第3話 人身売買
あれから家に帰ったザックは両親にしこたま怒られ…てはいない。しこたま心配された。怪我はしてないか?どこが具合は悪いところはないか?と矢継ぎ早に言葉を投げかけられては身体をペタペタペタペタと触られ。
心配かけたザックが悪いのではあるが投げかけられる言葉にザックは心地良さを感じていた。
「もっもう!大丈夫だって!本当の本当に大丈夫だって!」
会話を断ち切るようにそう言うとザックは玄関に向かう。
「助けた人達が後でゲンおじさんの酒場に寄ってくれって言っていたから、ちょっと行って来るよ!」
ドアを開けて逃げるように出て行くザックを見送り父は母の腰に手を回し言う。
「ザックも大きくなったのう。ついこの間まで泣きじゃくる子供だと思っておったんじゃが」
「うふふ、お父さんったら。ザックちゃんももう立派な大人よ。」
父の左肩に身を預けて愛しい息子の事を想う。ザックが拾い子だとはいえ両親は愛情たっぷりにザックを育ててきた。不自由なこともたくさんあっただろう。しかし、ザックは真っ直ぐに本当に真っ直ぐに育ってくれた。それだけでアレグリア夫妻にとっては十分な親孝行だった。
――――
ゲンおじさんが経営する酒場の扉を開けて中に入る。
「いらっしゃ…って、ザックじゃない?ザックがここに来るの珍しい上にまだ夕方にもなってない時間帯だけど?何か用?」
無邪気な笑顔をしながら小首を傾ける女性。小さい頃から面倒見てもらっていてザックにとっては姉のような女性。栗色の長髪をシニヨンでまとめており、紫色の瞳。背は百六十程で少しぽっちゃり体型。綺麗というより可愛い、仕草もちょっと可愛い女性。俗に言えばおじさんにモテるタイプの女性であり、彼女のおかげで酒場が賑わっていると言っても過言ではない。
ちなみにゲンおじさんは娘は誰にもやらん!と頑固一徹をかましているのだ。
「ミヤ姉ちゃん。いや、ここで待ち合わせをしててさぁ…」
そう言いながら店内を見渡していると奥の方から声がかかる。
「おーい!青年ー!こっちだこっちー!」
「あら、あの人達の知り合いなの?何か飲む?サービスしとくよ?」
「先程ちょっとね。」
と苦笑いしながら返し
「サービス、ありがとう。じゃあ…うーん…リンゴのジュースで」
「ふふっザックはいつまで経ってもお子ちゃまね」
と明るく笑いながらミヤは去って行く。それを目で追いながら、ザックはアクセル達の元へと歩み寄って行った。
アクセル達が座る席は八人掛けのテーブル席。ザックはアクセルの対面の席に座った。
「いやー!青年!今日はありがとうなー!」
うっ…もう出来上がっているのか?と苦笑いするザック。
「モーフィアスさんの容態はどうですか?」
ザックは言いながらメンバーを見渡す。みんな宿屋に戻り、着替えて来たのであろう。鎧や兜を脱ぎ出歩くような気軽な服装になっている。歳は皆三十代近いぐらいだろうか。
「モーフィアスはもう大丈夫だよ。先程、他の冒険者のプリーストに癒しをもらった後に医者に診てもらったんだ。しばらくは安静にとのことだけど命には別状ないって。本当にザック君の薬草のおかげだよ。本当に本当にありがとう。」
アクセルの左に座りザックに返事する彼はエディ。戦いの最中、モーフィアスを介護していた人だ。黒髪で耳が隠れる程度の長さ、少し童顔っぽい整った顔で優男っぽい風貌。
「いや…まじで今回ばかりは本当にダメかと思ったよ…」
「あぁ…しかし!生き残れた!終わり良ければすべて良しとは言うじゃないか!」
ザックの左隣に座るスミスの後に口を揃えるようにアクセルの右隣で話す彼はキッド。刈り上げのスミスに長いだろう髪を後ろで束ねるのがキッド。
「そうだ!生き残れたんだ!それにハイゴブリンを倒したことで儲けもした!モーフィアスも大丈夫ってことで今は盛大に祝おうじゃないか!」
そう言い木でできたビールジョッキを掲げるのが彼らのパーティーのリーダー、アクセルだ。赤い短髪に少し堀が深い整えられた顔。リーダーという言葉にぴったりな風貌だ。ちなみに村への帰り道、お互いに自己紹介はしたのだがアクセルだけはザックを青年と呼び続ける。戦闘していたときの呼び方が定着してしまったのだろう。
