第2話 不穏な気配

 あれから一週間後あいも変わらず薬草採りに畑仕事をしているザックであったが、ここ数日少し村が慌ただしく動いていた。

 三日程前から近くの森にゴブリンが多数出現しているとのことだった。冒険者組合に所属するエロイカメンバーはもちろんの事、ロール街から派遣されて来る冒険者も多く、おかげでフィルイン村はかつてない賑わいを見せていた。


 普通ならば時たま通る旅人、遠征から戻ってきた冒険者などが泊まる宿も連日満杯で村にある食堂に酒場も常に一杯な様子。

 ロール街に出稼ぎで行き裏で情報を扱う諜報部隊も今はずっとフィルイン村に留まっている。

 そして薬草もうなぎ登りで少し高騰しており、ここは稼ぎどきだとザックは身が引き締まる。


――ガサリッ


 どこからか草をかき分ける音が聞こえた。思わず腰後ろに携えた短剣に手を当てる。今までも薬草採りの最中にゴブリンなどのモンスターに出会ったことはあった。だが、ここ数日の動きを見るに数が多いのではないかと慎重になる。

 動かない。


 まだ動かない。


 少しずつ少しずつガサリガサリと音が近づいて来る。


 僅か五メートル程先に覗かせる顔が見えた。緑色の長い鼻に尖った耳…ゴブリンだ。続けて二匹の顔が飛び出して来る。ギギギと声を発しながら辺りを見渡したかと思うと俺を見つける。

 どうやら、三匹だけのようだ。薬草の入った麻袋を置き、短剣を逆手に構える。


 ジリジリとにじり寄り、先頭にいるゴブリンが棍棒を振りかざし走り出そうとした瞬間――


 真っ直ぐに飛び込みゴブリンの右手を斬り落とし、振り返りざまにゴブリンを後ろから首を斬り落とす。続く二匹目を足払いしてコケさせたとき、三匹目が斧を振り落としてきた。両手を地に着け、その反動を利用し顔面に向けて跳び蹴りを入れる。倒れたところを上から心臓めがけて一突き。そして二匹目が起き上がり襲いかかって来た。棍棒を打ちはらい左脚で回転蹴りを腹に打ち込んだあと、首を斬り落とす。


 深呼吸して心を落ちるかせるザック。いくら戦いに慣れてるとはいえ、緊張はしてしまう。

 とりあえずは――と思いゴブリンの耳を剥ぎ、棍棒二つに斧一つを拾う。


(戦利品はしっかりもらっておかなくてはな)


 今の状況なら棍棒も斧も少しは高値で売れるだろうと見越して。麻袋を掴み、中身を確認する。まだ七割ほどしか採取してないが、ここで粘って更にゴブリンに遭遇するのも面倒臭い。ここは一旦村に戻ってボスに一応報告ぐらいはしておいた方が良いだろうなと思った瞬間、どこからともなくデカく、そして激しい雄叫びが響き渡ってきた。


 ビクリと身体を震わせる。あの雄叫びは絶対にゴブリンではない。雄叫びが聞こえてきた方へ目をやるが木々によって相手は確認できない。

 ザックは数秒思考を巡らせた。一旦、逃げて伝えた方がいいか…否、少しでも相手を確認してどんな敵なのか…数など把握してからボスに伝えた方が対策も練りやすいのではないか。ボスがいなくとも村にいる冒険者に相談するのもいいだろう。

 思考を確定させ持っている武器を確認する。薬草採取とはいってもモンスターに遭遇することを考慮し必要最低限の武器は持ってきている。牽制用の投げナイフ五本、近接用の短剣二本、退散用の煙玉一つ。念の為、麻袋から薬草を数束取り出す。

 倒すのではなく偵察。自分一人だけで倒せるとは限らない。ザックはモンスターの脅威を知っている。過去に何があったとかではない。経験則だ。調子に乗って倒された冒険者を今まで幾人も見てきた。

 ゴブリンとはいえ多人数相手に一人で挑むのはバカのすること。ましてや未知の敵相手に対策もなく挑むなど死ににいくようなものだ。

 奪い取った戦利品、麻袋はそのまま置き、声のする方へ駆け出す。段々と近くなる雄叫びに加え人間の叫び声も聞こえて来る。

 冒険者が既に対峙してるのだろうか。

 近ずくに連れ雄叫びが聞こえてくる場所に心当たりがあった。

 夏場になると村の子供達に大人もロール街からも遊びに来る人達がいる。俺も薬草採りにきたときあまりの暑さに訪れることが度々ある。


 フィルイン村を森と挟むようにして流れる川だ。十メートルほどの幅で一番深いところでも大人なら腰辺りまである川。

 その川まで五メートルはある河川敷で何かあっているに違いない。

 森の出口付近で木々に隠れて身をひそめて状況を確認するが、唖然とする。真っ先に目が入ったモンスター…デカい。三メートルはあるであろう巨体に大剣を携えている。色はくすんだ青色。長い鼻に尖った耳。見た目からゴブリン種だとは思うがザックはこのモンスターを知らない。

