで充分。それだけで救われる、幸いだなんて。  

 

「最終的に悪神の成聖者を倒したのは……貴方だったのですねテスティア」

 

 ジェイルは自身の聖奠で自滅した。


「どうなんだろ。向こうも勝手に自滅したようなものだったから」

 

 悪神の成聖者は、正義神の光に裁かれたジェイルに手を伸ばしていた。

 少なくとも、テスティアの目にはそう映ったという。


「ねぇ、リルト。私たちは置いていかれたのかな? それとも、託されたのかな?」

 

 心に隙間風が入り込んだような錯覚を覚えるも、リルトリアは静かに首を振った。


「わたくしは託されたと思っています」

「そっか……あんたは強いね」

「いいえ、違いますよテスティア。わたくしは諦めていないだけです。またいつか、皆で会える日を」

「そう……」


「そんな場所を、わたくしは作ろうと思っています。エディンもペルイもシアもシャルルもレイドもクローネスも足を運んでみたくなるような、そんな国を絶対に作ってみます」

 ――だからとリルトリアは繋ぎ、

「協力してくれませんか、テスティア」

 真剣な面持ちで手を差し出した。


「……悪いけど、今の私は聖奠を失ったただの人よ」

「構いません。もし、わたくしが間違えそうになった時に止めて頂ければ充分です」

「それはぶん殴っていいの?」


「えぇ、そうでないとわたくしはわからないようですから」

 リルトリアは顔に手をやる。シアに殴られた頬は、思っていたよりもずっとずっと痛かった。


「わかった。私も……また、みんなに会いたいもの」

 

 テスティアは慈愛溢れる笑顔で涙した。

 意地を張ってみんなに会わなかったことを後悔して――


「そこにジェイルがいなくとも……私もまた、みんなに会いたいっ」

 

 そうやって、少女は――やっと、大好きだった人に別れを告げられた。

 テスティアは温かい思い出に浸かるのを止めて、自分の足で世界を踏みしめる。

 そして、取り溢してしまったものを取り戻す為に立ち上がった。

 いつかまた、絶対に出会えると信じて――

                                    

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アメイジング・グレイス~既に終わった英雄譚~ 安芸空希 @aki-yuu

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