第24話 立ち上がる

 老人とリリィが消え去ってから数刻、ザックは膝を抱え顔を埋めていた。

 辺りには泣き叫ぶ人達、視線が定まらず上の空の人達、どこに行くでもなくただただ彷徨う人達、行き場のない怒りをそこらかしこにぶつける人達。

 そんな人達を掻き分けザックへと駆け寄る人影が一人――ミヤだった。


「ザックちゃん!」


 気を切らしながら走ってくるとザックの目の前で立ち止まる。しかし、ザックからの返事はない。

 ミヤは「良かった…」と呟くのだが、すぐに後悔してしまう。

 ザックが背をもたれ掛かっているのはザックの家であり、その家が崩壊している事に気付いたからだ。そして、手で口元を隠しては絶句してしまう。

 その瓦礫の中に見知った人が二人、血まみれで倒れているのを見つけてしまう。


「ザックちゃん…」


 どう声を掛けて良いのか言葉を失ってしまう。手を力強く握っては何も出来ない自分に腹ただしさを感じてしまう。

 こういうとき、人は何と声を掛けて欲しいのか。

 ミヤは小さい頃を思い出す。母を早くに亡くしており、父はいつも通りを装って酒場で働いていた。今思えば寂しさを紛らわせる為に働いていたのかもしれない。

 段々と寂しさが募り泣いていたが、そこに現れたのがザックだった。


――私なら。


 そう思い、大きく深呼吸するとザックを包み込むようにして優しく抱く。言葉はいらない。こういうときはただ隣に居てくれるだけで落ち着くはずだと。

 しばらく抱きながらザックの頭を撫でていると小刻みにザックが震え始めた。


「ミヤ姉ちゃん…俺…俺…」

「うん。うん。」


 ミヤは何も聞こうとはせずに、ただ相槌を打つばかりでザックの頭を撫で続けた。



――――



 魔物の襲撃から翌日、フィルイン村は慌ただしくしていた。

 村人の生存確認、亡くなった村人の弔いに、壊された家の確認及び瓦礫の撤収、商館前での炊き出し。

 老人の言う通り、リリィを連れ去ってから魔物達は姿を消した。

 最初は悲観に暮れていた村人であったが残った彼らには明日がある。立ち上がれる者達で助け合っていた。

 それは冒険者達も同じだった。ゴブリン増加による影響で長らくフィルイン村に留まっていた冒険者達が一宿一飯の恩があると協力的に働いてくれていた。

 その中にアクセルのパーティーメンバーも居た。

 商館前に出来た、休憩場所。その休憩場所に廃材で作られた簡易的な長椅子に腰を掛ける。


「ふぅ…」


 炊き出ししている村人から茶を貰い一気に喉へと流し込むアクセル。

 普段なら身体を動かした事による気持ちの良い疲労を噛みしめるのだが、パーティーの雰囲気は重い。

 いつも軽口を叩く槍術士のスミスでさえ口を開こうとはしなかった。

 変わりにこの重苦しい雰囲気を打破するべく口を開いたのはプリーストのモーフィアスだった。


「我々に何か出来ないだろうか」


 その言葉がパーティーへと問うのだが誰も答えを持ち合わせてはおらず、再び重苦しい雰囲気へと戻る。

 何気なしにアクセルが上を向きながら言葉を発する。


「何か…か」


 モーフィアスの何かが誰に向けてなのかはパーティーの誰もが気付いていた。

 アクセルは昨夜の事を思い出す。ザックが飛び出した先が分からず右往左往して居たのだが、その先で魔物を倒し村人達を助けたりしている末に辿り着いたところにザックはいた。

 ミヤに抱かれ、むせび泣くザックだった。周りにリリィの姿もなく状況も分からず。どう声を掛けようか迷ってしまい結局、声を掛ける事が出来なかった。

 その後、ミヤに手を引かれザックはどこかへと行ってしまった。


 昼頃、亡くなった村人達の葬儀があった。モーフィアスが神父を務め、村人達全員で祈りを捧げたのだが、そこにもザックの姿はなかった。

 ミヤを見つけ聞いたところ、両親が亡くなった事が分かり、今はテントで休んでいるらしかった。「お嬢ちゃんは青年のところにいるのか?」と聞けば、ミヤは首を横に振る。リリィは見ていないと。

 そこで事の顛末が全て繋がった。十中八九、リリィはあの老人に連れ去られたのであろうと。

 自然と握る手に力が入る。そこでアクセルは立ち上がり休憩場所を出て行こうとした。


「アクセル、どこへ行くのですか?」


 後ろからアクセルを呼び止めるように魔術士のエディが声を掛ける。しかし、アクセルは立ち止まる事なく振り返る事もなく拳を握りしめたまま出て行った。


「ちょっと、ボスと呼ばれる人のところまで」


 と言葉を残して。



――――



 日は沈み夜になった頃、商館裏に出来た避難場所に幾つものテントが出来上がっていた。家を壊された人達の簡易居住場所。そのテントの一つに膝を抱えているザックがいた。

 両親を助けることが出来なかった事に加え、自らがリリィを拒否してしまった事、そして連れ去られてしまった事に罪悪感を蝕まれ、考える事を放棄していた。

 それは徐々に自己否定となりザックに襲い掛かる。


――もう何も考えず、何も思わずこのまま朽ち果てたい。俺なんか居ない方が良かったんだ。この世に産まれて来なければ良かったんだ。親不孝者だって言われても構わない。もう無理だ。何もかも。


