第1話 日常

 数日後、エロイカは普通の日常を過ごしていた。

 下品な成金屋敷からは未だに絶叫が聞こえていないとすると盗まれたことにまだ気が付いていないらしい。ちなみに縛った男達は街の中央広場で全裸だった為、少し大きな騒ぎになっていた。


 そんなエロイカの連中だが毎日が毎日、悪徳な奴らの元へ赴くわけではない。日々、農業に商売にと街の人々と何ら変わりのない日常を送っている。

 ザックもその中の一人。今日も早朝に起き日課の鍛錬を終えた後、薬草などの採取をしていた。


 背丈は百七十五程。癖っ毛のあるボサボサ頭が彼のチャームポイント。キリッとした眉毛に釣り目が強面に感じさせるが猫や犬、動物が好きといった一面があり彼を知る人々からは大変可愛がられている。主にお爺ちゃんお婆ちゃん、そして…小さな子供達から。


 たぶんモテないわけではない!ただ、少し…ほんの少し…ほんの少しの!セクハラ地味た言動がいけないんだ…だけど、俺からセクハラを取り払ったら何も残らねぇ…とは彼の見苦しい言い訳である。

 そのせいかは分からないが彼は一度も誰かとお付き合いをした経験がない。俗に言う童貞である。


 十八年生きてきたが童貞である。童貞なのだ。


 昼過ぎ頃に今日の分の薬草を取り終えて村へと戻る。

 エロイカの拠点はフィルイン村。人口は二百名程。ロール街からはちょっと離れており徒歩三十分程の距離に位置している。

 住人の全てはエロイカではないが義賊をしている事は周知の事実。


「おや、ザック。今日はもう終わったんかい?家でゆっくり休んでると良いぞぉー!」

「あらあら、ザックちゃん今日もお疲れ様ねぇ〜お家に焼きたてのクッキーがあるわよぉ〜」


 声を掛けてくれたのはザックの育ての親であるアレグリア夫婦。ザックは産みの親を知らない。捨て子なのだが彼が捻くれず真っ直ぐに育ったのは、このアレグリア夫婦の愛情の賜物であろう。