 そして、ゴブリンが十一匹。倒れているゴブリンが同數程…と言うことは倍はいたのか…とザックは戦慄する。


 相対する冒険者は五人。ボスによるとパーティーは最低限でも四〜五人はいないとダメだという。だが、冒険者の中に負傷し倒れている人が一人。このモンスターの人数に四人は流石にヤバいというのは冒険者経験がないザックでも分かる。

 煙玉を使い助けに入るべきか、それとも村に戻って助けを…と思った瞬間、デカいやつの大剣がなぎ払われ近接していた二人が吹っ飛ぶ。そして、倒れた一人に対し大剣が襲いかかる。


――くっ…


 目の前で誰かが殺されるというのは誰でも嫌なものだ。ザックはすかさず駆け出すと大剣を持った腕にドロップキックをかまし、その勢いもあり大剣は冒険者の間近に振り落とされた。


「たっ助かった…ありがとうな坊主…」


 もうダメだと死を覚悟していたのだろう。顔は蒼白しガタガタと身体を震わせている。

 ここで煙玉を使うわけにはいかない。重傷者一名にこの戦況では全滅してしまうかもしれない…そういった雰囲気が充満している。それに、この人数をモンスターを村に入れるわけにはいかない…と、なると…


「薬草があります!そこの重傷者に使ってください!」


 ザックは腰袋から取り出した薬草全部を重傷者に向けて投げながら言う。もちろん、デカいやつと対峙したまま。


「あっありがとう!」


 重傷者の近くにいた一人がすぐさま治療に入る。腰が抜けたであろう1人の襟を掴みジリジリと少しずつデカいやつとの間合いを離していると吹っ飛ばされた内の一人が斧を構えながらザックの隣に立つ。風格からリーダーっぽい人だ。

 デカいやつと対峙したまま口を開く。


「本当に助かる。今の助けがなければ俺らは全滅していただろう」

「いえ…俺も死にたくはないので、とりあえずこの状況を打破しましょう…」

「そうだな…」


 とリーダー格が言うと続けて口を開く。


「エディはそのままモーフィアスの介護を!スミス!早く立て!キッドはスミスと雑魚を少しでも倒せ!俺はハイゴブリンの相手をする!全員、死ぬな!行くぞ!」


 この状況下でありながら、しっかり指示を出すリーダーにザックは感銘した。


「すまないが君も手伝ってはくれないか?」


 ハイゴブリンに対しどう対処しようか思案しているのだろう。ジリジリと詰め寄ろうにも、その足には迷いが生じていた。


「了解。牽制用に投げナイフがあります。それを合図に両側から挟み撃ちで行きましょう」

「助かる。よろしく頼む」


 リーダーはそう言うとガチャリと音を立て斧を構える。そして走り出す構えを取り…投げナイフの合図を待つ。


「いきます!」


 牽制とはいえハイゴブリンの眉間目掛けてナイフを投げる。と同時にリーダーとザックは左と右にと側面を取るように駆け出した。

 ハイゴブリンはナイフをいとも容易く左腕で叩き、右腕に持った大剣をザック目掛けて振り下ろす。


――グッ


 すかさずハイゴブリンの真下へスライディングし大剣をかわす。そのまま真下から上へとジャンプし短剣で斬りつけるが感触が鈍い。そのままバックステップし距離を取ったのちにハイゴブリンの腹を見るもちょっとした切り傷があるぐらいで致命傷には至ってない。

 リーダーは左から回り込み大剣がザックに向かったのを確認した後、脚に思いっきり斧を叩きつけるが少しめり込むだけだった。


(相変わらず硬いな…)


 ザックがスライディングしてハイゴブリンの攻撃を避けたのを確認し頭に斧を振り下ろすがハイゴブリンの左手裏拳で弾かれてしまう。

 振り出しに戻り、ザックとリーダーは並び立つ。


「こいつ…硬いですね…」

「だろ…?しかし、ここら辺でハイゴブリンは絶対に見ないはずなんだが…何がどうなっているのやら…」


 リーダーはそう言うと斧を構え直す。


「俺は初めて見ましたよ…」


 硬いなら一撃を重くするか回数を増やし削るしかないのだろうか。ザックはそう思うともう一本の短剣を逆手に左手で構える。


「…ほう。青年、君は双剣士か…」


 リーダーは目を見開き尋ねる。


「いえ…そんな大層なもんじゃないですよ…あと、俺は冒険者経験はなく一介のただの薬草採りです…」


 リーダーは驚いた顔でザックの顔を見る。普通の人間があのハイゴブリンの攻撃を避けたりは出来まい。しかも、攻撃もしっかり加えていた。何か秘密なり言いたくないことでもあるのだろうか。


