《近似のパースペクティブ》⑤

 部室に入ると、既にぼくらを除いた全員が集合していた。部長、馬越先輩、田中さん、そして生徒会長。生徒会長は基本、ぼくらよりも遅く来るのが常なのだが(生徒会が終わってから顔を出すためだ)今日に限っては随分と早い。

 何かあったのかな……と、ぼくと岩根さんは不思議に思いつつも着席する。それを認めた途端、生徒会長は椅子から立ち上がってぼくら全員の顔を見渡した。


「皆さん揃ったようですね。今日は少々、皆さんにお話があってここへ先んじて参りました」

「おい。部長は俺だ。勝手に何か始めるな」


 部長が不機嫌そうな声色をまるで隠さずに、咲宮会長を咎める。とはいえ、スマホをいじりながらなので、本気で遮る気はないみたいだけど。

 それを分かっているのかそうでないのか、会長は気にせず話を進めた。


「職員室前の掲示板に、現在作品が飾られているのをご存知ですか?」

「知ってるけど……って、ああ」


 独りでに納得する馬越先輩。田中さんだけが疑問符を頭上に浮かべていた。


「田中にとって職員室は魔物の巣的なプレイスですので、用事があっても近付かないですねえ……会長先輩が何を言っているのかさっぱりです!」

「用事があるなら行かなきゃ駄目だよ……」


 以前に比べると校内をウロチョロする頻度は減ったものの、田中さんは立場上、授業中に出歩くことがある。が、そんな彼女にとって、教師が待機している職員室はまさに地雷原のようなものなのだろう。自ら近付くことはないので、従って掲示板の絵のことも知らないらしい。

 こほんと、話が逸れつつあったのを修正するように咳払いをして、咲宮会長が続ける。


「細かい説明は省きます。現在そこで展示されている二つの作品――それらの作品が、少々物議を醸していまして。馬越さんは既知のようですが、阿仁田さんはどう?」

「知らん」

「…………」


 会長の眉がぴくりと動いた。スマホを眺めながら、一瞥もくれずに返答されたので当然と言える。部長にとっては校内の行事など、己のアニメ視聴時間を削ってくる敵でしかない。ああいう展示作品への投票みたいな、自主的な企画に興味があるはずもないのだろう。

 さっきぼくも見てきたから分かる。物議を醸すというのは、恐らくあの似たような二枚の絵についてだろう。

 ぼくの予想は正しく、会長はその物議についての説明を始めた。


「なら説明しますけれど――非常に素晴らしい二枚の絵があります。どちらも得票率が高く、順位で言うならばほぼ同率トップなのですが、その絵が……ええと、似ているのです」

「九太郎くん……」

「うん。さっき見たやつだね」

「似ている、とはどういうことでしょう?」

「そのまんまよ。そっくりなの。テーマ的には同じ絵になるって、ちょっと考え辛いんだけどねー。変な偶然もあるもんだ、って感じ」

「『街の風景』……曖昧」

「出番ですよ、九太郎先輩!」

「テーマが『街の風景』っていう曖昧なものだから、同じ絵が生まれにくいって言いたいんだと思うよ」


 翻訳した結果、岩根さんが頷いていたので正解だったらしい。田中さんもしきりに「ほうほう」と頷いている。彼女はアニメも好きだが、こうやってワイワイ寄り集まるのもお気に入りのようで、さながら人好きする子犬みたいである。


「偶然で片付けられれば良いのですが――そうもいかない事情がありまして」

「あ、もしかして校外のコンテストに応募するからですか?」

「その通りです」


 会長曰く、元々は美術部主導の企画だったが、校外の機関との兼ね合いもあり、最終的には校内全体の企画として生徒会も協力しているのだという。そこまでは良かったし、投票制にしたのも間違ってはなかったのだが、問題は作品側にあった。

 それが、よりにもよって出来の良い二枚の作品が、殆ど同じ絵であった、ということである。

 テーマが絞られていれば、そういうことも生まれるらしいが、今回は岩根さんの言うように曖昧、もっと言うと広いテーマだ。


 田中さんの背筋が伸びて、小さい手で挙手した。「どうぞ」と会長が指す。この部活のリーダーは誰なのか、そろそろ本格的に分からなくなってきた。


「ズバリですね! その方々は、一緒に絵を描いたのでは!? 田中にも経験があります! 写生大会が中学の時ありまして、クラスメイトが誰も彼も固まって同じ風景を描く中で、まあ……田中は一人で路地裏の雑草を描いたわけですが……そういうのではないでしょうか!?」

