ep13/36「純神木製 52口径90mm対呪物ライフル砲」

「正気か?」

「二度目だぞ、これは戦車砲だ」


 説明を聞けば、やはりそう問わずにはいられない。

 コックピットからトラックの荷台を見下ろせば、確かに凸凹とした偽装布の下には細長い物体が載せられているのだと分かる。

 それが砲身だとしたら、どうだろう。

 人間が隣に寝転んでもなお砲身の方が大きいほどだ。


「槐兵用の火砲としては最大級の威力がある。こいつで90mm呪装弾を撃ち込めば、あの木人形の硬化樹皮を貫ける計算だ。そして内部から式神を召喚すれば、こちらで制御を乗っ取れる可能性がある」

「本当にそんな事が出来るのか」

「呪術戦でドンパチやるなんていうのは本来邪道だ、そうだろう? あのイチイ相手でもやりようはあるさ」


 開け放たれたコックピットハッチからは、槐兵の指がそっと偽装布を剥がしていく様子が見えた。

 そして、街路灯の下に中身が露わとなる。

 美しい木目を浮かび上がらせたボルトアクション式ライフル、荷台に横たわるそれを目にした幻也ゲンヤは真っ先にそんな印象を受けていた。

 電柱ほどもある砲身には木目が浮かび上がり、旧式戦車から流用された砲身全体が神木に置換されていると分かる。弾も数十発分は用意されていた。


「お前はとんでもないモノを持って来てくれたな、犬山」


 操縦桿を繊細に動かしていけば、〈御霊みたま〉は丸太ほどもある指先をライフルに伸ばして行く。

 そもそも90mm口径の戦車砲ともなれば、厚さ10cm近い鋼板を貫くほどの大砲だ。それほどの過剰威力を誇るライフルの銃把に、人が腰掛けられるくらいには広い槐兵の掌が添えられた。

 これで奴を止めるのだ、と幻也ゲンヤの眼には凶暴な光が宿る。


「犬山、もう一ついいか。戦車砲こんなモノまで持ち出さないといけないイチイとは、奴は一体何者なんだ」

「奴は若い頃から才覚を示した呪術研究の第一人者だった。教授時代に〈神籬社ひもろぎしゃ〉に入信してからは古神道系の大呪術の幾つかを復活させたらしい。国内の呪術研究を半世紀は進めた天才だよ――――まあ、だからベラベラと術の内容を喋りたがる。悪い癖だ」

「そういうお前は言葉が足りなさ過ぎだ」


 全高にして9m強、機体全高に匹敵するライフルを抱える〈御霊みたま〉は、今まで開いていたコックピットハッチを閉鎖していった。

 降霊開始と同時に、走り出す。

 再び不可視の存在となった機体は、市街地の狭い道を車よりも身軽に駆け抜ける。家々の間を縫うように走る槐兵の銅鏡は、5km先で今も術を続けているらしい〈氷雨ひさめ〉の機影を睨んでいた。

 無線機を介して聞こえて来るのは犬山の指示だ。


『奴の儀式は十年前に執り行われたのと同じ儀式である可能性が高い。あの時は儀式の三日目で失敗して、スカイツリーが呪詛汚染されたが……今の奴は神呪兵装を媒介にして、何かを東京に呼び出すつもりだ』

「今回はどうなんだ」

『俺たちには槐兵を知覚できないから分からん、だが前回よりも遥かに手順が洗練されているようだな。あの忌々しいミケとやらが東京に二本も生えるなんて想像したくもない、今すぐ止めろ』

「ああ、分かってる!」


 急停止、鋭い足先で地面に数十mもの痕を刻みながら、〈御霊みたま〉は野球場と思しき場所で跪いていた。巻き上げられた砂煙の中、もはや姿を隠そうともしない漆黒の槐兵が滑らかに立ち上がる。

 〈御霊みたま〉は背負っていた二振りの日本刀を射出、鈍い音と共に刀身が深々と地面に突き刺さった。柄に繋がれた鎖はピンと張り詰め、地中で根を張った木刀をアンカー代わりとして機体を縛り付ける。


 機体の固定完了。もう、ここから一歩も動く事は出来ない。ガキリとレバーを引き込んだ漆黒の槐兵は、開けた砂地の只中でライフルを構えていた。

 装填完了、照準固定。

 ちょうど消火器ほどもある神木製の特殊弾頭――――90mm 装弾筒付呪装徹甲弾Armor-Piercing Full-Spell Discarding Sabotを飲み込んだ砲は、今や遅しと発射の時を待ちわびている。


