第19話 ザックとリリィ

「また、変なもん出しやがって」


 リリィを床に寝かせると、ゴーレムの動向を探りながらコダチを構える。

 少しずつ、にじり寄り。


――先に動いたのはゴーレムだった


 大きな手を拳にしザックに襲い掛かる。

 殴られる前に手に飛び乗り、走る。反対側からもう一本の手が襲いかかって来るのをコダチで斬り掛かろうとするのだが――


「ちっ…! やはり硬い!」


 多分、顔まで行くのに手が邪魔。そう考えて手から先に処理しようとするのだが、斬ろうにも手は硬く、弾き返されてしまう。


「それなら!」


 手ではなく手首、腕の部分ならどうだ!と右左と打ち下ろされる拳を避けては手の懐へと潜り込む。

 腕へと一撃を入れるのだが、一発目はやはり弾き返されてしまう。


「ならばっ!」


 二発目、三発目と同じ箇所を斬り込んでいく。しかし少し削れるのみであって破壊するには至らない。

 すかさず距離を取り離れる。


「ここの土はどうやら硬くゴーレムに適した土みたいですね」


 相変わらず気色の悪い笑みを浮かべ、老人は空中に佇んでいた。

 そんな老人を無視しザックはゴーレムを見据える。


(やはり、あの赤い核みたいな物を破壊しないと)


 大きな手に目をやるが絶対にないと判断。そして、顔を見るが目の部分は窪み、そこにあるのはただの土だった。

 顔をした土。ただそれだけの風貌。


(ならどこに…)


 そんな事を考えると、ゴーレムは大きく口を開け始めた。

 そして、口の前に浮かび上がる魔法陣。


「なっ! こいつ、魔術が使えるのかよ!」


 詠唱していくゴーレム。ザックは詠唱を止める為、駆け出した。

 襲い掛かる手を避けて飛び乗り、大きく跳躍する。


――間に合わない!


 コダチで斬り掛かるのは無理だと判断し、腰袋からナイフを二本取り出し、口へと目掛けて投げる。

 鋭く突き刺さりそうな勢いなのだが、そのナイフは魔法陣に当たるとそのまま地面へと虚しい音を立て落ちてしまう。


「くそ!」


 ザックは着地すると繰り出されるであろう魔術に備え、離れるように走った。

 ゴーレムは最後の句を唱える。


連なる鋼鉄の矢レガート・シュタール・アロー


 魔法陣から一気に幾つもの鋭い矢が飛び出す。真っ直ぐに距離を取ったあと、横へと方向転換し躱していく。ザックの走ったあとを矢が地面に刺さっていく。

 しかし、ザックが躱した先に待っていたのは大きな左手の平による押し潰しだった。


「ぐっ…」


 ドンと地響きを鳴らし地面へと叩き付けられる手の平。それを何とか横転により避けるのだが次に襲ってくるのは右手の指先から射出された岩の塊だった。

 砂煙が舞い、視界が悪くなった為にザックはその岩の塊を把握出来なかった。

 避けることもままならず、一つはザックの真横へと飛び落ちる。

 何かが飛んで来た!と咄嗟に腕でガードはするが、次々にザックにぶつかり塊は破裂していく。

 破裂した破片は腕に刺さり、頬をかすっては明後日の方向へと飛び散った。

 ダメージはでかく、よろめきながらも踏ん張り耐える。かろうじで立つものの、腕から頬からと血を流す。


「おやおや。随分とボロボロになっちゃいましたね」


 見下した目をし、嘲笑うように話す口調はザックの神経を逆なでする。


「てめぇ…絶対にそこから引きづり落としてやるからな…」


 老人を見上げ睨みつけながら破片を引き抜いていく。

 そして、ザックは先程の詠唱で口の中に何かを見つけた気がした。


(口の中に核があるんじゃないのか。しかし、どうする。普段は閉まっていて確認のしようも…もう一度、詠唱を…いやいや…あれは少しばかりヤバい。じゃあ…どうすれば)


 探りを入れようにも手が邪魔で迂闊に近づくことさえ出来ない。

 その間にも手はザックを襲い掛かって来ており、なかなか前へ進む事も出来ず、攻撃も出来ないでいた。

 そこへ再び、ゴーレムが口を開ける素ぶりを見せる。


(行くしかねぇ!)


