第21話 老人の禍事
《――
ザックの目に土の波が映る。
大地が裂けるかのように地面が揺れる。
何もかもを飲み付くほどに大きくうねり迫り狂う波。
――そして、必死に走ってくるリリィ。
『ザックさん!』
リリィは叫ぶがゴーレムの手が行く手を阻み、進むことが出来ずにいる。
徐々にリリィとの距離を詰める波にザックは自身に苛立ちと歯痒さを感じていた。
(また、俺はここでリリィを助けられないのか‥違うだろ!リリィが‥待ってる‥待ってるんだ!)
「リリィィイイイイイイイイイ!」
ザックは必死に手を伸ばし叫ぶ。手のひらに収まる程、離れたリリィを掴むように。
そのザックの叫びも虚しく、大きな土の波がリリィの目前まで迫り、飲み込もうとした直後――
波は大きな音を立て爆散し弾け飛んだ。
もうダメだ!そう思い目を瞑ってしまったリリィだったが、まだ自分が生きているという事に気付くとゆっくりと目を開ける。
目の前いっぱいに広がる砂塵の煙。
状況に追い付けず、しばし傍観してしまったがリリィは直感してしまう。
(まさか…)
少しずつ晴れていく砂塵からうっすらと見える影。
髪が白く変色はしているが…あの姿は正真正銘、リリィの知る男。後ろ姿からも分かる程に肩を揺らしているザックだった。
ザックが助けに来てくれたという嬉しい反面、リリィは怖くなってしまう。
先日、暴走するかのように何かに成れ果てた姿を思い出し。
『ザッ…ザックさん…』
恐る恐る近づき、ザックに手を伸ばす。
――どうか…どうか、あんな恐ろしい姿にはなってませんように…
リリィの手がザックの肩に触れそうになった時、急に振り向いて来てリリィはビクついてしまう。
見たいような見たくないような、そんな混じり合った気持ちを押し隠しながらリリィはザックの顔を見る。
「リリィ! 大丈夫か!」
リリィの肩を掴み、声を荒げるザックのこめかみに赤い二本の角。目は黒く、瞳孔は縦に黄色く光る。
意識はどうやら、ザックそのもので安心はするのだが不安は拭えない。
ザックは下唇を噛むと老人を睨む。リリィを背にして立ち、コダチを握り締めた。
「てめぇ。絶対にそこから引きづり降ろしてやるからなっ!」
老人はそんなザックの姿を見て、目を細める。
「貴方、何者なんですか。私の知らない人種? いえ、その姿…エルフでもなければドワーフでも他の種族にも当てはまりません。魔族の一種…しかし、魔族とは異なる角。
――まさか、竜人族!?
いえいえ…竜人は奴一人のみのはず。それに、こんな目でもありませんでした。」
「ごちゃごちゃと、うるせぇんだよ! 俺はな! お前をぶっ倒す!」
意識をゴーレムへと向けて、コダチを構えた。
「リリィ、大丈夫だから。こんな奴から絶対に助けてやる」
しかし、リリィはそんなザックの気を知らず隣に並び立つ。
(また、あんな姿にはなって欲しくない。その為には…)
『私も戦います!』
正直、不安は拭えない。だけど、ここで負けるわけにもいかない。ザックの顔をもう一度確認し、リリィは意を決する。
ザックもまたリリィを心配しているのだが、そんなリリィの表情を見ては無下には出来なかった。
お互いに頷きあうと二人同時に駆け出す。
まずは目前へと迫るゴーレムの手ともう一つの手から射出された指の玉。
そして、ザックはようやく自身の変化に気が付く。
ゴーレムの拳をコダチで二回斬りかかったのだが一回目で拳は砕け散り二回目は空を切ったのだ。
先ほどまで何回斬っても砕け散らす事など出来なかったはずなのに。
――あれ?
そして、傷が完治している事にもようやく気が付いた。
――なぜ、俺はこんなにも平気に動き回っているのか。先ほどまで死にかけていたはずなのに。
リリィが治してくれたのかと思うがリリィは回復魔術は使えなかったはずだと認識している。じゃあ、一体誰が――
疑問が浮かぶザックだが、更に己の身体的能力が向上している事にも気が付いた。
リリィが射出された指の玉を薙ぎ払っている中、リリィの背中へと拳が迫る。
――気付いてない!
