プロローグ【エロイカ】2

「おい、ザック。こっちだ」


 暗闇の中、家々の屋根を走り飛び移りながら黒い眼帯をしマスクをした男が命令してくる。その後ろを走るのは癖っ毛のあるボサボサ頭の男。慣れた感じで2人は暗闇の中を走る。

 時間帯でいえば夜中。黒装束を纏い暗闇に紛れ音を立てずに屋根を走っては飛び交う様は猫のようにしなやかに鳥のように舞いギラつく目は獲物を狙う狼のごとく。

 そんな二人が今いる場所はマルトノ伯爵が統治している領地に幾つもある街の一つ。ロール街という少し大きな街。

 特に何が名産だとか有名な観光名所があるというわけではないが、この辺りでは大きな街であるため連日、近隣の村から出稼ぎに買い物にと賑わっている。


「見えてきたな。今回のターゲットはあの家だ」


 眼帯をした男の指差す方向へ目をやる。その指の先にあるのは、街中にあるというのに高い塀が家をぐるりと囲み、立派そうな屋敷には見えるのだが色とりどりなタイルを至るところに嵌め込んでおり、下品で成金的な様相を呈していた。

 そして周りの質素な家に囲まれるように建っており歪さを感じさせる。

 その屋敷の門前には左右に一人ずつ警備兵が立っている。門から玄関までは数十メートルはあるだろうか。事前情報によると敷地内の見回りで更に警備兵が二人いるという。

 眼帯男が言うには警備兵は冒険者組合を通して雇われた冒険者とのことだ。


「事前情報通り、警備がいるな。打ち合わせ通り、左から回り込むぞ」


 冒頭でザックと呼ばれた癖っ毛のあるボサボサ頭の男は頷くと屋根を伝い左方向へ回り込む。

 屋敷の隣に建つ家の屋根にまで着き屈むようにして下を見る。そこには両手を振り合図する小太りな男がいた。二人は音を立てず屋根から飛び降りて、両手を振っていた男の元へと歩み寄る。


「状況はどうだ?」

「事前の打ち合わせ通りだ。見回りが2人いるが、つい先ほど反対側へ行った。いつも通り注意を払って行えば問題はないぜ。」


 小声で、しかもマスクで話しているのもありお互い耳元で話す。

 その間、ザックは昨夜に打ち合わせしたとき見た簡易的な屋敷の見取り図を思い出す。

 屋敷は高い塀で囲まれており、屋敷は正方形。屋敷を挟むように左右に人が隠れることができる程の大きさのコキアが連なって生えている。勝手口側の塀の内側は花壇があり人が隠れることは出来ない。

 見回りがいなければ勝手口側の塀でも良いのだが二人も見回っているというなら安全も考慮し隠れることが出来る場所が必要だ。更に勝手口は左側にある為、必然的に今の場所からの作戦という事である。


 ややあって眼帯男はザックに向き直り頷く。


 それを合図にザックは三つのフックが先端に付いた登器を腰袋から取り出し、ブンブンと勢いをつけて回し塀の上へと投げ込み引っ掛ける。

 ロップを引っ張り、引っかけを確認した後、ザックは眼帯男に頷き合図する。


「あとは打ち合わせ通り頼む」

「オーケー」


 小太り男はその体型には似つかわしくない足取りで駆けて去って行く。事前の打ち合わせ通りなら小太りが率いる部隊はこのまま残り、不測の事態に備えるはずだ。

 ザックが先に塀を登り覗き込み中の様子を探る。見回りがいないことを確認すると眼帯男に向けて手を振り合図を出すと同時に塀を飛び降りる。

 連なるコキアに身を忍ばせ注意深く周りを観察する。

 周りを確認した後、上を見ると眼帯男がこちらを見ていたので再度、手を振り安全だと合図する。その合図を見て登器を回収すると音も立てずに飛び降りる。


「もう一度確認だがシスカが言うには目的は1階の書斎だ。勝手口から入って右から三番目のドア。入って右から六つ目の本棚。下から四段目、左から十列目の赤い本を取り出せば本棚が開くという。」


