#19 化け物みたいな、化け物

「ヴォオオオオオオオオ!」

「オッケー、こいつもオレから打つ!」


 かなり遠くから四足歩行で近づいてきたアラトリーに、ギアーシュがクロスボウを放つ。


 連射したその矢は綺麗に2本ずつ、今は前足となっている両手に刺さり、異形はがくんと腕を折った後、動きが鈍くなった。


「僕が行くよ。オリー!」

「任せとけって!」


 一躍の儀の成果を存分に活かし、俺達には到底できない身のこなしで岩を1つ飛ばしして敵に迫っていく。



「ヴァオオッ!」

「ぐうっ……!」


 長い手をグッと伸ばし、爪で引っ掻く。剣士の脇腹の防御服が破れ、下の岩を赤黒い血が染めた。


「マティ!」

「シッ!」

 俺の呼びかけに呼応するかのように刀を振りかざし、首と腕に一撃ずつ。


 斬り落とせはしなかったものの、深い傷を残したのだろう。灰色の血がバシュッと噴き出した。



 それが煙となって大気を漂い始めるとほぼ同時、俺は岩と岩の狭い隙間を降りて、魔導陣の描かれた地面へ。



「よくこんなところに描いたもんだぜ、賢者様は」


 鉤を打ち込み、そのままもう一度岩に乗って、痛みと怒りで立ち上がった相手を挑発した。


「こっちだぞ、化け物!」

「ヴォオオオオオオオ!」


 若干フラつきながら向かってくる異形。

 歩き方も、灰色の体も、痛みすら表情に出さない顔も、全てが生理的に拒絶反応を起こし、消し去らなくてはと全身が騒ぎ立てる。



「『制限内の規格外ストレンジ・ストリング』、魔導士オリヴェル。


 呪文を唱えながら、近づく敵を制するように手を前へ。

 腕に刺した針の先には、が、魔導陣まで続いていた。



「燃えろよ」

 飢えた犬のように飛び掛かる炎の塊。じゃれて、絡まって、焼き尽くす。


「ヴォオオオオオ……」

 声が完全に止まるときには、4人ですぐ歩き始められるよう、もとの並びに。


「うん、良い感じね」

 煙を浴びた髪を手櫛でとかすアイナ。その顔には、昨日とは違う余裕が見て取れた。




 冒険3日目、まだ昼休憩には少し早い時間帯だが、思った以上に良いペースで進んでいる。


 出てくるアラトリーが昨日後半に戦ったヤツより少し小さくて与しやすいというのもあるが、俺達の方にも勝因はあった。




「やっぱりマティウスの煙はこういうところだと邪魔にならないな」

「ギアの攻撃の邪魔にならないなら良かったよ。あと、オリーの紐を伸ばしたのは作戦勝ちだね」


 今の魔法もすごかった、と褒めるマティウスに、「タイミングがうまく合ったからな」と謙遜で照れ隠し。



 このゴツゴツした岩地にも拘らず、魔導陣は岩ではなく、その下の地面に描かれている。つまり、魔法を使うには、この岩と岩の間から下に降りなくてはならず、降りたところでその場所にアラトリーは来ない。



 考えた末、紐を伸ばして行動範囲を広げる策を取った。鉤を打ち込んでから岩に昇っても魔法が使える反面、動いた拍子に鉤が抜けると、途端に無能な魔導士になるリスクもある。




「ちょっと行程確認しようか。今ここだから、と……」


 背負ってた荷物の中から、トーヴァにもらった地図を取り出して広げるマティウス。目撃情報があった場所に、バツで印がつけられていた。


「でも、私達一昨日から戦ってるわよね? かなり広範囲にいるみたいだけど、リーダー格のヤツってどこにいるんだろう?」

「多分、この印のところとそう遠くない場所にいると思うよ、アイ」

 細い腕で唇を軽く掻く。


「トーヴァから出発直前に聞いた話だと、目撃されたのは人間の3倍くらいの大きさだよね。他のアラトリーよりも相当大きいし、多分そいつがリーダーだと思う。そいつが他のアラトリーと小さな群れを作って、人間がいる場所の方までおりてきたんだろうね」



