《近似のパースペクティブ》②

「まあ、俺も別にお前と対立したいわけじゃない。仕方ないから今日は真面目に活動してやる」

「普段は不真面目だと自白しましたね、あなた」

「言葉の綾だ。俺は常にアニメに対して真剣、そして真面目だ。嘗めるなよ」

「ナメてんのはあんたのその生き方でしょうが!」

「坂井! この前お前に渡した例のヒロインの画像を携帯に表示しろ!」

「あ……はい」


 部長って、困ったら結構ぼくに無理矢理振ってくるよなあ……。

 ぼくは部長から言われたように、この前もらったとあるアニメのヒロインの画像を、スマートフォンのディスプレイに表示した。一方で部長も自分のスマートフォンに画像を表示させる。

 写っているのはどちらも赤い髪の毛をした、割とキツそうな顔の美少女達である。軽鎧を装着しており、周囲に炎のエフェクトが漂っている。右手にはスラリと伸びた宝剣を携えていて、一目見ただけでこの美少女が炎を操り、そしてこの剣で戦うということが分かる。

 咲宮会長は首を傾げながら、訝しげに訊ねた。


「そのような絵を見せられても反応に困りますね。同じキャラクターの画像を持っている辺り、あなた達二人の仲がよろしいのは分かりました。ですが、私にそのような趣味はありません」

「阿呆め。俺の携帯に写っているこのキャラと、坂井の携帯に表示されているキャラは全く違う作品のヒロインだ。一緒にするな」

「さすがは部長先輩! 何だか危ないネタでも平気で突っ込みにいきますねっ!」

「……同じ? 一緒……どう見ても。双子……?」


 岩根さんの疑問はもっともである。が、本当にぼくの携帯のキャラと部長のキャラは似通っているものの、別の作品のヒロインなのである。言うなれば山羊と羊のような感じだろうか。

似ているが、よく見ると違う。瞳の色とか、髪の毛の長さとか。


「私の目がおかしいのですか? この二つは同一のキャラクターです。私を謀るつもり?」

「お前のような阿呆を騙しても時間の無駄だろう。とはいえお前の言っていることも分からなくもないから、解説してやる。俺の方の赤髪をA、坂井の方をBとする。この二人に共通する部分は、ツンデレ・赤髪・貧乳・炎属性・剣士・イイトコのお嬢様、と言ったところか。で、当たり前だがAとBに繋がりはない。原作はライトノベルだが、出版社が違う。作者も違う。アニメ制作会社も違うし、そもそもキャラデザした絵師も違う。それなのにどうしてこのような奇妙な一致が生まれるのか? AがBを模倣した? 或いはその逆か? どう思う、咲宮」


 元々咲宮会長はこの手の話題に物凄く疎いので、多分部長が言っていることの半分も理解出来ていないだろう。だがそれ以上に負けず嫌いであり、無知に対して一定の恥を感じるタイプの人間でもあるので、部長から質問されれば真剣に考え出していた。

こういうところを見ると、アニメに理解があった弥刀野先生の孫娘という感じである。


「よく見ると細部に違いはありますが、それでもほとんど同じに見えますね。私はこのような話に疎いので、考えられることとしては一つ――これは盗作です。どちらかがどちらを模倣したという、阿仁田さんの意見が何よりも正しいでしょう」

「バァァァァァ~~~~~~~ッカじゃないのか、お前」

「ここぞとばかりに煽るわね、あんた……」


 咲宮会長の歯噛みする音が部室内に響いた。この人は学年で五指に入るぐらい頭が良く、一方で部長は基本的にテストの点数だと下から数えた方が早い。誰がどう見ても学力は咲宮会長の方が上なのだが、しかし部長は部長でやれば出来る頭脳を持っている。

 そしてことアニメに関しては、部長は一切咲宮会長に譲る気はないのだろう。こうやって挑発をしているのも、多分咲宮会長を本気にさせる為だと、ぼくは何となく思った。恐らく人間的な面において、咲宮会長よりも圧倒的に部長の方が腹黒いはずである。


「盗作ならどちらもアニメ化するわけないだろう。しかも同時期にな。生徒会長様ともあろう人間が、その辺りの事情を読み取れなくてどうするんだ、全く。で――AとBの奇妙な一致は、元を正せばライトノベルの製作過程と、日本人の一定の年齢層が抱いている普遍的なイメージに端を発する。アニメ以外にも色々学ぶ機会が出来て良かったな」

「おばあさま……もう本当にこの方をどうにかしていいですか……?」

「まあまあ……。部長もあんまり会長をからかっちゃダメですってば」

「知りたい。二つの一致……気になる。不思議」

「田中も微妙に気になります!」


 微妙に、と言っている辺り、田中さんは部長の考えが多少は分かるのだろう。ぼくは部長と同じ話をしたことがあるので、既に答えを知っている。なので咲宮会長が暴れ出さないかの方が気になっていた。


「ライトノベルは一応小説だからな。作中にキャラクターが居ても元々絵はない。だからこそ、担当絵師は作中のキャラクターの情報を頼りに、そのキャラをゼロから絵に起こす。まあ、絵の方が視覚的に情報過多である以上、作中の描写よりもきらびやかになるのが常だが、これは別にいい。問題はそのキャラを起こす際に、絵師はある程度目星を付ける。それがキャラクターの『属性』だ。分かるか? 属性だ」