 ザックは葬儀には行かなかった。というより行けなかった。両親の顔を見る事が出来なかったから。

 見たら両親の死を受け止める事になってしまう。そう思っていた。受け止めたくはなかった。受け止めるのが怖い。

 昨日の事のように父親と母親の顔が思い浮かび、いつもの賑やかな団欒の声が聞こえてきそうだった。今こうしていても、父親が母親がザックの声を呼ぶような気がしてたまらない。


――俺なんか居なくてもいいんだ。生きる資格なんてない。


 そんな時、布を擦る音と共にザックの名を呼ぶ声がした。テントに入ってきたのはミヤだった。


「ザックちゃん…ほら、夕飯だよ? 今日、丸一日何も食べてないでしょ?」


 ミヤが持ってきたトレーの上にはパンにスープと肉料理が乗っていた。冒険者達が村の為になればとイノシシを鹿を狩り、その肉をミヤの父親が調理したものだった。

 今も元気に「腹が減っては気が滅入るだけだ! こんな時だからこそ食え! みんな、盛大に食え! 腹を一杯にしろ!」と叫びながら調理している。


 足元に置かれたトレーを見る事なくザックは首を横に振る。ミヤの言葉を無視しても良かったのだが、なぜかそれが出来ない。言葉を発する変わりに首だけを動かした。


「ザックちゃん…ほっほら! お父さんも言ってるしお腹が空いては何も出来ないしさ! 食べよ? たくさん食べよ? お代わりならたくさんあるんだから! お姉ちゃんが何でも持って来てあげるよ!」


 袖まくりする仕草をしながら左腕をガッツポーズさせ、ザックを励ますのだがミヤの言葉はザックには届かず空回りしてしまう。

 しかし、ミヤは諦めなかった。昨日から思っていた事、言うのを憚れたいた事を口にする。


「ザックちゃん。リリィちゃんはどうしたの? リリィちゃんは大丈夫なの?」


 ピクリと反応するザック。ミヤは問い詰める事のないようにザックへ優しくゆっくりと語りかける。


「リリィちゃん、きっとザックちゃんの事を待ってるよ? あんなにザックちゃんに懐いてたんだもん。今か今かと絶対に待ってるよ? ザックちゃんは昔から優しかったもんね。お父さん、お母さんにも。村のみんなにも。みんな、ザックちゃんの事が大好きだよ。リリィちゃんも――」

「うるさい! うるさい! ミヤ姉ちゃんに何が分かるんだよ! もう遅いんだよ! 俺は…俺は何にも出来なかった! 親父とお袋を助ける事も! リリィの手さえ拒んでしまった! もう、放っておいてくれ!」


 ミヤの言葉を遮るようにザックは思いの丈を叫んだ。その目は濁りきっており、先を見据えてはいない目。

 その目を見て、ミヤは歯を食いしばると右手を振ってしまった。その右手はザックの頬に当たり乾いた音を立てる。


「ザックちゃんが! ザックちゃんが今、踏ん張らないでいつ踏ん張るの! 大切な義妹なんでしょ! 大切な家族なんでしょ! 今のザックちゃんはザックちゃんじゃない!」


 精一杯の声で叫びザックを見る目には涙が溢れていた。ザックはその顔を見るやまたも顔を伏せてしまう。そして、またしても嫌悪感に蝕まれてしまい手を握り締める。

 ミヤはザックの頬を引っ叩いてしまった右手を左手で覆い、これでもかと思う程に握りしめてしまう。ミヤもまた引っ叩いてしまった事に罪悪感を覚えて、罪の意識で右手を握り潰してしまう程に握ってしまう。


「お姉ちゃん…ちょっと、お父さんのお手伝いに行ってくるから…」


 小声でそう言うと逃げるようにテントから出て行ってしまった。

 そこへ入れ替わるようにボスが入ってくる。すれ違う際にミヤの涙を見ており大体の事情を掴んだボスは入ってくるなり溜息を漏らす。


「ミヤがあれ程までに声を荒げるのは初めてだな」


 チラリとザックを見るが膝を抱え、顔を伏せたままで動く気配はなかった。

 ボスは構わず話を進めていく。


「一応、お前もエロイカのメンバーだからな。今夜、俺たちは例の屋敷に殴り込みに行く。エド達が確認し奴は屋敷にいる事が分かっている。ぶっちゃけ、リリィを助けに行くとかどうでもいい。俺らの村が仲間がやられたからな。喧嘩を売られたからには相手が何であれ俺たちは行かなきゃならねぇ。で、お前はどうするんだ? このまま、不貞腐れてるままか?」