「いける」


 トリガーボタンに、幻也ゲンヤの指が掛かった。

 視線の先には、こちらに背を向けて浮揚する敵機の姿。


『ちなみにそいつは槐兵が撃たなければ、砲身が耐え切れずに爆裂するから気を付けろ。降霊で神木を硬化させないと、砲身が想定強度に達しないんだ』

「そいつは……とんだ欠陥品だな!」


 暗順応した視界を染める閃光。構うものかとトリガーボタンを押し込んだ途端に、幻也ゲンヤの視界は砲口から噴き出た発射炎マズルファイアに焼かれていた。

 神木片が音速の三倍以上で撃ち出されたのだ。

 その反動はあまりに強烈、降霊によって強靭化したはずの木製ボディですらびりびりと打ち震える。衝撃に打ちのめされた幻也ゲンヤは、前方へのGで一瞬意識を飛ばし掛けていた。


 ――――犬山、これが槐兵用の装備だと?!


 戦車砲など、断じて異常軽量を誇る槐兵が撃って良いものではない。生身の人間が高射砲を担いで撃つようなものだ。

 だが、それ故に威力は絶大。

 緩い放物線を描いて飛翔する90mm呪装弾は、遥か先で木人形の一体に深々と食い込んでいた。敢えて貫きはしない。体内に撃ち込まれた途端に術式が起動し、イチイが操っていたはずの木人形を乗っ取るのだ。


 続けて、二体目に照準を固定。

 〈御霊みたま〉がレバーをガキリと引き込めば、ライフルからは焼け爛れて炭と化した木製薬莢が飛び出す。かん、と軽い音と立てて着地したそれに構うこともなく、機体はすぐさま二度目の発射炎で辺りの闇を払っていた。

 排莢、装填、発射――――

 本来なら30t以上の自重で反動を抑え込むべき砲が、ものの数秒足らずで次々に火を噴いて行く。90mm呪装弾と共に噴き出る炎光は、発射の度に誰もいない野球場の端から端までを舐め尽くしていった。


「……三十体目!」


 幾度目かも知れない排莢動作をこなし、〈御霊みたま〉はその場から一歩も引かずにひたすら撃ちまくる。砲口初速マッハ三以上、木人形に次々に撃ち込まれる呪装弾は、その暴力的なまでの速度で的確に的を射抜いて行った。

 市街地を歩き回っていた数十体もの木人形たちは動きを止め、残る数体は〈御霊みたま〉に向けて走って来る。


「イチイ、貴様もだ」


 そして砲の照準は、〈氷雨ひさめ〉そのものへと移る。

 着弾。呪いによって木質化しつつあったビルは、鋼鉄をも貫く90mm砲の威力によって突き崩される。理不尽なまでの砲火力であおりを喰らった敵は、こちらにぎょろりと恨めし気な視線を向けて来た。


『〈御霊みたま〉はそこでしたか、あなたという人は無粋な真似をしてくれますね!』

術比べ・・・がしたかったんだろう、貴様は!」


 良いとも、付き合ってやる。

 幻也ゲンヤは躊躇いも無くトリガーボタンを押し込むと、ようやくこちらに目を向ける気になったらしい敵機に弾頭を撃ち込む。

 戦況はもはや、至近距離での殴り合いにも等しい砲撃戦だった。

 敵の周囲からは次々に枝が打ち出され、〈御霊みたま〉に引き寄せられるがままに辺りへ降り注ぐ。回避など出来ない、代わりに出来るのは応射のみ。


 ――――こちらは動けないんでね!


 二機の槐兵による砲打撃戦。

 純然たる呪術によって撃ち出された枝と、高性能炸薬によって撃ち出された呪装弾が、互いの威力を競い合うかのように空中で砕け散って行く。

 砲撃戦が苛烈を極める只中で、〈氷雨ひさめ〉は残る隻腕を振りかぶっていた。その手に握られていたのは杖の一本、まるで投げ槍のように投擲された杖が夜闇を貫く火矢となる。


