第20話 巫女の本領とアクセルパーティー

「ああああああああ! 素晴らしい! 素晴らしいです! 目覚めたのですか! 巫女の力を!」


 倒れていた少女はいつの間にか立ち上がっており、白く神聖なオーラを纏っていた。それは神々しく、神に仕える者のように神秘的で。

 老人は半狂乱し叫び続ける。


「ああああああ! あああああああああ! 素晴らしいいいいいいい!」


 ザックは何事かと思うものの身体は動かないのだが、巫女という言葉と後ろを見ている老人により気付く。


「リッ…リリィなのか」


 リリィの目に映るのは大きな手に握り締められ、グッタリしている青年。

 弱々しく呟くザックを見て、リリィは激怒した。


『ザックさんを離してぇ!』


 テッセンを両手に持ち、走り出した。ゴーレムがリリィを捕まえようと手を伸ばして来るのだが、ひらりと舞い避けると手首を一閃。

 鋭利な刃物で斬られたかのように切断され手が落ちる。

 リリィは着地すると更に駆け出した。


『ザックさん!』


 跳躍しザックを握り締めている指を斬り刻んでいく。崩れ落ちる指を無視しザックを抱えると後ろまで飛び下がった。


「ははっ…凄いな…リリィは」


 ザックはリリィを褒め、目を細めて笑う。

 手足はあらぬ方へと折れ曲がっており、見る限り肋骨はもちろん内臓もやられているのだろうとリリィは推測出来た。

 歯を食い縛り、ザックを床に寝かせる。頬を撫でたあとゴーレムを睨んだ。


『貴方達を許せない! 許せないんだから!』

「いいいいいいいい! いいいいいいいいですよ! お嬢さんの力! ここで確かめさせてもらいましょうおおおおおおおおおお!」


 斬られた手は既に再生しており、今度は二つだけではなく追加で二つの手が生えて来た。

 走り出したリリィに向けて、指が射出。それを、舞いながら斬り刻み、進む足は止まらない。

 拳が横から殴り掛かって来た。縦に斬ったあと、亀裂が入る。続けて横へ斬り拳に十字の文字が浮かび上がる。


『ああああああああ!』


 背を仰け反らせ、両手を振りかぶると一気に斬り刻んだ。細切れになる程、斬られた拳は形を無くしていく。

 リリィの背中に向けて指が射出され、上からは叩きつけるように拳が迫る。

 そして、ゴーレムは大きく口を開き詠唱を始めた。


「リリィ…」


 リリィに警告をしようにも声が上手く出て来ない。リリィは詠唱には気付かず、次々に襲って来る拳に指にと対応を追われている。

 そして、気付いた時には既に遅くゴーレムは最後の句を詠み上げていた。


《――連なる鋼鉄の矢レガート・シュタール・アロー――》


 雨のように降り注ぐ矢がリリィを襲う。

 障壁を張る時間はない。このまま走り避けようかと足を踏み出したところで、リリィの頭に、ある祝詞が浮かび上がる。


(これは私の知らない祝詞…しかし!)


 ゴーレムを睨み、ふっと息を吐くと両手を開く。

 頭に浮かび上がった祝詞を唱え始めた。祝詞一つ一つに行う舞いは違う。

 しかし、浮かび上がった祝詞を唱え始めると自然に身体が動き出した。


《――諸々の枉事罪穢れを――》

(動く…自然と身体が)


