ep8/36「贋造神呪兵装〈神薙〉」
『
「やってくれ」
初陣を終えた後、〈
ギギィと響き出すのは、鉄のレールが砂を噛む不快音。貨物搬入口が重々しく開いて行くと、ゆうに10tトラックは飲み込めそうな車輛用昇降台が姿を現していた。
地下駐車場に偽装された、格納庫への進入口だ。
膝をついた〈
徐々にせり上がって来る地面を銅鏡越しに見下ろしつつ、
「犬山、そろそろ聞かせてくれるだろうな」
『良いとも。まず
「つまり?」
『槐兵だけが使える大規模呪術だ。それも機体によってまるで形態が違う』
あんな威力の呪いがあるか、と
呪術戦は本来、決して派手なものではない。呪詛攻撃、対呪詛対抗手段、対々呪詛対抗手段からなる、極めて地味なイタチゴッコの不可視戦闘だ。
槐兵が扱う呪いの究極、それが神呪兵装だとするなら対人戦とは次元が違う世界の話だった。
『槐兵は
「そんな汚染を都市部に撒き散らしているのか、どうかしてる」
『全くだな。〈
木製装甲を通して、地下駐機場から腹に響くような重低音が聞こえて来る。
狭い屋内空間に木霊する幾重もの詠唱。
『アラブルカミタチヲバカムトハシニトハシタマヒ。カムハラヒニハラヘタマヒテ――――』
壁面にびっしりと張り付けられた神符、スポットライトの間を潜るように張り巡らされたしめ縄。そして格納庫入口を塞ぐ鳥居といい、駐機場自体が呪いを封じ込め浄化する造りになっているらしかった。
――――槐兵を清める為に、ここまでするのか。
紛れもなく、機体そのものが第一級の呪詛汚染源なのだ。
「〈
『勿論。現にお前は一度使っている』
なんだと、と驚愕が口をついて出ていた。
思わず身を起こした弾みで、皮張りのシートが軋む。
『〈
「まさか俺が生き残ったのは、それで」
正面から漏れ出して来る光に、彼は目を細める。
視界前方を塞いでいたコックピットハッチは、金具一つ使われていないのが信じられないほど滑らかに開いて行った。
「――――裏の呪操OS〈
降り立った
行こう、と無言の裡に告げた犬山を追うように、彼はそろりそろりと機体から降りていた。撃たれた左脛が歩く度にひどく痛んで仕方がなかった。
「〈
「そう、神呪兵装を無効化する神呪兵装。神殺しの古い
「確かに、不可能ではないか」
放出量に雲泥の差はあれど、神呪兵装とて呪いを放っていることに変わりはない。そして呪詛に対抗するには幾つかの方法論があるのだと、
一、使わせない。
一、形代に引き受けさせる。
一、祝詞によって呪詛を返す、無効化する。
呪操OS〈
それでも解せないのは、神薙に記されているという呪言のことだ。
「神殺しの
「いいや、
その不可解な言葉に、
バックボーンを持たぬ呪文は呪文足り得ない、そのはずだったからだ。
「日本神話を記した書物の中には、偽書と断じられて来たものが幾つもある。先代旧事本紀に大成経といった古き書物だ。それらは古神道体系によって否定される事によって、それ自体が贋作であり偽書としての力を持つに至った」
「まさか、それ自体が」
「そうだ。偽書から編纂された文字列は、祝詞の構文に整えれば、あらゆる古神道系呪術の効力を否定する
犬山が語る〈神薙〉の正体はあまりにも歪なものに違いなかった。己で己を否定するようなものだと、
「だから、〈
「呪術で動くのが槐兵だっていうのに、難儀なシステムだ」
犬山と肩を並べて、
最後に振り返った地下駐機場の中心で、〈
「なあ、犬山」
引きずるように歩いていた足を止め、
〈
鳥居による呪術的封印、強固な物理的封印が施された扉。
庁舎の地下に幾つも用意されたそれらは、まるで一つ一つが洞のようにも見える。
「公安の槐兵は〈
「いや、あそこに入っているのは槐兵じゃないが、それと同じくらい危険な物資ばかりだ。開発中の呪装も封印されている」
お前は知らなかったかも知れないが、と犬山は歩き始めていた。
「基本的にはこれまで押収した
「触らぬ神に祟りなし、だな」
法治国家においてあってはならない執行機関、それが公安霊装。合法非合法とを問わずに押収した品を収める扉は、開かれてはならないモノに違いなかった。
しかし、すぐに立ち止まっていた。
――――ぱ、ぱ。
「誰だ」
聞き覚えのある声音に導かれるまま、
だが、それらしい人影は見当たらない。
庁舎地下を行き交うのは狩衣姿の解呪班だけで、他に不審な人物などいるはずがない。視界に映るのはごく当たり前の光景だった。
「どうした」
「誰かに呼ばれた……ような気がする」
馬鹿馬鹿しい、と思いながらもそう表現するしか無かった。
声の主を確かめてみたい。そんな衝動が湧き上がって来るのを抑えながら、
誰だ。
心の中でもう一度問いかけてみても、しかし誰かが応えるはずはない。気のせいだろうと犬山に一蹴されるまま、彼は再び左足を庇って歩き出していた。
「
「教団の襲撃を受けた直後にか?」
「
犬山が差し出して来た写真を、
大勢の信者を前に諸手を上げる、紫の礼装を纏った老人だ。
「こいつは誰だ」
「奴の名はイチイ。前々から公安がマークしていた教団幹部の一人だ。襲撃を主導したのもこいつでほぼ間違いない。確実に奴を殺せ」
暗殺。呪操槐兵にはこの上なく相応しい仕事だった。
いよいよ戦争なのだと思えば、否が応にも気は引き締まる。
「ただ、教団側も警戒しているだろうから、第二位の槐兵と戦闘になる可能性が極めて高い。その時は……〈
言いつつ、犬山は一箱の煙草を差し出して来た。
十二本入りの紙煙草だ。ごく一般的な市販品を装ったパッケージからは、却ってきな臭い雰囲気が漂っている。
「これは特殊な呪装だ。巻紙の内側に神符が仕込まれていて、着火すると
「これで〈
犬山から受け取ってみれば、箱は少しばかり重たく感じられた。
それは決して失敗できない責任の重さでもあった。
「煙草は好きじゃないんだがな」
「安心しろよ。尾行を避ける為に匂いも無い。勿体ない事だ」
犬山は口角を小さく上げながら、いかにもうまそうに煙を吐き出す。
煙草を仕舞いつつ、
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