第3章 立ち塞がる悪夢
#11 失ったあの場所で
「マティの剣はこういう場所の方がいいわね」
倒した異形の
旅2日目の昼前。気配を消す気もなく襲ってくるアラトリーを無難に仕留めていく。
「確かに、こういうところなら他の人にあんまり迷惑もかからないんだよね。とはいえ、森を棲家にしてるヤツの方が多いんだけど」
木々のない平地であれば、アラトリーの血が煙になっても比較的早く広がって見通しが良くなる。
アイナが魔法をかけた後も、前後左右に何もなければ、目の見えない間に彼女を安全な場所まで逃がすのは容易かった。
「あ、ギアーシュ。ちょっと時間くれ。この辺りの魔導陣の場所、把握しておきたい」
「分かった。1人でいるときにヤツと遭遇されても困るから、みんなで行くぞ」
「悪いな、助かる」
俺も戦闘に参加できるよう、陣の場所を覚えておく。この陣だけが、俺とパーティ―を繋ぐ命綱でもあった。
「よし、こことあそこだな。元の道に戻ろう」
「これでオリヴェルが使い物になるわね」
「そうそう、アイナが回復魔法使ったら風で吹き飛ばして逃がしてやるからな」
2人で睨み合った後、思わず噴き出す。こうして弱点を軽口に出来る関係は、温かくて少しくすぐったい。
結構順調に旅路も進んでいる。ここまでで、予定のルートのほぼ3分の1は消化していた。
***
「うわっ、すごい」
「でかい森だな」
ギアーシュと一緒に、首が痛くなるほど見上げる。背の高い木が仲良さげに群れて、やんちゃな子どもでも入りたがらないような深い森林を作っていた。
入ったら、どこにアラトリーがいても、いつヤツらから襲われても仕方ない。そんな覚悟を背負わされる。
「準備は出来てるな? 入るぞ」
「ちょっと待って」
ギアーシュの大きな背を、マティウスが止める。
「どうした、マティウス?」
「……ごめん、少し時間が欲しい」
いつもの穏やかさは残したまま、萎んだ声。
頭痛を堪えるかのように、左手で頭を押さえる。
「マティ、具合悪いの?」
言葉をかけたアイナに、彼はゆっくりと首を振った。
「ここなんだ。昔、3人やられたのが」
ああ。ああ。
それだけで、全てを察した。
あの日を思い出し、想像と予感はそっちにばかり引きずられて、足が重くなる。
どれだけ願っても、どれだけ悔やんでも、どうにもならない。自分の能力のせいで、その反動のせいで、みんながいなくなってしまったと。そう省みるばかりで、決して元に戻ることはない。
「ちょっと休む? そこの草原とか」
「悪いね、オリー」
覚束ない足取りで歩き、横になる。目を覆うように腕を当て、粗い息。
「すぐ治るよ、大丈夫」
そんな言葉と裏腹に、時間が経ってもなかなか立ち上がれないマティウス。
足枷がついているかのように、座って横になってを繰り返す。
「…………行こうか」
「マティ、大丈夫?」
アイナに心配されながら、絞り出すような声で森の手前まで行くものの、その飲み込まれるような木々を前に体が微かに震える。
そして。
「…………ぐうっ!」
茂みの奥に駆けていき、体を思いっきり屈める。吐瀉物が土に落ちる音が、静寂に打ち付けられた。
「ごめんね……参ったな」
「おい、マティウス」
俺達の前に力なく出てきた彼の前に、ギアーシュがずいと立った。
「いつまでもここで足踏みしてられねえんだよ。思い返すことがあるなんて出発前から分かってただろ」
「ああ、そうだな。ギアの言う通りだよ」
「ちょっとギアーシュ、そんな言い方ないでしょ」
見上げながら睨むアイナに、彼は「あ?」と真顔で目を見開いた。
「じゃあ優しい言葉かけたら立ち直るのか? こっちから発破かけてもなんでも、乗り越えてもらわなきゃ困るんだよ」
「でも時間は必要でしょ!」
「どれだけ待ったと思ってんだよ!」
叫ぶように、ギアーシュがアイナの肩を掴んだ。
「ここで止まってみろ、ヤツらは村の人間を襲いだしてもっと大きな被害が出るぞ!」
「分かってる! そんなこと分かってるけど! そんな言い方しなくたって……」
険悪な空気が周りを支配する。2人とも言ってることは正論で、だからこそ、どっちも否定はできない。
