《悪戯のサンプリング》①
唐突にも程があるかもしれないけど、ぼくはいわゆる「いたずらっ子」ではなかった。
もっともそれは、普段のぼくを知る人からすれば当たり前のことであり、むしろぼくみたいなタイプは小さい頃『ガキ大将』だったら意外性があるのだが、あいにくと普通だった。
いたずらは、するのもされるのも苦手である。
飼い犬をからかうぐらいなら、割と日常的にやっているけれど……相手が人間だったら話は別だ。
なのでそんなぼくが、いたずらの是非について語るにはいささか知識も経験も不足しているが――どういうわけか、今回の騒動はその『いたずら』が焦点となった。
我らがアニメーション研究部はおろか、昇陽高校に通う人間全てに影響を与えたかもしれない、規模が大きいんだか小さいんだか分からない、そんな奇妙な事件。
――つまり、いわゆるバカ話の顛末を、語ろうと思う。
*
「坂井くんってさ」
「え?」
美術の授業中、ぼくは隣に座っていた女子に話しかけられた。
名前は確か、斉藤さん。当然のことながら、ぼくとの交流はほぼない。単に出席番号が近いから、美術の授業での席が隣なだけだ。
ぼくは普段、同じく出席番号が近いオカ研の佐藤くんとばかり喋っている。斉藤さん自身も他の女子と喋っているので、必要がない限り干渉し合うことはない。
現在はデッサンの練習中で、机の真ん中に置かれた謎の胸像を、座った席からの角度で描かねばならない。
よって、ぼくに話し掛ける必要性は薄いはずなのだが。
とまあ……女子から話し掛けられただけで、ここまで思考が渦巻くのが、ぼくという人間である。
ぼくは鉛筆を動かす手を止めて、彼女の方を向いた。
「あー、ここだけの話。岩根さんと付き合ってるの?」
「え?」
オウムかぼくは。この場に部長が居たら、似たようなツッコミをすかさず入れてくれそうだが、学年が違うので居るはずもない。
何の面白みもないぼくの返答、というかキョドりを受けても、斉藤さんはじっとこちらを見ている。むしろ更に掘り下げを試みてきた。
「ほら、結構噂になってるし。岩根さんって……ねえ? あれだし」
「…………」
反射的に、ぼくは多分顔をしかめたのだろう。
斉藤さんがすぐに「ごめん」と謝ってきた。別に、謝罪を引き出したいわけじゃなかったんだけど……鏡がないから、ぼくが彼女にどんな表情をしたのかは、ぼく自身よく分からない。ぼくにしては凄みがあったのかも。
今更言うまでもないが――ぼくは岩根さんというクラスメイトと、どういうわけか仲が良い。
自分で言うなよ、と自己弁護したくなるけど……事実として、岩根さんはぼく以外のクラスメイトと全然交流しないから、これは確かなことだ。
「悪い子じゃないってことは知ってるから! で、さあ、どうなのどうなの?」
「どうって……」
そしてこれも周知の事実だが、岩根さんはとても可愛い。
彼女を花と呼ぶのならば、ぼくは雑草どころか砂利一粒にも及ばないだろう。客観的に見て、到底釣り合いが取れない。
男子ならば誰もが振り向く可憐な容姿と、教師が匙を投げるレベルのえげつない人付き合いのヘタさを兼ね備えた、とんでもない存在が岩根さんだ。
そんな彼女とぼくが仲良しと来れば、斉藤さんみたいな邪推をする人が現れても何らおかしくはない。
結構前から噂になっていることは、ぼくも薄々感づいていたし。
「……別に、どうもしないよ。同じ部活仲間だけどね」
が、しかし、ここで思い上がれるような人生を、ぼくはこれまで歩んでいない。
ぼくと岩根さんの間柄は、誰がどう言おうと友達だ。もっと仔細を言うならば、彼女の通訳か翻訳者がぼくである。
ゆえに、決して男女の仲ではない……断言すると悲しくなるけど。
「照れてる?」
「そう見えるかな?」
「んー、微妙」
またまたそんなこと言って、実は裏で付き合ってるんでしょ~?
――的なことを言われないのは、やはり斉藤さんから見ても、ぼくと岩根さんが釣り合っていないからだろう。
海老で鯛を釣ることは可能かもしれないが、石ころで鯛を釣れるとは誰も考えない。つまりはそういうことである。
「まあでも仲良いよね。脈ありそう?」
「脈って……だから、そういうのじゃないよ」
ちらりとぼくは他の席に居る岩根さんの方を見る。
黙々と、彼女は鉛筆を滑らせていた。つい最近知ったことだが、岩根さんは芸術方面でもかなりの才能を持っている。
勉強も運動も出来る上に、芸術の才もあるとは――部長が岩根さんを「コミュニケーション能力と引き換えに多才になった悲しいモンスター」と言ったことをふと思い出した。地味にひどいよねこれ。
ぼくがもうちょっと陽気なキャラだったら、嘘でも冗談でも岩根さんを狙ってるだの何だの言って、斉藤さんを喜ばせるようなことを言えたんだろうけど、ご覧の通りである。
ぼくのあまりにつまらない反応に、斉藤さんは興味をあっさりと失ったらしく、会話を打ち切った。
その後ぼくは、オカ研の佐藤くんと互いの絵を見せ合ったのだが――どっちも笑えるぐらいヘタクソで、自分の才能の無さを改めて自覚したのだった。
……ぼくにも一つぐらいあるのだろうか。他人に誇れるぐらいの、何かって。
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