リハビリ・クエスト ~パーティ―で生き残った寄せ集めの俺達~
六畳のえる
第1章 ハウスの日々とリハビリの始まり
#1 ハウスの日常
「オリー、今日は朝食当番だよ」
ノックと共に入ってきた足音に「んん……」と口を開かずに返事をする。
「早く起きなよ。もう下ごしらえ始まってるみたい」
耳に飛び込む、カーテンを開ける音。そして同時にまぶたを照らす、憎らしいほど明るい陽光。
「じゃあね」
マティウスが帰っていった。ふう、これでもう少し寝られる……
「起きなさーい!」
しばらくして、今度は甲高い声が襲ってきた。愛しい布団を剥がされる。
「ちょっとオリヴェル! アンタが作んないとみんな飢えるわよ!」
「ぐう……半日前に食べたんだからいいじゃねえか……」
「そんなわけにいかないの! はい、起きた起きた!」
抜けるかと思うほどの力でアイナに腕を引っ張られ、強制的にベッドを脱出させられた。
「ふああ……今日も良い天気だねえ」
肩まである金色の髪をサッと後ろに撫でながら、彼女はわざとらしく溜息をついた。
「呑気ねえ、まったく。ほら、さっさとキッチン!」
「はいよ」
寝間着のまま廊下に出て、階段で1階へ。
既に起きていた他のみんなが、口を尖らせて挨拶してくれる。
「ねえ、オリヴェル! 早くご飯作ってよ!」
「遅よう! 朝食当番とは思えない熟睡ね!」
悪い悪いと宥めながら、ちょっとだけ寄り道して大きな窓へ。
あまりに眩しい太陽に遠慮して雲も出るのを控えた、そんな快晴。
近くに見えるのは真ん前の芝生の庭、遠くに見えるのは木々と道と岩地。
この国はどこだってそんな光景だけど、特にこの近くは建物すらない。
でも、気持ちのいい朝だ。少し開けてある隙間から風が遊びにきて、シャツを波立たせて泳ぐ。
「んじゃ作るとしますか」
良い気分になって、思わず独り言。親も寮長もいないから、自分達でちゃんと規律守らないとな。
建国300年の歴史を持つ、周りを海に囲まれた国、グルネス王国、ここはその南東にある、「ハウス」と呼ばれる建物。
下は15-16歳から上は俺みたいな21歳まで、男女関係なく同じ世代の仲間10人で集まって暮らしている。
もともと豪邸だったこの建物を創設者が改築していて、なかなかの広さと住み心地。個室もあるし、あと5人くらいは優に入れそうだ。
「おはよう、ギアーシュ」
食堂に隣接したキッチンに入ると、ギアーシュは不敵な笑みを浮かべながら、俺の頬にピーラーをピタッと当てた。
「おおう、随分と余裕の登場だな。オレは誰かさんのせいで10人分のジャガイモの皮をむく羽目になったんだぞ。お前の面の皮も同じようにしてやろうか」
「ごめん! ホントごめん!」
両手を合わせて平謝り。あれ、大変な作業だもんな……。
「んじゃ俺、野菜切るよ」
「頼む。オレはお湯沸かしてスープの準備するわ」
管理人も家政婦もいないこのハウスでは、日々の家事から部屋の修繕まで、全て分担・当番制。
続々と食堂に集まってきた他のみんなに「お腹へったよー!」と催促の合唱を受けながら、俺達は急いで大鍋と寸胴を用意した。
「それでは、いただきます!」
「いっただっきまーす!」
木製の長テーブルに5人ずつ2列で向かい合い、全員で手を合わせてから、一斉にガツガツと食べ始める。
さすが食べ盛りの年代、給仕の俺はパンのお替りを切り分けるのに忙しくて、全然自分のスープに手を付けられない。くそう、お前らもっとゆっくり食えよ。
「オリヴェル、パン2枚!」
「おい、お前らたまには自分で切ろうとか思わないのか」
「いやいや、自動でご飯が出てくる喜びを噛み締めたいんだよ。冒険してた頃には味わえなかった贅沢だからな」
「この野郎! お前が当番のとき覚えてろよ!」
8枚食ってやるからな、と威嚇すると、どっと笑いが起きた。
食べている誰もが、少し前まで、それぞれ別々にこのグルネスを冒険していた。
このハウスにいるのは、誰かとパーティ―を組んでいたメンバー。
「オリー、ちゃんと食べられてるかい? 僕、給仕手伝おうか?」
「うう、ありがとな、マティ。お前だけだよ、優しくしてくれるのは」
肩に泣きつく芝居をして、彼の白い髪を揺らした。
俺と同い年の男子、21歳のマティウス。もう3年ほどハウスで暮らしている。パーティ―では剣士だったらしい。
小柄なうえに痩せていて、見事なまでに白い髪と優しげな顔付き。頼りなさそうに見えるけど、ハウスに最も長く住んでるメンバーなので、みんなからの信頼も厚い。
2年前、俺が入ってきたときも、「オリ―って呼ぶから、マティって呼んでね」と気さくに話しかけてくれて、すぐ打ち解けられるような雰囲気作りをしてくれた。いるだけで空気が和む、ハウスに必要不可欠な存在。
