#21 また、いつか

「あの野郎……めちゃくちゃに突っ込みやがって……」


 うつ伏せからゴロリと仰向けになるギアーシュ。その突撃がどれだけの効果だったかは言うまでもなかった。


 マティウスはかなりダメージが深いのか、さっきの場所で横になったまま、俺達3人は比較的に近い場所で倒れている。


「……アイナ、生きてるか」

「ええ、なんとか」


 低い声で返事する。腕と足に引き摺られたような傷を負っていて、回復魔法を使えるような体力があるようには見えなかった。


 全員が死んでいると勘違いしているのか、アラトリーは鮮やかな紫の鳥に興味が移ったらしく、キョロキョロと空を見回していた。



「オリヴェル……走れるか」

「……無茶言うなよ、ギアーシュ」

「オレは走れるぞ」

「じゃあ俺も少しは走れる」

 こんな時までバカな意地の張り合いで、幾分気が紛れる。


「二手に分かれるぞ。お前は魔導陣でアイツを焼け。俺かマティウスで何とかして、首か頭を刺す。結構血が出てるし、その2回攻撃を食らわせれば勝てるはずだ」


「まあ、やるしかないよな」

「ああ」



 ギアーシュが拳で地面を叩いた。スタートの合図、3回目の音を待つ。


 トンッ  トンッ  トンッ!



