第5章 最深部へ
第17話 タキシード姿の
「リリィ!左!」
『はい!』
ザックは手短に素早くリリィに指示を飛ばす。リリィも「左」という言葉の意味を知らず理解は出来ていないのだが、状況をよく見ており上手く対処していく。
ザック達は昨日、作戦を立て休息を十分に取ったあと翌日の今日、本格的に坑道に潜り込んでいた。
作戦とは言うが人数的にも足りず、ロール街に助けを呼びに戻る時間もない。何より馬車に従者は帰しており、次に来るのは明日という契約だった。
そこで、アクセルの立てた作戦というのは人員配置は変えずに陣形を取るというものだった。
前線は突破力のあるザック。その斜め後ろの左右を支えるのはリリィとマウロ。ザックの後ろには回復を担うモーフィアスを配置し、更にその後ろは薬草などを詰め込んだバックパックを背負うマウロのお弟子さん。
また更にその後ろで
そうして陣形を組み坑道に入ったはいいが、すぐに十二体程のゴブリンに遭遇してしまう。
しかし、先日の死闘を潜り抜けて来たのかザック達にとってゴブリンというのはレベルの低い魔物となっており次々に打ち破っていく。
「ははっ!こりゃ、俺の出番はねぇーな!」
「だな。安心して見ていられる強さがザック殿に身に付いている感じがする」
軽口は叩くものの、アクセルとモーフィアスは先日の出来事を踏まえ、武器を構えながら天井を見ては真後ろを見て、異質に対抗出来るように警戒を怠らない。
「ラスト!」
ザックは残り一匹になったゴブリンに向かい、姿勢を低くしコダチを構え走る。
ゴブリンは最後の悪あがきをするかのように斧を振り回すのだが、斧を持つ手の手首から先を斬られたかと思うと、その次には既に首が飛んでいた。
「ふぅ…」
ザックはゆっくり立ち上がりながら、コダチを背中の腰帯に差している鞘に戻すと陣形へとすぐさま戻る。
「討滅、終わりました」
「よっしゃ、陣形を崩さずにこのまま前進するぞ」
再び、ザックを先頭にして歩み始める。緊迫した空気が流れ、松明の火により揺らめく影がより一層、坑道を不気味にさせていた。
坑道内は肌寒いはずなのにザックの頬を一筋の伝う。
そして一行が辿り着いたのは先日、死闘を繰り広げた場所。
ゴクリと唾を飲む音がザックから聞こえて来た。
「気を付けろよ…辺りを警戒しろ」
アクセルは小声で指示を出すのだが、その声色から酷く緊張している様子が伝わって来る。
皆一斉に武器を構え、いつでも戦えるように、場合によっては逃げられるように姿勢を低くする。
しばらく立ち止まり様子を伺い大丈夫だと判断したあと、アクセルはザックに指示を出すと再び歩き出した。
少しずつゆっくり歩き、死闘の場所を背にして通り過ぎると一同、安堵の息を吐く。
「なんとか第一関門は突破って形だな」
アクセルは汗を手の甲で拭う。
「マウロさん、最深部は…まだまだなんだよな」
「おいおい、まだヘバッてくれるなよ?まだ、半分も来てないぞ。さっきの場所でようやく、五分の一程度だ」
なぜ、最深部に向かっているのか。それは、アクセルの経験から来る予想だった。
昨日、鉄鉱山内部の地図を囲みながらの作戦中。ザックからの異質者の説明を受けたアクセルは、迷わず坑道の奥を指差した。
曰く――
「こういった魔物の親玉っていうのは奥に潜んでいることが多い。ゴブリン然り、他の魔物も然り。まぁ、あのバケモンに適用されるかは分からねぇけどな」
最深部は地下にあるらしく、坑道の道を真っ直ぐ進むと迂回する形で行けるとマウロから付け足すように説明があった。
「来ます!」
アクセルとマウロの話に割り込み、ザックは敵の出現を報告する。
「敵は!?」
「ハイゴブリン、二体!ゴブリン、十体程度!化物の姿はありません!」
「青年と嬢ちゃんはハイゴブリンを!マウロさん、モーフィアスは雑魚を!俺は警戒しながら青年と嬢ちゃんの援護に回る!」
それぞれが武器を構え、敵の襲撃に備える。敵との距離はまだ少しあり、向こうから襲い掛かってきた。
まだ距離はある。まだ…まだ…。ジリジリと駆け出したいという欲を押し殺しながらジッと耐えるザック。