「ねえオリヴェル、今日お昼予定ある? さっき話してたんだけど、みんなで近くに釣り行かない? 水入ったら冷たくて気持ちいいし、夕飯の食材も手に入るよ!」
「おっ、いいなそれ、楽しそ……アイナ、お前、今日の夕飯当番だったよな」
俺の質問に、恐ろしいほどのわざとらしさで横を向きながら口笛を吹く。
「え? あ、あれ? そ、そうだったかなーどうだったかなー」
「お前、暑いから食材買い出し行きたくないだけだろ!」
「ええい、バレちゃしょうがない! それでも釣り行く人―!」
はーい、と4人が手を挙げた。仕方ねえ、楽しそうだし俺も参加するかな。
1つ下、20歳の女子、アイナ。俺とほぼ同じタイミングでハウスにやってきた。
顔はかなり可愛い方で、パーティーを組むときに自分の取り合いになった、と本人が話のタネにしている。女子としては平均的な身長に、鎖骨が隠れる金髪ミディアムヘア。成長期を超えても残念ながら胸やお尻は出てないけど、脚はかなり綺麗だとハウスの女子がリークしてくれた。
明朗、快活、そしておっちょこちょい。持ち前の「若干の不器用」を如何なく発揮し、家事も度々失敗している。でもなぜか許せてしまう、親しみやすくて憎めないキャラ。
ちなみに元のパーティ―では白魔術師。俺は攻撃専門の魔導士だけど、アイナは補助や回復専門のスペシャリストだ。
「おい、オリヴェル、お前キチンの塩加減、間違えただろ? なんかしょっぱいぞ」
ギアーシュが呆れたようなジト目で俺に顔を寄せた。
「仕方ないだろ、時間ない中で急いで調味したんだから」
「時間なかったのはそもそもお前のせいだろ」
「ああ? また蒸し返すのか、その話! さっき謝っただろ!」
「謝ったら皮むきがチャラになんのかよ!」
立ち上がって睨み合う俺とギアーシュ。続いて立ち上がるアイナ。
「うるさーい!」
「ぐおっ!」
「ぐあっ!」
皿でガコンと後頭部を叩かれる。くそっ、痛え……。
「2人とも、朝からケンカしないの!」
「はいはい」
軽く頷きながら彼に向かって口をへの字に曲げると、向こうも真似してきた。
22歳、1歳上の男子、ギアーシュ。俺より半年先にハウスに入っている。
髪型は少し似てるけど、俺の黒髪と違って茶色だし、俺のを「跳ねた髪」と呼ぶならギアーシュのは「無造作の髪」という感じ。
背は俺よりも高く、体もがっしりとしている。弓やブーメランを扱う射手だったらしいけど、こんな体つきのヤツが射ったら相当な攻撃力だっただろう。
思ったことはハッキリ言うタイプなので、性格も射手そのもの。本人に悪気がないけどカチンときたりグサッと刺さったりすることも多い。特に俺は売り言葉に買い言葉で度々ケンカ寸前になり、度々アイナやマティウスに諫められている。
ただ、周りと険悪かといえばそうでもなく、ズバッと決断してみんなを先導することも多い。ハウス最年長の、隠れリーダーポジション。
「よし、じゃあ食べ終わった人から食器運んでくれ」
「ねえ、マティ。外の水道管、おかしくなってたでしょ? 夕方、オリヴェルやギアーシュも集めて、あれの修理の話しよ」
「そうだね、ヒビで済んでるうちに直しちゃおう」
生活を共にするハウスのみんなは家族みたいな存在。
特に、歳が近いマティウス、アイナ、ギアーシュの3人とは、ハウスの運営でも協力し合う、家族以上の存在だったりする。
「ちょっと外行くかな」
「おい、オリヴェル、お前食器洗いも押し付ける気かよ」
軽く睨んできたギアーシュに首を振って見せる。
「今日はまだ挨拶行ってないからさ」
「……ああ、そういうことか。早く戻って来いよ」
「ん」
ヒラヒラと手のひらで返事して、ハウスのエントランスを出る。
他の町とはかなり離れたところにある建物。その前方は、俺達が全員で駆け回れるほどの芝生の草原。
「朝とは思えないな」
ハウスの裏に回ると、そこは草が毟ってある平地。横に生い茂る夥しい木々で日が遮られ、僅かな線状の光だけが腕を照らした。
辺り一面に無数に無造作に立てられた、細長い石の平板。
そこに記されているのは、名前。
右奥に3つ綺麗に並んだ平板――墓石の前に立つ。
「今日もよろしくな」
中に何も埋まってない、ただの碑に声をかけた。
相手は、ガヤト・イージュ・アンギ。
2年前まで一緒に冒険していた3人。
俺のせいで、いなくなった3人。
もう忘れただろうか。
みんな、肉も無くなって、骨だけになって、俺のことは忘れてしまっただろうか。
それでもいい。別にそれでもいい。俺が覚えている。俺が忘れない。それでいい。
このハウスにいるのは、誰かとパーティ―を組んでいたメンバー。
誰かとパーティ―を組んで、全員が殺されて、1人だけ生き残ったメンバー。
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