そんなやりとりをしているとジョッキを持ったミヤが近づいてくる。
「ザック〜はい、リンゴジュース。今日は楽しんで行ってねぇ〜」
「ミヤ姉ちゃん、ありがとう。」
俺にリンゴジュースを渡すと他の客に呼ばれたのかすぐに立ち去って行った。それを訝しげに見るアクセル。
「おやおや〜青年〜?あの女性は彼女か〜?ガールフレンドか〜?」
「いえいえ、近所に住んでいますし小さい頃よく面倒見てもらっていて姉のような人ですよ」
「ほ〜う?今も面倒見てもらってるんじゃないのかえ〜?特に夜とか〜?」
もはや、リーダーではなくなっている。おっさんだ。出来上がったおっさんがザックの目の前にいる。
実際にザックにとっては本当に姉のような存在であり、出会い頭にセクハラをしないのはそれが所以である。どの世界に姉にセクハラをする弟がいるか。とザックは思うが彼は世界を知らない。姉にセクハラする弟がどこかに必ずいるという現実を。
ポカッと音がなりそうな感じでアクセルの頭を叩くエディ。
「アクセル…それはもうおっさんだよ。彼も姉のような存在って言ってるんだ。助けてくれた恩人に失礼だろ」
「ちぇっ」
と言いながら口をすぼめるアクセルがなんだか可愛く、そして可笑しく、みんなで笑う。
「では!我らが英雄!青年が来たことだ!乾杯だ!乾杯!」
乾杯の音頭を取った後それから、お互いのことを話し始めたり、事の発端を聞いたりと賑やかな時間を過ごした。
事の発端を説明すると、いつも通り最近多く出現するゴブリンを退治する為に出掛けて行ったのだが少しばかり様子が違ったらしい。
最初は5匹ぐらいだったはずなのに倒しても倒しても出てくるゴブリン。これはいつもとは違うと悟ったメンバーは退避しながら退治していったらしい。そこであの河川敷にたどり着いたのだが、今度はハイゴブリンが出て来たというから場は更にパニックになったという。
多くのゴブリンにハイゴブリンの出現。ザックが到着したときには既に半数は倒されていたのだから、その数から異様な光景が目に浮かぶ。
更にあまりここら辺りに土地勘がない為であろう。村に引き返し援軍を頼めば良かったのだろうが森の中で方向が分からないまま退避しての河川敷ということだった。
「そういえば…」
と思い出したかのようにスミスが口を開き続けて言う。
「俺らが最初にゴブリンに遭遇した場所より少し北にお屋敷があるんだけど。そこで人身売買が行われているという噂があるんだよ」
「はぁ〜?人身売買?法律で禁止されてるだろ。見つかったら死刑どころではないぞ?」
アクセルは左肩肘を付きながら答える。
ザックも知っている。イーゴリ男爵だか子爵だか知らないけど、何だか魔術の研究しているとかしていないとかでフィルイン村の住民も滅多に近付かない屋敷だ。
(人身売買…?)
その言葉に耳を傾けながらリンゴジュースを飲んでいると誰かがこちらに近づいてくる気配を感じた。
「おぉーいたいた。ザック、親御さんが呼んでるぜ」
「エドさん?分かりました。今すぐ行きます。皆さん、すみません。ちょっと用事ができたので行ってきます」
席から立ち上がり、アクセルメンバーにお辞儀をする。
「おうおう!今日は本当にありがとうな!この恩は絶対に返すからな!」
アクセルはジョッキをブンブンと振りながら見送ってくれていたのだが酒が辺り一面に飛び散り、メンバーが嫌な顔をしていたのが印象的だった。
ミヤにも挨拶してゲンおじさんの酒場から出る。
――――
「あいつらは知り合いか?」
歩きながらザックに問うエド。エドは視察部隊のリーダー。エドモンドという名前だが皆エドさんと言い慕っている。愛嬌のある小太りで、いつも面白い話をしてくれる。奥さんは一般の女性であるが最近、喧嘩して家庭内別居らしい。聞くところによると脱いだ服やらパンツをそこらかしこに放置する為に大喧嘩になったらしい。
たくさん謝ってはいるものの数年溜まった鬱憤の爆発は今しばらく晴れそうにない。というのがエドさんからの言葉。
「はい。ゴブリンに襲われているところを助けたって感じですかね?」
「はっはー!ザックー!お前も一人前になってきたなー!流石、ボスに鍛えられてるな!」