 待っていても解決にはならない。なら、行くしかないと自身を鼓舞する。

 左右にフラりと揺れては姿勢を低くし、一気に走り出した。

 フェイントをされ、殴るタイミングを逃した手を走り抜け、顔面の所まで一気に。

 しかし、唐突にザックの目の前に土の壁が立ちはだかってしまう。

 左右に避けても時間の無駄!と思い、壁蹴りをし駆け上がったあと天辺から顔に向けて飛ぶ。


「見えた!」


 顔の間近まで来て、ザックは口の中に赤い核を見つける。しかし、その核まで至る時間はなかった。


連なる鋼鉄の矢レガート・シュタール・アロー

「くそったれえええ!」


 ザック目掛けて飛んで来る矢をコダチを振り回し防ぐ。何とか全てを受けることはなく処理は出来たがのだが、幾つかは身体のあちこちに刺さってしまう。

 着地すると、今度は後ろから岩が飛んで来ていた。

 矢の痛みを感じる間も無くザックは走り避ける。


(少しでも口を開ける素ぶりをしたら、すぐに畳み掛けないと)


 走り、岩に拳を避けながら持っている物を確認する。少しでも有利に事を進めれるような物はないかと。

 投げナイフが残り八本に煙玉二つ確認出来る。

 どれも有効打にはなりそうにもないのだが…


――一か八か


 なるべく、顔からの距離を取らず直ぐに飛び込めるようにするのだが…両手が間近にある為、なかなかに厳しい。

 殴り付けて来る拳、叩き潰そうとする手の平、握り潰そうと掴んでくる手を避け、掻い潜り、時にコダチで反撃しては機会を伺う。

 そんな状態を幾度繰り返しただろうか。


 ザックの期待に応えるかのように時は訪れた。


 ゴーレムの口が開く動作を確認すると腰袋にある煙玉を素早い動きで掴む。

 そのまま、地面へと叩きつけ、舞い上がる煙の中、走り出した。


(ゴーレムでも俺を視認して襲って来ているなら煙玉でも対処出来るはず!)

(この距離なら詠唱するまでもなく核に攻撃出来る!)


 コダチを力強く握りしめると跳躍し、煙から抜け出る。そこには既にゴーレムの顔があり核を!