「そうか…。次だが、俺が突っ込む。青年、君は援護を頼む」

「了解」


 リーダーが駆け出したのを見送り、次の攻撃に備える。





――――





「スミス!遅いぞ!囲まれる!」


 弓を引きながらキッドは叫ぶ。


「分かってら!このっ!くそったれええええ!」


 手に持つ槍を振り回し身近にいるゴブリンを一掃する。雑魚なはずなのに十一匹相手に二人で対処するのは熟練の冒険者でも手に負えない。だが、ここは生き抜くしかない。

 エディが居てくれれば…と思うスミスであるがエディは今、モーフィアスの介護をしている。


 リーダーもといアクセルとスミスは近接アタッカー、キッドは弓で後方の敵を狙い、エディは中堅からの魔法で攻撃。モーフィアスは後方で支援、回復のプリースト。完璧なパーティー構成である。


 実際、なかなかこういった完璧な布陣のパーティーはいない。そもそも、魔法は誰でもかれでも扱えるものではないからだ。血筋がものを言う世界。そして、小さい頃からの血の滲むような鍛錬に加え学校にも行き磨きをかける。卒業してから一人前だ。

 卒業したからといって冒険者になる魔導師は極端に少ない。研究に没頭する者。宮仕えする者が大多数だからだ。

 そんな、エディがなぜパーティーに入っているのかというのはおいおいとしてプリーストが重傷を負ってしまうのは全滅を意味していた。

 プリーストもプリーストで普通は派遣なりで冒険者側から雇われるのが大半なのであるが今ここでは説明を省く。

 そんな窮地に青年が助けにきてくれたのは正直、心の奥底から嬉しかった。助かるパーセンテージが上がる。一%でも上がるのなら今は必死で耐えるしかない。


「うおらああああ!」


 スミスは叫び、キッドに飛びかかろうとしているゴブリンを薙ぎ払う。トドメを刺そうにも別のゴブリンが襲いかかってきて致命的な一撃を入れることができない。


「スミス、遅いぞ!次、行くぞ!」

「オーケー!キッド!」


 お互いにアイコンタクトを取るとスミスは槍を構えてゴブリンの中へ突っ込んで行く。その後ろから弓を引くキッド。生きるぞ。絶対に生き残るぞ。弓を引く手に力が入る。




――――




 アクセルの初撃は成功していた。一直線に走っていたのだがゴブリンがアクセルめがけて大剣を振り下ろすや否や、その場でストップをかけ、再度突っ込む。

 その一部始終を見ていたザックは上手い!と思った。自分なら、側面に避けて横から攻撃するぐらいだろうか。それだと攻撃が流れてしまって上手く入らないだろう。

 いとも簡単にハイゴブリンの懐に潜り込んだアクセルは勢いを付けてハイゴブリンの腹に重い一撃が、斧が突き刺さる。ハイゴブリンが叫ぶ中、アクセルの声が響く。


「青年!」


 呼ばれた時には既にザックは駆け出していた。素早く動き出し、双剣に力を込めて飛び上がる。ハイゴブリンがザックの攻撃を阻止しようと左腕で叩こうとするがザックはそれを打ち返す。

 その反動で空中に舞うザック。


「青年!!」


 アクセルが慌てて叫ぶ。しかし、ザックはまだ諦めてはいない。ハイゴブリンを見据え空中で姿勢を直し力を込めて頭上から襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおお!!」


 ザックは叫びながらハイゴブリン目掛けて双剣を振り下ろす。ハイゴブリンが大剣を構えてザックを斬りつけようとするがアクセルがそれを打ち払う。


――ガキンッ


 鈍い音がこだましアクセルは吹っ飛ぶ。


「一撃いいいいいいいい!」


 ザックが振り下ろした双剣がハイゴブリンの両目に突き刺さり倒れる。


「青年!どけええええええ!」


 アクセルが叫びながらハイゴブリンに走り寄り首めがけて斧を振り下ろす。


――ザクッ


 ハイゴブリンの頭が飛んだかと思うと首から血飛沫があがる。首から切り離された胴体がビクビクと痙攣するのを見ながらアクセルは叫んだ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ハイゴブリンが倒された様子を見てゴブリン達はギギギと声を発しながら退散して行く。それを確認しハイゴブリンを見てザックはヘタリと座り込んだ。


「アクセルううううう!」

「うおおおおおおおおお!リーダーあああああ!」


 スミスとキッドが叫びながらアクセルに飛びかかり抱きつく。後ろの方ではエディがホッと息を吐き胸を撫で下ろしている。

 ザックがその様子を安堵した目で見ているとアクセルが近づいて来た。


「青年。本当にありがとう。あと先程はどけなどと言ってすまない」


 そう言い差し出す手を握り返して立ち上がる。


「いえ、トドメを刺す絶好の機会でしたし逆の立場なら俺も言っていたかもしれません」


 照れ隠しのような苦笑いで言葉を返す。


「モーフィアスのこともある。早く村に戻りたい。青年、最後までお願いできるか?」

「えぇ、構いませんよ。途中でゴブリンに遭遇する可能性もありますし俺としてもお願いします」


 ザックも緊張から解き放たれたのか顔に酷く疲れが見える。早くお風呂にでも入り美味しいお袋の飯が食いてぇ…そう思い踵を返すのだった。

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