#23 暗がりに腰掛けて

 見張りの場所に、一人で座っている。

 空にはパンくずを散らしたように星々が光っていて、月と一緒に俺を静かに照らしている。



 ギアーシュを埋めるためのスコップを借りた集落、その近くで焚火をしていたが、見張り場はそこから少し離れたところに見つけた、ちょっとした花畑。


 お尻の下の花が潰れていることは、あまり気にならない。土しかない場所で見張りをして、夕方の戦いを思い出すよりは、よっぽど良いと思えた。



「おう、交替だぞ」


 そんな幻の声が、頭の奥の奥で聞こえる。昨日と一緒なら、ギアーシュが来て、俺に声をかけるはず。昨日と一緒なら。


 涙も出し尽くしただろうか。自分への怒りも後悔も、吐き出し尽くしただろうか。

 ただただ、体を丸めて口を膝に当て、懐かしくて優しい思い出に浸っていた。



 犬の遠吠えが聞こえる。集落までエサを探しに来た野犬だろうか。良い物が見つかるといいな、とくだらないお祈り。




 疲れてしまった。本当に疲れてしまって、なんだかもう立ち上がれない。


 暑さにやられたかのように、心がバテてしまって、ハウスならどうしただろうか、ウィスキーでも飲んで、歌いながら庭を走って、そのまま川まで行って飛び込んだろうか。


 それは楽しい、想像するだけで楽しい。メンバーは1人足りないけど。

 ほら見ろ、何を思ったって最後はそれに結び付ける。今のお前は考えるのに向いてないんだよ。




 目的地からも逸れた。ハウスからも遠い。行く気にも戻る気にもならなくて、もうこのまま、溶けて土になってしまえたらいいのに。


 そうやって、花を咲かせよう。ここなら誰か見つけてくれるかな。あの化け物に踏まれるのは嫌だな。花を咲かせて、種子を飛ばして、誰かに摘んでもらって、俺が育てたんだと、笑顔のみんなに伝えて、ああ、幸せだ、それが幸せだ。



***



 なんで冒険しようと思ったんだろう。こんなに大変で、良い思いなんか一つもしてなくて、失うものばかりで、なんで旅に出ようなんて思ったんだ。


 グルネスのみんなを助けて、この国の発展に貢献したいのかな。アラトリーがいなくなれば、国土も広げられるだろう、攻撃・防御・回復以外の魔法の研究だって進むだろう。それが出来る力を持っているなら、力になりたい。


 何だろう、本当にこれなのかな。少し違う気もするな。よく分からない。もっと奥底に潜ってみないと分からない。




 でも、旅に出なければ、また冒険をしようと思わなければ、こんなことにはならなかったのではないか。どうやっても、またそこに戻って来てしまう。


 お前が行くなんて言ったから、ギアーシュはこうなったんだろう? 他の2人ともこんなことになってるんだろう? 違う、全員が望んだことだ、俺は悪くない。


 逃げるなよ。逃げてない、本当のことだ。お前が参加しなかったら3人になって、「さすがに3人じゃ行けないね」ってなって、冒険の話も無くなったんじゃないか?


 そんなこと考えて何になるんだよ。何にもならないよ、知ってるよそんなこと。害ばっかりだよ。無益じゃないから考えないなんて都合の良いことできないんだよ。



***



 交替の時間だ。誰も来ない。寝てるんだろうか。俺も起こしに行かない。替わったってどうせ眠れない。



 この冒険を頼んだトーヴァが悪いんじゃないか。お前の元上官の命令で日々何人も亡くなってるんだぞ。それは違う、冒険者は自ら志望してパーティーになってるんだ。


 でも今回は違う。トーヴァから頼まれて行ったんだろう? だから、それも自分で決めたんだよ。トーヴァが悪いんじゃない、そんなこと言ったら、一番悪いのはあの異形だよ。



 怖い。アイツは怖い。力任せに力を振るって、力の限り力を振るって、殴って、噛んで、刺して、この国を血に染める。必死に、必死に、戦う。それでも届かなくて、誰かが犠牲になるときもあって。それがたまたま、俺やアイナやマティウスやギアーシュや、ハウスのメンバーに集中してるだけで。



 なんで。なんでいつも俺達だけ。のうのうと生きてる人はズルいじゃないか。

 とびきり上等な幸せなんか望まないよ。ただ、ただ、不幸を減らしてくれれば、それでいいよ。そんなことも叶えてもらえないのか。なんで。なんでいつも。



***



 ギアーシュは言った。「俺はやりたいことが出来た」と。復讐が出来たことで、悔いはないと言っていた。じゃあ俺達も同じように? たまたま仇が見つかれば、そいつを倒して、例え命と引き換えだったとしても、それで心が晴れるのだろうか。

 分からない。分からなくなる。自分のやりたいことは何だったんだろうか。




 気が付くと、視界の先がほんの僅か、うっすらと明るくなっている。夜明けだ。朝が来る。これからどうすればいい。俺達はこれからどうすればいい。




 後ろでザッと草を踏む音がする。ゆっくり振り向き、アイナがゆっくりと腰を下ろすのを見る。



 望むものはみんな過去にあって、もう取返しがつかなくて。冒険者にならなかったら、こんな想いはしなかっただろうか。そんなことはない、冒険者になったからこそ、仲間と出会えた。後悔はしてない。後悔してはいけない。


 もしマティウスとアイナと意見が合わなくても、俺1人で行こうと決めたら、アラトリーの討伐に向かった方がいいんだろうか。馬鹿め、それこそ犬死にだ。くだらない意地で命を捨てに行くだけだ。



 行く先の見えない俺達を、誰かが照らしてくれるだろうか。そんなことはない。決めるのはいつだって自分自身で、夜が明けたら決断しなきゃいけない。



 薄明が徐々に濃くなり、その白い光を大地が飲み込んでいく。温度の低い風が手の先にあった花を揺らし、寒そうに震わせた。



 また、草を踏む音。振り向くと、マティウスが後ろに立っていた。お互い言葉を交わすことなく、彼はそのまま緑の絨毯へ座る。俺は真正面へ向き直り、耳をつんざくほどの静寂に浸る。



 結局誰も寝ていない。体力を考えたら絶対に寝なきゃいけなくて、それでもとても眠る気になれず、脳内で眩い思い出を反芻しながら、この旅の果てはどこにあるのか自問している。



 誰1人喋らず、この闇が色付くのを待っている。明かりを求めて、光を求めて。それはどこか、出口を見いだせずに惑う自分達の心にも似ていた。



 どうやって話しかけるのか、そもそも話しかけた方が良いのか。そんな物思いに耽りながら、朝を待つ人を焦らすようにゆっくりと昇る日を見ていた、その時。




 ピューッ! ピューイピューッ!




 甲高い笛の音が聞こえる。人間が慣らしているのだろうか。スコップを借りた、集落の近くからだった。




 ピューッ! ピューイピューッ! ピューッ! 



 草笛のようなハイトーンで、集落全体にも聞こえるであろう音量。それは、音楽というより、警告に近い響き。



 マティウスが立ち上がる。俺とアイナが振り向くと、音のする方を見ながら口を開いた。



「…………アラトリーだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る