『ならば、これはどうですか!』

「なに!」


 敵が投げ放ったのは、事もあろうに神呪兵装そのものだった。市街上空に緩やかな放物線を描く杖は、火矢と化して突っ込んで来る。

 着弾。

 その瞬間、弾けた鬼火が球場全体を焼き払って行った。〈御霊みたま〉が立っていたはずの場所も濃い土煙に呑まれ、もはや辺りに動くものとてない。

 蒼白い残火が燻る爆心地。押っ取り刀で辿り着いた木人形たちも、イチイに操られるがままに土煙の中へと飛び込んでいった。


『呆気ないものですね……おや』


 投げ放たれた杖は既に帰路を戻り、主の手中に収まろうとしていた。次の瞬間、〈氷雨ひさめ〉の頭部は呪装弾によって抉られる。


 約5km先の爆心地では、煙を裂いて衝撃波が轟き渡っていた。

 一度目の衝撃、上空に木人形の腕が舞う。

 二度目の衝撃、土煙の中で人影が倒れる。

 三度目の衝撃。晴れ上がった不良視界の中心で、〈御霊みたま〉が木人形に突き付けたライフルを構える。零距離砲撃、接射で撃ち込まれた呪装徹甲弾は、余波で辺りの煙をパッと晴れ上がらせていた。

 〈御霊みたま〉は未だ健在。黒い腰布をひらめかせて残火を払う動きには、いささかの曇りも含まれていない。


『ほう、どうやらそちらにも手練れの術者がいるようですね。しかしやり方が無粋に過ぎる、これでは術比べとは呼べません』

「知った事か、ごちゃごちゃと喋るな」


 幻也ゲンヤは締め付けられるように痛む心臓を抑えながら、なんとか返していた。

 呪操OS〈神薙かんなぎ〉による対呪術防御。

 敵の神呪兵装が槍となって着弾する寸前に、彼は神薙を発動させていた。たった一秒だけでも充分だった。咄嗟に槍の穂先を逸らしたからこそ今もこうして生き残っているのだ。


 ――――次は上手くはいかないだろうが。


 それでも奴には切り札を全て切らせたのだ、と幻也ゲンヤは不敵に口元を歪めていた。手の内が割れた術者など恐れるに足らず。

 そしてライフルを背負った〈御霊みたま〉は、動きを止めた木人形の脇を悠々と通り過ぎる。既に犬山たちが掌握した木人形は、イチイの支配下には無かった。


「これで術比べは終わりだ、イチイ」

『いいや、まだ終わってなどいませんよ。あなたがどれほどの大砲を持ち出そうとも、私が神代より受け継いだ禁呪には敵わない。この術を完成させるのに二十年も掛かってしまいました』


 いつしか天は雲に覆われ、地には雷が降り注ぐ荒天となっていた。

 轟き渡る雷鳴、ジグザグの稲光に照らし出された氷雨は術の只中で諸手を上げる。数百人もの命を吸い上げた一大呪術はもはや止まらない。 

 物質世界にすら干渉するほどの術は光さえ歪ませ、宙にぐにゃりと歪んだ円を描き出していた。その背景たるミケもまた、呼応するように燐光を放ち始めている。


 ――――奴は禁呪と言ったか。


 〈御霊みたま〉はただ、その推移を見守るより他に無い。

 下手に手を出せばどのように暴発するかも分からない古の大呪術、天才たる男が蘇らせた召喚術を前にして幻也ゲンヤはあまりに無力だった。

 空中で歪みつつある空間からは、確かに、何者かがこの世へ這い出そうとしている。悪寒が止まない身体はそんな事実だけを感じ取っていた。


『本来の呪術とはかくあるべき者。槐兵を俗な兵器に貶めんとする者達よ、伝承に伝えられる最も古き呪操槐兵の真髄を味わいなさい』


 一大呪術が一通りの手順を終えた時、辺りは耳が痛くなるほどにしんと静まり返っていた。まるで音という音が奪われた市街地の中に身を置きながら、幻也ゲンヤは銅鏡越しに夜空を見上げる。

 思わず目を疑うような光景から、視線を引き剥がせない。


これは・・・……一体なんなんだ」


 イチイが呼び出そうとしていた『奇跡の人型』とやらは、ただの呪操槐兵ですら無かったのだと今さらながらに彼は理解していた。

 強いて表わすなら、もっと恐るべきものだった。

 揺れる幻也ゲンヤの瞳は、夜空に浮かぶ全長50mは下らない片腕をただただ見つめ続ける。二機の呪操槐兵が対決する戦場には、イチイが呼び出してしまった古き腕が覇者のごとく浮かんでいた。


 ――――犬山よ、奴は確かに天才らしい。


 術者としては次元が違う。幻也ゲンヤはもはや疑いようもなく、相手が尋常ならざる槐兵の一機であることを悟っていた。

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