第3話 宣戦布告
「――申し訳ございませんが、お引き取り下さいませ」
案の定、クローネスは謝絶した。話し合いの余地もない。柳眉を逆立て、冷たい眼差しで訪問者たちを見下ろしている。
彼女の相貌に気圧されながらも、長兄が口を開く。
「それは、かの森が魔物の温床となっていることを理解していながらの、発言でありますか?」
ミセク帝国側の要求は『鎮守の森』の伐採である。
――
この国は、とても豊かで広大な森を有していた。
なんせ、果てが見えない。
かつて、豊穣神が産み落としたとされる樹海は、千年以上の歴史を持つクロノスでさえ、未だ全貌を掴めていなかった。
それゆえに、この世界が原初神から切り離された『箱庭』だと主張する学者もいるほどだ。
事実、森には数多の遺物や未知の生物が確認されており、あり得ない様相と生態系を育んでいる。
――そう、あり得ない。
いくらこの森が起伏に富んでおり、山や川、湖を持っていようとも通常では考えられない『モノ』がここには存在する。
そういった『自然』の恩恵にあやかって、ファルスウッドは発展を遂げてきた。
「魔物の被害など、貴女方が与えてきたものに比べれば、微々たるものではありませんか」
顔色一つ変えず、クローネスは言い放った。
「先の戦いにおいて、私は様々な国を旅して来ました。もちろん、貴女方帝国が治める領土にも――」
最後まで語られなかった言葉が、暗に彼等の政策を責めていた。
魔物の騒動に乗じて、自国の村や街を襲い弄ぶ。
その行為に皇族が関与していたことを、クローネスもリルトリアもよく知っていた。
息を詰まらせたところから、二人の皇子の耳にも入っていたのだろう。
「そもそも、貴女方には関係のないことでしょう。この森で生まれた魔物が、貴女方の国まで進軍する可能性など、皆無に等しいのですから」
魔物は何もない空間から沸いて出るモノではない。
その正体は邪神――破壊神、死神、悪神――の聖別を受けた動植物である。
当然ながら、数多の生命を育んでいる森はそれに至る種が多い。
とはいえ、人間がベースとなった人魔や邪神の成聖者がいない限り、統率されることもなければ、好んで人里に姿を現すこともなかった。
魔物は元の種よりも凶暴で強力ではあるものの、人の手に負えない脅威にはなり得ない。
つまり、ファルスウッドにとっては森の生態系を脅かす外来種程度の認識でしかないのだ。
「私たちファルスウッドの民は、誰もが自然に殺される覚悟を持っています」
それが、自然と共に生きていくということ。
他人の土地を奪い、自然を壊し、人を殺してきたミセク帝国には、到底理解できないであろう。
「……王女は、魔物の存在をお認めになさるということですか?」
ミセク帝国側の思惑に気付いたのか、クローネスは王女らしからぬ溜息を吐いた。
――戦いを起こす大義名分。
英雄の名声を利用したくば、身勝手な略奪戦争は起こせない。
自業自得だが、ミセク帝国の評判は自国でさえ良くはなかった。
リルトリアのおかげで幾分かの権威と信頼を取り戻してはいるようだが、まだまだ敵も不満分子も多い。
「好きに取って貰って構いません。私たちは、森に害するモノを排除するまでです」
クローネスの発言を聞き届けると、二人の皇子は慇懃に頭を下げて去っていった。
「……顔を上げてください、リルト」
いつまでも膝を付いているリルトリアに、クローネスは投げかける。
「あなたが、悪いわけじゃないでしょう?」
視線だけで、クローネスは人払いをさせた。
謁見の間にいるのは英雄二人と、壮年の男――クロノス現王の弟でもあるネリオカネルだけであった。
仲間だったとはいえ、王女と敵国の皇子を二人きりにするわけにはいかないのだろう。
クローネスは子供っぽく頬を膨らませるも、ネリオカネルは微動だにしなかった。
「ですが……弱い! わたくしが強ければ……防げたはずです!」
悔しげに、リルトリアは吐露する。十六歳という年齢に見合った弱さを、彼は心の内に飼っていた。
一年もの旅で世界を渡るまで、彼は帝国の中しか知らなかった。貴族の生き方しか、知らなかった。
――父親に認められることしか、頭になかった。
自分以外の貴族が何をやっているのかも、部下である騎士たちが働いていた狼藉も、何も知らないまま――
ただ、ただ……父親の教えを守り通して生きてきた。
父の生き様とは裏腹に、その教えは正しくて真っ直ぐであった。皇帝がしてきたこととは、微塵も一致しないような教育だった。
だからこそ、リルトリアは父を断罪できないでいる。帝国の裏側を垣間見た今でも、迷いを断ち切れないでいた。
「お互い……大変ですね」
クローネスの呟きに、リルトリアはネリオカネルに目をやる。
忠臣の如く控えているものの、彼はかつて王女の暗殺を企てた首謀者。
クローネスを、森へと追いやった張本人である。
幼少期を合わせても、彼女が王城で過ごした時間は一年にも満たなかった。
それでも、王の直系として玉座を預かっている。
そこに至った理由は、血の繋がり以外見つからないと、別れる前に彼女は言っていた。
本当なら、今すぐにでも城を飛び出して会いたい人がいるはずなのに――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます