第2章 欠陥の能力者たち
#6 自在に魔法が使えたら
「ねえ、マティ。しばらくはこの道でいいのよね?」
「ああ、途中で森を抜けるのが一番近いよ」
トーヴァからもらった地図を見ながら、マティウスが少し先に見える緑の群れを指差した。
ハウスが国の南東、それもかなり南寄りにあるので、ほぼ最南端を目指す今回の旅は、そこまで距離があるわけじゃない。
いつアラトリーが人間に接触するかと考えると、できれば3日で着きたいところだ。
「トーヴァから水晶もらってるのか?」
誰にというわけでもなくギアーシュが投げた質問に、腰に結わえた麻袋をシャンと叩く。
「一応もらった。ただ、向こうは北の討伐戦が大変だろうし、こっちばっかり構ってられないだろうな」
宮廷お抱えの賢者によって魔力を宿された水晶。討伐局はこれをパーティーに渡し、緊急時に手元の水晶と交信して連絡が取れるようにしてある。
とはいえ、国の中央にいる討伐局は戦況が分からないので明確な指示が出来るわけではなく、専らアラトリー目撃情報の共有などに使われている。
「あれ、オリヴェル、膝どうしたの?」
アイナに左足を指される。防御服の上から血が滲んでいた。
「ああ、さっき岩地歩いたとき転んで切っちまった」
「ったく、放っておくとすぐ怪我するんだから」
やんちゃな男の子を持つ母親のような台詞で溜息を吐いたあと、「治してあげる」と俺をその場に座らせた。
「魔法使うのも久しぶりだから慣れておきたいしね」
言いながら、祈るように手を合わせて顔の正面に当てる。敵に向けて翳す俺の魔法とは違う、白魔術師独特の仕草。
真剣な顔つきになり、ブツブツと小声で呪文を唱えると、手から白色の光が生まれる。その両手を俺の傷に向けると、光が俺の体にフッと移り、次第に大きくなっていく。患部が包み込まれ、膝に温かみを感じる。
やがて光は霧のように消える。切り傷は、綺麗に塞がっていた。
「うわ、早い! 再生も完璧だし、さすがは一級品の白魔術師だな」
傷の回復をしたり、仲間の前に物理攻撃を和らげるシールドを作ったりと、補助魔法に特化した白魔術師。彼女はその中でも「
が、優秀という割にはポーッとしていることも多い。今もぼんやり考え事をしているのか、俺の横の芝生をじーっと見つめている。
「……おい、アイナ、アイナ」
声に気付いた彼女は、ビクッと体を震わせてから「あ、ごめんごめん。ちょっと『うわあ、魔法だあ』って感動してた。懐かしい感じ」
「ったく、戦闘中は止めてくれよ」
回復魔法が使えないと一気に戦いが辛くなるからな。
グルネス王国では、魔法はもともと神事や悪党の制裁に使われていたらしい。しかし、アラトリーが現れてから急速に研究が進み、今では完全に対アラトリーに特化したものになっている。全員が魔法を使えるわけではなく、俺やアイナのように特殊な体質で生まれてきたごく少数の人間だけ。
「ここは魔導波が結構強いわね」
「そうなのか? こんな国の端っこにも陣があるなんて、賢者に頭が下がるぜ」
「魔導陣」と呼ばれる陣。大昔の賢者たちは、グルネスの至るところに陣を記し、そこから永続的に「魔導波」即ち魔力の波が湧き出るようにした。
魔法使いは、幼いときに手首に埋めた小さな水晶の欠片でこの魔導波を受けて増幅させ、魔法を発動するのだ。
あくまで「波」なので、陣から離れるほど使える魔法は弱まるらしいが、俺には関係なかった。
「うん、でも良かった。体力は落ちてるけど、こっちは衰えてない」
「まあ、商売道具だからな」
ハウスでは怪我にも包帯巻いてたもんね、と笑いながら、アイナが自分の左手首を見る。パッと見ではどこにあるか分からない水晶の欠片。でもそれが、彼女と魔法を結ぶ命綱。
「……ここからは森の方へ向かって歩くのね」
人が造った道から、誰も踏みしめてない芝生へ、進路を変える。その手前でアイナは立ち止まり、大きく深呼吸した。
「しまったなあ、森抜けるなら足出さない防御服にすればよかった」
かがんでショートパンツの膝下を気にする。焼き立てパンを割ったときのように色白で、すらっと起伏の無い綺麗な足に、思わず目を逸らす。
きっとこれも彼女なりの不安の隠し方。
ここからは、人がいない場所。アラトリーがいる場所。
「アイナ、俺が先に行くよ」
「え、ホント?」
困ったような目で俺を見る彼女に、冗談めかしてみせる。
「白魔術師が先にやられちゃ敵わないからな」
「…………ありがとう」
黙って下がる彼女とバトンタッチし、先頭に立って森へ向かって進んでいく。
