《悪戯のサンプリング》⑧
続けて部長は、幾分か落ち着いた馬越先輩へと水を向けた。
「莉嘉。改めて、何をされたのか話してみろ」
「改めても何も、見ての通りだけど? いきなり水鉄砲で撃たれたのよ! もしこれが本物だったら、あたし死んでるからね!? だったらもう殺人未遂じゃないの!?」
「お前の理屈でいくと、水鉄砲で遊ぶ子供は全員ヒットマンの卵になるな。その水鉄砲とやらは、双子の両方が撃ってきたのか?」
「あ、そうよ! 今思い出したわ! 双子の片割れが、これ見よがしにスマホ構えてたの! あれ絶対、イタズラを仕掛けた相手のリアクションをカメラに収めてるわ! ならこれはもう、あたしの肖像権の侵害から来る殺人未遂じゃない!?」
「あれ? ぼくの時は、別にスマホで撮影なんてしてなかったような……」
「きっと女子だけ狙ってんのよ! じゃあもうセクハラで死罪にすべきじゃない!?」
「どうあっても重犯罪としたいのですね、あなたは……」
馬越先輩の怒りが再燃しつつあるが、一方で部長は何か考え込んでいる。そして「その後は?」と、先輩の話を促した。
「その後って……ニヤニヤしながら、頭を下げてギフト券を渡してきたわね。『ご協力ありがとうございました。素晴らしい声でした』って。で、こっちがキレる前に、風のように去って行ったわ。っつーか三千円分って……いやらしいのよ! 金額が!」
「田中なら、あと十回ほど撃たれたいところですが……」
「いや、いざやられたとなると、そうも言ってられないよ」
「斬られ役の……プロ。九太郎くんは」
そんな時代劇の名脇役になった覚えはない。
一体どういう目で、岩根さんはイタズラされるぼくを見ていたのだろうか……。
「撃たれた時、お前はどういう反応をしたんだ。みっともなく叫んだのか」
「う……うるさい。いきなり冷たい水が勢い良く顔にかかったら、季節関係なしに声は出ちゃうものでしょ。あんたと違って、あたしは繊細なの!」
「神経質の言い間違えじゃないのかと言いたいところだが――まあいい。咲宮、その依成という双子について、知っている限りのことを話してくれ」
「あまり、深い部分については私も知りませんが。当校の生徒としての基礎的な情報なら、お答え出来る範囲内でお答えします」
「それでいい」
「では――」
依成兄姉。二卵性双生児。本来、二卵性双生児はそこまで顔が似ないらしいが、どちらもそっくりな顔付きをしている。
学年はぼくや岩根さんと同じ二年生で、二人は同じクラス。ただ、ぼくらとは別のクラスで、今まで同じクラスになったこともない。
兄、依成
姉、依成
――って、どっちも一緒じゃないか。顔も能力も似通っている、ということだろうか。
「成績優秀者なだけではありません。この二人は――更に特殊な経歴を持っています」
「何だ。外国人とのハーフとかそういうのか」
「いえ、違います。彼らの所属する部に関連することですが――」
会長曰く、二人の両親はどちらも映画業界の人間らしい。特に父親の方はそこそこ著名な映画監督とのことである。
ぼくは映画に詳しくないので、名前を聞いてもピンと来ないのだが。
で、その血を継いだ二人も、同じく映研に所属している……まではよくありそうな話だ。
生徒会としての問題は、二人が継いた血は、本物だったということらしい。
兄である紫光くんは、高校生ながら他校の映研と共同で作った自主制作映画が、コンテストか何かで賞を取ったらしい。あくまで共同制作とはいえ、監督や脚本、演出は全て彼が担当したそうだ。単にうちの映研が人数不足だから、他校の映研に協力してもらったとか。
姉である紫陽さんも、高校生離れした技術を持つ。いわゆる特殊メイクや音作りが得意で、裏方として紫光くんを支えている。映像編集も彼女が行っているらしく、趣味で作っている動画が、動画サイトでかなりの再生数を叩き出しているとか。
つまるところ――この二人は昇陽高校が後々世に放つかもしれない、偉大な映画監督になり得る卵なのである。
「あの二人はそれを理解した上で好き勝手するから、こちらとしても手を焼いているのです」
彼らを下手に処分出来ない理由はそこにあるらしい。
何とも汚い理由ではあるが……私学ならしょうがないことなのかもしれない。
ここまでの話を聞いて、田中さんがビシッと挙手した。あの見るからなドヤ顔は――きっと部長に叩きのめされる前提の閃きが浮かんだのだろう。お約束となりつつやり取りが始まろうとしている。
「何だ、徳用こけし」
「分かりましたよ田中は! おそらく、その双子先輩のイタズラ行為は、映画に関連しているということがっ!」
「だろうな」
「お……おおっ! 自分で言っていてアレですが、部長先輩に初めて肯定されました! これは間違いなく、明日は雨です! 傘のご準備を!」
「自分で言っていて悲しくならないのですか……」
田中さんから漏れ出る闇が苦手らしい咲宮会長が、ぼそりと呟いてツッコミしていた。
何とも意外なことに、田中さんの推察は正解だった。正解だった――のだが。
「……? でも、不明。関連事項が」
「坂井――を呼ばなくても何となく分かるな。じゃあ藁人形、映画の何にそのイタズラ行為が関係しているのか言ってみろ」
「そ、それは……えっと……。本職でもないのに、吹き替えが上手な俳優さんがいたら何だか嬉しくなる気分と言いますか……。あああ……ごめんなさい……」
およそ関係ない話で誤魔化そうとしたが、最終的に田中さんは自壊した。
関連しているとしても、じゃあ何が? という部分が分からなければ、依成兄姉は納得しないだろう。
そこを解き明かしてこそ、二人は初めて『理解』を得るのだから。
「あんたはどうなのよ、伊之。田中さんをいじめたからには、ちゃんと答えが分かってるんでしょうね? 因みにあたしは全然分からないっつーか、あの双子のことは考えたくもないわ」
「て、徹底的に部長任せなんですね……」
ある意味潔い態度ですらある。しかし部長は、何でもないように言葉を返した。
「――大体分かったが、残り一割程度が不確定だ。お前達、今から知っている限りの、イタズラ被害者のことについて話せ。それで全部分かる。ああ、ついでに坂井」
「なんですか?」
「俺の予想だと、お前に間違いなく飛び火する。今から全力で、色々考えておけ」
「…………へ?」
「それと咲宮、この後放送部に行って、双子を
「あ、あなたは本当に……」
咲宮会長が何と呟いたのか、混乱するぼくにはよく聞き取れなかった。
一体どういう形で、ぼくに飛び火するというのだろう。それを聞いても、部長は全く教えてくれない。
馬越先輩が絡んだからか、それとも三千円分のギフト券の力なのか。
部長は本気で、相談された今日この日に諸々を解決するつもりのようだった――
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