バシバシとザックの背を叩きながらエドは笑う。父に剣を習い、ボスに鍛えられているザックは冒険者ではないとはいえ結構な実力を持っているのだった。
「で、両親ではなく呼んでいるのはボスですか?」
義賊をしているのは部外者には秘密だ。あそこにいるのがフィルイン村の連中であったならボスの名を出しても良かったのだが違うなら話は別だ。
「そそ。ザックの家に行ったら親御さんがゲンさんのとこだって言うからよ」
「定例会議はつい先日したばかりですし…緊急事態か何かってところでしょうか?」
「おお。ザックもなかなかに鋭くなってきたな。ちょっとしたことがあってだな。それで対策でも取ろうかって話だ」
「なるほど。分かりました」
――――
ガチャリとドアを開けて室内に入る。石畳で出来た大きめの家…というより講堂だ。村のみんなが共有して使う建物。その建物内にある幾つかの部屋の1つのドアを開けて入る。
既に人数は揃っており、潜入部隊長のシスカ、諜報部隊長のウィリアム、視察部隊長のカスガ、援護部隊長のエドに総部隊長&実行部隊長のボスが机を囲むように座っている。そして、それぞれ部隊から選出されたであろう2〜3名が部隊長の後ろに付いている。
ザックは実行部隊の一員だ。
「ゆっくりしていたところ悪いなザック。少しばかりキナ臭い話があってだな」
そう言い諜報部隊長のウィリアムにボスは目配せをする。それを見てウィリアムが立ち上がる。
「前々から噂はあったのだが…」
と前置きを言い続く言葉を吐き出す。
「フィルイン村より北西に位置する場所にある屋敷で人身売買があると言われている。噂の出所を探そうとはしたが見付からなかった。ただ、少しずつだがロール街で広まりつつある。そこで…」
と言い今度は視察部隊長のカスガへと目配せをするとカスガが立つ。
「我々が数日に渡り監視をしていたが人が住む気配がしない。まったくだ。人の出入りがないにもだ…夜には部屋に火が灯されたりしており、どうも臭う。本来ならば我々が視察、監視をし必要な人数やら何やらを潜入部隊に情報を提出するのだが…」
と今度はシスカが立ち上がる。
「カスガから一応は情報を聞いていたが事が事だ。実際に数人引き連れて行ってきた。だが出て来る気配もなければ本当に住んでいる気配がないのだ…」
少し焦るような感じで語尾を途切れさせる。
人身売買はこの国…ヨーゼフ国家では禁止されている。他の国は知らないが少なくとも、この国では禁止だ。そして、少しでも人身売買をしたという証拠があれば死刑にされてしまう。それほどに厳しく禁止されている。奴隷も然りであり奴隷売買も禁止されている。とにかく人権を侵害するというのは、この国では異常に厳しいのだ。
「そこでだ…」
ボスが重い口を開く。
「強行突破で…というより確証を得る為に実行部隊で突入しようと思う。事が事だけに本当に人身売買をしていたのなら見過ごすわけにはいかない。何があるのか分からない。エド、援護部隊頼めるか?」
「任せろ!ボス!俺たちが絶対に支援し守る!」
ドンと胸を叩き自信満々に言うエド。
「ちょっといいですか?」
そこでザックが口を挟む。
「どうした?ザック」
眉を潜めてボスが尋ねる。そして、今日遭遇したハイゴブリンについて話す。アクセル達がゴブリンに遭遇したのがその屋敷付近だったという事も含めて。
「おいおい…まじかよ…」
エドが目を見開き驚愕の声を出す。続くウィリアムにカスガも同様の声を出しボスは更に眉を潜める。
「これはちょっと厄介なことになりそうだな…実行部隊総動員するか」
そう言うとボスは作戦決行の指示を出す。
「実行は明日の夜。実行部隊として突入するのは俺とザック、そしてリチャード。他の実行部隊はエドの援護部隊に組み込む。援護部隊も総動員で屋敷前で待機しておいてくれ。ウィリアムとシスカ部隊は村で待機を。カスガ部隊は村と屋敷の中間地点で待機していてくれ。屋敷にも村にもどっちにでも行けるように。それでは今日は解散する」
了解と全員が発する。
人身売買…あのハイゴブリンの事もある…何だか嫌な予感がする。そう思い胸騒ぎがするザックであった。
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