#14 焚火での一服

「ごめんなさい! 急に記憶が蘇ってきちゃって!」

 戻ってきたマティウスとオリヴェルに、ペコッと頭を下げるアイナ。


「あれこれ思い出したら、今どこにいるのかも分からなくなっちゃって。錯乱しちゃってたみたい」


 眉を下げる彼女の肩を、優しく叩くマティウス。痩せた体付きなのに、なんだか大きく見える。


「僕もさっきそうだったから。ここはそういうパーティ―だよ」


 同じ傷跡のメンバーで。家族以上の仲間で。

 だから、そういうこと全部ひっくるめて、俺達は旅路を歩んでいく。



「ね、ギア」


 目で返事を振られると、しばらく黙った後、口を左右にぐいっと開いて冗談っぽい視線を投げる。


「お前が元気じゃねえとパーティーがケンカばっかりになるからな」

「それはギアーシュの言い方に問題があるのよっ」


 クックッと、手で口をおさえて笑う。

 よし、アイナも大分戻ってきたな。




***




「さて、もう少し歩くと次の森だけど……」


 アラトリーを倒した場所から歩き、ようやく長かった森を抜けた。


 日が高いうちに抜ける予定だったけど、既に太陽は宙をのんびりと滑り始めている。まもなく空の青も薄くなっていき、オレンジが溶け混ざっていくだろう。



「早く動きたいには動きたいけど、休んだ方がいいんじゃねえか? 白魔術で傷は治せても、疲れは取れないからな」

 森と森の間、黄色の小さい花が行儀よく咲いている横の草原を指すギアーシュ。


「俺も賛成」

「私も。ハウスからコーヒー持ってきたから、一息入れよ!」

 マティウスが微笑んで、腰の鞘をガチャリと外した。



「オリヴェル、焚火上手ね」


 下の草に燃え移らないように敷いた濡らした布の上で、木の枝から赤い炎が巻き上がる。


 その火にくべた耐火性の器で、水が熱さのあまり泡を吐き出し始めた。


「前のパーティー、みんな下手で俺がずっとやってたからな。魔導士か焚火担当か分からないぜ」

「ふふっ、何それ」


 リュックから重ねたコップを取り出したアイナが、粉末を入れていく。

 コポコポと溶かしていき、手渡していった。



「なんだこれ、薄っ!」

「ぐあっ、こっち濃い!」

 隣のギアーシュと、ベホベホと咽る。


「おい、アイナ。お前コーヒーいれるだけでよくこんな失敗できるな……」

「な、なによっ! 休憩なんだから飲めればいいの!」


 相変わらずちょっと不器用だね、とマティウスが苦そうな顔で破顔した。多分、結構濃かったのだろう。



「そういえばオリヴェル。すっごくどうでもいいことなんだけど、かぎってさ」

「あ? 俺のか?」


 彼女に、呪文の書かれた鉤を見せる。

 俺が魔導士として生きるための必需品。鎌の刃のような形をしたそれは、西からの強い夕日を浴びて黄金色に輝いた。



「それ、賢者に書いてもらったの?」

「いいや、内容だけ教えてもらった。陣に打ち込めば発動するみたいだから、俺が書いたんだ。なんでだ?」


「いや、賢者にしてはヘタな字だなあと思って」

 その答えに、マティウスとギアーシュが「ぶはっ」と噴き出す。


「はあああ! 魔法のレベルと達筆度合いが関係あんのかよ!」

「だって、結構なおじいちゃんだったし、いつも色んなところで呪文書いてるだろうから、それなりに上手でしょ?」


「儀式の後で急いでたからこんなになったんだよ! しかも鉤が細くて書きにくいし! 分かった、じゃあ今度別な鉤作るときにはもっと上手く書いてやるからな」


 鉤も何でもいいんだ、と興味ありげに訊いてくるマティウスに「呪文があって、俺と魔導陣が繋がれれば特に制約はないらしい」と、賢者に言われたことを話した。



「じゃあ私書こうか? 字上手だよ?」

「コーヒーもまともに作れないヤツに頼まない!」

「何をーっ!」


 4人で笑って、大して美味しくないコップの中身を啜る。

 体に絡みついていた緊張感が焚火の熱とコーヒーの温かさで溶け、束の間、穏やかで楽しい空間を貪った。





「うう、暗くなってきたなあ」

 怯えに近い色を目に灯すアイナ。


 片付けて次の森に向かった時には、俺達を待ちくたびれた太陽は地平線の果てで少しずつ沈んでいた。


 さっきの森より木は少ないものの、空を塗りつぶす黒みがかった青が、行き先を目隠ししている。木の葉を捲りあげる風が、余計に恐怖感を演出した。



「本当はこんな時間に通りたくないんだけど、ペース的には今日中に抜けた方が良いと思うんだよね。ギアはどう?」

「だな。それに、こんな森と森の間で寝たらアイツらに襲ってくれって言ってるようなもんだぜ」

 顔を縦に伸ばして、異形の真似をするギアーシュ。


「それじゃ、入るか」

 サラサラと粒の細かい砂を蹴りながら、今日最後の冒険に出る。



「静かね」

「だな」


 ただでさえ音のない森が、風が凪いだせいで余計に静かに感じる。聞こえるのは自分達の足音だけ。