俺だったら、どうだっただろうか。大事な仲間を亡くした場所に来て、それでも乗り越えないといけなくて。逸る自分と冷静な自分が、心の中で無闇に争う。
「オレ達は生きて帰るんだ! 何があっても、生きて帰る。だから、ここで止まるわけにはいかない」
「……そうだね」
マティウスが、口を拭いながら頷いた。体も落ち着いたのか、さっきより肩が下がっている。
「マティ、大丈夫か?」
「うん、平気だ。ギア、悪かったね、余計な心配かけて」
その言葉にギアーシュは「……動けるようになったならそれでいい」とそっけなく返す。
「本当に大丈夫なの、マティ?」
「心配いらないよ、アイ」
いつもの優しい笑みで、彼は微笑む。その笑みには、決意が見て取れた。
「この壁は、越えなきゃいけないと思ってたんだ。僕が冒険するために」
誰だって怖くて。誰だって辛くて。
自分の頭に残ってる映像は、きっと実際の映像より凄惨で、思い出す度に心がくすんで。
それでも、もし旅を続けるなら、アラトリーと対峙するなら、乗り越えないといけない。過去の自分を、越えないといけない。
「行こう。森を抜ければ、目的地も大分近づく」
拳を強く握るマティウスを先頭に、深い深い森へと入っていった。
「……静かだな」
俺の呟きが、木に跳ね返る。それ以外に聞こえる音はない。もとから動物がいないのか、全てあの異形に滅ぼされてしまったのか、シンとした静寂だけが耳を
カサカサ、と時折葉が揺れる。前を行くマティウスやアイナが、その度に体をびくっと震わせるのが分かった。
「アラトリーが近づいてきたら、すぐに気付けるわね」
「こっちに向かってくればな」
そう返すと、アイナは「……意地悪」とそっぽを向いた。別に揚げ足を取ろうとして言ったんじゃない、本当のことだ。
敵が何の配慮もなく、好き勝手に歩いてくれるならいい。問題は、既にどこかに身を潜めている場合。昨日アイナが襲われかけたように、音と共に突然飛び出してきて、長い腕で致命傷を食らわせることも十分あり得る。
そして、それを想像すると、足が
「なあ、みんな。魔導陣の場所、確認させてくれ」
「ああ、そうだったな」
動物や異形によって踏み固められた道。そこから外れた場所を歩き、陣を探していく。
魔導陣。俺がきちんとパーティ―に参加するための、最低限の条件。
これまでの冒険で、大体こういう場所に描かれている、という予想はつくものの、戦闘が始まっていざ探してみたら無かった、では後悔しきれない。
「なあ、オリヴェル。魔導陣へあの化け物誘導するの、お前がやれば1人で倒せるのか? 誘導していって、すぐに陣に鉤投げて、みたいな」
ギアーシュの問いに、そうだったらなあと思いながら首を振る。
「陣と俺の体を繋いでから魔法が使えるようになるまで、少し時間が必要なんだ。体が魔導波を受け入れる調節をしてるんだろうな。だから、よっぽど距離が離れてないと難しい」
「で、距離が離れすぎると、向こうもお前も見失うから攻撃できない、ってことか。なるほど、そりゃオレ達の誘導が必要だ」
悪いな、と軽いトーンを装って謝ると、彼も手をひらひら振って「いいってことよ」と返した。
「ここに1つと、さっきの場所に1つか……」
頭の中の地図に場所と目印を叩き込んでいく。アイナが何度も何度もキョロキョロと辺りを探りながら、急かすように腕を引っ張った。」
「ねえ、オリヴェル。早く戻ろうよ」
「悪い、もう少しだけ時間をくれ」
彼女の気持ちも分かる。こんな鬱蒼とした茂みの中では、奴らがどこに潜んでいてもおかしくない。
「アイ、オリーにとっては一番大事なことだから」
「命が最優先なのに……」
恐れる心が小さなストレスを生んで、メンバー同士が軽くぶつかる。冗談を言うような余裕はなく、皆が細く長く、息を吐く。
「助かった、これで十分だ。元の道に戻ろう」
再び歩き始めたものの、さっきより木々の葉が生い茂っているのか、音だけでなく光も通さない。
先に見える暗がりは自分達の未来を暗示しているようにも思えて、歩幅が少しずつ狭くなっていく。
そして、その暗がりから、マティウスが仲間を失くした森から、歓迎の呻きが聞こえてきた。
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