 捨て子である事は村中知って入るが特に気にすることもなく、両親によく似ていると言われるぐらい仲が良い。

 ちなみに、スケベなところは父親譲り、優しさは母親譲りである。

 ザックもそれをよく理解しており何か恩返しが出来ればと常日頃から考えていいるがどうしたら出来るのかはまだ分かっていない。


「親父、お袋。今日は薬草取ったあとは畑仕事を手伝う約束だったろー!これを市場に持って行ったら、すぐに戻るからちょっと休んでてー!」


 そう告げるとそのままの足取りでザックは目的の市場へ向かって行く。

石畳で出来た館…市場と呼ばれているが正式には商館である。

 村で採れた野菜や採取した薬草などを売ったりしているがロール街へも出店している。

 特に街には冒険者組合がありフィルイン村で採れる薬草はこの村一番の収入源でもあった。


――ガチャリ


 と音を立て商館のドアを開く。今日も商館は賑わいを見せており買いに来た人、売りに来た人が頻繁に行き交っている。

 空いている受付を見つけ、そこへ歩み寄るザック。心なしかスケベな顔になっていた。空いている受付の女性が目的の女性だったからだ。


 肩まである茶色の髪をセンター分けしており、眉は少し太め。だが、その太ささが逆に可愛らしさを演出している。フィルイン村では結構な人気の女性の元へ歩いていく。

 ちなみに、おっぱいはCとザックは予想している。


「メイちゃん、おっぱい大きくなった?」


 そして、第一声がこれである。


 メイと呼ばれた女性はすぐさまザックだと気付いたのだろう。ジト目のまま顔を上げて、やっぱり…といった風に溜息を一つ。


「…なってません。で?今日は何をしにこちらへ?」


 相手をするまでもないように手元の書類に目を移しながら言うメイ。これが彼ら流の挨拶。

 ザックもそのやり取りが当たり前かのように嬉しく思うと、薬草をたんまりと入れた麻袋をドスンという音と共にメイの目の前に置く。

 大きさは上半身がスッポリ入ってしまうぐらいの大きさ。結構な量だ。


「今日も結構な量ですね。いつも、ありがとうございます」


 淡々と言うメイであったが村の貴重な収入源、無碍には出来ない。


「ところでザックさんは冒険者にはならないのですか?」


 冒険者組合とは一つの街に必ず存在しており自治体の機能をしている。街の防衛はもちろん、先日の屋敷で見かけた警備兵も冒険者組合を通しての依頼だ。

 他の村や街への護送、指名手配犯を捕まえたりモンスター討伐に害獣駆除、農作業や土木関係の仕事と人手が足りなければ駆り出されるなどなど幅広くおこなっている。


 ようは何でも屋である。


 ちなみにエロイカも賞金首になっているのだが街からは英雄扱いされている為、誰も相手にはしていなかった。

街によって特色が違うのだがロール街では護送やモンスター討伐の仕事が多い。

 その為、ザック程の実力があるのなら冒険者でも十分に活躍出来るのではとメイは思っていた。

エロイカのメンバー内には冒険者で稼ぐ人達もいる。眼帯男もその中の一人。そして、エロイカを率いるリーダーでもある。

 みんなからは尊敬の念を込めてボスと呼ばれているのだが、そのボスからも冒険者してみねぇか?と誘われているのだがザックはそれ全てを断っている。


「確かに冒険者でも稼げるとは思うんだけど…親父とお袋に育ててもらった恩がある。心配させるわけにはいかねぇし、恩返し、もとい親孝行がしたいから別にいいかなって。まぁ…アレも十分に心配はかけてるんだけどね。だから、おっぱい揉ませてよ」


 ちょっと照れ臭そうに笑うザック。アレとはエロイカの事だが、村の住人でない人もいるような公共の場では言葉にしないのが暗黙の了解。

セクハラが無ければある程度はモテるだろうに…とメイは思う。そして貴重な収入源である薬草の確保元であるザックを失うのは、この村にとっても痛手である為、ホッとするメイであった。

 最後の言葉はメイには届いていない。


「では、買い取り価格でお金はこれ程で」


 受付皿にチャラチャラと銀貨、銅貨を並べていく。その硬貨を確認してザックは一つ一つ掴み取る。


「メイちゃん、ありがとう。また明日にでも来るね。明日はおっぱい揉ませてぇ」


 シカトされてもザックは口に出すだけで満足だった。ヒラヒラと手を振りながら商館の出ていくザックを見送りながら、はいはいまた明日ねと返すメイ。

 そんなメイも実際はザックのやり取りは嫌な気分にはならない。セクハラはあれど、あれぐらいの距離感は結構お気に入りなのだ。


商館から出て少しのところで女性に声を掛けられる。


「おい、ザック。今日はもう終わりかい?」


 女性としては太めの声。その声には心当たりがありザックは相手を確認するまでもなく振り向きざまに答える。


「シスカの姉御。先日はお疲れ様でした」


 赤髪のポニーテール。太めの声には似つかわしくない背丈、百五十五程。容姿は童顔っぽいのだが化粧によっては少女から大人までいけそうな、そんな雰囲気を感じさせる。先日までビリーの屋敷にメイドとして潜入していた女性である。


「ボスは今日も冒険者稼業ですか?」

「あぁ、今日も張り切って出て行ったぞ?」


 そう言い笑う顔は亭主を想う顔をしていた。というのもシスカはボスの奥さんであり、しっかりとボスを尻に敷く肝っ玉母さん。みんなは敬意を込めて姉御と呼んでいる。


「今回は日帰りな感じです?」


 ボスはここら一帯では有名な冒険者らしく赴く場所によっては3日程帰ってこないこともある。


「そう言っていたよ。ただ、私にとっては冒険者というのはあまり興味がないから無事に帰ってきてくれさえすりゃ良いよ」


 肩を揺らし快活に笑う姉御を見て、こういう姉御だからこそボスは安心して出ていけるのだろうなと思う。


「なるほど。潜入部隊はどうです?」


 姉御率いる潜入部隊は五人からなっており、怪しい情報があればメイドに看板娘にと変身しては潜入し、そつなく何でもやり遂げてしまう部隊だ。普段は農業に裁縫にと仕事をしている。