この辺りはところどころ大樹が生えていて日の当たらない場所も多い。本来ならもっと暑くなっても良いはずなのに、暗く涼しい道なき道を歩かなくてはいけないことが、これまでと全く異なる場所を歩いていることを嫌が応にも実感させた。
「オリヴェル、何かあったらちゃんと守ってよね」
「……俺の出来る範囲でな」
何よそれ、と頬を膨らませるアイナに、マティウスが「大丈夫だよ」と返す。
「オリーだって二つ名がついてるんだから。生半可な強さじゃないはずだよ」
「……どうかな」
冒険者、パーティー、旅人。呼び方は色々あるけど、その誰もが二つ名を持っているわけじゃない。突出した力を持っている者、パーティーの中で特に中心的な存在感の者が、それを称えられて誰かにつけられる名前。
そうではあるんだけど。
「まあ4人全員、二つ名ついてるクラスなんだ、そんな簡単には負けな――」
ギアーシュの言葉を遮る、ゴロロロ……という呻き声。
俺はこの声を知っている。2年前まで、幾度となく聞いた声。何体殺しても絶滅せず、常に俺達の前に立ちはだかり、グルネス王国から天下泰平を遠ざける、低く不快な声。
ガヤトとイージュとアンギの体を、ただの塊にした声。
徐々に近づいてくるのが分かる。走る速度が俺達の走る速さと同じくらい、というのはパーティーにとっては救いだった。
「ヴォオオオオオオオオッ!」
異類にて異形。怪異、アラトリーが叫びながら4本足で迫ってくる。そのまま、俺たちの前でピタリと止まってすっくと立ちあがった。
比較的小さい方とはいえ、俺達の1.5倍はある。火で焦がしたような茶色の体色、人間とは大きく輪郭の違う細長い顔、窪んで眼球すら確認できない目、耳の代わりに生えている尖った角。
これだけでもう、十二分に気味が悪い。自分達とは違う、まるで違う生き物。
「ゴオオオオオオオッ!」
長い爪でジャリジャリと地面を掻く。お前達も抉ろうか、という合図にも見えた。
「来たわね」
横一列に並ぶ4人。隣で低く呟いたアイナの声は、震えている。武者震いなんて良いものじゃない、純粋な畏怖。
奇遇なことにそれは俺も一緒で、手が引き攣ったように震えていた。
「オリー、誰が先陣切る?」
敵から僅かでも目を離すまいという緊張感を孕んだ、マティウスの問いかけ。
思い通りにならない手を強く握り、微かに笑って見せる。
「……俺が行くよ。このサイズなら俺1人でもやれる」
ここまで来たら、仕方ない。どのみちずっと秘密にはしてられない。
目の前の化け物を睨んで牽制をきかせながら、瞬間、後ろを向いて3人に伝える。
「俺が行く方についてきてくれ」
「……え?」
そしてそのまま、誰もいない、何もない左方向に向かって走り出した。
「ちょ、ちょっとオリヴェル!」
「テメエどこ行くんだよ!」
後ろから聞こえる疑問は無視して、その更に後ろから聞こえる四つ足の歩行音にだけ気を配りながら、全力で走る。
風をきって、息をきらして、ただただ全力で。懐かしい感覚が蘇る。
良かった、この場所は何回か来たから、アレの場所は覚えている。
「……よしっ!」
およそ人が歩くには向かない藪を通り、その周りだけポカンと草木が生えていない場所へ。
円状に呪文の書かれた陣、魔導陣。
「ねえ、オリー、どうしたの?」
「アイツ追ってきてるわよ、オリヴェル!」
マティウスとアイナに急かされるように、防御服の内ポケットから紐を結わえた鉤を取り出す。呪文の書かれた、鎌のような形状の手のひらサイズの鉤。
それを魔導陣目掛けて投げ、陣の内側に食い込ませる。そして結わえた紐の反対側、そこに結ばれた針を、自分の手首に刺した。
「ちょっと何やってるのよ!」
「おい、オリヴェル! 来ちまうぞ!」
「ヴォオオオオオオオオッ!」
ギアーシュが俺の名を呼ぶとほぼ同時、アラトリーが後ろから這ってきた。
「俺の後ろに!」
3人を退避させ、針と紐で陣と繋がった手を前に翳す。
詠唱に続いて現れたのは、白魔術師の緑色とは違う、黄色の淡い光。
「…………燃えろ」
光の中から赤い炎の波が飛び出し、異形を包む。溶鉱炉の中身を体中にぶちまけたように、火だるまになって、敵は耳障りに叫ぶ。
「ゴアアアアアアアッ!」
暴れる。地面を叩いて、のたうち回って、暴れる。
細長い顔は炎と一体化し、焦げ、
「ヴォオオ……」
やがて、四肢を動かすことをやめ、そのまま絶命するアラトリー。
「ふう……」
一息つき、あっけに取られているマティウス、アイナ、ギアーシュに向き直る。
説明を欲する目に、それが言葉になる前に答えた。
「俺の二つ名は『
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