少しずつ距離が詰められていき、両者の距離が約十メートル辺りまでというところでアクセルから開戦の合図が掛かった。
「行くぞ!」
素早く駆け出したザックとリリィ。平行に走り、お互いに目配せをしたあと交差して一体のハイゴブリンへと武器を構えた。
まずは、ザックが囮役として突っ込む。標的のハイゴブリンはあっという間に間合いを詰められて、タイミングが遅れる。棍棒をザック目掛けて振り下ろすのだが
「遅い!」
振りかぶられた手を左足の甲で蹴り、無力化すると着地し、右足で地面を蹴り上げる。そして、ガラ空きの胴へとコダチで斬りかかった。
呻きながら斬られた傷を抑え無防備になるハイゴブリン。そこへリリィが懐へと飛び込んで来た。
両手にテッセンを構え、舞うように一回二回三回と何回も何回も斬り刻んでいく。そこまで攻撃力が高いという訳ではないが幾度となく斬ることによりダメージを与えていく。
そして、幾度となく斬り刻んだあと、一歩大きく飛び退く。一瞬、しゃがみ込み、勢いを付け地を蹴り、上へと飛び上がるリリィ。身体を捻ると頭へと目掛け、回転し斬り込んだ。
防御する間も無く首を鋭利なテッセンで斬られ、首から血飛沫を上げるハイゴブリン。後ろへと倒れ込み、リリィは絶命したのを確認すると残りの一体に向けて顔向ける。
ザックはリリィを信頼していたのか既に残りの一体を相手にしていた。自分の活躍を見てくれなかったことに頬を膨らませ、少し不服そうにするも、すぐに頭を切り替え駆け出す。
その隣では、マウロにモーフィアスがゴブリンを相手にしていた。マウロが前線でモーフィアスは後衛でサポートする形で。
ただ、先日の件もありマウロに容赦はなくモーフィアスに襲い掛かってくるゴブリンはいなかった。
デカい音を立て、砂煙を上げ、ハンマーによるゴブリンを押し潰した証のクレーターを作っていくマウロ。
「うおりゃああああああああああああああ!」
ハンマーを振り回し、飛び掛かって来たゴブリンを一掃するとその勢いのまま、目の前に転がったゴブリン三体目掛けハンマーを振り下ろす。
ハンマーを中心に地は揺れ、砂煙が舞い上がっていく。一体はグチャリと嫌な音を立てて潰されて、一体は巻き添えを食らう形で頭部を潰され、残りの一体は衝撃と風圧で吹き飛ぶ。
アクセルは戦況を確認しつつ、異形の存在を確認して、いないと確認するとハイゴブリンに目をやるのだが…ハイゴブリンの両肩に足を乗せて頭頂部へと一直線にコダチを振り下ろすザックの姿があった。
「青年、やるなぁ」
思わず感心する言葉が口から漏れる。
残りのハイゴブリンを片付けたあとザックは昨夜、マウロと弟子により再調整されたコダチを見て柄を握り込む。
(よく斬れる。前より扱いやすい。何より、魔物の動きが良く見える。経験のお陰かな)
リリィを見やるとすぐ隣まで駆け寄って来て、ザックを見ては笑顔になる。
昨夜は結局、リリィはザックのベッドまで潜り込んでは来なかった。あんな事をしてしまった後だ。
嫌われてしまったのかと不安に感じていたが、どうやらその心配はないみたいだとホッと胸を撫で下ろすザック。
しかし、ザックの心の奥底を明かすと…ベッドまで潜り込んで来てくれなかったことに対する安堵が二割、めちゃくちゃ寂しい思いが八割であり、徐々に
「ハイゴブリン、討滅しました」
「こっちも終わったぞ」
アクセルの元へ戻るザックとリリィに続けてマウロからも報告が上がる。
集まり陣形を再度組み歩き出そうとしたとき、唐突に坑道内に聞き覚えのない声が響き渡る。約一名を除いて。
「ほっほっほ。素晴らしい。実に素晴らしい。ですが、これはどうですかな?」
どこからか、パチンと指を鳴らす音が聞こえて来た。
音と同時にザック達のパーティーを取り囲むかのように地面が次々と盛り上がっていき、地面から姿を現わしていくのは大量のゴブリンにハイゴブリンの姿だった。
絶句するザック達を他所に、ゴブリン達は囲んでいく。
「てってめぇは誰だ!」
アクセルが絶叫する。辺りを見渡してもゴブリンの大群がいるのみで声の主はいなかった。
そのアクセルに応えるかのように、突如として空中に姿を現し始める。蜃気楼のようにゆらゆらとしていた残像は徐々にくっきりと輪郭を作っていた。