 舞いながら次々と打ち払っていく矢は地面へと落ちることなかった。

 その矢は次第にリリィの頭上へと浮かび上がり始める。


《――眼に諸々の不浄を見て 心に諸々の不浄を見ず!――》


 矢尻が次々にゴーレムへと方向転換する。小刻みに揺れ、今にも飛び出しそうな勢いで。

 リリィは腕をゆっくりと頭上へと振りかぶり――


《――天神鏡あまのしんきょう!――》


 勢いよく腕を振りかぶった。

 リリィに襲い掛かった幾多の矢が今度はゴーレムを襲う。

 ゴーレムの顔に次々と刺さる。残りの数矢が口の中の核を目掛け、飛び込んだのだが手により弾かれてしまった。


「ああああああ! 素晴らしいいいいいいいいいいい!」


 老人が叫ぶ中、リリィは四つの手を相手にしている。斬っては切断していくのだが斬られた部分は地中へと吸収され、すぐに再生されてしまう。


『斬っても斬っても!』


 二つの手から同時に射出される十の指を斬り刻むと同時に殴り掛かって来る二つの拳がリリィに迫る。これは斬ることも出来ずに後ろへ飛ぶことにより避ける。


「リリィ…ダメだ。口の中の核を攻撃しないと…」


 ザックはリリィの攻防を見ながら横たわっている。言葉は出るが声はか細く届かない。


「くそっ…なんで…また、あの時の繰り返しだ…


 力が…力が欲しい…


 圧倒的な強さだとか…最強だとかはいらない…リリィを…誰かを守れる力が…欲しい!」


 ゴブリンのような異形との戦いを思い出し、悔しさを滲ませる。

 あの時、もっと強ければ――

 あの時、もっと上手く立ち回っていれば――

 動かなかったはずの手が徐々に動き出す。大地を掴むかのように指を地へとめり込ませる。


『やあああああああああ!』


 上から押し潰すように襲い掛かって来た手の平を斬り刻み、距離を取るリリィ。

 次から次へと迫るゴーレムの手。しかし、そのどれもがダメージを与えれているようには思えず、ただただリリィの体力を消耗するだけだった。

 息遣いが荒くなり始める。


「本当に素晴らしいですよ! では! これはどうですか!」


 老人の言葉に応じてゴーレムは口を開け詠唱を始める。


『させない!』


 リリィは素早く駆け出す。目の前に立ち塞がる壁、射出される指に拳がリリィの行く手は阻む。


『邪魔!』


 避けては斬り、躱しては走り、ゴーレムの顔のところまで駆け出したのだがゴーレムはもう最後の句を詠み上げていた。


《――重厚なる鋼鉄の波ペザンテ・シュタール・ウェイブ――》


 地響きが起こったかと思えば、リリィの目の前に大きな土が発生する。

 それは全てを飲み込むかのような土の波となり、迫り始めた。


『こっこれは…先ほどの祝詞! いえ、後ろにはザックさんが――


 しょっ障壁を!』


 現状の対処に逡巡してしまい行動が遅れてしまう。先ほどの祝詞がこの大きな波を跳ね返すとは思えなかった。そして、後ろにはザックがいる。

 決断したリリィは跳ね返しよりも障壁を選んだ。

 リリィは駆け出す。ザックのとこまで行き障壁を張る為に。

 だが、またも手の攻撃により行く手を阻まれてしまう。


『邪魔!! どいて!! ザックさんが!!』


 手の攻撃により手間取っている間に土の波はリリィの真後ろまで来ていた。

 波の影がリリィを覆い始める。


『――っ!』


 思わず後ろを振り返ってしまう。もう目前まで迫っていた。


――間に合わない!


 そんなリリィの背を見て、ザックはありったけの声を振り絞り叫んだ。


「リリィィィィイイイイイ!」



――――



「どりゃああああああああああ!」


 メンバーに群がるゴブリンを斧を振り回し一蹴していく。

 皆、呼吸が荒く疲労が見え始めていた。


――どれぐらい、時間が経っただろうか。エディの元へ信号は無事に届いているのだろうか。


 アクセルは不安に感じ始める。マウロも同じ思いだったのだろう。先ほどからチラと出口に通じる道へ目を向けるも助けに来る気配はなく、ハイゴブリンの攻撃を凌ぎながらザックに向けて叫んだ。


