第11話 リリィの想い

(はぁ…ザックさんは今日も温かい…)


 リリィはザックの体温が好きになっていた。体温ばかりか雰囲気、リリィに対して話す音色。そして、包み込み絶対に守ってくれると思うような力強さに強い気持ちを抱き始めていた。ただ、リリィはこの気持ちの意味をまだ知らない。

 他国での生活故に寂しさや不安などもあり、少しでも離れてしまうのが怖く布団に潜り込んだりしてしまう。


(結婚前の淑女が殿方の布団に潜り込んでしまうのは大変不潔なこと…だけど…ザックさんの温もりは安心してしまうから。そう!これは不可抗力!不可抗力なの!)


 そう自分に言い聞かせてはザックの布団へと潜り込んでしまう。ブカブカのシャツを着て潜り込む姿は童貞のザックを刺激させ困らせているということを知らずに。


(それにしても、義父様に教えてもらったエッチという言葉はどんな意味なのでしょう?)


 生まれ育った国では小さい頃はヤンチャも多少はして来たけど年齢を重ねるに連れ、性格も落ち着き、その可愛らしさも相成り周りの若い男たちからは大和撫子だと言われ、言い寄る者も少なくはなかった。

 しかし、そういった恋だとか恋愛には大変疎く大勢の男を撃沈させて来た恋愛経験のないリリィ、十五歳。そんなリリィが遠く離れたこの国で徐々にザックを戸惑わせる悪女になりつつあることは本人の知る由もない。


 夜明けのまだ日が昇りそうもない時間にザックは目覚める。季節は春先でありまだ肌寒さを感じる。運動しやすい服装に着替えているところリリィも目覚める。


「起こしてすまん。ちょっと外走ってくるから寝てても良いぞ」


 と尋ねるのだがリリィには言葉は通じない。上半身を起こし、まだ眠い目を擦りながら立ち上がり、ザックの裾を握る。ザックはどうしたもんかと頭を掻いた後、動きやすい服を見繕う。


「サイズが大きいとは思うが…とりあえず、これでも着とけ」

(ザックさんの匂い…良い匂いがする)


 リリィの手に服を渡すと扉を開けて出て行く。


(朝の訓練でしょうか?私も少し体力を付けなくちゃですね!)


 先日の戦闘のことを思い出し、これから少しでもザックの力になりたいという気持ち、故郷へ帰れるときの為の体力作りをと拳を握り誓うのだが…

 一緒に走り始めると段々と距離が離されていきザックが遠くなっていく。


(距離が…ザックさん…すごく速いです…)


 足が絡むようになってしまい徐々に速度を落とし、息切れを起こしながら立ち止まるリリィ。両膝に手をついて息を整えているところにザックが戻って来ていた。


「すまん。ちょっといつもの調子で走ってしまった」


 と苦笑いで言うザックはリリィの息が整うまで待ってくれていた。


「今日はもう歩くか」


 夜明け前の澄んだ空気を吸いながら村を周回しながら一緒に歩きながら、ザックの大きな背を見つめては空を見上げる。


(出来ることなら故郷へ戻りたい…ですが、戻ったところで…。それに私は帰れるのでしょうか…ザックさん一緒に来てくれるかな…)


 故郷のことを思い出し胸が締め付けられる。ザックに両親に優しくしてもらい嬉しく思うのだが、どうしても故郷の両親が頭にチラついてしまう。下を向き、唇を噛み締めていると、そんなリリィの気持ちを知ってか知らずかザックがリリィの頭を撫でる。


「大丈夫だからな。あと今日はちょっと街へと買い物に行こうか」


 言葉は分からないのだが『大丈夫』という言葉はリリィにとってこの国へきて一番好きな言葉になっていた。


(ダイジョブ…)


 顔を見上げるとザックは少し困った顔をしながら頬を描いていた。ドキりとして、すぐさま俯くリリィ。


(この気持ちはなんなのでしょうか…)


 その気持ちの正体に気づくこともなく家に辿り着くと、ザックは自分の部屋から厚手の長袖の服を持ってきた。


「汗かいたままだと風邪引くから、汗拭いてからこれでも着ておくと良いぞ。俺はもうちょっと鍛錬してくるから」


 ザックの大きさ故にブカブカの服をもぞもぞと上から着ながらザックを見ると家の裏手に向かっていた。


(今度は何をするのでしょう…?もし何かあればお手伝いでも出来れば良いのですが。)


