第10話 武器とターラと鉄鉱山

 ――どうしたものか


 ザックはそう思いながら左隣を見る。相変わらずザックの裾を握りながら歩くリリィ。表情は明るくなんだか楽しそうにしていた。今、彼らはロール街へ向けて徒歩で歩いているところだ。

 先日の化物との戦闘で短剣が折れてしまったので新しく買いに行く必要があったのだが、ザックの悩む矛先は短剣のグレードを上げるべきか否かよりも目線の先にいるリリィに向けられてのことだった。


 昨夜もベッドに寝かせたはずのリリィがザックの布団に潜り込んでいたこと、習慣のジョギングに木人を使っての体術の練習にと朝早くリリィを起こさず家を出たはずなのに気付けば後ろに居たこと。何をするにしてもリリィが付いて来ていた。

 前者に至っては危うく封印した右手が邪気眼の如く復活しそうになっていた。何度も義妹だ!義妹だ!と言い聞かせるザックはなんとも滑稽だった。

 ザックに弟や妹はいない。女の子と付き合ったことさえない。童貞だから。手を繋いだこともなければキスしたことさえない。だって、童貞だから。

 故にリリィの扱いに困っているのだ。


 悩むところは他にもあった。ロール街へ向かう前にボスに会いに行ったときのこと。あれからカスガ率いる動ける人数で屋敷の調査をしたらしく、特に問題はなかったのだが、あれ程の規模。きっと原因となったヤツがいるかもしれないから十分に注意せよとのこと。

 ゴブリンが減少する雰囲気がないこと。そして、リリィが使った魔術についてである。

 聞き出そうにも上手く言葉を伝えられず会話にならない。

 そんな、ザックの悩みは余所にリリィは上機嫌に鼻歌を歌っている。


「はぁ…」


 肩を落としため息をこぼすザックを不思議そうに見るリリィ。


「ダイジョブダイジョブ」

「まったく大丈夫じゃねぇよ…」


 そんなやり取りを繰り返しながら三十分程、ようやくロール街に着く。

 門を潜ると時間は昼前ということもあり大変賑わっている。荷台を引く商人らしき人に近場の村から何かを売りに来たであろう人、買い物籠を手から下げ買い出しに来た人。

 そして所々に立つ露天から肉を焼く美味しそうな匂いが二人の鼻腔を擽る。空腹を刺激する匂いを受けて二人同時にお腹が鳴り、恥ずかしそうに赤面しお腹を抑えるリリィ。

 ザックはそんなリリィを見るようなことはしない。童貞でもしても良いことと悪いことの区別ぐらいは出来ていた。


「しまったなぁ。昼飯を食ってから来るべきだった。帰ったらお袋が作ってくれたご飯があるだろうし、ちょっと軽めに食べるか」


 リリィに言葉は伝わってはいないのだが、ザックはそう言うと人混みで離れないようリリィの手を握ると目に入った露店へと足を運ぶ。

 突然、手を握られたリリィは驚くのだが、握られた手を見て少し嬉しそうにしていた。


「すみませーん!これはなんのお肉です?」

「おっ!らっしゃい!これかい?これは猪だぜ!」


 焼かれている猪肉は薄く長方形に切られているものが四つ、串に刺さっている。肉汁が滴り落ちており空腹を刺激する匂いをさせていて噛めば瞬く間に満足感を満たすだろうことは明らかだ。

 隣にいるリリィはというとヨダレが落ちるんじゃないかというぐらい口を開けている。


「じゃあ、猪肉の串を二つください」


 あいよ!と店主が言うと肉の焼き加減を確かめた後、銅硬貨と交換する。渡された肉串は今まさに食べ頃だと言わんばかりに音を立てており、胃がまだかまだかと待ちわびていた。

 一本をリリィに渡すと目を爛々とさせており、異国語で良いの?本当に良いの?とザックに話しており、それを知ってか知らずか、ゆっくり食べなよ。と返事する。大きな口を開けて頬張るリリィを見てザックは思う。


(飯を美味しそうに食べる女の子って可愛いよな)


 リリィはというと、頬に手を当てて唸るばかり。店主もその様子を見て大変満足そうに笑っていた。


(さて、俺も食べておっちゃんのとこに行かないとな)


 しばらく猪肉を堪能したあと、露天を後にするのだった。



――――



「マウロのおっちゃーん!いるー?」


 店に入って早々、ザックは口にする。

 入口の先には売り場があり広さは少々こじんまりとしているが壁にぎっしりと色んな武器が飾られている為、空間はあり数人が入っても大丈夫な程。そしてカウンターの右横に暖簾があり、その奥は鍛冶場。カウンターの左横には階段があり二階へと続いている。