「…………」


 生徒会長が何とも言えない表情で、馬越先輩の方を見る。田中さんの漏れ出る闇に初めて触れたのだろう――馬越先輩はふいっと目を逸らした。ノーコメントの意思表示だった。

 田中さんの経験は全くもって話に関係ないが、言っていることは正当性がある。つまり、同じ場所で二人一緒に絵を描いたのだ。素材とした風景が同じなら、出来上がるものも当然同様である。

 この推論に自信があるのか、田中さんはドヤァと構えている。往々にして、そういうドヤ顔というのは潰されるものだが……。


「残念ながら、それは有り得ません。事前にこちらで確認しましたが、それぞれの絵の作者二名――便宜上、AさんとBさんと呼称しますが、この二人に面識はありませんでした。学年、性別、所属する部活動すら異なっています。共通の友人が居るわけでもなく、従って同じ作品が生まれる、というのは考え辛い条件です」

「はうぁ」


 案の定、生徒会長が田中さんの考えを打ち砕いた。そりゃまあ、誰でも分かるようなことだし、生徒会長も既に考えていたのだろう。


「でも、実際問題何が駄目なわけ? 別に、送る絵は一枚なんだし、先方にはバレないと思うんだけど」

「相手方からすればそうでしょう。しかし問題はそちらではなく、こちら側にあるのです。即ち――どちらかが相手の作品を盗作したのではないか、と。AとBの両名が、お互いを批判しあっているのですよ」

「盗作……だめ」


 素直な意見過ぎる……! 何やら一家言あるような岩根さんだった。

 とはいえ、盗作問題が絡むと、確かに厄介である。なまじ評価がどちらも高い以上、選ばれなかった方からすれば釈然としないだろう。事実、本当に盗作があったかどうかなど、描いた本人達以外でなければ分からない。後々問題になりかねないものを、おいそれと外部に送るわけにもいかず、生徒会も二の足を踏んでいるようだ。


「AさんもBさんも、自分は盗作していない、相手が盗作をしたの一点張り。互いに接点がまるで無い以上、それ以上調べもつかず、自白を待つばかりなのですが――正直、お手上げ状態というのが正直なところです。下手に票数が集まっているので、それら二枚を除外して選考するのもどうかという話ですし……」

「生徒会も大変よねー」


 完全に他人事のような馬越先輩だった。

 いや、っていうか――そりゃあそうだ。ぼくの考えを、今まで無関心な風でスマホを弄っていた部長が代弁した。


「その生徒会の問題と、俺達アニ研に何の関係があるんだ。愚痴なら生徒会の他の阿呆共に吐けばいいだろうが。お前が朗々と語る間、こっちはアニメを流せない状態にあるということを、お前は理解しているのか? 新入部員よ」


「誰が新入部員ですか! ええ、阿仁田さんの言うことはごもっともです。これは確かに、生徒会と当校が抱えた問題。しかし、以前あなたは私に教示しましたね? ええと、同じようなヒロイン? が生まれるという、アレです」


 この前部長が会長に話した内容のことだろう。それを聞いて、部長は「はあ?」と返した。


「校外に応募する提出期間も迫っており、最早猶予はありません。そこで、私は考えました。あらゆる可能性を探るべきではないか、と。意図せぬ形で、同じような造形をしたキャラクターが生まれることがあるのならば、この絵についても同様なことがあるのではないか、と」

「…………」


 しかめっ面をした部長に対し、生徒会長は片手を差し伸べるように部長へ伸ばす。


「――阿仁田さん。そこで生徒会、そして私より依頼があります」

「断る」

「まだ何も言ってないでしょう!! それら二枚の絵を見て、何か分かることがあれば教えて頂きたいのです! これはそう――生徒会命令です!!」


 依頼から速攻で命令にシフトチェンジしてしまった。部長のすげない態度を鑑みてのことだろうけど……この人がそんな簡単に動くとは思えない。

 一見すると全く関係無いぼくら……というか、アニ研への依頼。ただそれは、咲宮会長の中で部長の評価が高いからに他ならない。時と場合によるが、やる気を出した部長の能力は、高校生離れしたものがあるとぼくも思う。咲宮会長が頼るのも頷けるというものだ。


 まあ最大の問題は――この人のやる気を出させるには、相当骨が折れるということなのだが。


「俺にどんな期待を抱いているのかは知らんが、俺はただのアニメオタクだ。芸術には疎い。役立つ可能性は低いぞ。それでもいいのか?」

「ええ、構いません」

「そうか。なら――――」


 部長の銀縁眼鏡がキラリと光った気がした。この人がどこまで考えているのか、以前の事件でもそうだったが、多分ぼくらには誰一人として分からない。

 結果として、部長はあっさりと承諾した。それも、そこそこのやる気を見せている。


 ただ、懐から取り出したそれを見て顔を青ざめさせたのは、咲宮会長の方だった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る