 ザックの後を追い裏手に回るとザックは木人相手に拳を蹴りを打ち付けていた。動きに無駄はなく次々と当てるザック。ザックは先日の地下室で出会った怪物、そして共食いで大きくなった化物での戦闘で自分の力不足を痛感しており、少しでも強くならなくてはと思っている。地下室で怪物を倒しておけば、あんなことにはならなかったと。

 逆にリリィは大きな化物へ戸惑うことなく突っ込むザックを凄く勇敢な人だと思っていた。一旦、街へ戻ったリリィだが、強烈な胸騒ぎがしてシスカたちを振り切り屋敷へと戻ったのだ。途中でシスカたちが馬車を借りてきてリリィを拾わなければ、あの援護は出来なかっただろう。


(ザックさんはとても強い方です。こういう毎日の鍛錬の積み重ねが大事なのですね。私も鍛錬をしていません…ザックさんのお力になりたいですし…私も何かできれば…。)


 胸に拳を当て思い返す。故郷にいた頃はリリィも鍛錬をしていたが、武器を持った場合であり体術は得意ではない。それに、身体が鈍っており逆にザックに迷惑をかけてしまうのではないかと不安を感じる。


(しかし…また、ああいった物の怪の類が出て来る可能性もありますし!鍛えておくことに越したことはありません!それに…あの服がボロボロになってしまった以上…祝詞は上手く使えないでしょうし…)


 リリィが発動させた緑と青を合わせたような透き通る壁。あれは魔術ではない。神へ祈り、舞う。そして神を敬う礼装、神具によって初めて完全に発動が出来る神道。どれか一つでも欠けてしまうと威力は弱まってしまう。礼装に神具を持っていないリリィにとって今は祝詞は上手く使えない状況でもあった。


 などとザックに声を掛けようか悩んでいると、リリィに気が付いたらしく殴るのを止めて近寄って来る。


「どうかしたか?しっかり、汗は吹いたか?風邪引いても知らんぞ」


 顔に喜色を浮かべ、リリィの顔を覗き込む。しかし、その仕草にまたしても胸が熱くなり同時に熱くなった顔を背けてしまう。


「ちっ近い!顔が近いです!」


 リリィはそう言うがザックには伝わらない為、覗き込むのを止める気配はない。


(うぅ…なんなのですか!この気持ちは!)


 手で顔を覆いながら早く鼓動する心臓の音に八つ当たりするかのように吐き捨てるが鼓動は弱まらない。先ほどの悩みが一瞬で吹き飛んでしまったリリィ。そして、またもその気持ちを知ってか知らずかザックはリリィの頭を強めにガシガシと撫でてしまう。



――――



(これから、お買い物でしょうか?)


 朝食を食べ終え、ちょっとした畑仕事の手伝いを終えたザックは両親と何か話をした後、家を出たのだがリリィもそれに付いて行く。リリィの意思もあるのだが両親に背中を押されて付いて行く形になっていた。話の内容は分からないのだが雰囲気的にどこか出掛けるのであろうことは理解出来た。

 その前にボスへ家に向かい、話し込むボスとザック。


(あの方は先日、ザックさんと一緒にいた…ザックさんのお兄さん的存在の方なのでしょうか?)


 ボスはニヤニヤと笑いながらザックとリリィを交互に見ており、ザックはそれに対して騒いでいた。


(何やら…私のことでしょうか?)


 ザックは顔を真っ赤にしており怒っているというより恥ずかしさ故の赤さだと、その場の雰囲気でリリィは理解出来たのだが会話が分からない為、原因まで知ることは出来なかった。

 その後、リリィの手を引きボスの家から出て行くのだがブツブツと何かを言うザックを見てなんだか可笑しくなってしまう。


 村を出てロール街へとザックは歩くのだが、リリィにとって、この国は屋敷と村しか知らず出掛けるのは楽しかった。ついつい頬が緩み、ザックの裾を掴む。

 道中、ザックが身振り手振りを繰り返しながら神道について問うてくるのだがリリィには全く伝わらなかった。もちろん、ザックにとっては魔術だと勘違いしており、発動条件など知る由も無い。

 溜息をこぼすザックを見てリリィにとって心が温かくなる魔法の言葉を投げかける。


「ダイジョブダイジョブ」


 それを聞いて、また溜息をこぼすザックを見て可笑しくなり、楽しさも相俟って故郷の歌を鼻歌で歌い出すリリィ。


(今からどこへ行くのでしょう?楽しみです)