 この武器屋マウロはエロイカのメンバーが懇意にしている武器屋。武具防具など冒険者相手に商売をする商店街の一角にあり、質の良いハンドメイドが売りの武器屋だ。

 商店街には買い付け武具店に高級武具を扱っている店などもあるのだが、慣れ親しむ人たちからはコスパが良いと評判で中々の売り上げを誇っている。もちろん特注品も受け付けており、その人の癖や特徴なども武器に反映させて作る辺り、技術としても確かであり、注文する人も多い。


 今、売り場にはザックとリリィを除き二人おり壁にかけられた武器を眺めてはあーでもないこーでもないと呟き、もう一人は試し持ちしても良いかとカウンターにいる従業員に聞いていた。

 そんな中、奥から大きい足音を立てながら暖簾をくぐる髭が濃い人物が顔を出す。背は高く、身体の部位一つ一つが太くデカく熊のような人だ。

 知っている人ならば、その外見に似合わず気さくで寛容な人物だと知るところなのだが初対面の人間は必ず慄くと言っても過言ではない。

 実際、隣ではザックの後ろに隠れ震えてる褐色の少女が一人。

 最初は眉を顰め、俺の邪魔をするなと言わんばかりの顔つきだったマウロだが声を掛けた相手がザックと分かると気さくな雰囲気にすぐに変わる。


「おーザックかーちょい待ってなー。二階に上がっててくれー」


 間延びした台詞を口にし手を振りながら奥の鍛冶場へと戻るマウロを確認するとカウンターの従業員にお辞儀して階段を登る。

 二階に上がると壁に武器は飾ってはいないがカウンターがポツンとあり、その向こう側には扉が一つ。二階は常連中の常連しか入ることが出来ない。


 しばらく待つこと五分。扉が開いてマウロが出て来た。


「どしたーザックー」

「いやぁ、短剣また壊しちゃってぇ…」

「なぁにぃー!ついこの間、渡したのにかー!」


 突然の大声にビクリと肩を震わせるリリィ。ザックは申し訳なさそうにカウンターに折れた短剣を置くと、それをジロジロと眺めては手に持ち短剣を回転させて見るマウロ。


「何があった。ザック」


 短剣をカウンターに置くと緊張した面持ちで理由を聞いてくる。事情が事情なのとボスから箝口令も出されていることもあり言葉を濁して答えるザック。


「色々あってさ。ごめん、ボスから箝口令も出ててちょっと話せないんだ。」


 ザックの目を覗き込むように真剣に見たあと、察したのか右拳を顎に当て考え始めるマウロ。


「うーむ。すまんが、あれより良い短剣って早々には…」


 そこまで言うと何かを思い出したかのように奥に引っ込むと鞘に入った二刀の短剣を持って出てきた。いや、短剣ではないのだろう。平べったく短い短剣に比べ細く少し長い。それをカウンターに置く。


「つい先日、知り合いの武器商人が持ってきたブツなんだがな。ちょっと面白そうな武器だったんで買い取ったのさ。持ってみると良い」


 マウロは自信げに目配せする。カウンターに置かれた短剣は黒い鞘に収められており長さは約一メートル、柄部分は張り柄巻きにされ紋様の入った丸い鍔が付いていた。

 実際に手に取ってみると短剣よりも重い。だが、ただ重いという訳ではなく身体に馴染みやすい取り回しやすい重さを感じる。そして、恐る恐る鞘から短剣を引き抜く。

 中から現れた刀身は美しく銀色を光らせており少し反り気味。片刃であり、その刃には波のような模様が見える。

 ただの武器ではなく芸術としての美しさもあるようで見惚れてしまう。


「それな、コダチっていうらしいぜ。どうだ?お前なら気にいるんじゃないかと思ってな。ちなみに斬れ味は俺が保証する。ゴブリン相手に何度か試したんだぜ。悔しいが俺では作れる事は出来ない代物だ」

