《悪戯のサンプリング》⑩


 完全に不意打ちだった。そう言えば、部長がぼくに飛び火すると言っていたが、もうここまで来ると飛び火じゃなくて火炎放射器で直接消毒されている状態である。

 一体どういう流れでぼくに殺害予告を出したのか、部長と双子以外誰も分かっていなかった。当然ぼくも分からない。


「生徒会長というか人として、その発言は見過ごせないのですが」

「坂井くんはいつの間にそこまで恨みを買ったのよ」

「知りませんよ! ぼくが一番混乱してます!」

「我々は今後一切イタズラ行為を控えはするが――坂井ボーイには繰り返す!」

「我々はもうあのような真似はしないと誓うが――坂井ボーイにはやり返す!」

「なんで!?」


「「自分で考えろこの野郎ッ!!」」


 また同じようなことを言われてしまった。

 この二人は何というか、薄々感じてはいたんだけど、ぼくに対して妙に攻撃的な気がする。嫌われるようなことをした覚えはないのだが、それでもいつの間にか二人に嫌われたのかもしれない。


 それはかなり悲しいことだ――ぼくはこの二人のことを、ほとんど何も知らないし分からないのだから。

 思わず部長に救いの目を向ける。部長は無言でぼくと双子を見比べていた。


「……わけもなく我が部員たる坂井を恨むな」

「わけはありますとも、阿仁田部長閣下!」

「正当なる理由をもってして殺意を抱いたのです、阿仁田部長閣下!」

「じゃあその理由とやらを、坂井が今から自分で当てる。もしそれが当たっていた場合、もうコイツに怨恨の目を向けるのはやめろ。間違えた場合は、好きにするといい」


「「御意にッ!!」」


「素直……腹心」

「やっぱり部長先輩のカリスマ性は、人を惹きつけるものがあるんですねえ」


 すっかりと紫光くんと紫陽さんの手綱を握った部長に、岩根さんと田中さんが感心している。

 しかしぼくはそれどころではなかった。何でいきなり、この二人の新たなる理由について推理しなければならないのか。


「そんな顔をするな。遅かれ早かれ、お前はこいつらと対立する位置にあった」

「いや、対立する意志がぼくに一切ないんですけど……謝罪すれば許してもらえますかね?」

「「そんなものは不要ッ!」」

「そっかぁ……」


 どうしろというのか――って、理由を当てさえすればいいのか。

 けど、ぼくは部長と違って、ディープな知識もなければ推理における閃きや冴えも一切ない。

 せいぜい、部長の推理を聞いてリアクションを取るようなモブが、ぼくにお似合いの立ち位置なのだ。

 ぼくの表情を見て、部長は一度ふうと息をつく。

 呆れられた……わけではないらしい。


「落ち着け。別に、新たな知識や洞察が必要な場面じゃない。これまでの情報を総動員した上で、相手のことをよく考えろ。その上で解決に導け。お前がなやつだろう、それは」

「得意って……そんな」


 部長がぼくのことを評価してくれるのは素直に嬉しいが、それでもぼくは困惑した。

 この人が言うほど、ぼくは自己評価が高くない。っていうか低い。大したことのないやつだと自分でも思う。


 けど――今の部長の言葉で、ちょっとだけ勇気が出た。励ましつつも、ヒントをくれたからだ。

 ぼくはこの双子のことを考える。

 今、紫光くんと紫陽さん二人について分かっていること。


 様々な学校の人間に対するイタズラ行為。

 自分達だけの、新たなるウィルヘルムの叫び。

 お礼となるギフト券。

 ぼくにだけ幾度となく繰り返されたイタズラ。

 悪意や害意ではない、よりよい映画作りのための行動。

 二人がずっと見ているもの。

 二人がずっと見ていたもの。


「………………?」


 ――頭の中で、切れかけた蛍光灯が一瞬だけ弾けて光るような、そんな眩しさが現れた。

 だからぼくは、自分でも無意識に、彼女の名前を声に出していた。

 それを声にした瞬間、弾けた光がもう一度集まって、ギラギラと輝き始める。


「ああ……そういうことか。紫光くんも紫陽さんも、

「もっと詳しく言ってみなよ、坂井ボーイ!」

「いい線行く気がするよ、坂井ボーイ!」

「いや、単純に……そのままの意味だよ。二人がイタズラを仕掛けた相手は、ぼくじゃなくて岩根さんだったんだよね?」

「どういうこと? でもイタズラには全部、坂井くんが引っ掛かってたじゃない」


「それは多分偶然というか……ぼくの間が悪すぎるんだと思います。二人がイタズラを仕掛けたタイミングで、ぼくが身代わりになってたというか。それでいて、岩根さんにイタズラの余波が及んだとしても、見ての通り岩根さんはとても落ち着いてるので……」


 濡れタオルが飛んできたタイミングは、ぼくが岩根さんにスマホを見せようと近付いていた時だった。

 ソフトGとかいうアレのおもちゃの時は、岩根さんにはそもそも通用しなかった。(それはそれですごいことだと思う)


二人は岩根さんを徹底して狙い撃ちしたにも関わらず、ぼくという肉壁がそれを幾度となく――無論無意識なのだが――阻んでいた。

 だからこそ、この二人はぼくに……何というか、まあ、苛立っていたのかもしれない。


「何より、二人はイタズラの成功――悲鳴を収録出来たら、その謝礼としてギフト券を渡しています。でも、ぼくは何度も悲鳴を出しましたけど、それを一度も貰っていません。なぜかというと、ぼくの悲鳴が欲しいわけじゃないから……岩根さんの悲鳴じゃなかったら、二人にとっては失敗だったんです」