 ボスは誰に語りかけているのか分からなくなってしまう程にザックからの反応は乏しい。その状況にまたも溜息を吐いた後、ザックとの距離を詰めると胸倉を掴んだ。


「いいか、ザック。悲しいのも辛いのも悔しいのもお前だけじゃない。村のみんなが同じ気持ちだ。お前の他に両親を亡くした者もいれば最愛の人を失った人さえいる。お前だけが特別じゃねぇ。それでも、みんな頑張って立ち上がろうとしてんだ。悲劇のヒロインを気取るなら他所でやれ。」


 ボスはザックの顔を真正面から捉え目を覗き込む。しかし、ザックはその目が眩しく映ってしまい、自分の心の底を見透かされているかのように思い逸らしてしまう。

 それでも、ボスはザックの顔を目を見ることを止めない。


「耳をかっぽじってよく聞け。男にはな。やらなきゃいけない時があるんだ。例え負けると分かっていても、打ちのめされると分かっていても、守れないかもしれないと思っても立ち上がらなきゃいけない時がある。立ち向かわなければならない時がある。お前はここで、このまま、負け犬のままか? 不貞腐れているままか? 少しでもお前の心に悔しさがあるなら立て。しっかりと地を踏みしめて立て。そして、前を向け。お前自身の力で前へ進め。歩け。お前の目の前に誰がいるのか、それをしっかりと見据えろ」


 ボスはそう言うとザックを突き飛ばす。ザックは横たわりながら震え、声を殺しながら泣き始めた。


「俺が言いたいことはそれだけだ」


 ボスが立ち去った後もザックは声を殺し泣き続けた。そして、自分自身の心に問いかける。


――悔しい。何もかもが悔しい。全部引っくるめて悔しい。自分自身の力不足も。親父とお袋の事も。リリィを突き飛ばし拒絶してしまった事も。リリィを守れなかった事も。全部が全部、悔しい。全ては自分自身が悔しい。



――――



 皆が寝静まる頃、ザックは黒装束へと着替え、リリィとお揃いのプレートを装備しテントを出る。

 今、すべき事を理解した。自分が立ち向かうべき意味を理解した。

 リリィを助ける。どんなに拒否されようとも強引にでも助ける。

 そして、深呼吸をして歩もうとした時、後ろから声が掛かった。


「よぉ、青年。今から殴り込みに行くんだろ?」


 ここ最近一緒にいて聞き慣れた声にザックは驚きと共に振り返った。


「アクセルさん…それに、みんなも」


 そこにはアクセルのメンバーが自信げな笑みを浮かべて佇んでいた。その表情にはザックが絶対に立ち上がると分かっていたような面持ちでもあった。


「あのクソジジイには俺らも借りがあるからよ。俺らも行くぜ。ボスには話を付けてある。もう、村だけの喧嘩じゃねぇんだ。俺らの喧嘩でもある。嬢ちゃん、助けに行くんだろ?」


 その言葉にザックはまたも涙しそうになるもののグッと堪え、服の袖で目を擦ると力一杯答えた。


「はい!」



――――



 屋敷前まで行くとエロイカが佇んでいた。その中にはボスもおり、ザックを見ると腰を上げる。

 ザックはボスの元まで歩むと今度はしっかりとボスの顔を目を見る。


「ボス、遅れました。今の状況は?」


 ザックの顔をしっかりと見た後、口角を上げて笑みを作り頭をガシガシと撫で回す。そして、ザックの頭を掴むと屋敷へと顔を向けさせた。


「ザック、見えるか? あそこが俺らの戦場だ。お前は何も考えずに屋敷に行け。そして、義妹を助けろ。それが今日のお前の任務だ」

「はい!」


 その横から、アクセルがボスへと手を差し伸べた。


「ボスさん、今日はありがとう。まさか、有名な義賊集団だとは思いも知らなかったけど。今日ばかりは俺らもエロイカだ。何なりと言って欲しい」


 ボスは差し伸べてきた手を握る。


「さん付けはよしてくれ。しかし、本当に助かる。そして、ザックがリリィが大変世話になった。こちらこそ、よろしく頼む」


 ボスが再びザックへと顔を向ける。


「ザック。今日はお前がエロイカのリーダーだ。殴り込みに行く前に景気付けに一言言え」


 ザックは向き直ると後ろにはエロイカにアクセルのパーティーの顔触れが並んでいる。しばし皆の顔を見ると頭を下げた。


「俺の…大事な義妹を、家族を助けたいです。これは俺個人の願いではありますが、みんなの力を貸してください。もう、後ろは向きません。前を見据えて、勝ちに行きたいと思います」


 その言葉を聞き、拳を打ち合わせる者、笑みを浮かべる者、隣のメンバーと握手し鼓舞する者が出始める。

 ザックは屋敷へと向き直ると深く深呼吸する。


――待ってろ。リリィ。必ず助ける。


 そして、ボスがザックの背に力強く叩き付ける。


「行くぞ!」

「はい! 行きます!」




――――そして、ザック達は屋敷の門を潜り敷地へと一歩踏み出した。

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