「行くぞ!」


 起き上がって走り出す。膝が痛い、太ももも痛い、足の裏も痛い。


 クソッ、痛い痛い痛い。


 叫びたい気持ちを押さえながら、さっきまでの魔導陣に辿り着く。



「ヴォオオオオオオオ!」

 俺の移動に気付いたアラトリーが、さっきのように突撃してきた。


「気付くの早いんだよ、クソッ!」

 深呼吸して焦りに震える手を落ち着かせながら、鉤と針を陣と繋げる。


「ヴォオオオオオ!」


 呪文を唱え始める。大丈夫、このスピードなら間に合う。


 大丈夫だ、自分を信じろ。一躍の儀をやった俺自身の力を信じろ。



「来やがれ! 燃えろ!」


 ドゴウッという爆発にも似た音と共に、手から火球が飛び出す。

 それはどんどん肥大化し、近づいてきていた異形を包み込んだ。


「ヴォギャアアアアアア!」


 全身を熱に焼かれながら、全身をぐねぐねと動かして咆哮する。

 よし、今のうちに、マティウスとギアーシュの援護だ。



「もう一発!」


 今度は、アラトリーの立っている足元で爆発を起こす。さっきと同様、地面を抉り、敵の足を痛め、俺達でも狙える高さにする。



「ありがとな、オリヴェル!」

「ヴォオオオオオ!」


 未だ燃えさかる火炎の中にいながら、動き回っていた敵の動きが止まる。

 その正面には、たまたま横になっているマティウスがいた。


「おい、マティ、気をつけろ!」

「うう……オリー」


 まずい、ここで狙われたら一溜りも――



「安心しろ、オレがいく」


 クロスボウを持ち、走るギアーシュ。


 遠隔から狙うのだと思っていたが、一直線に異形に向かっていく。

 確実に仕留めるためか、仇の顔を拝むためか、真正面まで接近した。



「よお、会えて良かったぞ。この手でどうにかしたいと思ってた」

 そのまま突っ込むように跳び、アラトリーの顔の真ん前で、矢を放つ。


「アイナ、今のうちにマティを!」

「分かった! オリヴェル、アンタも治す!」


 敵がギアーシュと対峙しているうちに、マティウスをアイナの元へ連れて行く。

 すぐに彼女は回復呪文を唱え、俺とマティウス、そして自分自身を治した。




「ヴォオオオオオオオオ……」


 後ろで、悲鳴が聞こえる。


 やがて、仇を討ったギアーシュが戻ってきた。



「……ふう、やったぜ」



 後ろで倒れているアラトリー、ゆっくり歩いてくるギアーシュ。




 振り返ってすぐ、俺は掴みかかった。



「……っざけんなよ!」



 アイナは、致命傷でなければ治すことが出来る。



「何してんだよてめえ!」



 致命傷でなければ。



「何してんだよ! ああ、こら! 何してんだよ!」



 倒れた彼の上に馬乗りになり、あらん限りの力で頬を殴る。


 魔法でもどうにもならないと一目で分かる胸の傷から、血が流れだす。



「ギア!」

「ギアーシュ!」

 駆け寄る2人の声に合わせるように、俺はもう一度、頬を殴った。


「ちょっとオリヴェル、やめな――」

「やめねえよ! こんなバカ、殴らせろ!」


 へへ、と俺の下で横になっているギアーシュが笑う。


「相討ちだな……あの野郎、最後に思いっきり爪で突きやがった」


 すっかり赤く染みた防御服の上からでは傷は分からない。


 ただ、彼が寝ている地面にも血溜まりが出来ていることから、胸を貫通していることは間違いなさそうだった。



「最後の魔法……助かったぞ、オリヴェル」


 もう一度殴ろうとした。視界が突如現れた水滴で歪んで、うまく殴れなかった。


「……っざけんなよ…………」




 なんだよ。何急に優しいこと言ってんだよ。

 お前はこういう時に「もうちょっとオレにタイミング合わせてくれよ」とか言うヤツだろ。


 何なんだよ急に。




「マティウス、わりいな……」


 少し、声が小さくなった気がする。呼ばれたマティウスは、表情を白い髪で隠し、ギアーシュの腕をギュッと掴んだ。


「ハウス戻って色々やりたいことあったんじゃないのか! 全員殺されたわけじゃなくても、傷負ってるメンバーがいたら受け入れたいって言ってたじゃないか!」

「ああ、それはお前らにやっておうかな」


 ダークブラウンの髪をだらりと地面につけて、クックッと笑うギアーシュ。


 マティウスの隣で、アイナが何度も回復魔法を唱える。腕や足や顔の傷が少しずつ良くなっていって、胸の血は一向に止まらない。



「ギアーシュ! ねえ、ギアーシュ!」

 体を揺さぶって叫ぶ彼女の声が、やけに遠く聞えた。




 何が起こってるのか、頭がついていかない。

 自分ではない別の誰かの世界を覗いているような、そんな感じ。

 現実感がない。現実味がない。


 ギアーシュはどうなってしまうんだろう。このまま動かなくなってしまうんだろうか。

 死ぬ。前のパーティーでもあったはずなのに、頭がついていこうとしない。

 体全体が、それを理解することを拒絶しているような。




 何でだろう。そんなことは分かっている。受け入れたくないんだ。

 またメンバーを失うなんて、家族を失うなんて、耐えられないじゃないか。


 冷静だ。頭が冴えてる。とても客観的に、自分を見ている。

 倒れているギアーシュ、叫んでいるマティウスとアイナ、ギアーシュの上から降りた俺。




「みんな、悪いな……途中抜けだ……」


 その瞬間。


 ギアーシュ本人が、もう終わりであることを、今際いまわきわであることを、認めた瞬間。



 一気に現実に引き戻された。



 ギアーシュが死んでしまう、そのことを痛いほどに理解し、全ての感覚が戻ってくる。




「嫌だ! 俺は嫌だ! 4人で! この4人で行くんだろ!」


 子どものように、嫌だ嫌だと泣きながら連呼する。マティウスもアイナも、涙を流して喚いている。




 なぜさっきまであんなに冷静にいられたのか。それも今となってはよく分かる。



 自分を守るため。そのまま真正面から喰らったら、心が破けてしまうから。

 だから無意識のうちに、遠い世界のことになった。ギアーシュとの最期の時間を削ってでも、俺は俺自身を守らなきゃいけなかった。




「死ぬな! 死なないでくれ! 嫌だ!」



 ギアーシュがいなくなる? ここまで一緒にやってきて? この1回の戦いで?


 またなのか。またこうやって、ふとしたタイミングで誰かがいなくなるのか。


 そのことに十分苦しんできた俺達が集まって、それでもまた同じようにいなくなるのか。



 ダメだ、そんなのはダメだ。耐えられない。そんなのは耐えられない。


 嫌だ、いなくならないでくれ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ



 あの時の思い出が蘇る。でもあの時よりよっぽど辛い。いなくなるその瞬間を見るなんて、受け止められない。


 心が、心が、萎んで、縮んで、千切れて、凍ってしまうんじゃないか。



 ずっと一緒にいたい。このメンバーで冒険したい。この4人で、苦戦を強いられながら、ケンカしながら、旅をしたい。



 そうやって2年間生きてきたじゃないか。家族みたいな俺達で、寄せ集めの俺達で、生きてきたじゃないか。



 何でだよ。行くなよ。お前だけ何してんだよ。俺もアイナもマティウスも、置いていくなよ。




「…………なあ、オリヴェル」

 俺の腕を、赤いあとが残るほど強く握るギアーシュ。


「…………ああ?」

 弱々しい返事に、「何だよその声は」と彼は笑った。



「オレは後悔してねえぞ……やりたかったことが出来たからな!」

 カッと、目を見開く。血走ったその目で、彼は、微かに笑った。


「お前もだ……後悔すんじゃねえぞ…………先に行って見ててやるからな…………」




 目を閉じた。腕を握っていた手が落ちた。




 目は開かない。手も動かない。




「ギアーシュ! ギアーシュ!」

「ギア! ギア!」

「やだ! やだ! こんなのやだ! ああああああああっ!」




 アイナの声が、吹き始めた風に乗って、赤黄色の夕空に響く。





 家族を1人、無くした。

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