「おい! いつ来るんだよ!」

「すっ…」


 ザックはそれに応えることができなかった。「すぐ来る」と言いそうになり口を濁してしまう。安易に「すぐ来る」とは言えなかった。なぜだか分からない。

 それ程までにアクセルは精神的にも疲弊していた。

 代わりにモーフィアスが応える。


「大丈夫です! すぐに来ます!」


 ゴブリンの攻撃を柄で防ぎ、アクセルは思う。


「俺もまだまだリーダーとして実力不足だな…」


 ボソリと呟くと心に強く決心して口を開いた。


「そうだ! すぐに来る! だから、もう少し気張れ!」


 ゴブリンの攻撃を跳ね返し胴を切断する。隣を見ると弟子でさえ慣れない武器を持ちゴブリンに対峙していた。


「かっ帰るんだ! 絶対に! 帰るんだ!」


 ゴブリンに対し、それはもう斬るという表現ではなく棍棒のように振り回す弟子。

 アクセルも負けじとゴブリンを薙ぎ払い、弟子に向かい斧を構えたハイゴブリンの横腹へと斧を叩きつけた。

 よろけたところにそのまま頭頂部へと斧を振り下ろし絶命させる。

 周りに横たわるゴブリン、ハイゴブリンの残骸。結構な数を倒したというのに一向に減りそうもない。

 しかし、アクセル達は信じた。エディ達が助けに来てくれることを。

 ゴブリンを斬り、ハイゴブリンを殴り、薙ぎ払い耐え忍ぶ。


「うおりゃあああああああああああああ!」


 自身の大きさもあるハンマーを振り回し、マウロはゴブリン達を薙ぎ払っては押し潰していく。

 一瞬、アクセルの方へと目を向けた。ハイゴブリンを相手にしており、武器同士打ち合っては反撃に出ている。


(おおお…あれが火事場のくそ力ってやつか)


 感心するのも束の間、ハイゴブリンの頭上からゴブリンが飛び上がっているのが見えた。


「アクセル! 上だ!」


 アクセルはハイゴブリンの攻撃に集中しており上からの攻撃が見えてなかった。


――しまった!


 アクセルは上を見上げてゴブリンを捉える。しかし、タイミングが遅れており防御しようにも打ち払おうにも間に合わない。

 ゴブリンの斧がアクセルに当たる!とその時――


 一本の矢が鋭くゴブリンの首を射抜く。

 続いて、魔術の詠唱が詠み上げられる。


《――激昂のアジタート・炎の息吹フランメ・ブレス!――》


 炎が扇状となり辺りのゴブリンを焼き尽くしていく。ハイゴブリンも焼き尽くせたら良かったのだが、そうはいかず。しかし、確実に大ダメージを与えており酷い熱傷を与えている。