――――



「わぁ…すごいです!」


 ロール街へ入るとリリィは嘆声をもらす。まず、驚いたのは街を囲っている城壁の高さ。そして街へ入ると家の多さに露天に人の多さにと驚いきが続いて行く。


「ザックさん!ザックさん!すごいです!すごいです!」


 と裾を持ちながら飛び跳ねるのだが不意に肉の焼ける美味しそうな匂いが漂いザックとリリィのお腹が鳴る。


(うぅ…卑怯です…美味しそうな匂いがするなんて卑怯ですぅ…)


 お腹を抑えて俯くのだが恥ずかしげにチラりとザックに目をやるもこっちを見ていなかった為、気付かれたのだと思うと余計に恥ずかしくなる。ザックが何かを言うと突如、手を握られて露天の一つへと連れて行かれる。

 そして、目の前で焼かれる美味しそうな肉、肉、肉。


(あなたたちですか!私を辱めたのは!あなたたちですか!)


 そう強気に出るものの口は正直で今にも涎が出てしまいそうな程に口を大きく開けてしまう。ザックと店主が話し終えるとザックから串に刺さった肉を渡される。


「え?良いんですか?これ、食べちゃって良いんですか?!」


 言葉は通じないが言いたいことは伝わったのだろう。ザックが頷くと一口ガブりと噛み付く。


(んー!美味しいです!お義母さんの料理も大変美味しいのですが、このお肉もなかなかです!私を辱めた屈辱をきっちり返してあげますよ!)


 頬に手を当てなんども唸るリリィを見てザックは笑顔になっていた。



――――



「ひぃっ…」


 暖簾をくぐる大男を見て、リリィは慄きザックの後ろへと隠れる。身体が大きく髭がもじゃもじゃと生えており、その姿は熊のような風貌。そして、二階へ上がった後、マウロは大きな声を上げてまたも震えるリリィ。


(こっこわいです…誰ですか…この大男は…)


 折れた短剣を持ってああだこうだとやり取りをしていたかと思うと奥へと引っ込みコダチを持って現れるマウロ。


(えっ…)


 そのコダチを見てリリィは目を丸くする。ザックが今まで持っていた武器とは明らかに形状が違う。そして、リリィはその武器のことを知っていた。武器の名前までは知らないが。


「私の故郷で使われていた刀!」


 思わず大声をあげてしまうリリィ。


「もしかして、私の故郷は意外と近いのでしょうか?!いえ…けど連れて来られたときは船に乗らされたり遠かった記憶が…!しかしです!故郷の武器が見られるなんて!なんだか希望が見えてきました!」


 興奮気味で話してはいるのだがザックとボスは変わらず話を続けていた。すると、再度奥へ引っ込んだマウロが持ってきた物を見てもっとリリィは驚く。


「神具!神具です!なんで…こんなところに…」


 開かれた扇を見て、リリィは嬉しくなる。礼装がないので効力は落ちるのだが、これがあれば祝詞が使える。そして、ザックの手助けが出来ると。


「ザックさん!私、これ欲しいです!不躾がましいお願いだとは思いますが!この扇子、欲しいです!…本当は神楽鈴の方が良いのですが…それは野暮ってもんです!」


 その様子を見て、ザックはテッセンという言葉を使うのだが異国ということで神具というのは分からない。


「テッセン?いえ、神具ですよ!神具!」


 リリィの願いが通じたのか、マウロから受け取った扇子をザックから渡される。


「ザックさん、ありがとうございます!えへへーこれで、ザックさんのお手伝いが出来るー!舞に祝詞が使えるなら百人力ですよー!」


 そう言いながら扇子を持ってクルクルと舞う。


(しかし…しばらくぶりなので勘を取り戻さないといけないですね。体力もしっかり取り戻さないと!今日、お家に帰って…からではちょっと難しそうですね。明日はザックさんと走りに行って、それから私は舞の練習をしなくちゃです!お手伝いもだけど故郷へ帰る為にも!)


 しばらく今後のことを考えているとマウロが大きい地図を持ち出して何やらザックと話し込む。


(何やら真剣なご様子。ザックさんはお強い方ですからお仕事の依頼があるのも当然です。となれば早速、私の出番ですね!ザックさんの為にも一肌も二肌も脱ぎましょう!)


 得意げな顔をして、ザックを見るリリィ。




――しかし、リリィはあることを忘れていた。屋敷の地下で幽閉されていたとき、時たま来ていたタキシード姿の男のことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る