第18話 分断されたパーティー
「あああああああああああああ!」
大量のゴブリンにハイゴブリンに襲われパニックになった弟子はしゃがみ込み頭を抱えて絶叫する。
「いやだ…いやだ…死にたくない…死にたくない死にたくない!お父さんお母さん!」
身体中を震わせながら独り言を呟く。その弟子の頭上にゴブリンの斧が振り下ろされるのだが、間一髪のところでマウロのハンマーがそれを防ぎゴブリンを薙ぎ払った。
「しっかりしろ!」
続けて襲ってくるゴブリンをいなしながらマウロは弟子に向けて叫んだ。弟子は返答することも出来ずパニックが収まる気配がない。
弟子の目を覚まさせたいマウロだが、そんな余裕はなく、そして心に余裕も無くなって来て段々と乱暴に苛立ち始めた。
動きは荒く、陣形を乱しがちになっては前へ前へと前進してしまう。それはもう、なりふり構わずやけくそ気味で。
「マウロさん、ダメだ!ここは冷静にならないと!すぐに全滅してしまう!」
「ああぁ!?だったら、どうすりゃいいんだ!この状況をよ!」
アクセルの助言も頭に来るほどに八つ当たりをしてしまう。
このままではダメだ。ここは一旦、冷静になれるような…何かキッカケが欲しいとアクセルは思う。
「モーフィアス!障壁は張れないのか!」
「無理だ!この状況で詠唱はもちろん、障壁を貼ったって簡単に破られる!」
無理なことだとは分かってはいても尋ねずにはいられないアクセル。案の定の答えが返って来て舌打ちをする。
そこへデカい影が一つ――ハイゴブリンが斧を振りかざしながらやって来る。
「気を付けろ!来るぞ!」
すぐさま、モーフィアスとマウロは反応するのだが弟子が動かない。いまだに蹲ってはブツブツと独り言を言っては震えていた。
流石にアクセルも怒鳴っては弟子を思いっきり蹴り飛ばす。
「来るっつってんだろ!ボケェ!」
蹴り飛ばした直後、弟子がいた場所へ斧が振り下ろされる。間一髪だった。転がった先で弟子は呻く。
「弟子!」
アクセルが呼びかけるも反応はなく、追い打ちをかけるように再び怒鳴る。
「おい!聞け!弟子いぃ!」
「もおおおおおお!なんなんですかああああ!」
顔をぐちゃぐちゃにしながら怒鳴り返す弟子。その様子を見て、ザックは口角を釣り上げた。
「その元気がありゃ、十分だ。おい、アレを出せ!」
アレと言われ弟子は、ハッと気付くと背負っていたバックパックを乱暴に地面へと落とし中身を漁り出す。あれでもないこれでもないと中身を放り投げながら探していく。
中身は薬草と包帯に布がぎっしり詰め込まれているのだが底にある物を一つ入れていた。
弟子が取り出したものは水晶。手の平サイズ透き通った綺麗な水晶だった。
「手をかざせ!そして、詠唱しろ!エディの元へと届くはずだ!」
「ぼっ僕、魔法なんて使えませんよ!」
「大丈夫だ!魔力がなくとも!詠唱することにより発動するはずだ!」
目の前のゴブリンを斧で叩き潰し、ハイゴブリンの攻撃を横転で躱しながらアクセルは告げる。
――この水晶は魔力が無くとも魔法が使えなくとも詠唱することにより起動します。言葉自体が発動する鍵になるようにしましたので。
エディの言葉を思い出し、あいつの言う通りなら――と思いながら。
「でも!僕、詠唱なんて知りません!」
「モーフィアス!」
アクセルも詠唱は知らなかった。いや、エディから何度も何度も耳にタコができる程、教えてはもらった。ただ、アクセルは魔法には疎い。魔力があるわけでもなく、使えるわけでもない。いきなり覚えろと言われても覚えれるはずがなかった。
だからこそ、この中である程度「詠唱」に精通しているモーフィアスに声を掛けたのだ。
ゴブリンの攻撃を受け止めながらモーフィアスは「仕方がない」と呟く。
「私が今から言う言葉をそのまま真似してください!」
「ひゃっひゃい!」
自分に課せられた仕事が責任重大な為、声が上ずってしまう。そして、震える手を水晶にかざした。
「示す!我らの道を!」
《しっししし示す!我らの道をお!》
お弟子さんの声に反応し水晶が淡く光り反応する。
「結びつけるは光の道!」
《むっ結びつけるは光の道!》
「到りては導き給え!彼の元へ!」
《いっ?到りては導き給え!彼の元へ!》
徐々に光が大きくなると、弟子の手の上で渦を巻き始めた。ゴブリン達がそれに気付かないはずがなく、目標を弟子一人に定め襲い掛かってくる。
「弟子を守れえええええ!」
アクセルは叫び、残ったメンバーでゴブリン達の猛攻を防ぐ。そして、ハイゴブリン達も襲い掛かって来た。
「急げええええ!詠唱をおおおおお!」