 ザックは頷いた後、一人、見回りの傭兵が近づいて来ていた。息を殺し、それをやり過ごし一気に勝手口に向かい走る。

 腰袋から二つの針金を素早く取り出し勝手口の鍵穴へと入れ――カチャリと音が。そっとドアを開けて中の様子を伺う。

 メイドとして潜入していたシスカの情報通り、屋内には警備兵はいない。そこまで確認したあと眼帯男へ合図を出す。

 二人揃って屋敷に入り、そっとドアを閉めた。足音を消して少しずつゆっくりと忍び寄る。目的のドアのところまで。


 目的の右から三番目のドアノブに手を置きソッと開く。

 顔を覗きこませて内部を伺い目的の書斎かどうかの確認。


 左右を本棚で埋められて降り、窓下に机が置かれており広さとしては人一人が十分に暮らせるような空間。

 ザックは最終確認の言葉を思い出しながら本棚を見ていく。右から六つ目の本棚…下から四段目の左から十列目の赤い本。

 見つけた赤い本に手を掛け眼帯男に目を向けると、腰に差した煙玉に手を添えながら眼帯男はゴーサインの頷きをする。万が一の罠などの類に備え。


――ガコッ


 という少し響く音が鳴り、本棚が右勝手に開かれる。一瞬、その音に2人は警戒を強めるが特に問題はなさそうだ。

 そして、開かれた先には壁。その壁に埋め込まれる形でダイヤル式のつまみが付いた金庫が存在していた。


「あれだな…」


目的のブツを目の前に眼帯男はザックに確認を取る。


「ダイヤルは覚えてるか?」


 ザックは頷くとダイヤルを右に回す。右に一、左に九、右に八、左に六。シスカが言うには特に数字には意味はないということだ。

 しかし、金庫のダイヤルなどというトップシークレットをいとも簡単に聞き出すシスカは一体どんな事をしたのだろうか。とザックは不思議でならない。


――ガチャリ


 高鳴る胸を抑え込み金庫を開く。密閉されていた鉄の匂いがツンと鼻をつく。

 厚みのある扉の向こう側にはたくさんの金貨に銀貨が大量に詰め込まれていた。


「…よし。全部、この袋に詰め込みさっさとズラかるか」


 ザックと眼帯男は皮袋に素早く硬貨を全て入れて口を縛り、金庫の中に挨拶代わりの名刺を入れて閉める。

 本棚も元に戻し何事もなかったかのようにする。しばらくは盗まれたということに感づかせない為だ。

 書斎のドアを開けて出ようかと屋敷内を確認していると、どこからか誰かが歩く足音が聞こえて来た。固まる二人。その足音が消えるまでジッと息を殺し立ち尽くす。

 足音が完全に聞こえなくなったのを確認するや先にザックが動き勝手口まで近づきドアを開ける。眼帯男は屋敷内を確認しながらザックの方を見る。

 見回りが来ていないことを確認したのちに眼帯男へ向け手を振った後、先に眼帯男が外を出て角まで走り、壁を背にして曲がったところにも見回りがいないことを確認するとコキアの影まで逃げるように走る。

 その後、コキアの影で隠れている眼帯男は外を監視しながら煙玉に手を添えて注意したままザックが来るのを待機。

 再度、見回りが来ないことを確認し眼帯男を見ると、どうやら向こうも大丈夫なようだ。そして施錠し眼帯男の元まで走る。

 眼帯男は素早く登器を投げて引っ掛けたかと思うと素早く登り、続けてザックも登る。

 登器を回収し飛び降りると街外れの川が流れている待ち合わせ場所まで走る。

 街外れの川まで着くと既に眼帯男と小太りが話しあっていたがザックが来たのを見ると先ほどのクールな印象とは正反対に気さくな感じに話しかける。


「ザック、お疲れだな。今回も無事に成し遂げたみたいで良かったぜ。」


 コクリと頷くと今度は眼帯男が口を開く。


「今回も難なく終了だな。残りの一仕事を終えたらすぐに村へ戻る。お前たちは先に戻っていてくれ」


 達成感を感じさせる雰囲気を纏い眼帯男は皮袋二つを担ぎ再びロール街へと繰り出して行った。

 その様子を見ながらザックはマスクを外す。

 久しぶりに吸うような感覚を味わいながら空気を吸い、吐く。


「ザック、今回もお疲れさん!俺らは先に村に戻ってるからよ!」


 小太りはそう言うと部隊を引き連れて村へと帰って行く。

 今回の犠牲者はロール街にて商売を営むビリーという男の屋敷。度重なる悪徳なことをしでかしていたという事だがザックは内容をあまり覚えてはいなかった。

 そして、眼帯男は盗んだ貨幣を騙された人に返しに孤児院にと秘密で寄付し行くのである。


「…さて、俺も村に戻るか。」


 ザックは独り言を言うと空を眺める。

 読み書きなどの必要最低限の学はあるが星座を語るほどの乙女チックな学はない。だが、澄み切った空に広がる星々は煌々と光り今回の仕事の達成感を表しているようにザックは感じていた。


 彼らは義賊集団。名はエロイカと言う。弱気を助け強きをくじく。当たり前のようだが、それは実に難しい。

 しかし、ザックはそんな難しいことは考えない。今、彼の頭にあることは


「はぁ…おっぱい揉みてぇ…」


 これである。


 いつの間にかザックの目には夜空に浮かぶ星座がおっぱい座に見えていた。童貞の妄想力は素晴らしい。

 明日はメイちゃんにセクハラしに行こうと決意するとザックは住んでいる村へと駆け出した。



 この物語の主人公。癖っ毛のあるボサボサ頭――ザックは一人の褐色の少女に出会うことにより大きく人生を変えられるのだが彼はまだその事を知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る