「そう毎度毎度、潜入するのは疲れちゃうよ。今は休みで日常を楽しんでいるところさ」

「ですよね」


 とあれやこれやと話をしていると横から思いっきり激突されて思わず、くの字に屈むザック。


「ザック兄ちゃん!遊ぼう!」


 一人の少年の一言を皮切りに残りの少年二人と少女が雛のように口を開け「遊ぼう遊ぼう!」と口を揃えて言ってくる。


「ザックは今日もモテモテだなぁ〜」


 どこかおかしく、そしてからかうような物言いでシスカが言ってきた。


「モテるなら可愛くスタイルの良い女の子が良いですよぉ…」


 激突してきた少年の頭を撫でながらザックは拗ねた感じで返答する。


「じゃあわたし〜将来はザックお兄ちゃんのお嫁さんになる〜!」


 すると、少女が元気よく手を上げながら堂々とお嫁さん宣言。

 爆弾発言である。

その言葉を聞くや否や本当にピシッと音が聞こえてきそうな雰囲気と共に少年たちの顔に陰りが見えた。その様子を見て、おいおい…と心の中で呟く。

 シスカはというと、ゲラゲラとお腹を抱えて笑っているだけだった。


「エラちゃん可愛いもんなぁ〜けど、エラちゃんが大きくなった頃には俺はおじいちゃんだから結婚は出来ないんだよぉ〜?」


 エラの頭を撫でながら適当に答えるザック。そして、俺はロリコンじゃないんだよぉ〜と続く言葉を飲み込んだ。


「ふぅ〜ん。じゃあいいやぁ〜」


 速攻で諦められた。やり場のない気持ちをシスカに向けて


「速攻でフラれちゃいました」


 と苦笑いするザック。

 その言葉を聞いて安心したのか再度、遊ぼう!と口を開く少年達。君達…それで良いのか…と再度苦笑い。

 シスカはというと、まだ腹を抱えてゲラゲラと笑っているだけだった。


「遊びたいのは山々なんだけど俺は今からお家のお手伝いにいかなくちゃいけないんだ。ごめんよ?また今度、遊ぼ?」


 と元気溢れる雛達に言うと一斉にブーイングが飛び交う。ザックも子供は好きなだけにこういったときは本当に困ってしまう。

 慌てふためく様なザックを見兼ねてシスカはパンパンと手を打ち。


「ザックはお手伝いみたいだし、シスカお姉さんと遊ぼうか〜」


 子供と視線を合わせてしゃがみ、優しい声色で話掛けるが少年が一言。


「えぇ〜おばちゃんはいいやぁ〜」

「おい…ダビド…もう一回言ってごらん?お姉さん怒らないから?」


 笑ってはいるけど目が笑っていない。しかも既に拳はダビドの頭をグリグリとしており、その手の中でダビドはギャーギャー言いながら暴れている。

 実際、シスカはおばちゃんではなくザックの三つ年上なのでお姉さんが正しい。


「うぎゃああああ!痛いいいいい!」


 とダビドは言うが本気グリグリではないのだろう。大袈裟に今、僕はやられてますー!といった演技だ。それを見てケラケラと笑う少年少女たち。

そこへ農作業の休憩中なのか先日の小太りがノッシノシと歩いてくる。


「おや?姉御とザックじゃねぇか」


 ズボンに上着だけという出で立ちでしっかり働いていたのだろう、汗でぐちゃぐちゃになっている。

 だが小太りとはいえ気持ち悪さは全く感じず、働くかっこいい男として見える。

そんな小太りを一瞥するとグリグリをやめて立ち上がる。


「エドか」


 上から下へとエドと呼ばれた小太りを見て眉を顰めながら


「エド、いい加減痩せたらどうだ?昔はシュッとしていたのに」


 肩を落としエドは答える。


「痩せれたらどんなに良いことか…俺だって痩せたいよ…」


 凄く悔しそうに言うエドは雛達の格好の的になり、お腹をポコスカと叩かれている。

 その様子をもう慣れたかのようにしながら、今度はお腹を引っ込めたり出したりと腹芸を見せるエドに対して雛達は大喜びで、出てきたタイミングに合わせてポコスカと叩いている。

それをザックが見ながらクスクスと笑っているとエドがビシッと指をさし真面目な顔をして


「ザック!お前も将来、こうなるんだよ!そして、それはどうしようもない現実になるんだ!今のうちに覚悟を決めておくんだな!」


 堂々としたアドバイスであり、目の前に良い例がいるだけにザックは口をへの字に曲げて凄い嫌なそうな顔をする。


「そんな顔をしても無駄だ。諦めるんだな!」


 と更に言うのだが、演技が逆に迫真すぎてゲラゲラと姉御と一緒に笑ってしまう。


「ザック…お前はあぁはなるなよ…最近、うちの亭主も危ないんだ…」


 そう言う目は遠くを見つめており悲壮感をたっぷりとただ寄せていた。


「そっそうですか…でっでは… 俺はもう行きますね…」


 居た堪れなくなり、その場を逃げるように去る。後ろからはまだ雛達の明るい声が聞こえていた。


 俺はあぁはならないぞと心に誓うが、明日もメイちゃんにセクハラしに行こう…癒されよう…と現実逃避するザックだった。

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