「わたしの、悲鳴? どうして?」

「それは――」


 岩根さん本人の前で、それを口にするのは少し抵抗があった。

 でも、ちゃんと言葉にしないと、この二人は納得しないだろう。


「――誰も聞いたことがないから、じゃないかな」


「た、確かに! 田中と違って、美弥美先輩は大声を出さないです! びーくーる!」

「むしろ田中さんは感情出しすぎなのよ」

「馬越さんも大概であると思いますが」

「お前ら三人全員だろうが」


 部長が三人一括りにすると、田中さん以外が獣のように部長を睨み付けた。

 そういうところだと思うのだが、触れると火傷するものにわざわざ触れる真似はしない。


 紫光くんと紫陽さんの狙いは、岩根さんの悲鳴。

 それを知らず知らずのうちに阻んでいたぼくに、二人は腹を立てていた。

 そのぼくの考えを、二人は満面の笑みで首肯した。


「やはり、坂井ボーイにはパワーがあるな。無害そうな顔をしているだけで、実際はかなりの猛毒を持った――そう、カモノハシのような存在なのかもしれない!」

「昇陽高校問題児十傑衆、その中の一人である岩根ガール! その鈴の音のような可憐な声が、絹を裂くような悲鳴に変わる瞬間を、我々は永遠に記録したかったのさ!」


「「けど坂井ボーイがすっげえ邪魔したから憎さ半分可愛さ半分ッ!!」」


「別に意識して邪魔はしてないんだけどね……」


 っていうか、ぼくへ可愛さも持っていたのか……なんで?

 あと、カモノハシは毒を持っているが別に猛毒は持っていないはずである。


「だが、岩根ガールが変わってしまったのは事実だぜ。一人で居ることが少なくなった。っていうか、坂井ボーイと一緒に居ることが圧倒的に増えた。それは同じ男として羨ましいと同時に、しかし坂井ボーイには致命的に欠けているものがある。それが何か分かるか?」

「いや、全く……」

さ。彼女の隣に居るという覚悟! それが坂井ボーイには足りない!」

「岩根ガールの隣にあり、そして阿仁田部長閣下の腹心にも関わらずその程度の覚悟なら、今後苦労するよ。最初に襲ってきたのが、我々という優しい双子で良かったね!」


「「まさにグッドラックボーイッ!」」


「お前はいつの間に俺の腹心になったんだ」

「知りませんよ……」


 まるでバトル漫画の敵幹部撤退時みたいなセリフを、この双子はつらつらと述べている。聞いたところによると、自主制作映画で役者としても二人は出演するらしい。

 このセリフ掛かった喋り方は、そのせいなのかもしれない。


「ともかく、坂井もやるべきことをやった。お前達は今後、イタズラもせず坂井を恨むことをもするな。俺の知らないところで、好きなだけ映画を撮っていればいい」


「「御意にッ!!」」


「……素直さは時に薄っぺらさでもあるな……」


 部長がぼやくように呟いた。やたらと従順な彼らに危うさを抱いたのだろうか。


「しかし阿仁田部長閣下。これだけは宣言しておきたい。我々は未だ、岩根ガールを諦めたわけではない……と!」

「その悲鳴を聞く為に、我々は手を変え品を変えまた現れるであろう……と!」


「「不撓不屈ッ!!」」


「そうか。その辺りは坂井と相談して好きにしろ」

「ええ……」

「迷惑を掛けるような行為は今後も慎みなさい!」


 生徒会長が一喝したが、二人は「ははは」と笑いながら立ち上がる。

 そして、兄は右手を、姉は左手を振りながら去って行った。


 しばらくの間、部室内が沈黙に包まれる。まるで嵐が去った後のようだった。

 っていうか、嵐そのものなのだろう。彼らの持つ勢いのようなものは、普段は日陰で楽しむぼくらアニ研にとっては、全くもって水が合わない。


 彼らはぼくら消費者ではなく、その逆――創作者側に立っているからだ。

 与えられるのではなく、与える。

 その為に、他人からは理解され難い情熱をもって動く。


「……なんていうか、すごいですよね。あの二人」

「本質的には、俺達とは相容れない存在だろうな。言うなれば運動的文化部だ」

「何よその造語。まあでも、今回はホントよくやったわ、伊之! 手放しで褒めてあげる!」

「嬉しくも何ともないな。三千円分の働きをしただけだ。それよりも、最終下校時間までもう時間がない。あと一本、アニメを観るぞ! あのやかましい双子のことは一旦忘れろ!」


 リモコンを旗のように高く掲げて、部長がそう声を張った。

 部長に依頼した手前、咲宮会長も大人しく席に座ったままだ。

 馬越先輩は素直じゃない部長に、苦い顔をしているものの、表情はどこか晴れやかである。

 田中さんはいつも通りで、岩根さんは……テレビじゃなくて、ぼくの方を見ていた。


 その視線の意味を、ぼくは考える。

 あの二人が言っていた、彼女の隣に居るという覚悟。

 つまりそれは――ぼくは、他の人が思うよりも、特別な位置に居るということだろう。


 様々な人達から、様々な理由で注目を集める岩根さん。

 斉藤さんに、岩根さんと付き合っているのかと訊かれたことを思い出す。

 あれは、そういう関係でもない限り、ぼくなんかが彼女と親しくするのは分不相応だと暗に言いたかったのだろう。


 岩根さんの隣に居る限り、今回のようなことが起こるかもしれない。

 その時、ぼくに出来ることは何があるのか。

 紫光くんと紫陽さんは、ぼくのそんな頼りなさを見抜いたから、覚悟が足りないと言ったのだろう。


 

 だって、ぼくには――なにもないから。


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