急かすようにまたもアクセルは叫ぶ。「分かっている!」と心の中で毒づくモーフィアス。彼もゴブリンの猛攻に詠唱どころではなかったのだ。
ハイゴブリンが大剣を振り上げる。
「あっ…あああ…ああああああああ!」
弟子はハイゴブリンを目の前にして慄いてしまうが必死に目を瞑り耐える。今か今かとモーフィアスの言葉を待ちながら。
そのモーフィアスはゴブリンをメイスで薙ぎ払うと息を大きく吸い、最後の句を唱えた。
「
その言葉を受け、水晶を抱きかかえ蹲った弟子は必死に叫ぶ。
《
振り下ろされた大剣が弟子を襲い、直撃する瞬間――
水晶が大きく光り始めた。一層と大きくなる眩い光はアクセル達を、ゴブリン達を包み込み、坑道全体を白く埋め尽くしていく。
大きくなりすぎた光はやがて水晶へと収束すると、一定間隔で点滅し始めた。
光により目が眩んだハイゴブリンの頭上へとアクセルは斧を振り下ろした後、蹴りを入れて後ろへと倒す。
「よーし。お前ら…ここからは持久戦だ。絶対に生き延びるぞ」
ニヤリと口角を上げながら、エディ達が早く来てくれる事を祈りながら。
(青年、嬢ちゃん…生きててくれよ)
そう願うと斧を構え、ゴブリンの群れに突っ込むアクセル。
――――
「うわあああああああ!」
地面に埋もれたはずなのに今度は落下していた。最深部へと落ちたのだがザックは若干の混乱をしながらも掴むリリィの手をたぐり寄せて身体を抱き締める。
かなりの高さから落下しており、突然の出来事で姿勢もままならい。
ザックは右手はリリィの頭へと添えると、衝撃に備えた。
「がはっ!」
地面へと叩きつけられ、大きく跳ねると転がるザックとリリィ。ゴフッゴフッと咳を繰り返してはノロノロと起き上がる。
胸に抱いていたリリィを床に寝かせるとリリィを確認する。
「リリィ!リリィ!」
呼び掛けられたリリィは小さく呻くも、気絶しているだけのようでザックは一安心する。自分の事よりもリリィ優先で怪我などないか確かめようとするのだがザックの後ろから、あの老人の声が聞こえて来た。
「おやおや、貴方まで付いて来たのですか」
「てめぇ!」
振り向きざまにナイフを投げる。老人は先程と同じように宙に浮いていたのだが、投げられたナイフは老人を通過すると明後日の方へと落ちていった。
「なっ!?」
「ほっほっほ。無駄ですよ。私は今やこの世に生ける者達より上の存在になりつつあるのですよ」
「はぁ!?お前は何言ってるんだ!」
ザックは苛立ちながら老人を睨む。宙に浮き、攻撃は当たらず、意味不明な言葉を口にする。しかし、それよりも苛つく理由はリリィを狙っているという一点のみに収束していた。
そんなザックの心中を察してなのか、老人はいやらしい笑みを浮かべた。
「それよりも上に残して来たお仲間さんはよろしいのですか?」
「ぐっ…」
思わずリリィの手を掴んでしまったのだが、あの場には大量のゴブリンにハイゴブリンがいた。そして、その中に置いて来てしまった事に動揺してしまう。
「ほっほっほ。大丈夫ですよ。貴方もすぐにお仲間の元へと連れて行って差し上げますから」
パチンと指を鳴らす老人。すると、老人の真下の土が盛り上がり、集まっていく。徐々に形成されていく土の塊。
土で覆われていく塊は五メートル程の巨体となり、人間の形となっていく。最後に頭が出来上がると一つの赤い目が浮かび上がり光った。
命を宿した土の塊は両腕を振り回すと「ゴオオオオオオオオ!」と雄叫びを上げる。
老人は笑うと杖をザックを指す。
「さぁ!私のゴーレム!行きなさい!」
指示を受けたゴーレムは横に拳を振るってくる。それを前転で躱すとザックはゴーレムを迂回するように走り始めた。リリィにゴーレムの攻撃が及ばないようにして。
コダチを構え、左に回り込むと一気に走り込む。ゴーレムは左の裏拳でザックを薙ぎ払おうとするのだが、当たる直前でストップをかけ、空振りしたところを一気に懐へと潜り込んだ。
跳躍し、ゴーレムの目にコダチで斬りかかる。しかし、乾いた金属音が鳴り響いただけで弾かれてしまう。
「ちっ!」
右の拳がザックを襲うのだが、それを空中で躱すと着地する。バックステップを踏み、手の平でコダチを一回転させると、またゴーレム目掛けて走る。
(多分、目が弱点。身体は硬いだろうから物理では絶対に無理だ。とにかく少しずつでも良いから目を狙わなくては…)
今度は右拳が打ち下ろされ来るのだが、それを直前で横へ躱すと右腕へと飛び乗る。
そして、左腕へと飛び乗ると上へと飛び上がった。
(勢いをつけて突き立てるように!)