 そう思い飛び込むのだが――


「なっ!?」


 その口の前には既に魔法陣が浮かび上がっており詠唱を完了させる句を詠み上げていた。


連なる鋼鉄の矢レガート・シュタール・アロー


 詠みあげるや、目の前にいるザック目掛けて矢が次々と突き刺さっていく。

 反撃する暇もなく、とっさに腕で顔をカバーする。

 矢は腕に胴に脚にと突き刺さり、ザックは地面を転がっていく。


「ほっほっほ。そんな小細工は通用しませんよ」


 突き刺さっていた矢は消失し、ただあるのは流れる血。歯を食いしばり、地面を土を握っては、まだだ…まだだ…と立ち上がる。


「どうして…どうして、リリィなんだ…」


 ザックの問い掛けに老人は穏やかな顔をする。


「貴方には関係のない事ですよ」

「お前は…本当にリリィの村を魔物に襲わせたのか!? 殺したのか! 両親を! リリィがどんな気持ちで牢屋にいたのか知ってのか!」


 ザックの怒鳴り声が深層部で響き渡る。老人は何も答えずにザックを見下ろしては微笑むばかりだった。


「お前の下らない計画の為に…!」

「ほっほっほ。貴方は少し勘違いをしている」

「何をだ!」


 老人は人差し指を天井へと向け話し始めた。


「貴方も屋敷で見たでしょう?あの人間達の果てた成れの姿を。そして、ここでもそうです。炭鉱夫さん達の成れの姿を」

「まさか…」


 老人は気味の悪い笑みを浮かべる。


「彼らの魂は私が食べました。あまり美味しくはありませんでしたが」

「てめぇ!」


 ザックは老人の浮かぶ場所まで走ろうとしたのだが、目の前に土の壁が立ちはだかる。


「さぁ、もういいでしょう。早く殺されてください」

「くそったれ!」


 老人の言葉を皮切りにゴーレムが再び襲ってくる。

 両手がザックを掴もうと来る。掴んで来る手を掻い潜り、顔に向けて走る。

 しかし、又しても目の前に突如として立ちはだかって来る土の壁。それをも右へ左へと避けては走り込むのだが、後ろから指が射出されてザック目掛けて飛んで来る。

 背中へと一発もらってしまい、前へと転がってしまうがすぐに体勢を立て直し、次の塊をコダチで斬る。


「あああああああ!」


 土の壁はザックを遮ると、すぐに砕け散ってしまう為、利用することができない。

 そして、いつ口を開いたのか詠唱をしたのかも分からないままゴーレムによる最後の句が詠み上げられた。


連なる鋼鉄の矢レガート・シュタール・アロー


 口から吐き出された無数の鋼鉄の矢は上へと飛び上がるとザックに照準を合わせ、雨のように降りかかる。


「くそ! また!」


 走っては避け、コダチで弾き返し、気付くとリリィのいる元いた場所へと戻って来てしまっていた。

 そして、大きな手の指がザックに向ける。と見せかけて、リリィの方へ向くと指を射出し始める。


「リリィ!」


 すぐさま走り寄り、一つ目の塊をコダチで斬るとリリィの前に立つ。二つ目、三つ目と斬るが四つ目と五つ目の塊には間に合わず、ザックを直撃してしまう。

 身体に直撃した為、倒れそうになるところを片方の手により捕まってしまった。


「ぐあああっ!」

「ほっほっほ。ゴーレムも学習しますからね。お嬢さんを囮にすれば、貴方も助けるしかないでしょう」


 ミシミシと握り潰される感覚を味わう。

 老人は「そういえば」と前置きをおきザックに尋ね始めた。


「貴方にも何か力があったことを思い出しました。先日のは何ですか?」

「んなこと…知るかよ…!」

「そうですか」


 老人はザックを観察するかのように見続けていたが、溜息を一つ吐くと死刑宣言した。


「まぁいいでしょう。殺しなさい」


 ゴーレムは力強くザックを握り始める。


「ああああああああああああああああああ!」


 ミシミシと音を立て時折、骨が折れる音が混ざり合う。

 ザックは絶叫し、口から血を吐き、それでも死んでたまるかと老人を睨み続けた。

 大きく何かが折れる音が鳴り響く。


「ごふっ…」


 胃の中から絞り出されるように今朝食べてまだ消化されていないであろう物に胃液、そして血を吐き出す。


(ちくしょう…また、この展開かよ…)


 忌々しげに老人を見るが――

 老人は表情を歪ませ、ザックの後ろを恍惚と眺めていた。



――――



 リリィは夢を見る。

 それほど、遠い昔の夢ではない。リリィの暮らした村の夢だった。

 村の中央で仲の良かった子達と遊んでいる。リリィは真ん中で左右に一人ずつ手を繋いでいる。対面には同じように三人の子達が手を繋ぎ、みんなで歌を歌いながら行ったり来たりしては足を前に蹴りだしていた。


 気付けば、陽が落ちて来て橙色に照らしていた。

 そんな中、遠くからリリィを呼ぶ声が聞こえて来る。振り返ると両親が手招きしてリリィの名を呼んでいた。

 久しぶりに聞く両親の声。温かく心地良い声。顔に花が咲き、両親の元へと駆け寄る。


 お父さんに抱きつきたい。お母さんに甘えたい。その一心で。


 しかし、どれほど走っても両親の元まで行くことが出来なかった。

 父と母の名を呼ぼうにも上手く声にならない。いくら走っても距離は縮まらない。

 縮まらないどころか距離は離されていき、気付くとリリィは暗闇の中。


 不安になり辺りを見回していく。

 次第にリリィの周りを灯りが照らしていく。しかし、それは暖かい灯りではなかった。

 辺りに響き渡る恐怖の声。


 リリィは村中を駆け回り父と母の姿を探す。

 転けそうになりながら、息も絶え絶えになりながら。しかし、父と母の姿はどこにも見当たらない。


 そこへ老人がやって来てリリィに向かって何か話して来る。村で医者をしている男だった。

 その顔はいつもの優しそうな顔ではなく、酷く歪んだ顔をしていた。

 リリィは酷く不安になり、差し伸べた手を払いのけるとまた走り出す。

 行き着いた先はまたも暗闇に閉ざされいた。膝を抱え座り込み、頭を埋めて泣いてしまう。


 何もしていないのに。私が何か悪いことでもしたのだろうか。みんな居なくなってしまう。私の側からいなくなってしまう。


 気分が落ちて来る。沼にはまってしまい、身動きが出来ないような感覚に苛まれ。思考も鈍っていく。


 こんな時…どうすればいいんだっけ…


 助けを呼ぼうにも誰もいない。逃げようにも身体が動かない。

 お父さん…お母さん…そして…と思ったところで何かを思い出す。


 誰だっけ…


 喉まで出かかっているのに言葉が出てこない。


 確か、男の人だったはず…


 もどかしく思いながら必死に思い出そうとする。


 私を助けてくれた人…優しい言葉を掛けてくれた人…強く抱きしめてくれた人…


「…リィ」


 誰…


「リリ…」


 少しずつ輪郭を成していく声。若い男の声。


 私…この声の人知ってる…


「リリィ」


 ハッとして顔を上げると、少しずつリリィを覆っていた暗闇が晴れていく。

 声の持ち主の名が喉まで出掛かる。


 ザッ…


「リリィ」


「ザックさん!」


 視界が開け、佇むは白く神聖なオーラを身に纏う一人の少女。

 その少女の目に映るのは大きな手により握り潰されそうになっている一人の青年。



『ザックさんを離してぇ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る