《悪戯のサンプリング》②
「み、みみ、見てよこれ……坂井くん」
放課後になった途端、オカ研の佐藤くんがぼくの席にやってきた。
通学カバンに荷物を詰めていた途中のぼくは、彼が何かを手に持っていることに気付く。
「それって……ギフト券? 何でまた?」
大手インターネット通販サイトで使える、千円分のギフト券を、どういうわけか佐藤くんはぼくに見せてきた。
千円分あれば、漫画を二冊ほど買える金額だ。アルバイトをしていない高校生であるぼくや佐藤くんにとっては、中々バカに出来ない金額だろう。
とはいえ、ギフト券をわざわざ見せびらかす佐藤くんの行動の意味は、ぼくには全く分からなかったんだけど。
「ひひ……」
「え? 拾ったの? じゃあ職員室に届けなくちゃダメだよ」
「あ、いや……もらった」
「もらったって……どこで?」
「ひ、ひひ、聞いて驚くよ。廊下……!」
「廊下……!?」
驚くには驚くが、それは別に場所がではなく、廊下という場所でギフト券をもらったという状況に対してである。
学校内で廊下を歩いていたら、実質的に金銭みたいなものであるギフト券を貰えるって……どういうことなんだろう。
彼は何か悪いことをしたのではないだろうか。そんなぼくの猜疑心を感じ取ったのか、佐藤くんは首を横に振った。
「し、してないさ。悪事なんて。単にちょっと、水を浴びただけ」
「ますます意味が分からないんだけど……」
「九太郎くん」
「ウビョァ!!」
「あ、岩根さん。ごめんごめん、ちょっと待っててね」
のんびり喋っているぼくらの間に、掃除用具を持った岩根さんが現れる。
相変わらず女子が苦手――岩根さんは特に苦手――な佐藤くんが、銃でも突き付けられたかのような声を出す。
同じクラスになって結構経つのだから、いい加減慣れても良さそうなものだが、佐藤くんにとっては難しいのかもしれない。思わずギフト券を取り落としていた。
「大切。海外のお金」
「ひ、ひひぃ! そ、そ、それは……どういう……!?」
「岩根さん。これ海外のお金じゃなくて、ネットショッピングで使えるギフト券だよ」
ギフト券を岩根さんが拾って、持ち主である佐藤くんに返却するや否や、彼の不審者感が爆発しそうだった。
その上で岩根さんの発言も全く分からなかったのか、普通に理解したぼくに対しても、何だか化け物を見るような目を向けている。
あまりこういう方面に明るくない岩根さんは、まじまじとギフト券を見つめる――が、それを自分が見つめられていると錯覚したのか、佐藤くんは「じゃ、じゃあ部活に行くから」とだけ言い残し、脱兎のごとく教室を出て行ってしまった。
「……? 忙しい?」
「オカ研はそういう部活じゃないとは思うけどね。それじゃ、掃除しようか」
箒を受け取りながらそう言うと、岩根さんはこくりと頷く。
教室にはほとんど人もまばらになっており、掃除するには絶好の状態だろう。
今更ながら、この掃除部という謎の部活動も、随分と慣れたものだ。
「ギフト券って……どう使うの?」
「えーっと、種類によって少し違うとは思うけど、基本的には裏面にシリアルコードが書かれてて、それを対応してるサイトで入力したら、その金額分チャージされる感じかな」
「……。溜め技?」
「チャージって言葉に引っ張られすぎじゃない!?」
掃除をしながら、岩根さんと雑談を交わす。
どうも岩根さんはネットショッピングを利用したことがないらしい。なので、ああいうギフト券や電子マネー的な支払い方法に縁がなく、どういう理屈か半信半疑のようだった。
クレジットカード決済が出来ないぼくは、原則ああいうカードをコンビニとかで買うのだが――こういうのって、実際に触れてみないと分かりづらいよなぁ。
商品券と違って、店で買うけど店で直接使えるわけじゃないし。
「いざ使ってみたら、ああいうサイトってとっても便利だよ。部長とか怖いくらい利用してるし、今度岩根さんも買ってみたら?」
「でも……」
「でも?」
「怖い。おこづかいが、ギフト券にすり替わるの」
「どういう心配!?」
ま、まあ、お金は大体この国のどこでも使えるけど、ああいうギフト券とかはそのサイトじゃないと使えないし、岩根さんが言っていることも分からなくはない。
何だかおばあちゃん的な恐怖心ではないだろうかと思ったが、それを言うと無言で箒を槍のように刺されそうなので、やめておいた。
ただ、岩根さんに少しでも興味があるのなら、今度一緒にやってみようかな。
あ、でも、もし彼女がネットショッピングにハマってしまったら、一緒に出かけたりとか出来なくなるかも。
最悪、部屋から出てこなくなる可能性もあったりして……その時はぼくが責任を持って、岩根さんを部屋から引っ張り――
(――って……何考えてるんだ、ぼくは。色んな意味で失礼だ)
「九太郎くん。ちりとり」
「う、うん」
斉藤さんに変なことを訊かれたからだろうか。岩根さんのことを、変に意識してしまう。
もちろん、それはぼくの気の迷いであり、そして岩根さんがぼくに気を迷わせることはないので、単なるモテない男子高校生の自意識過剰なのは分かっているのだが――ああ、もう。ダメだ、掃除に集中しよう。
この後は楽しい部活動の時間が待っているんだ。変な雑念のせいで、部長にアニメをしっかり観ていないと言われたら、三日間ぐらいなじられるぞ。
そうしてぼくは、不思議そうにこちらを見る岩根さんの視線から逃れるようにして、ちりとりを構えるのだった。
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