「き、聞いたことは……ありますとも。炎とか水とか……ええと」

「そういうの以外にも、妹とか姉とかドジっ子とかヤンデレとか、こういうのも属性って言うんじゃないかしら。伊之が言っているのはこういうのだと思うけど」

「いや、そのどちらもだな」


 咲宮会長を見ていると、日本の深夜アニメを初めて見た外国人のように思える。

ぼくらが当たり前に捉えているお約束や様式美は、そういったものを知らない層からすれば、わけが分からなく見えるものだ。アニメなどにおける『属性』という言葉は、今やキャラの性格的特徴を指し示す単語になっている。会長の言う炎とか水は、どちらかと言うとテレビゲームに使われる用語だろう。


「俺達のようなサブカルの消費者は、その『属性』に対して一定の共通認識を持っている。例えばだ、咲宮。怒っている人間の属性は何だと思う? この場合の属性はお前の持つ認識のものでいい」

「それは――炎でしょう。烈火のごとく憤怒する、というような表現もありますし」

「そうだな。怒りは炎という認識がある。キレてるキャラが水属性ってのはほぼありえん。同様に、小麦色の肌をした短髪のスポーツ少女が居たとして、そいつの属性……性格はどうなる? これは莉嘉、お前が答えてみろ」

「何であたしが……。どうせあれでしょ。純粋無垢で元気っ子なイメージなんでしょ」

「当たりだ。そんな属性持ちが純和風の大和撫子な性格に設定されることはない。このように、属性と性格、そして容姿のイメージは関連性がある。逆説的に言うと、属性と性格が決まっているのならば、そこから一般的に想像される容姿を導き出すことが可能だ」

「つまり……AとBという小説作品におけるそのキャラクターは、どちらも似たような性格と属性を持っているから、必然的に似たような姿になる、というわけですか」

「頭だけは良いな。その通りだ」

「だけ、とはなんですか! だけ、とは!」


 会長の抗議を部長は華麗にスルーした。

 AとBの奇妙な一致は、答えとしては実にシンプルである。炎は怒りで、そして赤というイメージがあるように、そういうぼくらが思う『イメージ』を固めていくと、キャラクターの姿はある程度お約束で固まってしまうのだ。ツンデレならば、目付きは鋭くなって、意志が強いように描かれる。

また、どちらもメインヒロインである以上、変な髪形にはされない。だからどちらもストレートロングな赤髪になった。赤髪である理由は、そのヒロインが炎を扱うからだ。炎はツンデレのイメージにも一致する。そしてツンデレは貧乳であるというイメージが強いから、やはりどちらも貧乳になる。イイトコのお嬢様という設定は、豪奢な装備品というイメージになり、それが両者の構えている派手な宝剣に繋がる。貴族とかお嬢様という属性がもつ武器のイメージも、槍や斧よりかは剣の方が強い。

 こうやって属性と性格が容姿のテンプレートを創り出し、後は絵に起こす絵師のセンスと絵柄によって、AとBは偶然にもほとんど同じような姿で現れた、ということである。


「サブカル版・シンクロニシティのようなものだな。お前みたいなヤツからすれば理解不能だろうが、まあ俺も芥川龍之介と太宰治の違いが分からんから、似たようなものだ」

「全くもって違いますが」

「全然違うわよ」


 成績優秀者と文芸部からのツッコミが同時に迸った。が、ぼくも実は芥川龍之介と太宰治の違いは分からない。作品名もよくごっちゃになるんだよな……って、今は関係ない話だな。


「面白い……属性と、容姿の関係」

「でも、だからこそテンプレ設定とかテンプレキャラっていう批判もあるんですよね! この辺りの共通認識から一歩脱却したキャラクターが輝く作品って、ハズレが少ないと思います!」

「まあな。ジャイアンがガキ大将でスネ夫が腰巾着なのは常識だが、その逆で作品を作られると興味がそそられるだろう。と言っても、このテンプレートを疎かにして、意外性だけでキャラクターを作ったアニメはコケやすくもある。この辺りの塩梅も意識してアニメを観ると、違った見解が生まれるはずだ。多角的な目線でアニメを観ていけ」

「……単にそっくりさんなだけで片付けるのではなく、考察を踏まえてその理由を導き出す。意外と面白い話で驚きでした。まあ、現状まだ私にとって二人はほぼ同一人物ですけれど」


 ぼくらは黒人の区別があんまりつけられないが、逆に黒人はぼくら黄色人種の区別をあんまりつけられないらしい。それに似たようなもので、まだ咲宮会長はAとBという二つの作品の別ヒロインに、ハッキリとした違いを見出だせないようだ。いわゆる判子絵なアニメをこの人に観せたら、そのうちストレスで発狂しそうである。

 久々に部長がアニメにまつわる比較的真面目な話をしたので、今まで散々な評価をぼくらに下していた咲宮会長も、多少は納得したようだった。元々、部長は我が部に伝わる伝説の自主制作アニメの事件において、そこに隠された意図をすぐ見抜いていた。咲宮会長もきっと、心の奥底では部長の力は認めているはず……だろう。


「ですがそれとこれとは話が別です。校内で卑猥なアニメを観ていい理由にはなりません!」


「チッ……」


 話を逸しきれなかったと言わんばかりに、部長が舌打ちした。ですよねー……。

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