「やっと来たか…待ちくたびれたぞ」


 チリチリと燃え盛る炎から姿を現したのはアクセルの残りのパーティーだった。

 槍術士のスミス、弓術士のキッド、そして――魔術師のエディ。その後ろには残りのお弟子さん、二人がいた。


「へへっ。英雄ってもんは遅れて登場するもんだろ?」

「スミス…ちょっとは危機感をだなぁ」


 鼻を指で擦り、笑うスミスに、それを嗜めるキッド。

 その光景を見てアクセルは懐かしく思う。


「アクセル…良かった。私達が援護します。さぁ、行きますよ! スミス! キッド!」


 エディの掛け声に合わせスミスは走り出す。


「うおおおおおおおおおおおおおお! とりゃあああああああ!」


 真っ直ぐに突っ込んで来たかと思うと、槍を地面へと突き跳躍する。

 アクセル達のところから少し離れた場所へと着地すると槍を横へと振り回した。

 ゴブリン達は首を斬られ絶命するか、薙ぎ払われ飛んでいく。


「スミス! ちょっとは周りをよく見てください!」


 キッドは弓を構え、アクセル達に群がるゴブリンへと一矢一矢と確実に射抜いていく。

 エディはその間にアクセル達の元まで駆け付けた。


「エディ、助かる」

「いえいえ。大丈夫ですよ。それより、怪我などはありませんか?」


 付いて来た弟子二人がバックパックを降ろすと水筒に薬草、包帯などを出していた。


「いや、俺は大丈夫。そこで泣きじゃくってる弟子とマウロさんを優先してくれ」


 弟子は顔面崩壊しており、涙でぐしゃぐしゃになっており。マウロはハンマーを降ろし、座り込んでいた。


「っしゃあああああああああああ!」


 ゴブリンを槍で薙ぎ払いながらスミスがアクセル達の元までやって来る。


「さぁて、お前ら。俺をいたぶった罪――


 償ってもらうぞ」


 パーティーが揃い、余裕が出たアクセルの顔に邪悪に満ちた笑みが浮かぶ。

 腕を組み自信満々の笑みを浮かべるスミス。

 弓を構え鋭い眼光をゴブリン達へと向けるキッド。

 アクセルの顔を見ては「やれやれ」と肩を上げるエディに、粛然と佇むモーフィアス。


「いくぞぉ!」


 アクセルが反撃の狼煙をあげる。


「っしゃあああああああああああああああああ!」


 まず駆け出したのはスミスだった。槍を振りかざし、ゴブリンの群れへと突っ込む。外の見張りで多少のゴブリンを相手にはしていたが、体力が有り余っていた。

 その鬱憤を晴らすかのように次々と槍で突き、払い、飛んでは狙いを定め串刺しにしていく。

 アクセルはスミスを援護するかのように後ろから付いて行き、斧でゴブリン達を切っては潰していった。

 キッドは弓を構え、広域に見回してはスミス達のサポートに自身へと迫るゴブリン、ハイゴブリンの頭部へと矢を射抜く。


「さすがに! 暗くて! 見渡し! にくいですが! それでも!」

「キッド殿ならいけますよ!」


 モーフィアスも治癒魔術が使えたら良いのだろうが、まずは薬草任せにして近寄って来るゴブリンにメイスで攻撃していく。

 エディは魔術は使わずに弟子とマウロの治癒を優先していく。

 先ほどは魔物の壁があったからこそ使えた魔術も、この坑道内でドンパチ使うのには無理があった。視界も悪く、加減も難しい。

 しかし、それでもあれ程の数だった魔物が徐々に減っていく。


「よっし! 俺もいく!」


 立ち上がりハンマーを担ぐマウロ。


「もう少し、休まれても大丈夫ですよ」


 エディはそう言うのだが、マウロは首を振ると目の前に迫ったゴブリンを叩き潰した。


「そうは言ってられん。ザックと嬢ちゃんが心配だしな」


 ハンマーを構え、マウロも辺りの魔物へと反撃に出て行く。

 エディはその言葉にようやく気が付いた。


「ザック君とリリィさんは!?」

「ザック殿は地中に埋まった!」

「は?」


 意図しないモーフィアスの返しにエディは素っ頓狂な声をあげてしまう。


「たぶん、下にいるはずだ! この真下はちょうど深層部だったはず!」


 ハイゴブリンと対峙し、大剣を持つ手にハンマーを当てた後、下から上へと振り上げる。ハイゴブリンの顎を砕き、今度は上から下へと振り下ろし脳天を割る。


「なるほど――」


 攻撃の合間合間に事の顛末を聞き、しばし思案するエディ。


「さっきから小さい地震が起こってんだ! たぶん、奴と戦っているに違いねぇ!」


 マウロの言葉に頷くとエディは立ち上がる。


「分かりました。ならば、早く行かないとですね! アクセル! スミス! 魔術を使いますので気を付けて!」

「オーケー!」

「げぇ!? まじかよ! こんなところで使うのかよ!」


 スミスの文句を聞き流し、詠唱を詠みあげる。



――それは、先ほどの炎の詠唱だった。

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