「リリィ!」
リリィの名を叫び、すぐさま拳を受け止めようとして足を一歩踏み出したのだが――一瞬で距離が詰まったかと思うと勢い余り、拳に直撃しては破壊する。
「一体何が…」
爆散する拳を前にザックは呆気にとられてしまう。コダチを握る手へと目を落とし見るが、その手はいつも見慣れている自分の手だった。次にリリィを見るが、リリィは少し不安げな顔をしていた。
「これは、少し厄介ですね」
老人はパチンと指を鳴らすと、大きな地震が起き始めた。
「この揺れ…まさかっ!」
「ほっほっほ。そのまさかですよ!」
揺れは大きくなるとザックとリリィを三方向から囲い込むようにゴーレムの顔が二つ浮かび上がる。
そして、三つ同時に詠唱を開始する。
「ちぃっ! リリィ! 障壁を!」
リリィも同じことを考えていたのか、ザックが言い終わる前に祝詞を唱え舞い始めていた。
ザックはリリィの目の前に立つと、邪魔をさせてたまるか!と叫び同時に襲い掛かってくる手を薙ぎ払っていく。コダチで斬り、拳同士で打ち合い、指の玉を撃ち払い。
しかし、ゴーレムの手は再生能力が上がっており、破壊されても瞬時で元の形へと戻っていく。
その間にもゴーレムの詠唱は着々と詠み進め、リリィと同時に最後の句が詠み上げられた。
《―
《――
三つ同時に襲い掛かってくる波。ザックはどれか一つでも破壊することが出来たならと思うが、ここにリリィを残しては…と踏みとどまってしまう。
波が迫り、ザックとリリィに緊張感が増していく。
果たしてリリィの障壁だけで、波を防ぐことはできるのか。
そんな二人の心配を他所に波が次々と障壁へとぶつかって来る。
まるで、濁流のように荒々しく。全てを飲み込むように力強く。
『んんんんんん!』
バチバチと障壁と波がぶつかる音が響き渡り、波の重さにリリィは耐える。
「リリィ! もう少しだ!」
ザックはそうは言うものの、全く波の終わりが見えなかった。次々と押し寄せる波にリリィの表情が険しくなっていく。
――そして、とうとう。
パキリと障壁に亀裂が入り始めた。一つ目の亀裂が入ってからは早かった。二つ三つと亀裂が所々に入っていくと、亀裂が繋ぎ合わさっていく。
そうして出来た亀裂の繋ぎ目が作り上げた色んな形がポロリポロリと崩れていく。
「ほっほっほ。どうやら、終わりのようですね」
『だめぇ! 天壁代が持たない!』
リリィが叫ぶと同時に障壁が破壊され消滅する。そして、この時を待ち構えていたかのように濁流が二人を押しながそうと迫る。
ザックはすぐさまリリィを抱き上げる。そして、逃げ道を探すものの、どこかへ逃げようにも逃げ道はなかった。前後左右に上からも迫っており、完全に包囲されている。
ザックは己の身体能力の向上に疑問を抱いていた。この力がどこまで通用するのかも分からない。そもそも、ザックは自分自身の潜在能力だという事に気付いていない。
向上はしたが何が外的要因があるのだと結論づけていた。
故に先ほど一つは壊せたが三つも重なると果たして、この波を打ち消すことなんて出来るのだろうか。そんな事を考えていたのだが――
「あああああああああああああああ!」
右手を真後ろへと振り被り、ありったけの力を拳に込める。左足を力強く前へと踏み込み――
「っらああああああああああああああああ!」
力の限り叫び、力を込めた拳を波へと拳を打ち込んだ。
刹那、とてつもない大きな音を立て爆ぜる。
波を爆ぜた拳に力の感触を感じ、確信を得る。
「なっ!? あれを壊すというのですか!」
――いける!
砂塵が煙のように舞い上がる中、ザックはリリィをその場に置くと標的を定め跳躍した。
「そこおおおおおおおおおおお!」
定めた標的は最初に対峙した顔。その口に飛び込むと思いっきり拳を叩きつける。
先ほどと同じく大きな音を立て、目から下の顔が爆発により消されるのだが。
「核がない!?」
顔はすぐさま再生し始めると再び詠唱を詠み始める。
ザックは顔を瞬時に確認していくのだが魔法陣により遮られ口の奥を確認出来ない。
――なら!
「一つ一つ潰すまで!」
ザックは上へと飛び上がり先ほど破壊した顔へと目掛け、コダチで斬りかかる。
徐々に大きさを増していく魔法陣なのだが、振ったコダチに当たるとパキンと真っ二つに斬り割かれてしまった。
その様子にザックは驚き、老人までもが驚愕し始める。
「な!? 魔法陣を斬れた!?」
「バッバカな! 魔法陣が斬れるなんて聞いたことがありませんよ! 魔法を止めるには術者を殺すか詠唱の邪魔をしなければならないはず! それが、斬るだけで!?」
《――詠唱中断を確認。再度、実行します――》
斬り裂かれた魔法陣はゆっくりと煙のように消失すると、ゴーレムは抑揚のない声を発すると詠唱中断となり、ゆっくりと口を閉じていく。
ザックは、呆気に取られたがまだ詠唱が続いている。急いで閉じられる口の中に核がないことを確認すると二つ目の顔へと走り出した。
「これなら!」
「ええい! ゴッゴーレム! 奴を止めろ!」
二つ目へと掛け急ぐ間、ゴーレムの手が執拗にザックを襲うのだが避けてはコダチで斬っていく。
そして、最後の句を詠み上げようとしている中、襲い掛かってきた拳へと飛び乗ると飛び上がり魔法陣を狙う。
「ああああああああああああああ!」
《――
魔法陣を斬られて詠唱が終わってしまう。そして、ここにも核はなかった。
「そこかあああああああああああああああ!」
「小僧おおおおおおおおおお!」
しかし、最後の顔は最後の句を詠み上げ終えていた。
《――
土が盛り上がり大きな波となり再度、襲い掛かってくるのだが
「邪魔くっせぇ!」
すでに振り被り構えていた拳を波へと叩きつける。波は簡単に爆ぜてしまい跡形もなく消え去ってしまう。
そして、閉じかける口の中に赤い核を見つける。
「いっけええええええええええええええ!」
『ザックさん! いけえええええええええええ!』
核へと目掛け飛ぶとコダチの先端を突き立てる。核へと突き刺したは良いが、浅く一撃では壊せなかった。
詠唱を終えたゴーレムは口はゆっくりと塞いでいき、ザックを飲み込んでいく。
「ふん!」
しかし、ザックは力の限り突き刺したコダチを横へと捻る。パキパキと核に亀裂が入っていくと同時にゴーレムの顔が弾け消失していった。
「小僧おおおおおおおおおおおお!」
「おい! これで引きづり降ろしたぞ!」
老人から先ほどまでの穏やかな表情は消え、憤怒の表情へと変わっている。
挑発するかのように老人へとコダチを構え、いつでもトドメを刺せるようにする。
「小僧小僧小僧小僧! この力は、まだここで使うわけにはいかない! しかし! 小僧! 貴様をこの場で殺す!」
そして、両手を広げ詠唱を唱えようとしたところ遠くの方からザックとリリィの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちっ…邪魔が入りましたか。まぁ、いいでしょう。策はたくさんあることに越したことはありません」
「策…? おい! 策とはなんだ!」
老人は穏やかな表情へと戻っていた。それが余計に不気味に見える。
「ほっほっほ。魂を抜き取った人たちが屋敷の人間とここの人間だけだと思いますか?」
ザックは眉を潜め、話の要点が分からずにいたのだが、数秒置いて何かに気付いた。
「ま…まさか…」
「ほっほっほ。えぇ、これで貴方はお嬢さんを私へと引き渡すしかなくなりますよ」
老人はそこまで言うと蜃気楼のようにゆらゆらと揺れて消えゆく。
「おい! まて! それはどう言う…!」
リリィはにこやかな表情をしてザックのところまで駆け付けてくるのだが、まだ終わりではない事をザックの表情から読み取ってしまう。
「おい! 青年! 嬢ちゃん! 無事か! あいつはどこだ!」
そこへアクセルのパーティーが助けに来るのだが――
「アクセルさん! 村がっ…村が! 親父にお袋が!」
アクセルの肩がもげるかと思うほどに掴んでは揺らすザック。その表情は青白く、酷く混乱した顔だった。
「おっおい、青年? どうしたと言うんだ…落ち着け! とりあえず、落ち着け! それに、その髪に頭に付いてんのは何なんだ?」
それでもザックは落ち着きを取り戻せなかった。なぜなら、老人の最後の言葉が絶望を意味していたから。
「むっ村が…村が危ないんです! 親父にお袋…みんなが殺されてしまう!」
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