「ほっほっほ。これはこれは、大変失礼を致しました」
杖を持った初老の男。少し猫背で丸いハットを被り、細長い顔に丸眼鏡。そして、タキシードを着た老人が空中にいた。
顔は如何にも悪人面。という訳ではなく、街で会っていたのなら穏やかで優しそうという表現が似合う笑顔をしていたのだが…ゴブリンの大群の上で佇む老人は不気味としか言いようがなかった。
「初めましての方も久しぶりの方も、こんにちは」
老人はそう言うと礼儀正しくお辞儀をする。そして、ザックはこの挨拶に疑問を持つ。
「久しぶり…?」
「はい。久しぶりですね。お嬢さん?」
「お嬢さん…?」
老人は明らかにリリィを見ており、ザックは思いっきりリリィの姿を確認する。リリィは酷く怯えており、ザックの背に隠れ服を掴んでいた。
ザックはすぐさま勘付くと怒りを露わにし始める。
「お前が!お前がリリィを!…お前がリリィをあんな暗い場所に幽閉していたやつか!」
「ほっほっほ。なに人聞きの悪いことを。私は救ってあげたのですよ。」
「なんの話だ!」
堪らず武器を構え走り出そうとしてしまうのだが、リリィにより止められてしまう。
「おやおや?貴方は随分とお嬢さんに懐かれているみたいですね」
「話をはぐらかすな!救うって何のことだ!」
怒り狂うザックを見て老人は少し不敵に笑うと、両手を広げ仰々しく語り始めた。
「私は!私は!助けて差し上げたのですよ!かの村から!魔物に襲われて阿鼻叫喚となっていた村から!貴方達は知っているのですか!そのお嬢さんが!素晴らしい力をお持ちだと言うことを!太古より昔!古より伝わる邪竜を封印した巫女の直系!竜神の巫女だと言うことを!私は!ずっと、その村で!医者をしながら見守っていました!だから!助けるのは当然でしょう!」
ザックは息を飲む。邪竜?竜?竜神の巫女?聞き覚えのない言葉、聞いたこともない言葉に頭が混乱してくる。
そして、老人は静かに両手を下げ細い目を薄っすらと開き始める。
「まぁ、魔物を誘き寄せて村を襲わせたのは私なんですがね」
「てめぇ!」
不気味に笑う老人。再度、駆け出しそうになるもまたもリリィに止められるザック。
「ですので。返してくださいな。最初はお嬢さんの動向を見守っていましたが。もう、あまり時間もないのですよ。私の計画の為に」
老人は手を差し出し、リリィを要求する。先程までの狂気に似た雰囲気は消え失せ、元の穏やかそうな顔に戻っていた。
ザックはリリィを庇うようにして前に立つ。
「誰が渡すかよ…リリィはな!もう俺の家族なんだ!お前の計画なんか知るか!」
そして、リリィの手を握りながら「大丈夫。大丈夫だから」と呼び掛ける。リリィの手は酷く冷たくなっており震えていた。弱々しくザックの手を握り返す感触を感じると力を込めて握り返す。
その様子を見て、老人は溜息を一つ。
「仕方ありませんね。貴方達はここで死んでもらうとしましょう。やってしまいなさい」
ゴブリン達が一斉にギギギと鳴き出し武器を構え、今にも襲い掛かって来そうな雰囲気に変わっていく。
「さて、貴方達は要りませんが、お嬢さんだけは返していただきますよ」
パチンと指を鳴らす。すると、リリィを中心に地面が盛り上がり手のような形になるとリリィを掴み、地中へと引っ張り始めた。
引っ張られ地中へと埋まり始めるリリィ。
『ザックさん…助けて…助けて!』
「リリィ!」
ザックに助けを求めるように伸ばされた手は空を切るのだが、ザックが再び手を伸ばしリリィの手を掴む。
その時は既に全身埋まっており手のみだった。
「リリィ!」
リリィの手を引っ張ろうとすると地中に埋まる力の方が強く、そしてザックも地中へと飲み込まれ始めた。
「青年!」
アクセルは叫び、ザックを掴もうとするもゴブリン達が一斉に襲い掛かって来て、それどころではなくなっていた。
ちぃっと舌打ちし、先程の老人がいた場所を見るのだが既に老人の姿はない。
その場に取り残され、大量のゴブリンに囲まれ襲われるのは
アクセルとモーフィアス、マウロに弟子の四人のみだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます