第16話 曇り空の下で

《汝、種を残せ》


 ザックの脳内に響き渡る未知の声。その声は脳を過ぎると身体の中を流れ込んでいき、最終的に行き着いた先は下半身であった。


《種を残せ》


 もう一度、響き渡る。これは、未知の声でもない。この声は俺自身の声。細胞の奥底から遺伝子から湧き上がる本能だということにザックは気付く。

 その、ザックの目線の先にいるのは、ザックと同じベッドで横になり寝ているリリィ。

 相変わらずザックの大きすぎるシャツを着ており、ブカブカな為、襟口から肩や胸の辺りをチラチラを見せつけていた。

 そして、あろうかとかシャツの裾から出ているのは艶かしい生脚だった。

 ところどころ包帯で巻かれてはいるものの、それで魅力が減るなんてことはない。


 これは‥履いているのか!?履いていないのか!?

 ザックは一瞬考えようとしたのだが、本能の声により消されてしまう。


《汝、種を残せ》


 そう。死ぬ思いをたくさんしたのだ。ここがどこであろうと何であろうと、生殖本能が働きかけて何が悪い。

 考える暇などない。義妹だろうが関係ない。あるのは、奥底からグツグツと沸き起こる性欲とイキり勃つ息子のみ。


 それに比べたら、あれから何が起こったのか、何があったのか、なぜ起きた場所が見知らぬ部屋なのか、なぜ自分はパンツ一枚の姿で身体中にぐるぐると包帯を巻かれている状態なのか、ここはもしかしたら既に天国なのではないか、などの疑問は些細なことであった。


 ザックは心の中でお礼をする。


(神よ、ありがとう。そして、親父、お袋。孫、見せてやるからな!)


 大きく両手を上げ、今から襲われるというのに呑気な顔してぐっすり眠るリリィに照準を合わせる。


 いただきま――


 覆い被さろうとしたその時、又してもリリィの目覚めにより失敗に終わってしまった。

 ここで女性経験が豊富な男なら目覚めのキスから良い雰囲気を作り、流れを作れるのかもしれないがザックは童貞なのである。

 そんな高等技術を持っているわけがない。

 だからこそ、襲い掛かるような熊のように両手を上げた姿勢のまま、パンツ越しにイキり勃った息子を晒したままザックは硬直してしまう。


 リリィは目を擦りながら目の前に寝ていたはずのザックの姿を探す。そして、ザックが目覚めていたことに気付くと、勢いよく起き上がりペタペタとザックの顔を触り始めた。

 角もなく、今まで見てきたザックだと分かると大きく息を吐き安堵し、ザックの背に手を回し、思いっきり抱きついてきたのだ。ザックの胸へと顔をグリグリと擦り付けるかのようにして、豊かな胸が腰あたりにモロに当たってしまう。

 その行為が更に息子を刺激しているとはリリィは知らない。


 そんなザックは両手を上げたまま固まっていたのだが、少しずつ冷静さを取り戻しつつあった。


(この状態ではイキった息子がリリィに当たってしまう…)


 ジリジリと腰を引いてしまうのだが本能がまたしても呼びかけて来るのだった。


《汝、これで良いのか?またとないチャンスなんだぞ》


 と。ザックの思考を邪魔し支配するかのように畳み掛けて呼びかけて来る。


《さぁ、汝も少女に手を回し押し倒すのだ。義妹?関係ないだろ。血が繋がっていないんだぞ。ここで男を見せないでどうするのだ。男なら腹を括れ。その衝動を抑えることが今のお前に出来るのか?出来ないだろ。出来る男なんて、この世にはいないのだ。さぁ、手を回し押し倒せ!》

「うぐっ…うぐぅ…」


 なんとも妙で情けない唸り声を上げるザック。歯を食いしばり、顔は天井を向き耐えていたのだが…その様子に気付いたのか、リリィは顔を上げてザックの顔を覗き込むと小首を傾げる。


――無理だった


 十八歳という思春期真っ只中の男に自制心などはなく、シャツ一枚の可愛い少女に抱き付かれ、愛らしく小首を傾げられて我慢出来る男なんていようか。


『きゃっ!?』


 急にザックに抱きつかれて悲鳴をあげてしまうリリィ。突然のザックの行動にリリィの心臓が早く鼓動し始める。


『あっあの…ザックさん?』


 ザックの顔を覗き込む。その目は猛獣の如く、獲物を狙う雄と化した顔がそこにはあった。

 心臓が高鳴り、今にも飛び出しそうなのを我慢しつつザックの名を呼ぶのだが雄と化したザックには届きはしない。

 鼻先が触れ合い、見つめ合うザックとリリィ。


『あっあの…』


 太く逞しい腕に抱きつかれて、逃げようと思えば逃げれるはずなのだが…身体が動かない。リリィもまた一人の雌としてザックを受け入れるかのごとく、悪く言えば雰囲気に飲まれ、流されるような形で二人の唇が重なろうとした瞬間――


「お〜い。入るぞ〜」


 刈り上げた短髪の男が部屋の扉を開けて入って来る。

 その男はベッドで寝ているであろうザックに目を向けると、そこにはザックとリリィが抱き合い、今にも唇が重なろうとしている所だった。

 タイミングが悪かったと言わんばかりに顔を顰め、慌てたように口を開いた。


「すっすまん…」


 端的に謝ると扉を閉め、そそくさと退出する刈り上げ短髪。その場に残されたザックとリリィの周りに凄く気まずい雰囲気が流れてしまい、それを取り払うようにザックは大声で言い訳を言い始めた。


「だああああああああああああああああああ!待って!待ってください!スミスさん、待ってええええええええええ!誤解なんです!本当に誤解なんですってばああああああああああああああああああ!」



――――



 それからしばらくして昼頃。太陽が真上まで来ているのだろうが生憎の曇り空で太陽は見えない。雲が厚く、少し雨が降りそうな天気だ。

 そして、小屋の外には昼食の鍋を囲みながら談笑しあうメンバー達の姿があった。

 坑道に行ったメンバーは皆、どこかしら包帯を巻いており痛々しく見える。


「よう、青年〜!妹に手を出してたんだってな〜?」


 からかうように言いながらザックの隣に座り、肩に手を回して笑うアクセル。アクセルもまたズボンだけは履いて入るが上半身は裸で包帯がグルグルと巻かれていた。

 

「違うんですよぉ…本当に誤解なんですってば!助かった、生きて戻って来れたって事を表現してただけなんですよ!」


 誤解もクソもなく、本当のことなのだが誰かに見られてしまったという恥ずかしさもあり冷静になった今、義妹に手を出すとか兄として失格だろという自尊心の元、ああだこうだと言い訳を連ねて釈明するザック。

 ここだけの話――ザックは一人で事を済ませ、賢者タイムに突入していた。


 そして今、なぜザック達がこうやって昼食を囲むことが出来ているかと言うと――


「本当にみんな生きて戻ってこれて良かったよ。アクセル達の戻りが遅いから坑道の出口で待っていたんだが、妙な振動は起こるし、爆発するかのような大きな音はするしで…急いで中に入ったら、みんな倒れてるし…立っていたのはリリィさんだけだったし…本当に肝が冷えたよ」


 エディは事の成り行きを今一度、口にしながら安堵する。


「ですね…アクセルさん、生きていて良かったです。マウロさんも助かり本当の本当に良かったです」

「がははは!ちょっとヤバいって思ったけどな!なんとか助かったぜ!」


 ザックは意識が途切れる前に目の前で飛ばされたマウロの事を思い出す。マウロは大した傷ではない!と大見得を切るのだが本当は危ない状況だったらしい。

 エディ達、外回り組が坑道から運び出した後は寝ずの看病だったとザックは聞く。その後、ザック達は二日程眠りこけていたらしいことも。


「でだ。結局、誰が倒したんだ?あのクソ多いゴブリン達を」

「それは…」


 アクセルの問いにエディはリリィを見るのだが…


「あぁ…そりゃ分からなくて当たり前だな」


 頭を掻きながら苦笑いをするアクセル。一応、リリィは身振り手振りで事の顛末を語ったのではあるが、それが伝わる訳でもなく真実は闇の中に落ちて行った。


「リリィさんの話によるとザック君が関係あるみたいなんだけどね」

「俺が…ですか?俺も気を失ってましたし…うーん…」


 エディはリリィの身振り手振りを思い出しながら伝えるのだが、ザックもよく分からず。というより、どこから意識を絶ったのかも分からず、何か夢のような時間を過ごした感じはあったのだが、それを上手く伝えることが出来ず、口にすることは無かった。


「分からねぇことが、もう一つある。あの、作業員に扮したようなバケモン…ありゃ、なんだ?」


 アクセルは答えを求めるのだが、質問は宙に舞い、誰も分からず首を振るばかり。

 答えを唯一知っているザックはしばし思案する。ボスから箝口令を敷かれているのだが、またあのような事があるかもしれない。ここで黙っていれば今度こそ全滅してしまう可能性が高いと思い、今後のことも考えて屋敷からの経緯を全て、ザックは話し始めた。


「今まで黙っていてすみません。こんな所にもアイツが出て来るとは思わなくて」


 全てを一通り説明し終えるとザックはアクセル、マウロに向かい謝罪し頭を下げる。

 緊迫した雰囲気を肌で感じるのだが、それはザックの勘違いであった。


「しゃーない、しゃーない!青年が謝る必要はないぞ!」

「そうだぞ。元はと言えば俺が依頼したんだし、依頼内容はただのゴブリン討滅だった。あんな化物が出て来るとは誰も思いはしなかったんだしな」


 アクセルとマウロが非難することなく、ザックを受け入れた。周りのメンバーもそれに続いて頷いていく。


「それに、我々はまたザック殿に借りを作ってしまったしな。あそこでザック殿とリリィ殿が助けてくれなければアクセルも私も危ない所だった。そんなザック殿を誰が責められようか」

「ちげぇーねぇー!」


 腕を組み、真剣な面持ちでザックを擁護するモーフィアスに太ももをパンと叩きながら肯定するアクセル。

 そこまで肯定されるとは思わなかったザックは面を食らってしまう。少し照れ気味にもなってしまい頬を掻きながら「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。


「よし!決まりだな。で、今後どうする?このまま依頼を受けてくれるか?」


 マウロは話を一旦〆ると話題を変えて、これからの事を提案し出す。


「あたぼうよ!ここで引き下がったら冒険者として名が廃るぜ!」


 アクセルの言葉にメンバーが頷く中、ザックは思う。


(あんな事があったのに諦めない…本当にみんな強いんだな。プライド…それとも冒険者としての矜持なのか…)


 目を伏せ、心を整理し自分が今どうしたいのかを再確認していく。


(正直、ハイゴブリンに倒されてからの記憶がない。悔しいけどあれが俺の限界だった…だから、もっと強くなりたい。誰かをちゃんと守れる強さが欲しい)


 静かに目を開きザックは決意する。


「俺も行きます。まだ、やれますから」


 そして、少し距離を取り座わっているリリィを見る。先ほどからチラチラとザックを見ていたリリィはザックと目が合うと、目を背けて明後日の方向を見だした。

 あれからザックに引っ付く事もなく一定の距離を取っているリリィ。

 あの時の行動をどう説明すれば良いのか…謝るのもなんだか違う気がすると色々と悩む。

 そして声を掛けようとリリィの名を呼び手を伸ばした瞬間、リリィは脱兎の如く走り去り、小屋の中へと逃げて行ってしまった。

 その行動に結構なダメージを受けてしまい項垂れるザックを見て、アクセルは笑い始めた。


「じゃあ、青年がフラれたという事で作戦を立てようか」


 周りのメンバーも笑い始めて恥ずかしいやら悲しいやら色んな気持ちが入り混じり情けない声を出してザックは答えてしまった。


「ふぇぇ…」



――――



 バタンと部屋の扉を閉め、背中を預けるリリィ。


『ザックさんが…あんなに破廉恥な人だとは思いませんでした!』


 怒ったような声色で文句を言うものの、その顔は怒っている風ではなく、第三者から見ると逆にニヤケているようにさえ見えてしまうのだが、リリィはそれに気付かない。


『たっ確かに!雰囲気に飲まれた私も悪いですが…けど!ザックさんが急に抱きついてくるから!だから、全部ザックさんが悪いんです!』


 裸の上からシャツ一枚の着用のみで生脚を露出し、その姿のままザックのベッドに潜り込んで寝て、起き上がってはザックに抱きつき、ザックの色んなところを刺激した事は棚に上げて、リリィはザックを非難する。

 そして、やはりリリィは、自分がザックを刺激していたことなど気付かないままだった。


『いっいくら…安心するとは言っても…もう…一緒には寝ないんですから!』


 そう言い、今朝の出来事を思い出しては赤面し、ザックと一緒に寝ていたベッドに勢いよくダイブして枕に顔を埋めるのだった。

 ベッドはその部屋には、もう一台あるのに。



――――



 坑道の奥底、深層部から初老のような落ち着いた声が聞こえてくる。


「ほっほっほ。目的は少女のみでしたが、なかなか良いものを見せていただきましたよ。さて、まだ幾らか時間があるとは言っても…そろそろ、ここら辺で捕まえておきたいところです。お願いしますよ?」


 老人はそう言うと懐から一つの種を取り出し、地面へとポトリと落とす。

 種は地面へと落ちると地中へと飲み込まれていくと、それを中心として渦を巻いていく。

 中心へと集まっていくと、土は盛り上がっていき姿を形成していった。


 身体は優に五メートルはある巨体となり。肌は土や岩で出来ており硬く、目は赤く、一つ目。肢体は人間と同じく二足歩行で二本の腕が出来上がっていく。


 形成し終えるや、目に命が宿るとはゴゴゴゴと叫びだした。


「ほっほっほ。次はどうするのか…全くもって楽しみですねぇ」


 その声を最後に初老のような声を発する存在は奥の方へと消えて行った。

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