 音という音を全て誰かが持ち出してしまったような、そんな空間。



「これならさすがに、アラトリーが隠れてても分かる。急襲はされないだろうね」


 マティウスが安心したかのように太く息を吐いた。

 うん、確かに「どこに潜んでるか分からない」ってことはなさそうだな。


「でも、暗いってことはオレ達も攻撃しづらいってことだぜ」

「ギアーシュ、お前はいつもこういう安穏とした雰囲気に釘を刺すよな」

「あ? オレは事実を言っただけだろうが。大体、安穏となるほどのんびりしてんなよ」

 苛立ちを抑えながら振り向き、頬をツンツンとつつく。


「言葉の綾ってもんだろうがよっ」

「悪かったな、オレにはそういうのは通じねえんだ」

 最後尾から「あの2人はまた……」と紅一点の呆れ声が響いた。






「……出ないな」

 しばらく歩くものの、一向に現れる気配はない。足音や唸り声すら聞こえなかった。


「この森にはいないのか?」

 首を傾げると、「それはないと思うよ」とマティウスが返す。


「さっきの森にいたのに、ここに1匹もいないとは考えにくいな」

「だよな……ああ、マティ、この辺りでもう一度、魔導陣の場所確認させてくれ」

「そうだね、一旦止まって――」



「ヴォオオオオ……」



 俺達の会話を遮る、悪魔の響き。


 やっぱりいるんだな、と理解した次の瞬間、咆哮は止み、地面を蹴る音が等間隔のリズムが耳に飛び込んできた。


 そして、その声が、その足音が、2つに分かれる。



「……初めてだな、複数を相手にするってのは」

 唇を軽く噛みながら背中からクロスボウを取るギアーシュ。

 マティウスも、剣を構えて上を向き、天に祈るように深呼吸した。


「ヴォオオオオオオ!」

 匂いか音か気配か、俺達の存在に気付いたのだろう、次第に足音が速くなる。


「アイナ、体力が問題ないなら、防御魔法かけておいてくれ」

 彼女の方を振り向きもせず、前方への警戒を最大限にするギアーシュ。


「うん、分かった」

 すぐに魔法をかけ、俺達の体を緑色のベールのようなオーラが包む、



「……オッケー、しばらくは効果が続くわ」


 屈伸をするフリをしてしゃがむアイナ。


 魔導波を捕まえれば魔力はいくらでも補充できるとはいえ、この魔法はかなりの体力と気力を使うらしいので、終わった後の疲労感は相当なものだと想像できた。



「助かるよ、ありがとな」

 お礼を言いながら先陣を切ったのは、ギアーシュ。


「『抜き打ちで打ち抜きハロー・ラピッドファイア』、いかせてもらうぞ」


 遠く、暗闇の中で微かに姿の見えたアラトリーを捉え、別々の方向に1発ずつ矢を放つ。



「ヴォアアアア!」


 痛みを吐き出すような声。「っし、狙い通りだな」と軽くガッツポーズをしながら、次の矢を準備している。


「ギア、どこに打ったの?」

「腕だ。移動スピードを緩められるからな。さて、もういっちょ!」


 続けざまに打ったクロスボウで、また2つの悲鳴を得る。どうやら両腕を刺したらしい。先制攻撃としては完璧だ。


 やがて完全な姿を見せた2匹の異形は、4足歩行を諦めたのか、2足で向かってきた。



 体が大きい分、立っている方が威圧感がある。俺達の倍はないくらい、比較的小さい部類だが、筋肉質で胴回りが大きいせいで小さくは見えない。

 この気味の悪い化け物が並んでいると、底知れぬ恐怖と生理的な嫌悪感が押し寄せてくる。



「じゃあここからは僕の番だね」

 2匹のちょうど中間の位置に立つ剣士を、射手が止める。


「いいや、マティウスでも同時相手は難しいだろ。二手に分かれるぞ」

「分かった。僕が右のを狙う、よ!」

 自ら号令をかけたかのように、砂埃舞う地面を蹴りだして突撃する。



「ヴォオオオオオ!」



 アラトリーが振り下した右手を滑り込むように体制を崩して避け、すぐに立ち上がって跳ねる。


 一気に相手の顔まで昇ったマティウスが真正面に突くと、敵は首を捻って致命傷は回避したものの、頬を破られ灰色の血がバシャッと噴き出した。



 あの全身ばねのような運動能力は、真似しようと思って真似できるものではない。一躍の儀は、やはり驚くほどの効果があるのだ。犠牲が付きまとうものの。



「よし、こっちも足に打ち込んだ! マティウス、煙気をつけろ!」

「分かった! アイナ、いつでも回復できるようにしておいて!」

「うん!」


 唐突に思い知らされる。自分が今、この場所で貢献できることは何一つないということに。



 そして、もう一つ、イヤなことに気付いた。




 あまりにもアラトリーが現れない故、確認が若干だが遅れてしまっていたことを、心の底から後悔した。




 まだ俺は、この近辺の魔導陣の場所を、把握していない。

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