エピローグ
第43話 それぞれの選択
たまに、こういう日があった。
――理由もなく、刃を研ぎたくなる。
衝動に駆られたまま、エディンは黙々と磨石を滑らせ――黒光りする刀身に、自分の姿を映し出す。
ここキリシト諸島にも、大陸の噂は流れていた。
何やら大きな出来事が多発していたようだが、聞く限り仲間たちは無事の様子。
王を失った帝国は皇帝不在のまま、英雄の指導の下、再建に向かっている。
同じくファルスウッドも王女を失ったようだが、代わりに病床に伏していた王が復帰したとか。
それなのに何故、無性に刃を研ぎ澄ましたくなるのだろうか。エディンは疑問に思いながらも、手は休まることなく動いていた。
「天使の
天上のパンは形あるものとなった
何と驚くべきことだ!
憐れな者、
卑しき者たちに
天は自らを糧として与えられた」
同時に、聖別を施す。
「――
これで清潔な刃ができあがり。人体の何処を斬り落とそうとも、そこから『毒』が回る心配はいらない。
そんな物騒な昼下がりの午後、来客があった。
誰か怪我人でも来たのかと応対すると、
「――ロネ!」
訪れたのはクローネスだった。
「エディン、久しぶり」
「ロネ……ちょっと、来なさい!」
「えっ、ちょっとエディン?」
クローネスは扉を指差すも、エディンは見向きもしない。
「やっぱ聖寵は聴こえないか……ちょっと失礼」
自然な動きでクローネスの服を捲ると、エディンは色々な道具で触り始めた。
「まったく、こんなにお腹を大きくして船に乗るなんて何を考えているの……」
「……ごめんなさい」
クローネスは素直に詫びた。
すると、また来客のノック――
「シャルル、シア!」
「よっ、エディン」
「久しぶりィ~」
意図的に視線を下にやって、エディンは二人を招き入れると扉を閉めた。
「待てこらぁ! 無視してんじゃねぇ!」
が、レイドと違ってペルイは黙って突っ立っていなかった。
慣れた仕草で扉を開け放ち、文句を口にする。
「……ふむ、ペルイに手は出されてないようね」
「てめーは聖寵で何を聴いてやがる?」
ペルイは怒鳴るも、エディンはどこ吹く風で女性客三人をもてなす準備に入っていた。
「おぃ、俺たちのぶんは?」
「報せもなく、急に女性の家に来る礼儀知らずに出すお茶はないわ」
「てめぇ……。ここが誰の家かわかってて言ってんのか?」
「少なくとも、家主は行方不明だと私は聞いているけど?」
ここは英雄の家として誰も手を付けず、手入れだけが施された状態で放置されていた。
そう、ペルイにとって懐かしき我が家である。
「それに、私をここに連れて来た方々が是非とも使ってくれって言ってくれたんだけど?」
「あぁ、そうだ――」
流れをぶったぎって、ペルイは担いでいた袋から色々な食糧を広げだした。
「なんでも、才媛たるお医者様がお礼を受け取ってくれないって、島の人々が嘆いてたぜ」
お返しと言わんばかりに、ペルイは口元を緩ませる。年齢が近いだけあって、エディンに対しては過度な気遣いは無用だった。
「その話は不毛よ」
「つーか、結婚くらいはしてもいいんじゃねぇのか?」
謝絶したエディンに構わず、ペルイは口にした。
「おまえさん一人で、背負いきれるもんでもないだろ」
「他の誰かに背負わせるつもりはないわ」
意思の固さは相変わらずのようだ。
さすが人神でありながらも、死神に挑んだだけのことはある。
もっとも、本人に言わせたら弟の相手をしただけであって神を手にかけたつもりは微塵もないとのこと。
「だったら、支えて貰えよ」
それでも、ペルイは繰り返す。
弟の贖罪――十万人以上を救うという彼女の決意に水を差すつもりはないが、黙って見ていることはできなかった。
「あら、なに? もしかして、求婚のつもり?」
そんなペルイの人柄を知っているだろうに、エディンは冗談に流した。
「――ばっ! んなわけあるかぁっ!」
しかも、些か面倒な類の――
「そうですよぉ、エディン! ペルイさんはわたしと結婚するんですから」
案の定本気にしたシアが訴え、
「おー、モテモテじゃんペルイ」
シャルルが悪ノリする。
「なんだったら、クロノスの王様になる?」
そして、かつて旅をしていた時と同じようにクローネスが的外れな見解を述べた。
「王様になれば一夫多妻制だから」
「それいいっ! ペルイさん、王様になりましょうよぉ」
シアだけが乗るも、他の者たちは返す言葉もなく沈黙し――
「ったくよぉ。おまえさんときたら」
ペルイが堪えきれずに笑い出す。
「まったく……。玉座に付いていたってのに何も変わってないんだから」
エディンも困ったように相好を崩した。
「私、何か変なこと言った?」
ズレた発言をした覚えのないクローネスは首を傾げるも、
「いや……まぁ、な」
返答を求められたレイドは煮え切れない答えを返すしかなかった。
「そうだ、レイド――」
何かを思い出したかのように、エディンが短剣を抜いて名指しする。
「私の本能か何かが、あんたのを切り落とせって命令している気がするんだけどさ、心当たりない?」
「……それは、その……勘違いじゃないか?」
クローネスを置いて逃げたことを言ったら、絶対にそうなるとレイドは誤魔化そうとする。
「まぁ、あとでロネに色々と聞くからいいけど」
「そういえば、リルトリアがそういうことをしていたような」
危険を察したレイドは、あっさりとリルトリアを売った。
「そう言えば、リルトは結局どうなったの?」
それが功を成してか、エディンの気は反れた。
そして、残された仲間たちのことを彼等は語り始める。
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