コダチの先端をゴーレムの目へと突き立てる。しかし、この攻撃もまた乾いた金属音が鳴るのみでダメージを与えているようには思えない。
「くそっ!」
少しバランスを崩してしまい、そこをゴーレムに捕まってしまう。強く握り締められ、振り被ったかと思うと壁へと投げ付けられてしまった。
「がはっ…」
壁に投げ付けられて、そのまま地面へと落ちてしまう。そのザックの元へパラパラと砕けた壁の破片と土がパラパラと降り注いでいく。
「ほっほっほ。無駄ですよ。諦めてお嬢さんを渡した方が懸命だと私は思うのですがね」
「渡すわけねぇだろ…」
ゆっくりと立ち上がると口元の血を手の甲で拭い、リリィの様子を確認したあと、ゴーレムへと目線を向ける。リリィは未だに気絶したままで横になっていた。
火薬なり水があれば良いのだがと目だけで辺りを見渡すのだが、それらしきものはない。
――俺も魔法が使えれば
コダチを構え駆け出しながら、そうは思うのの…無いなら無いでどうにかするしかない。と腹を括る。
ゴーレムは両手を組むとザックではなく床に打ち下ろした。
地震に似た大きな揺れでザックは足がもつれ転けそうになってしまう。そこへゴーレムの拳が襲ってくる。
「しまっ――」
腕を十字にし防ぐも巨大な拳の前では無意味で、そのまま叩き飛ばされてしまった。
上手く受け身を取り、すぐに姿勢を立て直すのだが、更に拳が襲ってきてしまい防戦一方になってしまう。
次々に来る乱打を左右に後ろへと避け続ける。飛び込もうにもゴーレムに勢いが付いてしまい、なかなか踏み込めそうにない。
思い切って真後ろへとバク転した後、大きく飛ぶ。距離が出来た分、ゴーレムのタイミングが狂う。それがザックの狙いだった。
ザックの狙い通り。ゴーレムの拳はザックを狙うにしては距離があり大きな動作になってしまい、隙が出来ていた。
――今!
前へと駆け出し、大振りになった拳を避け、懐へ飛び込む。真上へと跳躍し赤く光る目へと斬り掛かる。
身体を大きく捻り、右手に持つコダチで斬り、反動を利用し左に持つコダチで二撃目。そして、折り返して両のコダチで斬る。
パキンと音を鳴らし、目が少し欠ける。
ゴーレムは目を抑えながら後ろへと下がっていく。その様子を見てザックはコダチの先端を老人に向けた。
「リリィのことは諦めるんだな!」
しかし、老人から余裕は消えない。
「ほっほっほ。なかなかですね」
「何がおかしい?」
ザックの疑問にも答えず、老人はまたも指を鳴らす。
ガラガラと音を立ててゴーレムは崩れていくと地面へと水のように吸収されていく。
突如、大きな地震が起きる。
「なっ!?」
地震は一層強くなり、天井からは土やら岩やらが崩れ落ちて来る。立てる状態ではない程の大きな揺れなのだが、ザックはその場を離れリリィの元へと駆け出した。
「りっリリィ!」
上から降ってくる物から守るように、リリィに覆い被さる。
そして、ザックは嫌な物を見てしまう。
地面から大きな手が二本生え
壁から大きな顔が現れて口を開く
まるで――深層部全体がゴーレムになったかのように
「ほっほっほ。まだまだ、これからですよ」
老人は愉快に笑うとゴーレムに向けて指示を出す。
「あの小僧を――殺せ」
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