《悪戯のサンプリング》⑤

 ターゲットは全学年、不特定の個人。性別は問わず。

 被害者は多数に昇り、やがてその魔の手が生徒のみならず教師陣にまで及んだ段階で、問題が表面化した。


 ただ、この事件が他の事件と決定的に違う部分は、犯人に隠蔽の意志がほぼなかった、ということである。

 普通、イタズラ行為というものは、どこかしら卑怯な部分がある。仕掛けた側は、やられた側の反応を物陰でクスクスと笑いながら観察する、とでも言えばいいのか。


 その結果、誰が犯人なのか分からず、迷宮入りしてしまうことだって多い。

 大多数の人間が浮かべるイタズラというのは、恐らくこういうイメージだろう。ぼくだってそういうイメージだ。


 しかし彼らは違った。何と、イタズラが成功した暁には、その被害者の前に現れて真摯に謝罪をし、更には手に『誠意』としてギフト券を握らせていたのだ。

 こうすることによって、やられた側は感情の行き場を見失い、結果的に被害者が多くなっても、それが問題にならなかったのである。まあ、教師に仕掛けたらこの手段が使えないので、問題になったわけなんだけど。


 良くも悪くも昇陽高校全域で、このイタズラ問題については大きな話題になっていた。


「一体何が楽しいんだろうね。イタズラって」

「……分からない。けど……」

「けど?」

「…………。坂井くんは、別腹」

「えー……」


 相も変わらず、放課後に岩根さんと二人で部室へと向かう途中。例のイタズラの件について岩根さんに訊いてみたところ、アレな反応が返ってきた。

 どうやら彼女の中には、ぼくに対する闇に包まれた何かがあるらしい。嗜虐心とでも呼ぶべきそれを、ぼくは知らぬ間に刺激してしまったのだろうか。今の岩根さんは、どこか影が差して見えた。


 と言っても、ぼくも彼女も、誰かに迷惑を掛けない人間である。いや、岩根さんは教師に対して、素で迷惑を掛けているかもしれないけど……本人は至って善良だ。

 一方で、ぼくの方はと言うと。


「ああ、岩根さん。そういえば見て欲しいものが――」


 ――ぴとっ。

 擬音を出すならば、そんな感じの音だっただろう。岩根さんに振り向いたぼくの肩に、何かが乗っかったような感触がした。

 反射的に、ぼくは自分の肩を手で探り、何かが指に触れたので、引っ掴む。


「……うわああああ!!」

「……!」


 ぼくが大声を出したので、岩根さんが思わずびくんと反応する。

 掴んでしまったそれを、ぼくは勢い良く放り投げた。

 それは、黒くてカサカサしてテカテカとした、アレ――


「な、ななな、なんなんだよ、もう! ぼくばっかり!!」

「……おもちゃ、これ」


 しゃがみこんで、岩根さんがぼくの心にダメージを与えた物体を手に取って眺めている。確かに、落ち着いて見てみると、それはチープな作りのおもちゃだった。

 が、色合いがそれっぽいので、いきなり見せ付けられたら本物だと勘違いするだろう。

 あと、岩根さんは普通にそれを手に持ったけど、もしそれが本物の死骸とかだったらどうするつもりだったんだろう。やっぱり肝の据わり方が尋常じゃないぞ、この子は……。


「大丈夫? 九太郎くん」

「あー、うん、まあ。でも……」

「これで……五回目?」

「そうだね……」


 あの濡れタオルを皮切りに、ぼくは毎日イタズラの被害を受けていた。

 それも、毎回手を変え品を変え、ぼくが油断した時に仕掛けてくるのである。この前は宙吊りされたこんにゃくがぶつかってきた。お化け屋敷かな?


 こういう場合、普通の被害者(って表現するのもどうかと思うけど)だったら、犯人が現れて謝罪し、ギフト券を渡されるらしい。

 が、どういうわけかぼくの場合は、犯人は謝罪するどころか姿すら現さずに、足早に去っていくのである。

 後ろ姿ぐらいは見たことがあるが、犯人は別だった……ってわけでもなく、噂に上がっている彼らと同一だった。


「職員室……する?」

「……しないよ。こういうのって、強く反応したら負けだって言うし。向こうが飽きるまで我慢すればいい。怪我とかしたら、話は別だけどね……」


 通算五回の被害を受けているぼくだが、彼らのイタズラによって負傷などはしてない。あくまでビックリさせられるに留まっている。

 これが落とし穴とか金ダライとか、物理的に大きなダメージを受けそうなイタズラだったら、ぼくの取る手段も変わってくるのだが。


 とはいえ、煩悶とした気分は晴れそうにない。ぼくは岩根さんに慰められつつ、部室の扉を開く。

 因みに、「職員室する」とは、「職員室に行って生徒指導の先生に相談する?」という意味合いである。

 最早ぼくと彼女の会話は、盗聴対策の暗号化じみてきていた。


「あ、九太郎先輩に美弥美先輩!」

「田中さん……見て」

「はい?」

「……ばん」


 岩根さんが、ぼくらに近寄ってきた田中さんに向けて、掌を開いた。

 一応、被害の証拠として、イタズラに使われたグッズは可能な限り全て回収している。

 従って、今の岩根さんの手に握られているものは――


「ほ……びゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! へぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 弾け飛ぶようにして、田中さんが部長目掛けて叫びながらタックルをした。

 完全に油断、というかぼくらのやり取りを見ていなかった部長は、いきなり田中さんに抱きつかれ、思いっきり椅子から転げ落ちる。

 その間にも田中さんは「あべべべばばば」みたいな声にならない声を上げて、部長にしがみついて怯えていた。

 勢い余って部長の眼鏡は吹っ飛び、しかし部長はとても冷静だった。


「…………離れろ」


 田中さんを押し退けて、部長は眼鏡を拾い直す。そしてホコリを払いながら立ち上がり、椅子を指差して一言だけ告げた。

 その声は、手足の先が冷たくなるぐらいにまで、冷ややかだ。


「――座れ」


 ……因みに、本気で怒ると怖いのは、馬越先輩ではなくこの人の方である。

 この後、ぼくと岩根さんは涙目になるぐらい、部長から叱られたのであった――

 

 ……いや、どうしてぼくまで……。




「もーっ! 田中があと一歳若かったら、替えのぱんつも一緒に買ってきてもらう必要がありましたからね!? 美弥美先輩もダメージを受けているので、もう許しましたけど!」

「ごめんなさい……」

「そんな堂々と漏らすってことを、女の子は言うべきじゃないよ……」

「金輪際、部内でのイタズラ行為は禁ずる。これは絶対の部長命令だ。分かったか」

「はい……」

「ぼくは何もしてないんですけど……」

「同罪に決まっているだろうが。岩根の罪はお前の罪だ。逆は知らんがな」


 彼女の連帯保証人にでもなったのだろうか、ぼくは。

 ともかく、部長の雷が効いたのか、珍しく岩根さんが目に見えてしゅんとしている。

 普段、イタズラをやり慣れていないと、いざやった時に取り返しがつかないことになる。まさに岩根さんはそれを体現してしまったのだろう。ちょっと可哀想だった。

 因みに、田中さんの機嫌はジュース一本で解決した。安い。


「まあ、岩根に僅かながら社交性が生まれたゆえの愚行である、と今回は片付けておいてやる。にしても、また妙なブツを手に入れたな」

「妙っていうか……いわゆるアレですけどね」

「その偽ゴキブリ、莉嘉には絶対に見せるなよ。流血沙汰になるぞ」


 言っちゃったよ!


「誓います……永久に」

「よーく見たら、チープな作りなんですけどねえ。でも突然見せられたら、もう……!」


 うぞぞぞぞ、と鳥肌が立ったのか、田中さんが己の身体を抱き締めるようにして悶えた。

 馬越先輩は見るからに虫が苦手なイメージだ。流血沙汰になる理由は分からないが……。


 本当は持ちたくないのだが、岩根さんへの所持許可を部長が出さなかったので、ぼくが代わりにこの危険物を一時的に保管することになった。

 ポケットに入れて、絶対に外に出すなとのことである。嫌々ながら、ぼくはそれを岩根さんから預かる。

 ――と、そんな時、部室の扉が開く。


「坂井さんは――ああ、居ますね」

「あ、咲宮会長。えっと、ぼくに何か?」


 現れたのは、厳しい顔をした咲宮会長だった。

 普段よりもなおのこと、その表情に険がある。しかも、ぼくの名前をわざわざ出すなど、既に嫌な予感しかしなかった。


「生徒会室へ今すぐ来るように。先に待っていますので。では」

「へ?」


 ピシャリ、と扉が閉められ、咲宮会長は去って行った。

 有無を言わせないというか、聞く気がないというか。何が何だかまるで分からない。

 ぼくは思わず、部長の方を振り返った。


「ど、どうしましょう?」

「どうもこうもないが、出頭命令が出たからには行くしかないだろう。ツケが回ってきたな」


 そんな何かしらにツケた覚えはない。

 部長じゃあるまいし……とは反論出来なかったが。


「九太郎くん……断罪?」

「冤罪の間違いだよ……」

「行かなかったら行かなかったで、会長先輩の火山が噴火しちゃいますし……。九太郎先輩に取れる選択肢は、既にないようなものです!」


 朗らかに言わないで欲しかった。普通に学生生活を送っていれば、生徒会室に名指しで呼ばれるような事態にはならない。

 用事があるなら話は別だが、ぼくはあいにくそのような用事など持っていない。

 よって、本当に呼び出された意味が分からないのだが……。


「とりあえず、行ってきます……」


 ぼくは圧倒的な不安を抱えながらも、そう言い残して部室を出るほかないのであった。



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