 異形、アラトリー。リーダー格を中心に、小さな群れを作ることがあると、トーヴァから聞いたことがある。


 そのリーダー格がいなくなれば、群れは消滅し、従っていたアラトリーは司令塔を失ってまた辺境に戻る。



「アイツら基本的には縄張りをほぼ動かないよな。ってことは、ここに行けば今回の任務の最終目標に会えるってわけだ」

 ギアーシュが印の箇所を指でパツンと弾く。


「今のまま進めれば、しばらく岩山が続くから……明日の昼には着いてるな」


 自分で計算した結果に、自分で少し安堵を覚える。

 旅の終わりが見えていると思うと、何となく気が楽になった。



「マティ、この方向に真っ直ぐでいいんだよな?」

「そうだね、大分分かりづらいけど、あの山を目印に行こう」


 どのようにしてこのような場所が出来たのかは定かではないが、前後左右見渡してみても岩が連なっている、かなり広いエリアになっている。


 遥か先に見える、緑に覆われた山を常に前方に確認しながら進まないと、迷ってしまいそうだった。



「この辺りで休憩は難しいわね。平地に戻ったら休みましょ」

 だな、とアイナに頷いたギアーシュが「じゃあ行くか」と先頭に立って歩き出した。


「ボスもそんなに強くないといいけどね、オリヴェル」

「さすがに弱いボスはいないだろうけどな。にしても、今日は暑いぜ」


 額で玉になっている汗を拭う。昨日と違って日光を遮るものがないので、ご機嫌に猛威を振るう直射にジリジリと焦がされる。



「……ハウス帰ったらシャワー浴びたいわ。あと美味しいデザート食べたい! みんなで大きなケーキ作ろうよ!」

「いいね、アイナ。僕もハウスに帰ったらやりたいこといっぱいあるよ」

「俺は旅の話をみんなに聞かせてあげたいな。食堂でゆっくりご飯食べながらさ」


 怖いシーンはカットした方がいいね、と笑う剣士に「マティは?」と訊いてみる。


「んー……古くなってるからハウスの改築したいな。床とか一部音するようになってるしね」

「確かに。キッチンもギィギィ鳴るよな」


 階段の手すりも欠けてて危ないし、何日かかけてみんなで大改造したらきっと楽しいはず。


「ギアーシュは?」

「あ? オレ?」


 振り返ってアイナを見ると、気恥ずかしいのをごまかすかのように頭をガシガシ掻き、茶色の髪を揺らす。


「…………ちょっとお前らとは違う話だけどよ……その、1人だけ生き残ったヤツ以外でも、受け入れられるように出来たらいいな、とは思う。死んだのが1人でも、誰も死んでなくても、冒険で心に傷負ったヤツなんて結構いるからさ。不幸自慢するわけじゃなし、そういうヤツらもハウスに来て過ごせるようになればいいよな」



 3人が固まり、すぐに歓声をあげた。


「いいじゃんそれ!」

「うん、いいね!」

「ギアーシュかっこいい!」

「あーもう、うるせえうるせえ!」


 手で追い払う仕草をして、足早に次の石へ飛び移る。それを俺達が褒めそやしながら後を追う。


 そうだな。戻ったら、楽しいことをしよう。みんなで楽しいことをしよう。




***




「やっぱり妙だな……」

「どうした、マティ」

 更に2匹の異形を倒したところで、手を口に当てて足を止める。


「これだけ広い場所だから、色んな方向から来てもおかしくないんだけど……」

「確かに、毎回同じ方向から襲いに来るわね」


 森と違って一本道でもないのに、毎回同じ方向から。

 それが意味することは。


「小さな群れがここにいるってことか」

「うん、ギアの言う通りだと思う」

「ちょ、ちょっと待って。小さな群れってことはリーダー格のアラトリーがいるってこと? もっと先にいるって話だったじゃない」


 いきなり告げられた事実に不安が増したのか、アイナが急かすようにマティウスの顔を覗き込んだ。


「ううん、そこなんだよね。エサの動植物が無くならない限り、縄張りは動かないはずなんだけど……」

「ってことは、考えられるのは……もう1匹リーダー格がいるってことか」


 俺の言葉に、ギアーシュが勘弁してくれと言わんばかりに首を振る。


「1匹じゃなくて2匹のリーダー格がいて、そいつらを中心に群れがあった。その群れが、何かの事情で北のアラトリーと分かれて南にいる」


 マティウスの説明に、頭にグルネス王国の地図と異形の居場所を思い浮かべる。


「この先に1匹いるんだな、これまでより強いアラトリーが」

 化け物みたいに強い、化け物が。



「進むぞ」


 背中のクロスボウを背負い直し、フッと勢いよく息を吐いて、ギアーシュが歩き出す。


 俺も手をグッと何度か握り、深呼吸してから後を追った。

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