「コダチ…」


 しかし、見惚れている隣から急に顔出すリリィにザックは驚く。


「アマイホルヒホヌリ!」

「はっ?」


 早口で言うもんだから伝わる伝わらない以前に聞き取ることが出来ないザック。その様子を見て怪訝な顔をしながらマウロが訪ねてくる。


「さっきから気になっていたんだが…ザック、その子は?」


 あぁ…と頬を指でかきながら事件の件は隠しつつも助けた事だけを伝える。そして、言葉からして異国の人っぽいと言うことも。


「マウロのおっちゃん、このリリィの話してる言葉は分かる?」


 隣では今もリリィが興奮気味で何かを話していた。


「いんや。聞いた事はねぇな。しかし、コダチを見ての変貌。コダチに関係があるんじゃねーのか?」

「コダチかぁ、ねぇおっちゃん。その武器商人からは何か聞いてない?」

「いや、あいつも何も知らない感じだったぞ。ただコダチを手に入れたのは、ターラって国らしい。街はすまん。覚えてないのと、そのターラって国がある場所がどこかも分からん」

「ターラ…」


 何か重大なヒントを貰った気がして心に留めて置く。


「おっちゃん、その商人からは何か他に武器は買い取ったの?」


 まだ何かヒントがあるかもと思い訪ねたのだが、親指を立てると裏へ引っ込み棒を持ち出してきた。色は黒く、棒だと思っていたものがマウロの手により開かれる。


「これは…扇?」

「おうよ!テッセンと言うらしい。すごいだろ?これが武器なんだぜ?」

「イヲル!イヲル!」


 開かれた扇を見て一番最初に感じたのは美しさ。糊地はなく、要から二十程の骨が伸び、それが扇面となっている。要からは赤い房紐が二つ垂れている。扇面は赤を基調とし、その面には白色で花が幾つも描かれており、扇面の外側は白くなっている。

 そのテッセンと呼ばれるものは何かの儀式をする際に使われるような物。と言っても過言ではないように神秘的な美しさをザックは感じていた。


 そんな扇を自慢気に扇ぎながら笑うマウロに、両手を上げて凄い反応をするリリィ。そんな、リリィにマウロは「おっ!お前さん、この良さが分かるのか?!」なんて話をしている。


「リリィ、このテッセン欲しいのか?」

「テッセン?イヲル!イヲル!」

「うーん…なんか通じているのか通じていないのかは分からないが…おっちゃん。コダチとテッセンを売って欲しい」

「はははは!良いぜ!ただし!コダチとテッセンは今すぐ渡せるが手伝って欲しいことがあるんだ」


 武器というからには戦う道具なんだろうが…果たしてリリィが戦えるのかとザックは不思議には思うものの。こんなにはしゃぐリリィを見て例え戦えないとしてもプレゼントとしてあげるには良いだろうと考えた。それに、テッセンが自分の国の物だとしたら尚更だ。


 そしてマウロは豪快に笑いながら承諾してくれたのだが急に真面目な顔になり、ある事を交換条件として持ちかけて来た。条件とは、最近のゴブリン増加に伴い、北東にある鉄鉱山で作業が出来なくなり困っているとのことだった。

 その作業中の護衛、願わくば鉄鉱山にいるゴブリンの討滅だ。


「別に構わないけど…冒険者組合に依頼した方が?」

「依頼はしたんだがな。ゴブリン増加のせいで人数が圧倒的に不足していて時間がかかるとのことだったんだ。俺たちも生活が掛かっているし、それに…喜ぶべきではないのだが、ゴブリン増加のおかげか武器需要も高まっていてな…ぶっちゃけ稼ぎどきでもあるんだよ。頼む!この通りだ!もちろん、金も出す!」


 手を合わせて頭を下げるマウロ。ザックは別に問題はなかったのだが、リリィをどうするべきか、それにパーティーとして人数も足りない。マウロも戦えるとのことだったが。エロイカは今は動けない状態だしと、どうしようか考えていると、ふと赤い短髪男のことを思い出す。


「分かりました。パーティーの心当たりがあるので声をかけてみます。また明日、報告にきますね」

「おお!助かる!無理を言ってあれだが、なるべく早い方が良いから助かるわ!」

「いえいえ、コダチの感触を確かめるにも良い機会だし。でっ…コダチとテッセンの料金は…?」

「いや、いらねぇ!鉄鉱山に付いてきてくれるなら百人力だし、そのお礼だ!あっもちろん、しっかりと別に金は払うぞ!」


 安心したのか豪快に笑い、ザックの頭をガシガシと撫でる。人に頼りにされるのは悪くないと少し恥ずかし気な顔をするザック。リリィはというと渡されたテッセンを手に何やら嬉しそうにクルクルと舞っていた。


 そんなリリィを横目に大体な作戦を練ることにした。赤毛の短髪男は今日もゲンおじさんの酒場にいるはずだと思い。

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